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神宮寺葵①

誰からも教えられることのない一人称を意識するようになるのは何歳からなのだろう――オレ、神宮寺葵はベッドの上で白い天井を見つめながらふと考える。
アタシ、私、ウチ、僕、オレ、拙者、まろ、自分の名前、その他いろいろ。年齢を重ねるにつれて、そのうちみんなが、使う人が多いという理由だけで女は『私』になり、男は『オレ』になっていく。そして、それ以外は珍しい目で見られ、変わっているという風に取られてしまう。
別になんてことはなく、ただその好奇な目を気にしなければいいだけで、一人称なんて自分のしたいようにすればいい――なんてものはただの綺麗ごとで、実際は、出る杭が打たれないように、少しでも平々凡々な風に自分を装った方が身のためだ。家と外では自分の一人称が違う奴とか、母親父親の呼び方が違う奴とか、多いと思う。ママパパという呼び方を外でもし続ける奴なんて極少数だろ? 私の知らない誰かは、ママパパと呼び続けてるのか、それとも最初は変化させることに恥ずかしがりつつも、どこかでお父さんお母さんとかに呼び方変えてるのか知らないけどさ。

話が脱線した。オレ――神宮寺葵は、どうして『オレ』という一人称を好き好んで使うようになったのか、という話だ。

そんなのはくだらないことに、普通は私という一人称を使うことの、『普通は』というのが、どうしても気に食わなくなってしまったからだ。普通とか常識とか通常とか、そんなのがつまらなさを象徴する言葉に感じて、嫌になったんだ。
幼稚園生の頃は『葵』と自らの名前を呼称して、小学生と中学生の頃は『私』になり、高校生になってからは『オレ』になった。別に何か家族が皆殺しになったみたいな、そんな悲しいエピソードはこの現代日本には生まれるはずがない。ただ――ただ、何か、気に食わなくなってしまっただけだ。

部屋でオレは、ベッドで仰向けに寝ながら、持っていたバスケットボールを真上に投げる。
バスケ部だった。
バスケ部だった
・・・

部活最後の大会が終わりを迎えた後、オレはバスケットボールの強豪校に入るか、それともバスケなんてまるで関係のない、少しでも偏差値の高い高校に行くか、そういう選択をすることになった。
宙に浮かして落下してきた、オレンジ色の直径22㎝600gらしいボールを胸の前で両掌に納める。そのままなんとなく胸の上に置くと、ボールはコロコロと体を転がって落ちて、床を侘
わび
しくバウンドする。
プロになろう――なんて、熱意はとてもじゃないがなかった。それに、誰かにはない特別な才能があるわけでもなく、他人と比べてとてつもなく上手というわけでもなかった。
ただ――小学生のころに、母親から誕生日プレゼントでバスケットボールを貰って以来やり続けていて、他のスポーツよりも好きなだけ。天才でもない、ただの凡才の範囲で上手いだけ。全国の大会に出場することはあっても、チームは優勝はおろか、準優勝でもないし、どころか三位にも入れていない。だから高校を選ぶとき、バスケを辞めるならその中学を卒業したタイミングだった。
このまま当てもなく、マンガみたいな突然の才能の開花を期待してとりあえず強豪校に入ってプロになれる可能性の道を捨てずにいるか、それとももう普通にただの思い出と趣味にして、少しでも人生のプラスになりそうな頭の良い高校に入学するのか。バスケットボールの神様にとって特別でもないオレは――後者を選んだだけ。

「……」

後悔をしてるのか。
それは分からない。
それが分からない。
だらりと、ベッドから腕をはみ出して宙ぶらりんにする。横目で、転がるのを止めた、ぼやけているオレンジ色の球を見つめた。
後悔なんてしたくなかったから、親とも相談した。先生とも相談した。部活の仲間は――答えが予想できたからしなかった。
やんわりと、『貴方の好きにしたら』なんてことを言われた。だから好きにして、バスケ部はあっても全く無名の高校に入学した。全部オレが決めたことだ。だから、誰かのせいにするのなんて、誰に言われるでもなく間違っている。
……ただ、『好きにしたら』なんて言葉が、すごい嫌だった。
その台詞を、声を、どこか困ったような言い方を思い出して、知らず知らず歯を食いしばる。
そんなまるで、自分は理解のある大人だというためだけの回答が、気に食わなかった。
先生はともかく――親には、同じことを言って欲しくなかった。もっと真剣にオレのことを考えて、自分勝手でも良いから何か別のことを言って欲しかった。
ぶら下がってない方の余っている腕を上げて、そのまま振り下ろして拳をベッドに叩きつける。ぼすんと、間抜けな音が鳴った。
気に食わなくて、そんなことを気にしてる自分が気に入らなくて、世の中の普通とか常識も全部つまらなくなって、オレはそうして『私』から『オレ』になった。
高校を決めてから髪も切らず、入学してもバスケ部の見学にはいかなかった。前髪はもう、目も覆い隠しているくらい。
部活には入らなかったし、友達も作らなかった。一度そうなると、ただ時間が過ぎていくのを待つだけだった。わざわざクラスで残ってるやつがウザったかった、変にオレに気遣って話しかける奴に苛立った、心配してくる親に本気で腹が立った。
『好きにしただけだ!』と、親でも誰でも、昔からオレを知っているやつに向かってそう怒鳴りつけてやりたかった。自分が何にこんなにもイライラしてるのか分からなくて、余計に苛立った。誰もオレのそんな苦しみなんて理解できないから、一人で泣きそうになることがあった。

「くだンね……」

泣きごとのように、呟いた。
そこまでバスケに熱意を持っていたわけじゃない。
明確に誰かがオレに悪いことをしたわけじゃない。
オレが一人でイライラしているだけ。それだけの悲しい現実を目の当たりに、そうして今日も、時だけは無慈悲に過ぎていく。

♀♂

四ツ川高校では、近々球技大会が始まるらしく、男女ともそのイベントごとに浮足立っている。
男子はソフトで、女子はバスケ。オレは補欠だから、どうでもいい。
放課後になると、レギュラーに選ばれたやつはそれぞれ集まって練習とかするのだが、対してオレは図書室にいた。図書委員だからだ。
図書委員と言っても、本の貸し借りの管理をして、あとは本を読んでれば終わり。
夕陽が図書室になだれ込み、中をオレンジ色に照らしていた。外では部活に勤しむ喧騒と、どこかからは吹奏楽部の音楽が耳に入る。鳥の鳴き声が聞こえて、廊下を上履きで踏み歩く音と、誰かの話し声が樹脂の敷かれた廊下に響き渡って聞こえる。
本のページを一枚捲
めく
る。
中学生の頃はろくに読みはしなかったが、こうして読むと悪くはない。いい暇つぶしにはなった。心にくすぶるイライラは――消えはしないけれど。

「これ、借りていいかな?」

呼ばれて顔を上げる。ストレスとは無縁そうな、見た目大人しい男が本を持っていた。本を借りに来ていたらしい。オレは仕事をするために一度持っていた本に栞
しおり
を挟んで置いて、男が借りたい本と図書カード(山川帝と書いてあった、カッケー名前)を受け取り、バーコードを機械で読み取って返す。期日は二週間後です、とは面倒で言わなかった。

「どうぞ」

男は黙って本を受け取ると、図書室の席に座った。どうやらここで少し読み進めるつもりらしい。オレは途中の本を手に取り、また栞を挟んであったところから読書を再開する。
それから五分も経たないうちに男は立ち上がり、またオレの方に向かってきた。

「何年生?」

無視した。本を読みたかった。

「暇そうだね」

無視した。人と話したくなかった。
それでも男――山川は、話しかけるのを止めずに、机に身を乗り出して聞いてくる。

「ね、ね。なんの本読んでるの?」

小さくため息を吐いて、一言だけ答える。

「『ナイン』」
「ナイン? へえ、面白そうどんな話?」

なおも話しかけるのを止めない男に、ムカついた。
今までため込んでいた鬱憤が、目の前にいる明確にウザったい男に対して急速に積み上っていくのを感じた。
気に食わなくて、気に入らなくて、つまらなくて。
一人になりたくて。
近くにある本をぐちゃぐちゃに投げつけて、全部めちゃくちゃにしてしまいたかった。

そんなオレのイライラも、男は知る由はないのだろう。無造作にオレの前髪に手を伸ばしてきて――その手首を掴んだ。

「アンタ――オレに犯されたいの?」

好きに思えばいい。
さっさとどっかに行ってしまえばいい。
誰かに好きなようにオレに言われたことを言いふらして、噂にすればいい。
見ず知らずの誰かに好奇の目で見られても構わない。オレは普通じゃなくていい。オレは――『私』ではなく、『オレ』なのだから。

続けて、「今から5秒あげる。その前にどっか行ったら、なんもしない」とオレは言った。
どうでも良かった。逃げるなら逃げれば良い。それで、あとは終わり。いつもの普通の――日常だ。
驚き身を強張らせたままの男を睨みながら、秒数を数えていく。

5――男はなおも動けないでいる。
4――男はようやく手を動かそうとした。
3――男はそこでオレを見つめてくる。
2――オレは手を緩めた。振り払おうと思えばいつでも振り払える。
1――オレも男を睨みつける。逃げろよ。逃げるなら今だと、そう思う。

「ぜーろっ」

溜めて、秒数を数え終えてしまった。
男を見る。何を考えているのか、やれるものならやってみろと、そうオレのことを舐めているのか――ウザってえ。
お前にはできないと、そう見くびられているように感じた。緩めていた手を強めて、ギュっと、逃がさないように男の手首を強く握り直す。

「――犯されたいんだ」

オレは――――悪くない。

♀♂

日和って最後まですることはできなかった。それでも、やはり舐められたままではいられない私は、男を私の席に座らせて、フェラチオをした。初めて見るオチンコに目を奪われて、男の体臭を濃くしたような臭いに唾液が溢れた。
家では酷い後悔と興奮がオレを襲った。眠ることすらできなかった。男の顔が、精液が、口で咥えたオチンコの感触がずっとフラッシュバックしていた。
あの男が、オレにされたことをそのまま誰かに言ってしまったらどうなってしまうのか、白を切るとして、白を切り通せるものなのか。どのみち、一度そんな話が出てしまえば、平穏な学校生活は二度とは戻らない気がした。それならばやはり、フェラだけではなく、もっとちゃんと犯してしまえばよかった。
口でして、それで男をイかせることの何が悪いんだと開き直りたかった。オレは悪くないし、口でしただけなら、別に減るもんなんて何もないだろ。あっちが一方的に気持ち良くなっただけじゃないか。

――そんなわけはない。

そんな言い訳が成り立つなら、女性は幾らでも電車で男に痴漢して良いことになる。首筋を舐めたり、尻を触ったり、無理やりキスしたり。フェラチオしたり。
オレのしたことは明らかに犯罪で、それなのにオレはセックスまでできなかった。

どうにもならなくて、怖かった。
どうしようもなくて、嫌だった。
もうどうにでもなればいいと、翌日になっても変わらずオレはまた学校に行った。
いつ教師に呼び出されるだろうと緊張で喉が渇いてたまらなかった。そして時間だけが過ぎて行って、放課後になった。
気が気ではなかったが、またいつものように図書室に行って、図書委員の仕事をすることにしたら、ひどい
・・・
ことをされた張本人――山川帝は図書室に私に会いに訪れた。

「……」

その男を見てオレは――どんな感情をしていたのだろう。
笑ったのかもしれない。
苛立ったのかもしれない。
ただ、目の前の男に頭を悩ませていた事実がどうしても許せなくて、席を立って、何か言う前に男の腕を掴んで図書室を出た。図書委員の仕事など知ったことか。

「じ、神宮司さん……?」

男が呼びかけてくるのを無視して、どこに連れて行くか考え、目についた女子トイレの中にそのまま力づくで男を連れ込んだ。
放課後ならトイレの利用者も少ない。幸い、連れ込んだタイミングでは誰も居なかった。
男は普段は入れない場所に入ってしまったことに焦っているようで、それがたまらなくざまあみろと思えた。オレはトイレの一室を開けて、そこの洋室の便座に男を投げ飛ばすように座らせた。

「声あげたきゃあげろよ」

自分でもゾッとするくらい冷たい声が出た。目の前の男は所在なさげに目を泳がせて、縮こまっている。それがどうしよもなくそそって、苛立って、汚したくなって、イジメたくなって、傷つけたかった。
今日は何もしなければ、何も言われずに済むのかもしれないし、あるいは結局誰かにチクられてしまうのかもしれない。
もういいだろ。
もうたくさんだ。

「お前のこと――犯すから」

オレは人生がどうにかなる恐怖よりも――この男を犯せなかった後悔をすることが、嫌だった。

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