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5話 どの道死ぬのでは?

「あらあ~? 少し怖がらせてしまいましたかしらあ~? これからの事をお話したかったのですけれどお~」

ふふっと上品に目元を垂らし、リュドミナさんはそう言った。

けど俺は確信してる。
さっきのは間違いなく脅迫だ。
こっちがアレやコレやと言い出す前に上下関係をはっきりさせ、彼女はこの場のイニシアチブを握ったのだ。

「……伺います」

だから俺はそれしか言えなかった。色々と言いたいこと、聞きたいことはあったが、それらを飲み込んで耳を傾けることにしたのだ。命は惜しいからな。

そんな俺の態度に相好を崩し、リュドミナさんが雰囲気を和らげる。

「聡明なお客様で安心致しましたわあ~」

「そりゃどうも」

多少返答に棘が含まれてしまったが大目に見て欲しい。
だって逆らえそうにないとはいえ、こうもあからさまに脅迫されたのだから。
もっとも、あまり棘々していては話も進まない。
深呼吸で気を落ち着けてから、俺は話を促すことにした。

「で、今後の話というのは?」

「お客様の、この世界での生活についてのご提案ですわあ~」

「え……っと……。この世界での生活、ですか……? あ、あの、出来れば元の世界に帰りたいと思ってるんですけど……」

「どうやって、ですのお~?」

「それは……。何か方法をご存知ではないですかね?」

「今はありませんわねぇ~」

リュドミナさんは、きっぱりと断言した。その言葉に心がずしんと重くなってしまう。
いや、正直なところ予想はしていたさ。だって俺が求めてるのは、異世界から異世界に行く方法だ。たまたまこっちに来れてしまったけど、そんな都合の良い方法があるわけないもの。
来れたんだから帰れるはず、というほど異世界転移が容易ではないことくらい、言われるまでもなく分かってはいたのだ。

「ですから、お客様はこの世界で生きていくことを考えなければなりません。違いますかしらあ~?」

「そう……っすね……」

とはいえ、どうしていいか分からない。
なんせ異世界だ。地理も文化も伝手も資産も何もない。
こんなの途方に暮れるしかないじゃないか。

しかしそれを見越したように、彼女は言葉を続けた。

「そこで、こちらからご提案というわけですわあ~。お客様、当屋敷に滞在するつもりはございませんかあ~?」

「住まわせてくれる、ってことですか?」

それはありがたい。
まさに渡りに舟ってヤツだ。

例え周囲にいるのが人外のサキュバスだとしても、外に放り出されるよりよっぽどマシだろう。
だいいち、外に出たってサキュバスしかいない世界なわけだしな。リュドミナさんの言葉を信じるならメイドたちが俺を襲うこともないようだし、遥かに安全な場所に思える。

けど疑問は残った。
どうしても聞いておかなくてはならないのだ。

「見ず知らずの自分に、どうしてそこまで良くしてくれるんです?」

考えるまでもなく、これは俺に都合が良過ぎる展開なのだ。
窮地を救われ、雨風を凌げる場所を与えてくれて、さらに命の危険からも遠ざけてくれているのだから。

となれば疑わなければならない。
俺の都合ではなく、向こうにも俺を住まわせる都合があるのだ、と。

「ふふ。もちろんタダ、というわけではありませんわあ~。お客様には、していただきたいことがあるのです~」

ですよねー。
そんなこったろうと思ってましたー。

もっとも、「タダ」と言われるより何かを要求される方がよっぽど安心だったりする。「タダより怖いものはない」なんて、そこそこ社会で揉まれれば誰にでも分かることだからな。

「で、俺は何をすれば?」

「そう警戒なさらないで~? 難しい話ではないのですからあ~」

「というと?」

「お客様にお願いしたいのは家庭教師なのです~」

はて?
家庭教師と言われてもピンとこなかった。
一応これでも大学は出ているが、六大学というわけでもない。成績で言えば、並みよりちょっと下くらいだろう。

だいいち俺の居た世界での学問とこちらの世界の学問が同じである保証もない。
いったい何を教えろというのか。

するとリュドミナさんは俺の困惑を読み取ったのか、安心させるような声音で説明を始めた。

「実は近々親戚の子を当家で預かる予定なのですけれど、お恥ずかしい話、出来があまりよろしくないようでしてぇ~」

「はぁ」

「搾精の練習に抵抗があるようですの」

「はぁ…………はぁ!?」

ちょっと待て。
今なんて言った?

搾精……?
搾取する精液と書いて搾精?

「え、えっと、つまり……?」

「お客様には、その子に実践経験を積ませて欲しいのですわあ~」

リュドミナさんはそう言いながら親指と中指で輪っかを作り、宙でシコシコと何かをシゴく動作をして見せた。
たったそれだけの動作がとてつもなくエロく見え、思わずゴクッと喉が鳴ってしまう。

けど、同時に理解もした。
あぁ、なるほど。そういうことか。
ようするにこれは、その子を相手に射精しまくれ、という話なのだ。
確かにこれは男である俺にしか出来ないことだし、実にサキュバスってると言わざるを得ない。

「一応確認しておきますけど、命の保証はしてくれるんですよね?」

サキュバスってのは男から精を吸う魔物だが、その結果として命を落とすこともありえるって話しだ。ルクレイアとのアレを思い出せば、それが誇張じゃないことくらい経験として理解してる。

うん。
死ぬほど気持ち良かったもんな。
続けられてたら腹上死まっしぐらだった気がする。

「こちらからお願いしているのですものお~。もちろんそこは心配なさらなくて大丈夫ですわあ~。命を差し出せなどと言うはずありませんでしょお~?」

なら悪い話じゃない……のか?
ある意味で、気持ち良くなればいいだけって言われてるようなものだもの。しかも相手がサキュバスなら、容姿もそこそこ保証されてる。まだ子供ってのが不安材料だけれど。

なんて、予想してたよりずっと簡単な条件に俺が内心安堵しかけていると

「ただし……」

リュドミナさんは、含めるような言い方で口を開いた。

「お客様が溺れてしまった場合はその限りではございませんわねえ~」

「え……? それはどういう……」

「わたくしたちサキュバスは、無意識的に相手を虜にしてしまう生き物なのです。ちゃんと成長したサキュバスであればある程度コントロールも可能なのですけど、その子はまだサキュバスとして未熟ですのでぇ~」

「俺を虜にしてしまう、と?」

「はい」

「そうなると、俺はどうなってしまうんですか?」

「彼女を見るだけで勃起が止まらず、いくらでも精を捧げたくなってしまうでしょうねぇ~。それが命を代償とする行為であっても」

ダメじゃん!
どちらかというと、誘惑の溺れやすさには定評のある俺だった。

「ですがご安心ください。ちゃんとその対策も考えてあります。親戚の子が来るまでまだしばらく時間が掛かりますから、お客様にはそれまでに、サキュバスに慣れていただけば良いのですわあ~。サキュバスに対する耐性が付けば、簡単に虜にされるようなこともなくなりますからあ~」

ただ、具体的な方法は特にないらしい。
この屋敷で普通に過ごす。それでサキュバス慣れするだろう、とのことだった。

「もちろん、メイドたちがお客様を襲うようなことは致しません。逆にお客様から求められたら、その場合のみ相手をしても良いことになっておりますけどお~」

「えっとそれは……自分の自制心を高めろということですかね?」

「そのように捉えてくださっても構いませんし、物理的にサキュバス慣れしていただいても構わないのですよお~?」

その言葉を聞いて、一番ヤる気を出したのは周囲のメイドたちだった。
表情こそ変えないが、どの子からも「ばっちこ~い!」みたいなオーラが見え隠れしてる気がする。

なるほど。
彼女たちの誘惑に慣れなければならないってことか。

……無理じゃね?

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