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神秘と豊穣の幕間に(1)

「おお……大分、お腹が目立ってきたな」
「もう、黒宮さん? 毎日触ってるじゃないですか」
「……何だか、親馬鹿になりそうだよね、黒宮さんって」

静香の用意した屋敷で、黒宮は孕ませた女達と過ごしてた。
妊娠から五ヶ月が経ち、お腹もぽっこり膨らんでいる。いわゆる安定期なのだが、不安定なのは黒宮だ。
毎日毎日、屋敷に顔を出しては、ひとりひとり腹を撫でて、発育具合を確認してしまう。
自分でも信じられないくらいの、浮かれ具合だった。

「正直、意外です。黒宮様は、その……気になる女性を、手当たり次第でしたから」
「そうか? 自分じゃ、釣った魚にも餌をやるタイプだと思ってたが」
「……そうみたいですね」

秘書として、黒宮のセックス相手を手配してきた水樹は、彼の浮かれ具合に驚いていた。
確かに意外と義理堅くて、関係した相手のことを気にかける性質ではあるが。ここ最近の様子を見ていると、親馬鹿になりそうで、違う意味で心配になってしまう。
「香織ちゃんは、しばらくテレビはお休みだな」
「はい。その、このお腹じゃ、分かっちゃいますし」

幸せそうに微笑んで、大きくなったお腹を撫でる香織。ゆったりとしたワンピースを着ているが、その上からでも、変化したボディラインが見て取れる。
大きなお腹に、膨らんだ乳房。
黒宮は妊婦に欲情するタイプではないが、それでも、今の香織は色っぽく見えた。

「んんっ」
「まだ、おっぱいは出ないんだな」
「まだ、ですよっ……あんっ。安定期だからって、その、激しいのは……」
「お腹に負担をかけちゃいけないからな。大丈夫、俺だって自制できるさ」

一通り香織のからだをまさぐってから、そっと離れる黒宮。
それを見て、静香がクスクスと笑う。

「どうせなら、お口で鎮めましょうか? こっちなら、ちょっと乱暴にしても構わないけれど」
「魅力的だが、今のおまえを乱暴に扱おうとは思わないな」
「まあ。優しいのね」
「大事な赤ちゃんがここにいるしな」

以前は、服を破いて強姦まがいに犯したこともある女。
その腹を、優しく愛おしげに撫でて、耳元で低く囁く。

「せっかく、旦那から寝取って孕ませたんだ。しっかり産んでくれよ、俺の子を」
「ふふっ、悪いひと……」

女優として成功し、金持ちと結婚してセレブ妻になり、その後未亡人になった静香。
ずっと子供を欲しがっていた彼女も、今は幸せそうだった。
そして。

「うひゃー、黒宮さんも、変われば変わるんだね。あたしも、正直ビックリだなぁ。まあ、神様は喜びそうだけど」
「存外、あれに当てられてるのかもな。でも、別に悪い気はしないぞ。
おまえは、その、大丈夫なのか? 体調とか」
「おかげさまで、つわりも殆ど無かったし、安定してますよっと。しかし、黒宮さんに心配されると、調子狂っちゃうな」
「……一度、おまえが俺のことをどう考えてるのか、聞いた方が良さそうだな」
「ははは。まあ、心配しなくても大丈夫だよ。ここは女神様の庭みたいなものだし……」

しゅるしゅると音がして、どこからともなく、白い蛇が現れた。
それは笑うように瞳を細め、恋の腕に巻き付く。
見るからに人慣れしたペットの蛇。珍しいが、それだけだ。

「頼りになる守り神様もいるしねぇ」

笑う恋の指を、チロチロと舐めては、嬉しそうに尻尾を揺らす。
それがただの蛇ではないと、この場にいる全員が知っていた。

賢すぎるのだ。

一体どうやっているのか、リモコンを取ってきたり、お菓子を運んできたりと、並外れた知性を示す行動が多い。
蛇がリモコンを運ぶ姿を見てしまった黒宮は、最初こそ転びそうになったが、ニヤニヤ笑う恋を見て全てを察した。

この屋敷はもう、あの女神の庭なのだ。
百鬼夜行の夜に見せつけてくれたように、世界はもう、変わってしまったのだ。この場違いな時代に、古き神は、昔なじみの驚異を携えてやって来た。

「そういえば、話したことあったっけ? あたし、実家は神社をしててさ。中学まで、巫女さんをしてたんだよね」
「はあ? おい、初耳だぞ、それ」
「あんまり話したくなかったからね。聞こえちゃいけないものも、色々聞いたなあ。恨み言ばっかり。あれは、もう、神様っていうよりは——」

悪霊、になってた。

感情の抜けた声で告げる恋は、黒宮が見たこともないほど、真剣な顔をしていた。まるで彼女を心配するように、蛇が肩の上に顎を乗せる。

「それもすぐ、止んじゃったけどね。その時思ったんだ。ああ、最後の神秘が終わっちゃった、って」
「……本物に触れて、どう思った?」
「興奮したよ。うん、そうだね。初めて『あの』声を聞いてからずっと、『あの』夢を見てからずっと、あたしは興奮してるんだ。
今、あたしは、神秘の中心にいるんだ、ってね」

笑いながら蛇の頭を撫で、次いで自分の腹をさする恋。そこには、敬虔な巫女だけが浮かべる、アルカイックで穏やかな笑みが浮かんでいた。

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