真夏の残照(1)
「夏祭り、行きませんか?」
そう、唐突に切り出されて、黒宮はぽかんと口を開けてしまった。
話を持ち出したのは、神無月京子。
家元女子高生として有名な、黒髪ロングの美少女だ。
「……夏祭り?」
「ええ、夏祭りです」
黒宮は長いこと、華やかなイベント事とは縁遠い人生を送ってきた。
奇妙な力を手に入れ、女神の祭司となってからは、淫らな色に染まった人生を送っている。
しかし、それでも。
「……柄じゃないけどな。ま、いいか」
「ふふっ、やりましたっ。わたくし、おめかしして参りますね」
ぎゅっと拳を握り、嬉しそうに微笑む女の子と、夏祭り。
それは彼にとって、どうも実感の湧かない話だった。
実感は湧かずとも、日程は進んで、その日はすぐにやって来る。
祭りの夕方、京子の屋敷に車を走らせれば、待ちかねたように出迎える、浴衣姿の女学生。
「お待ちしていました、黒宮さまっ」
「お、おう……」
白と藍色の縞模様。そこに百合の花があしらわれた、見事な浴衣だ。
間違いなく今日のために用意したのだろう。
結い上げた髪には、花のかんざし。
「その……如何でしょうか。似合っていれば、いいのですが……」
「似合ってる。これ以上ないくらいバッチリだよ、京子ちゃん」
思わず本音が口を突いて出た。
黒宮にしては珍しく、ぼうっと少女の顔を眺めてしまうくらいには、美しい立ち姿だ。
もう絶滅危惧種の、絵に描いたような大和撫子。
日頃から、美人も美少女も侍らせているが、こんな古風な乙女は、神無月京子をおいて他にない。
「それじゃ、行くか」
「はいっ」
ぶっきらぼうに手を出すと、喜んでそれを握る少女。
こうして、浴衣JKと連れ立って、黒宮は夏祭りに出かけるのだった。
「わぁ……人がいっぱいですね」
「そりゃそうだ、祭りだからな」
街外れ、小さな山の麓にある広場は、今日に限ってごった返している。
夏祭り。
地元の学生やら、休みの社会人やらが集まって、賑やかなことこの上ない。
正直、黒宮としては場違いな気持ちでいっぱいだったが、
「綿あめです。一度食べてみたかったんです!」
「そ、そうか」
自分以上にハイテンションな京子を見て、逆に落ち着いた。
それに、賭けてもいいが、今この場に、京子以上に浴衣の似合う美少女はいない。
そんな彼女と腕組みして歩いているのだから、少なからず優越感がくすぐられる。
「黒宮さまも、どうですか?」
「おお」
一つの綿あめを、ふたりで分け合う。
どこから見ても、カップルにしか見えない行動だ。
「わたくし、今まで、こういうお祭りには来たことがなかったんです」
「……随分興奮してるし、そうなんだろうなと思ったけどな。正直、意外だぞ。京子ちゃんくらい、浴衣の似合う子はいないからな」
「もう、お上手なんですから……わたくし、今までお花のことばっかりで。こういうことを、全く経験してこなかったんです。
恋さんが、よく遊びに連れ出して下さいますけど、きっと……人並みに、普通の女の子みたいに遊んでみたら、と。そう、背中を押して下さっているのかも知れません」
「まあ、あいつの言いそうなことではあるな」
とはいえ、恋のやることだ。単に面白いからそうしている、というオチもありそうだった。
「その恋さんも、黒宮さまの赤ちゃんを育んでいますね」
「あ、ああ」
「わたくし、ほんとうに羨ましいんですよ? 恋さん、香織さん、水樹さん、それに静香さん……皆様、大人の女性ですから、お子を作られるのは分かります。けれど、わたくしだって、黒宮さまのこと……」
お慕いしていますのに。
そう、耳元に囁かれ、黒宮は思わずドキリとする。
可憐で、純真で、可愛らしいばかりと思っていた京子。
それが、祭りの灯りに照らされて——ひどく大人びた色香を漂わせているのだ。
顔立ちも体つきも、まだまだ少女のそれだというのに。
「京子ちゃん」
「んっ……」
そっと肩を抱き寄せ、艶やかな唇を奪う。
人混みの中だ。
すぐに離して、また、元通りに雑踏を歩き出すが。
「黒宮、さま……」
唇に指を当て、頬を赤らめる少女の顔は、もう、元には戻らない。
ほう、とため息のように吐かれる吐息は、情欲に湿っている。
「やれやれ。京子ちゃんは、まだまだ子どもだって思ってたんだけどな」
「意地悪ですよ、黒宮さま。わたくしを……女になさったのは、ご自分ですのに」
きゅっと腕を抱きしめて、恋する男の耳だけに届くよう、小さく、熱っぽく囁く京子。
まだ発育を続けているバストが、浴衣の上からむにゅりと押し付けられる。
その妙に生々しい感触に、黒宮は驚いた。瑞々しい乳房が、着物の下で、ずいぶん自由に動いている。
「ねえ、京子ちゃん。もしかして……ノーブラで来た?」
「どうでしょうか? 黒宮さま、気になるようでしたら……確かめて見ませんか?」
クスリと笑う女子高生には、少女から大人に変わりゆく途中の、アンバランスな色気があって。
黒宮は思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまうのだった。