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第二部プロローグ 黒の未亡人(2)

「……やれやれ、難儀な子らよ。妾のしたことに、どうして罪悪感など持つのやら」

これは夢だ。
聞こえてきた、余りにも覚えのある声に、黒宮はそう直感した。
見渡せば、周囲は古びた遺跡のような場所。
古代の中近東を思わせる、朽ちかけた神殿の中に、「それ」が立っていた。
夜の闇を思わせる、地面まで伸びた黒い髪。彫像のように美しい顔は、眦鋭く、凍てつくような威厳を湛えている。
衣服は黒ずくめの、まるで喪服のような貫頭衣だった。

神。

その言葉が、まるで違和感なく感じられる、隔絶したもの。
かつて夢に現れた魔術師に、勢いで殴りかかった黒宮も、今の「それ」に挑みかかる気力はない。
どうにか立っているものの、少し気を抜けば跪いてしまいそうだった。

「おまえの時代じゃどうだったか知らないけどな、今の人間はデリケートなんだよ」
「地を埋め尽くさんばかりに増えておるのに、奇異なことよ。
まあよい、妾の祭司よ、そなたは少しものを考え過ぎよな。そこな巫女を見習うとよい」

慌てて横に視線を向ける。
そこには、敬虔な顔をした静香が、いつの間にか立っていた。
清廉な白のローブに身を包んだ姿は、どこか神託の巫女のよう。

「……私は、もっと取り乱していましたから」
「ほほ、そうであったな。こうして夢見の中、そなたを抱きしめてあやしたのは、ついこの間か。
ああ、ああ、こうして人の子と触れ合うは、なんとも懐かしく、愛おしい」

「それ」が歩み寄り、慈母のような笑みを浮かべて静香を抱く。
まるで聖母のような姿に、黒宮は混乱した。あんなにもあっさりと、人を一人殺しておいて、変化が激しすぎるのだ。

「のう、妾の祭司よ。この女の夫を殺したのは、妾であって、他の誰でもないのだぞ。
幼子の如きそなたに、教えてやるがーー雷に打たれても、水面に沈んでも、獣に喰われても、人は死ぬのよ。
ゆえに、だからこそ、そなたが罪悪感を感じるなどはーー不敬であるの。
其は神の領分、人の子の届き得る場所ではないわ」

「くそっ、調子が狂うな……おまえ、何なんだよ。
あんなに簡単に、人を殺して。泥は全部自分で被って。変に優しくして……わけがわからない」

髪をかきむしって、黒宮は思いを吐露する。
答えはあまりにもシンプルで、黒宮とて、予想はつく。だが、どうしても、確かめたかったのだ。

「ふふ、妾は春に咲く花、秋の枯葉、満ちる月にして新月の闇。寡婦にして慈母であり、娼婦でもあるモノよ。
もはや名前も忘れ果てたとて、司るものまで忘れてはおらぬ。
そなたとて、分かっておろう。神とは、そういうモノだと」

そう、黒宮だって分かってはいた。
神とは、本来、分けが分からぬものだ。背反する要素を持ち合わせ、生も死も自在、善であり同時に悪ともなる。
かつて人が怯え、讃え、奉じた神々とは、そういうものだった。

「巻き込まれる身にもなれって……」

半ば諦めの境地に達して、黒宮は天を仰ぐ。
これから、こんな厄介な神と共存しなければいけないのだ。力の代償と思えば、仕方ないことだが、頭が痛い。

「さて、時間よ。
我が子らよ、妾は赦しではなく、祝福を与える。そなたらに纏わり付く死なぞは、妾に預ければよい。
代わりに、そなたらは飲み、唄い、愛して、花を咲かせよ。
祝祭を生き、豊穣を寿いて、地に恵みを齎せ。
黒の寡婦たる、妾がここに任じよう」

感極まって抱きつく静香を優しく受け止め、よしよしとあやしながら。
「それ」は悪戯っぽく笑って、黒宮を見つめてきた。

「はっ」

朝が来ていた。
飛び起きるように目覚めた黒宮は、頭を振って夢の記憶を追い出そうとする。
あまりにも鮮やかで、あまりにも明瞭な。
今までで、最もあからさまな意図を持つ夢だった。

「ふふ、黒宮さん、見たでしょう? とても、とっても、素敵な夢……」

寝ぼけ眼に、しかしはっきりと、確信に満ちた笑みを浮かべて彼女が言う。

「ああ……あいつ、一体どうしろって言うんだ、ったく」
「あら、とても単純な話だわ。こうしろって言ってるのよ」

麗しい肉体がベッドを這って、男に絡みつく。腕が背中に回され、脚と脚が絡み合い、朝勃ちしたペニスに女陰が宛てがわれる。

「おまえ……んむっ」
「あむ、ちゅぷ、くちゅ……」

何か言おうとした黒宮の口を、艶やかな唇が塞ぐ。
シーツの下で裸体が悩ましくくねり、男を求めて浅ましく蠢いた。

「うふふ、こっちは朝からこんなに元気……ねえ、ぐっすり眠って元気も出たでしょう?
昨日の続きをしましょうよ……」

女の方から、はしたなく柔肌を押し付けてくる。
その温かさと柔らかさに、起きたばかりの脳味噌がピンクに蕩けてしまう。
そうだ、あの神も言っていたではないか。考え過ぎだと。あれは、あいつが勝手にやったことだと。

「仕方のない女だ」

覆い被さってくる女を受け入れて、したいようにさせてやる。
朝日の射す部屋で、ふたりは暗い情欲に耽り始めた。
豊満な腰つきの、貪欲な雌穴が、男の肉を嬉しそうにむしゃぶって、くちゅくちゅと音を立てる。

「ん、あぁ……すごい、熱くて、硬いわ……」

夫の死も、葬儀も、全ては通り過ぎたこと。
愛人のベッドで、もはや不貞ではなくなったセックスを、存分に楽しむ。
雨のようにキスを降らされ、積極的に求められて、黒宮も満更ではなく。
繋がりながら、爛れた媚肉を悦ばせてやろうと、いやらしく腰を動かしては、よく実った肉を揉みしだいた。

こうして、罪深い肉の繁殖はいつまでも続く。
ふたりは欲望のタガを外して、止めどもなく子作りに励んだ。

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