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幕間 呑み干す蛇

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「彼」は、宿主の少女が寝静まるのを見計らっていた。 長きに渡り、現し世を漂って、怨念を振り撒いていた彼は、今度の宿主からも生を奪い取り、死へ追いやろうとしていた。 どんな司祭の祈りも、少女の信仰も、彼を弱めることはなかった。 全てがいつも通りに進む中、突然に現れたイレギュラー。 青い光を放った、ひとりの男。 まるで他人の言葉を追うような口ぶりで唱えられた、呪いの言葉。 かつて聞いたこともない、しかし新奇でもない。なにか、ひどく古く、彼が存在を始めるより遥かな昔から、ひょっこりと顔を出したような言葉。 彼は力を弱められ、宿主から引き剥がされかけた。 それだけではない。 薄暗い部屋で、男が始めた男女のまぐわい。 男が少女に覆いかぶさり、結合している間、彼は全く近寄ることが出来なかった。 それどころか、豊穣な生命が少女に伝わって、繋がりを通じ、彼へと流れ込んでくる。 彼は存在をかき消されそうになり、痛みに絶叫した。少女との繋がりを断って、身を隠し息を潜める。 手負いの獣がするように、屈辱に震えながら。 だが、朝が訪れ、ふたりは眠りについている。人間の、もっとも無防備な時間だ。 彼は少女に再び取り憑こうと、その夢に入り込もうとした。 それこそが、最大の失敗だとは、知りもせずに。 「ほほ、なんじゃ、虫の方から寄ってきよったか」 飛び込んだ筈なのは、宿主の少女が見る夢の世界。 だが、訪れたのは、見覚えのない神殿で。そこに佇む、「恐ろしいもの」が、からからと笑って彼を出迎えるのだった。 夜闇のような黒い髪を垂らし、ぞっとするほど美しい顔に、奈落のような笑みを浮かべ。 その女は、ずるり、と立ち上がって、彼の方へ歩いてくる。 恐ろしい。 何よりも恐ろしい。 彼は初めて、恐怖を感じていた。存在を始めてからずっと、知ることのなかった感情。 こんなものと、彼は相対したことがない。 長き時を閲した彼も、ついぞ見たことがない。 こんなにも怖ろしく、こんなにも古く、こんなにも得体のしれぬ。 何だこれは。 何なのだ、これは。 「穢れた霊よ。ちっぽけな、ちっぽけな者よ。 古き世には、神官どもが妾の力を借りて、そなたのような者を滅しておったが。 今の世では、わざわざ妾が手ずから滅ぼさねばならぬ。光栄に思うがよいぞ」 ぬる、と。 蛇が鎌首をもたげるような、ゆっくりと滑らかな所作で、女が右の腕を上げる。 その瞬間、大きな。彼を呑み込むほど大きな蛇が、唐突に現れて。 彼は目にする。 古き蛇が、その顎門を開くのを。 がぶり。 それきりだった。 蛇の姿は消え、「彼」も存在をやめ、そのまま戻ることはなかった。 その場に残るのは、ただひとり。 そして「それ」は、まるで唄うように、呟く。 「くふふ……この味は、千年は閲した霊であったかな。 成り行きで喰ろうたが、よき糧となったわ」 荒廃した神殿を、彼女は歩き。 その歩んだ後には、草花が萌え出て、咲き誇った。 古き神の時が、再び動き出している。 他の漫画を見る