神へと捧げる茶番劇(2)
「ふん、水科香織ね。アンタみたいなぶりっ子は、絶対化けの皮を剥がしてやるわっ!」
それは収録直前のことだった。
香織を中心に、ぞろぞろと廊下を歩いていた黒宮たちは、件の占い師、関谷花子とバッタリ遭遇し。
特に何かしたわけでもなく、いきなり喧嘩を売られたのである。
「はっ、いきなりご挨拶だな」
そして黒宮は気が短い。
腕組みして、威圧感をむき出しに前に出る。
「ん……? アンタは、どこかで見た顔ね?」
「黒宮恭一。特別アドバイザーなんてのをやってる」
「……ああ、最近話題の。ふん、どうせこの男に尻を振って、出演を取ったんでしょう」
関谷の敵意は、一貫して香織に向いているようだった。
美味しく頂いたのは俺の方だ、と言いかけて、黒宮は慌てて口を噤む。
そこに声を上げたのは、珍しく怒り心頭になった京子である。
「無礼な方ですね。人に対しては、最低限の礼儀というものがありますよ。恥を知りなさい」
「ふん、誰かと思えば小娘ね。大人に意見するのは、大人になってからになさい」
「大人? あら、わたくしの目の前には、誰か大人の方がいるのでしょうか?
人としても、占い師としても、未熟な方ならおられるようですけれど」
「なんですって、この、罰当たりめっ……!」
露骨に挑発されては、黙ってもいられないのか。
そう、京子に食ってかかろうとした関谷だが、続いて出てきたのは銀髪の修道女、鏑木イリス。
最も喧嘩っ早く、最も苛烈で、最もどぎつい信念の持ち主である。
「ふん、占い師風情が笑わせるわね。罰が下るのは貴方のほうよ。
貴方のような詐欺師どもの仲間が、神の罰を騙るとは、怒りを通り越して呆れてしまうわ。
やれるものなら私に罰とやらを当ててみなさい。
偽預言者どもを、この私が恐れると思ったら大間違いよ」
「……ちょ、ちょっと、この子何よ。随分危ない感じだけど」
さあ喧嘩をするぞ。
やる気満々に出てきたイリスを見て、流石の関谷も引いているようだった。
無理もない。イリスの瞳は爛々と輝き、さあ戦おう、いくらでも議論をしよう、夜明けまででも論駁してやる、という意志がありありと見える。
「まあいいわ。番組では、見てなさいよ!」
そう捨て台詞を残し、香織の方を睨みつけて、ドカドカと音を立てて去っていく。
イリスは肩透かしを食った顔で、物足りなそうだ。
京子はぷりぷりと怒っていて、常識人組の水樹と香織は、さっそくのバトルに頭を抱えている。
が、黒宮と恋は、互いに目を見合わせ、小さな声で囁きあった。
「(ね、黒宮さん……最後の、見えた? イリスちゃんは、そもそも見てなかったみたいだけど)」
「(……俺には見えた。ほんの一瞬、ちょっとだけだったけどな。確かに、見えた)」
そう。
それはほんの一瞬、僅かにだけ顔を出して、すぐに消えた。
論駁に頭がいっぱいのイリスは見逃していたが、もし注意を払っていたら、彼女も「それ」を目にしただろう。
睨みつける彼女の目には、うっすらとだが、黒い靄が滲み出ていたのだ。
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「最近の風紀の乱れは、目に余るわ。不倫、不倫、また不倫! 一体どうなってるのかしら!」
収録が始まると、関谷はいつも通りに吠え始めた。
キャストたちが、最近起きた出来事を喋り始める。
やれ、あの人の不倫騒動は意外だった、もっと真面目な人だと思っていたのに、云々。
お互い、いい大人なのに、世間ことは考えなかったのか、云々と。
そんなお喋りの中、香織はいつもより言葉少なめに、関谷のことを見つめていた。
正直、苦手な相手だ。
自分に、理由もなく敵意を向けてくる相手は、もちろん、怖い。
ただ、もう以前よりは怖くない、とも思う。
カメラの向こう、ギャラリーの中には、腕組みをした黒宮に、珍しく怒り顔の京子、不敵に笑うイリスがいる。
横には、忙しそうに本のページをめくる恋と、手伝わされているのか、わたわたと本を探しては手渡す水樹もいた。
自分も負けていられない、と気合を入れたところで、関谷がにやりと笑うのが目に入った。
「ちょっと、アンタも関係なさそうに言ってるけどね。メイクの子と、遊んでるでしょう?」
そう言われたのは、香織の横に座る中年の男性で、そこそこ有名な俳優である。
彼は面白いように目を白黒させた。
「え、ちょっと、いきなり何を」
「分かるのよ。アタシにはお見通しだわ。離婚して半年だっけ? 手のお早いことね!」
「じょ、冗談きついなあ、勘弁して下さいよ……」
そう頭を掻いて誤魔化そうとする男だが、あまりにも図星な反応だった。
悪いことに、生放送である。視聴者には、「これ絶対クロだ」という印象がはっきりと焼き付いただろう。
他の出演者は苦笑いして、場を取り繕うしかない。
だが香織は、我慢できずに本音を言ってしまった。
「人のプライベートを、根拠もなしにあれこれ言うのは、感心しませんね」
あのイリスの喧嘩腰に、少しは影響されてしまったのかもしれない。
「あら。アンタ、かばうつもり? ひょっとして同類かしら?」
「そう思う根拠は何ですか? 占いでそう思った、と仰るなら、随分都合のいい占いなんですね」
「言ってくれるわね、じゃあ占ってやるわよ。洗いざらい言ってやるから、せいぜい覚悟するのね」
「お好きにどうぞ」
関谷がぎょろりと、悪意に満ちた視線を向けてくる。
香織は黒宮がするように、腕を組んで不敵に見つめ返してやった。
ただ、黒宮は男性で、香織は女性、それも巨乳美人である。
たわわな実りがぷるんと弾み、視聴者はそれに目が釘付けになっていた。
だから。
その変化に気付くのが、カメラマンも含めて、一瞬遅れたのだ。
「……ひっ!」
突然、何かが目の前に現れでもしたかのように。
関谷が大きくのけぞり、隠しきれない恐怖を顔に貼り付けて、後ろに下がる。
「え、関谷さん、ちょっと……」
「おい、どうした、誰か……」
スタジオのスタッフが騒然となる。
「ぎゃあっ!」
関谷は椅子から転げ落ち、這いずるように後ろへ逃げたかと思うと、そのままぐるりと目を回し、気絶してしまう。
放送事故だ。
「救急車を呼んでくださいっ!」
真っ先にそう叫んだのは香織。
スタッフがパニックになる中、冷静に立ち上がり、的確に指示を飛ばす。
「誰か、AEDを持って来てください! それと、心肺蘇生の訓練を受けた人はっ!?」
「あたし、出来るよ」
あっけらかんと手を出すのは、他でもない、夏木恋である。
黒宮は「えっ?」という顔で彼女を見るが、特に思うところもないようで、スタスタ舞台に上がっていく。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
「う、ううっ……」
トントンと肩を叩き、脈をとる。
そうして、少しほっとしたように、
「脈もあるし、反応もある。脳卒中かも知れないから、救急隊が来るまで、このまま動かさずに安静にして」
そう、落ち着いて喋る恋に、誰もが一息つく。
そして思い出したように、スタッフの誰かが叫んだ。
「し、CM入りますっ!」
ドタバタと人が走り回り、CMの間にスタジオを移動する。
そんな中、黒宮は頭を抱えていた。
(おいおい、今、でかい蛇が見えたぞ。なんだありゃ……)
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