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11話 サキュバスの生まれ方

俺が呼び出された場所は、リュドミナさんの私室だった。
当然ながら、俺に与えられた部屋よりも遥かに広くて豪奢な応接間だ。猫足のソファで気怠るそうに寝転がっている部屋の主は、着崩した真紅のドレスから生脚を覗かせ、色気にバフが掛かって見える。

なんだか相対しているだけで精子が搾取されそうな……。
それほど妖艶な空気が部屋を満たしていたのだ。

「ごめんなさいねえ~。突然呼び出しちゃったりしてぇ」

テーブルの上には、見たことのない果実。それをもぎ取ったリュドミナさんは、瑞々しい唇にちゅるんと含む。色っぽい仕草に見蕩れそうになった俺は、頭を振って愛想良く答えた。

「いえいえ。呼び出しに応じるのは客の責務でしょう」

実際、最初に交わした決め事にも『リュドミナさんからの呼び出しには特別な用事がない限り応じること』と明記されているからな。俺が応じるのは当然のことだった。
もっとも、呼び出された場所がこちらの部屋だったので素直に応じることが出来た。仮に『地下へ』と呼ばれていたら、それは死刑宣告にも等しいのだとルクレイアに聞いていたから。

……こっちで良かったよ……いやマジで。

「実は、誠さんに行って頂きたい場所があるのよお~」

「行って欲しい場所、ですか? どこです?」

「地下室」

「お疲れ様でしたっ!!」

さよなら今世っ!
こんにちは来世っ!

悲壮な顔で頭を下げた俺。なのに死刑宣告した本人は呆気に取られたように俺を見詰めてから、鈴を鳴らすようにコロコロと笑っていた。

「あ~、ルクレイアあたりから聞いたのねえ~? 遊戯室のこと」

この世界では遊び半分で拷問されるらしい。
さすが異世界。グッバイ異世界。

「誤解させてしまったようだけれど、そういうことではないから安心していいわよお~。もっともお~、わたくしと遊び
・・
たいと言うのなら遊んであげてもいいのだけれどお~?」

「だ、大丈夫っす! 間に合ってますっ! 誠心誠意お客様やってるんで遊ぶ暇なんてないっすから!」

「そお~?」

分かって言ってるのだろう。リュドミナさんは実に楽し気だ。
なんかこんなに楽しそうだと、ちょっと地下室の遊戯に興味が沸いてきてしまう。実は大人のテーマパーク的な感じなんじゃないのか? って。

「ふふ。どんなに悪い子でも、ちょっと遊んであげるとすっかり良い子になってくれるのよお~? だからあ~、悪い子になっちゃったらいつでも遊んでアゲルからねぇ~?」

あ、これアカンやつだ。
どんな悪い子でも良い子になるとかナマハゲもビックリ。
良い子になろうと俺は決めた。

「ま~冗談はこのくらいにしてえ~……。実は~、そろそろ紅い夜が近づいて来てるのお~」

いよいよ本題らしい。
俺は居住まいを正し、しっかりと耳を傾けることにする。

「はい。アルムブルムさんに聞きました。なんでもサキュバスの本能が刺激される夜なのだとか」

「ん~、アルムちゃんらしい優しい言い方ねえ~」

「違うんですか?」

「もうちょっとだけ過激かしらあ~? 人間に例えるとお~、飢餓状態に陥る、って言うと分かりやすいかしらねえ~」

飢餓状態。
もちろんそれは人間ならって話しで、サキュバスに適用すると……。

「わたくしたちは、精液枯渇症って呼んでるけれどお~」

ということだ。
つまり精液を欲して欲して仕方なくなるのだろう。
いや、リュドミナさんの言い方だともっと酷い状態か。なんとしてでも、どんなことをしてでも精液を得る。例え相手がどうなろうとも……。そんな感じかもしれない。

まぁそれでも、今までは男がいなかったから問題なかったのだろう。だが今は、俺という男が屋敷にいる。となれば、メイドたち全員が俺に殺到するのは目に見えていた。

「あ、だから地下室……」

「理解が早くて助かるわあ~。あの状態になっちゃうと、わたくしの言うことも聞いてくれなくなっちゃうのよお~」

なので俺を地下室に匿い、紅夜が明けるまで篭城させるという腹積もりなのだろう。

自室じゃダメなのだろうか?
……ダメなんだろうなぁ。
あぁ見えて、彼女たちの腕力は俺よりもずっと強い。
普通の扉くらい、ワケもなく破壊してしまうのだ。

「不安そうな顔しないでえ~? たった一日の辛抱よお~」

「そんなすぐ正常に戻るものなんですか?」

俺にはそれが不思議だった。
リュドミナさんは「飢餓状態」と例えたが、だったら腹一杯ご飯を食べなきゃ収まりそうにないもの。

けれどどうやら、そういうことじゃないらしい。

「サキュバスがどうやって産まれるか知ってる?」

「唐突っすね」

どんな話の流れなのか分からないけど、きっと関係あることなのだろう。
だから少し考えてみた。

サキュバスがどうやって産まれるか。
当然だが、人間と同じような生態ではないはずだ。だってこの世界には男がいないのだから。
ひょっとしたら「夢渡り」で精液を得てそれで妊娠するのかな? とも思ったが、なんとなくそれも違う気がする。

そもそも精液は彼女たちにとって食事のようなものだ。例え膣内に注ぎ込まれても、栄養として吸収されるだけで妊娠はしないんじゃないだろうか。
だいたいそれで孕んだら、みんなサキュバスと人間のハーフってことになる。サキュバスの血は薄まり続け、そのうち淘汰されてしまうことだろう。

となると……?
俺は降参とばかりに諸手を上げた。

「ほとんどのサキュバスは勝手に増えるのよお~」

そんな解答あり?
引っ掛け問題にすらなってない。
これがセンター試験だったら暴動が起きるぞ。

「誠さんも体験して分かってると思うけどお~、サキュバスの身体ってとぉってもエッチでしょお? それこそ、触れてるだけでイッちゃいそうなくらいに」

「そうですね」

「何故かと言うとお~、そもそもサキュバスという存在が、エッチな「気」で出来てるからなのよ~」

「それは……なんていうか、随分と……メルヘン?」

「ふふ。そうねぇ~。人間からはそう見えるでしょうねえ~。でぇ、新たに存在を生み出すほど多くの「気」がどうやって集まるかっていうと~……」

リュドミナさんはフルーツを口に押し込んだ指をちゅぱっと舐め、それで天井を指差した。
いや、話の流れを考えれば分かる。彼女が指したのは天井ではなく……

「紅い月」

「ご名答~。ご褒美にちゅ~してあげましょうかあ~?」

「だ、大丈夫っす!」

フルーツの果汁で濡れた青いルージュの唇を、ぺろっと舐めて微笑むリュドミナさん。あの唇を押し付けられたらどうなってしまうのか、想像するだけでゾワッと命の危機を感じてしまう。

背筋を震わす俺を楽し気に見詰めた妖艶な女主人は「ざ~んねん」とお茶目に笑ってから話を戻した。

「紅い月は強制的にわたくしたちを精液枯渇症にして、すっご~くエッチな気分にさせるのよぉ。それでぇ、た~っぷり溜まった淫乱な気を吸い上げるの。だから翌日にはすっきり正気に戻ることが出来て~、代わりに新しいサキュバスが一人増えるってわけねぇ」

なんともファンタジーなお話しだった。けどこの世界の住人にとってはそれが常識なのだろう。
この世界で生きていくことになった俺はコクンと力強く頷き、新しい常識を自分の中に根付かせる。

「ふふ。そういうことだからあ~、当日はちゃあんと地下室に篭るのよお~? 万が一誰かに見つかっちゃったらあ、死ぬまで犯されちゃうからねえ~?」

「それは……怖いっすね」

「まぁ地下室は頑丈だから、そこまで心配しなくてもいいわあ~。それよりも、誠さんがどうなるかの方が心配ねえ~」

「俺、ですか?」

「紅い月が人間の男にどんな影響を及ぼすのか未知数なのよお~」

あぁなるほど。
この世界には男がいないから前例がないのか。ひょっとしたら俺も淫乱化しちゃったり?

そういや現実世界でも、満月の日は変態が増えるという話を聞いたことがある気がする。全裸の上からロングコートで屋敷内を歩き回ったりしないように気をつけなきゃな。
もっともそんなことすれば、襲われるのは俺の方なのだけど。

「エッチな気分が収まらなくなっちゃったりするかもしれないから~、なるべく前日にはスッキリしておくことをお勧めするわあ~。なんならわたくしがヌいてあげましょ~かあ~?」

「スッキリどころかポックリ逝きそうで怖いんですけど……」

ふふ、っと妖艶に唇を舐めるリュドミナさんは、どこまで本気か分からなくて怖い。
うん。ポックリ逝かないためにも、自分で処理しておくことにしよう。

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