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1話 エレベーターが開くと、そこは異世界だった

なんだか俺は疲れていた。
飽きていたと言い換えてもいい。

毎日決まった時間に起きて、決まった時間に出社して、決まった仕事をして、決まった時間……より遅くなることの方が多いけど、まぁ大体おんなじような時間に眠り就く。
そんな不変のルーティーンに、心の底から疲れきってしまっていたのだ。

とはいえどうにもならない。皆そうやって生きてるのだし、生きていくってのはそういうことだから。

だからこれは、いわゆる「五月病」なのだろう。
普段はあんまり考えないのに、ちょっと一段落着いた時期になると「このままでいいのかな?」って漠然とした不安に駆られ、やる気が根こそぎ消失するアレだ。今はもう七月なので、今年の五月病は治りが遅いようだけど。

ってなわけで長引いた五月病は重症化してしまい、新たな症状を引き起こしていた。

「……なにやってんだろ俺」

ポツリ呟きエレベーターに乗り込む俺。
見知らぬマンションであり、現在夜中の一時過ぎだ。

控え目に言って不審者まっしぐら。俺がここの住人なら無言でポリスメンを召喚してることだろう。
だが幸いなことに、今のところ誰にも見つかってはいない。

エレベーターの中には、正面に大きな鏡があった。
姿見に映るのは、涼井誠
すずいまこと
24歳。独身。
つまり俺だ。

ヨレヨレのスーツに踵の磨り減った靴。瞳は死んだ魚のようで、生気と呼べるものは行方不明。

そんな自分の姿を確認した俺は疲れた笑いを零し、そして四階のボタンに指を伸ばした。
扉が閉じ、重力がクンッと身体に掛かる感覚に若干の気持ち悪さを覚えながら、こんなことをしている理由を思い返してみる。

―― 『エレベーターで異世界に行く方法』 ――

たまたまインターネットで見つけた記事で、そこそこ有名な話らしい。いわゆる都市伝説ってやつだ。
もちろん「伝説」は「伝説」なわけで、実証なんてされてないが。

ってかないでしょ。
そもそもエレベーターで異世界ってなんだよって話。

とまぁ俺の常識的な部分が唾を吐き捨ててるわけだけど、それでも俺がこんなことをしてるのは、きっと重症化した五月病のせいだろう。ヤツは弱った俺の心に巣食い、完治したはずの中二病まで併発しやがったのだ。

だってさ、普通は行動に移さない。
異世界があったらいいな。行けたらいいな。
そんなことを考えるのは特別なことじゃないし、現実逃避は自分の心を守る有効な手段の一つなのだから。

けど実際に行動に移すのはアウト。
それはボーダーラインを超える行いだ。

例えば、突然大声で独り言を喚きだしたり裸足のまま外に飛び出したり。やろうと思えば簡単に出来るし犯罪でもないことだけど、普通の精神状態ですることが出来ないのは、そのボーダーラインを超えてしまう行為だからだと俺は思っている。
理性、常識、世間体。様々な名を持つボーダーラインは年齢を重ねるとともに濃く太くなり、人の行動を抑制するようになるわけだけど、大人になるとはそういうことなんだろう。

そして今、俺はそのボーダーラインを超えてしまっていた。

自分が狂気側の住人になったのではないかと若干の焦りは覚えるけど、まぁいいさ。それもあと僅かな時間だけだ。直に正気に戻るのは目に見えているからな。

だって今はエレベーターで異世界に行く方法の手順を着々と進め、十階から五階に降りている最中だが、話しによれば五階で若い女性が乗り込んでくるらしいのだ。でもそれは「成功なら」って話し。成功するわけなんてないんだから、若い女性が乗り込んで来ることはない。
つまりそこが、ボーダーラインの向こう側の終着点。「あ~あ。やっぱりな」って自嘲しながら正気側に戻り、俺はいつもより少しだけ寝不足ないつもの日常に戻るのだ。

そう思ってた。

そうなるはずだった。

なのに……。

――コツ……コツ……コツ……

突然に……。
しかしはっきりと聞こえてきた音が、俺の背筋に寒気を走らせた。

硬質で軽いこの音はハイヒールの足音。
つまり女性だ。若い女性がエレベーターに乗り込んで来てしまったのだ。

狭いエレベーターの室内。
乗り込んできた女性は、階数ボタンの前に陣取っている俺とは対角線の位置で足を止めた。

身長は自分より少し低い程度なので、女性としてはやや高い部類。蝶のコサージュの付いた帽子を目深にかぶっているので顔は良く見えないけど、ふわりと良い匂いが室内に充満した。

そう、充満だ。
だってとっくに扉は閉じ、エレベーターは密室になってしまっているから。
しかも唐突な女性の登場に驚き、俺は次の階数ボタンを押し忘れていた。

これはマズい。
何がマズいって非常に気マズい。

そりゃそうでしょ。
向こうから見ればこっちは五階に着いたのに降りることもせず、次の行き先も決めてない不審者だもの。
しかも階数ボタンの前に陣取ってるから、彼女としてはどうすることも出来ない。監禁してるのと変わらないこの状況は通報不可避じゃないだろうか?

どうしよう。
いつ叫ばれてもおかしくない事態だ。
ひょっとしたら、すでに「痴漢に監禁されたなう」とかSNSで拡散が始まってるかもしれない。
いっそのこと俺が代わりに通報して差し上げるべきだろうか?

いやいや……。
何考えてんだ俺。
降って沸いた冤罪チャンスに頭がパニックだ。

ここは冷静になれ。冷静に。
まずは冷静に誤解を解かなければ。

「一階に降りますけどよろしかったですか?」

一階のボタンを押しながら、営業で培った爽やか笑顔と声音で俺は振り返った。
下手にどもったり固い表情を見せると逆効果になりかねないけど、外面の良さには自信がある。さらに「一階で」とアピールすることで、女性の思考を「あ、これから帰るところなのね」と誘導したのだ。

この無害アピール。
我ながら完璧と言わざるを得ない。

だと言うのに、女性は目を見開いていた。

「な、なんでっ!? なんで声を掛けてくるのよっ!」

それは不審者じゃないと分かってもらうためです。
そう言いたかったけれど、こちらの胸倉を掴んでくる女性の剣幕に押されては何も言い返すことが出来ない。

だって睨みつけてきてるのは、整った顔立ちをしていらっしゃる美人さんなのだ。
まさか初対面の美女に胸倉掴まれて迫られるなんて珍事、予測する方が難しいだろ?

壺か? 絵か? 英語の教材か?

頭の中で、疑心と暗鬼が踊り狂う。

「あなた今、何をしてたか忘れたのっ!? そのルールもっ!?」

しかし彼女の言葉でようやく気付くことが出来た。
そうだった。
俺は今、エレベーターで異世界に行く方法を実践してる最中だった。

そしてそのルールの中に「乗り込んできた女性に話しかけてはならない」ってのがあったのだ。

「そうよっ! あなたが話しかけてくるから失敗したじゃない! どうするのっ!?」

だから女性は、そのことを叱責しているらしい。

けどそれは変だ。
だって俺、この人に言ってないもの。
エレベーターで異世界に行く方法を試してる、なんてことは。

「な、何を言ってるんですか?」

誤魔化すように視線を逸らすと、彼女はエレベーターの窓ガラスを指差していた。
釣られてそちらを見た瞬間、俺の顔が青褪めてしまう。

「な、なんで…………なんで上に向かってるんだっ!?」

俺は確かに一階のボタンを押したはずだ。現に、行き先パネルのボタンは一階だけ点灯している。
だというのに流れる景色は上から下へと。エレベーターは何故か上昇しているのだ。

「何故って、あなたがそれを望んだからでしょ? 異世界に行きたいって。だからこうして私が調整に来たのに…………あなたがルールを破って話しかけてくるから失敗してしまったわっ! どうするのっ!?」

「失敗……? だったらどうして上に向かって……」

「わたしが来た時点で扉は繋がってるのよ。後はわたしが行き先を調整する手筈だったのに……」

「俺が話しかけてしまったから失敗した、と?」

「えぇそうよ!」

「ちなみに成功していればどうなってたんです?」

「あなたの生態に近しい異世界と繋げることが出来たわ」

それが失敗したとなると、行き先は……。

不安が頭をもたげるのとエレベーターが十階に到着したのは同時だった。
スッと重力が元に戻り、エレベーターの扉が開いていく。

「着いたわ」

先んじてエレベーターを降りた彼女。その向こうには草原が広がっていて、見たことないほど青い月が輝いていた。

ありえない。
だってここはマンションのエレベーターで、十階に到着してしまったはずで、その外が草原なんて有り得るわけがない。

なのに混乱する俺とは違い、女性は然も当然といった感じで振り返っていた。

「ようこそ異世界へ――って何してんのよっ!」

「あ、お構いなく」

『扉を閉じる』ボタンを連打する俺なのだった。

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