巨乳キャラあつめました

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夜明け前の青い光

夢。
夢を見ている。

黒宮はそう感じた。
気付けば佇んでいるのは、何処とも知れない廃園で。
見知らぬ花が咲き誇り、ひゅうひゅうと気持ちのいい風が吹く。

胸に芽生えるのは、不思議な既視感。この場所を、知っている。まるで大昔に見た夢の、続きを見ているような、奇妙な感覚。この世の神秘の欠片を、ひと触れしたような。

「……ここは、どこなの」

隣に立つイリスが、呆然と呟いた。気丈な少女が、珍しく足を震わせ、黒宮の手をぎゅっと握りしめる。
彼女は感じ取っているのだ。

ここが、この場所こそが、「知らない場所」、「ここではないどこか」。
渦潮に飲み込まれ、運ばれてきた、彼岸なのだと。

「さてね。俺だって、何でも知ってるわけじゃない。だが、尋ねる相手なら決まってるな」

少女の手を握り返し、廃園を歩き始めた。イリスとは対照的に、黒宮の気分は不思議なほど落ち着いていて、そこに何が待っているのか、予感めいたものを覚える。
「ほほ。待ちぼうけたぞ、妾が祭司よ。神を待たせるとは、大物よな。それに歓迎しよう、かつて妾が救った娘よ」

予感は的中した。
辿り着いたのは、古びているが、壮大な神殿だ。その門の前に、夜空の色をした髪を長く伸ばして、「あの」女神が腰かけていた。

「まあ、座るがよい。少しばかり、話がある。なに、悪い話ではない」
「そりゃ安心だ」
「……」

皮肉めいた笑みを浮かべ、女神の前に腰かける黒宮。イリスは無言のまま、遅れておずおずと腰を下ろした。
借りてきた猫のように大人しくなるイリスへ、女神は優しく微笑みかける。

「恐れずともよい。そなたが妾の信徒でなきことは、百も承知よ。しかし、ほほ、そなたの信じる神は憎いがの、そなたは面白き娘よ」
「……そう。私は、コロッセオで猛獣の前に立っている気分だわ。殉教者たちも、こんな気持ちだったのかしら」
「くふふ。取って食おうというわけではない、気を緩めて聞くがよい。
先日、妾が巫女に尋ねたのよ。人の子が、この数千年を、如何に過ごしてきたのか」
「そいつは、恋のやつも大義だったな」
黒宮は苦笑いした。神様相手に、そんな講義が出来る人物が、彼女以外にいるとも思えない。しかし随分と、プレッシャーのかかる講義だったことだろう。

「妾は、随分驚いたモノよ。神殿は消え失せ、祭司はいなくなり、忌々しい十字が世界を満たしたかと思えば——新しき賢者が現れて、神は死んだと宣う。
暴君は、一人の死は悲劇であるが、百万の死は……はて、何だったかの。ほれ、そなたらの考えた、賢しくも空恐ろしい概念よ」
「”一人の死は悲劇だが、百万の死は統計値に過ぎない”。ヨシフ・スターリンだ」
「それよ。そなたらの時代を、ようく現しておるわ。これには、あの十字架のも、さぞ参ったろうて」

そう言ってころころと笑う女神だが、その目は、全く笑っていない。

「今は、神秘なき時よ。神もなければ、英雄もない、回りゆく歯車の時よ。古き神々も、十字架の神も、もはや等しく用済みよな。いやはや、妾も、場違いな時に戻ってきたモノよ。さて、どうしたものかと思うたが」

忽然と、女神の手に巨大な書物が現れた。
表題は無いが、開かれたページを覗き見て、それが古い言葉で書かれていると知る。恐らくは、古代ギリシア語。
イリスには、それが分かる。分かってしまう。
何故なら、その本は——

「ふっ。”初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった”とはの。あの忌々しい、十字架の神は……ああ、ああ、決して許しはせぬが。しかし、先見の明があったとは、認めねばならぬ」
「「なっ……!」」

それは、新約聖書からの引用だった。まさか聖典、それも憎んでいる神の聖典を読み上げるとは思わず、黒宮とイリスは揃って声を上げる。

「言葉、言葉、言葉。今は情報、と言うのか。
それがそなたらの時代なのだと、巫女に聞いたわ。なれば妾も、それを利用しようと思うのよ」
「何だと?」
「まさかそなた、妾が数千年前のまま、信徒に石造りの神殿を築かせるとでも思うたか? 十字路の呪いに応え、人の子を呪い殺すだけで、神の座を保てるとでも?
ほれ、そなたが迷い子を助けたあの夜。妾は少しばかり、羽目を外して練り歩いたが……あの後、何もなかったであろう」
「確かに、季節外れのハロウィンだと勘違いされたみたいだな」
「させた
・・・
のよ、妾がな」

黒宮は押し黙る。目の前の女神の、勝ち誇る笑みを前にして。そして彼女の真意を図りきれずに。

「妾も驚いたわ。こんなことが、出来るとはの。
そう、折良く、そなたは情報とやらの根元を支配した。よきかなよきかな、妾の祭司よ、そなたは実によく仕事をした。お陰で妾には、新たな権能が芽生えたのよ。
情報とやらを支配すればの、後はゆっくり、世界を変えてゆけばよい」
「本気か、おまえ」
「ほほ、答えを知っているならば、尋ねる意味もあるまいよ。
それにそなたは、これから子を育てる。我が子には、よき世界を望むが親心よ。のう?」
「……まあ、な」

黒宮は大きく大きく溜息を吐いた。世界を変えるなど、世迷い言だ。
世迷い言だが、自分とこの女神とは、とっくの昔に運命共同体となっていたのだ。
一度船に乗ったなら、此岸に辿り着くまで、乗り続けなければいけない。

「ふぅん。世界を、この背教者に都合良く書き換えようと、そう言うわけね。それで、私を呼んだ理由は何かしら?」
「ほほ、面白き娘よ。見ての通り、この祭司はな、大仕事に腰が引けておる。
そなたのような娘が、横で支えてやる必要があろう。なに、何だかんだ言いながら、憎からず思っておるのだろう?」
「なっ……!」

口をパクパクさせ、言葉を失うイリスを見て、女神はカラカラと笑う。そして立ち上がる。今回はここまで、と言うように。
そうして夢は溶け、渦は逆巻きに、ふたりはウサギの穴を駆け上がって——

「……ん」

目覚める。
薄暗がりだ。まだ、夜が明けていない。しかし暗闇とも違う。
静かな青色の広がる、黎明の時間。

「どうしろって言うんだよ、まったく」
「私達に、何をさせたいの、あれは」

ベッドの中で抱き合ったまま、二人は同時に悪態を吐いた。
そこにクスクス笑って答える者がいる。

「いいじゃない、きっと楽しいよ?」
「って、おい。何でそこにいるんだ、恋」
「あたしは巫女だからね。そういう黒宮さんは祭司で……イリスちゃんは、戦士かな?
あたし達は、運命共同体。だから、楽しんで行こう?」
「ちょっと、戦士ってどういうことかしら」
「あはは、運命共同体なのは、否定しないんだ?」

青い光に満たされた夜明け前。
世界を塗り替える青は、3人を優しく包み込んでいた。

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