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12話 俺の紅夜対策

それから数日後だった。
夕食を終えた俺の前にリュドミナさんが現れ、Xデーが明日だと告げてきたのは。もちろん紅夜のことである。

だから俺も、さっそく備えることにする。サキュバスたちが月に狂うのはいつものこととして、問題は俺。俺にどんな影響があるのか分からないのだから。
リュドミナさんからは「スッキリしておいてね」と言われており、俺もその方針に従う気でいた。

となれば、一人で処理するのが手っ取り早いだろう。
手を出しても構わないどころかウェルカム状態の美女美少女に囲まれているというのに、なんという体たらくかと思わないでもないけれど。

ふん。チキンと呼びたくば呼べ。ただし俺をチキンと呼んでいいのは、サキュバスに溺れないない自信があるヤツだけな? もしそんな賢者がいるなら褒め称えてやる。だって右のちんぽを犯されたら左のちんぽを差し出したくなるのがサキュバスって存在なんだから。

まぁようするに、俺はまだ怖いのだ。
なんとかコミュニケーションは普通に取れるようになってきたけど、性的接触を求めるのは時期尚早だと考えている。

考えてもみて欲しい。
寝てるメイドさん相手に敗北を喫しちゃうような俺だぞ?
起きてる時にお願いなんてしようものなら根こそぎ搾り取られかねないのだ。

俺が望めば嬉々として搾ってくれる彼女たちだが、だからこそ俺は「ストップ」と言えるだけの正気を保ち続ける必要がある。快楽に溺れて「もっともっと」と強請ってしまえば、そのまま殺されてしまうのだから。

サキュバスに慣れ、耐性を付ける。
その道のりは、まだまだ長そうだ。

そんなことを考えながら、俺は自室へと戻って来た。
寝るにはまだ早い時間だ。
つまり今から孤独な戦いに挑み、三戦くらいして眠っておこうという予定である。

だったのだが……。

「あ、誠くん。おかえり~」

侵入者がいた。
っていうかアルムブルムさんだった。

ピンク色の髪が片目を覆っていても分かる満面の笑みをこちらに向け、にこやかに出迎えてくれた彼女は、掃除の真っ最中だったらしい。手には埃叩きを持っていて、ぽんぽん動かすたびに大きなお胸がぽよんぽよん跳ねている。実にけしからん。今日のオカズにさせていただこう。

「ごめんね? もうすぐ終りだから」

「あ~、いえ。いつもありがとうございます」

なんとなく、アルムブルムさんが起きていると調子が狂う。
だって彼女を見る時は、いつもベッドで寝てる姿なんだもの。

「ふっふ~ん! 今日はベッドの誘惑に負けなかったのです!」

俺の考えていたことが分かったのか、メイドさんは腰に手を当て、なんだか誇らしげに胸を張っていた。

それ普通のことなんですけどね。

「誠くんこそ早いね。帰ってくる前に掃除を終らせて出て行くつもりだったのに」

「えぇと……ほ、ほら。紅夜って明日なんでしょ? だから備えておこうかと」

「あ~、主様にちゃんと聞いてきたんだね。えらいえらい」

掃除道具を片付けたアルムブルムさんは、そう言いながら頭を撫でてくれた。

ちなみに、メイドさんから俺への接触は基本禁止になったままだが、彼女に対しては俺が許可している。
部屋を掃除してくれるアルムブルムさんを無碍にするわけにいかないし、何度か会話して危険はないと判断したからだ。

今もこうして頭を撫でるだけに留まり、アルムブルムさんはスッと俺から離れていた。
これが他のメイドさんだったら、そのままなし崩し的に行為が始まってしまいかねないところだ。
早くサキュバスに慣れるためにも、アルムブルムさんは適任と言える相手だった。

「で、男の子はどんな準備をするの?」

「男の子は、ってことは、他のみなさんも何か準備してるんですか?」

「そりゃあね~。どうしようもないことではあるんだけど、だからってあんまり変なところ他の皆に見せたくないでしょ?」

「そりゃまぁ」

「だから、なるべく自分の部屋に篭ってられるような準備をしてるよ~」

「あぁ、食べ物とか飲み物とかですね」

「バイヴ」

「……」

「バイヴ」

二回言った。
大事なことだったらしい。

しかし考えてみれば、そう変な話ではない。
淫乱化して思わぬ醜態を見せないように、自分で処理するための道具を部屋に準備するってだけの話しなのだから。
言ってみれば、アル中が部屋にワンカップを常備してるようなもんだろう。うん。どこもおかしくないな。

「で、誠くんはどんな準備なの~? ほぉら~。お姉さんに恥ずかしいこと言わせたんだから教えてよ~」

言わせてない。
勝手に言ってた。
ってか恥ずかしがってすらいなかったじゃないか。

とは思うものの、アルムブルムさんはソファに座っていた俺の隣に腰を下ろすと、距離を詰めながら「ねぇねぇ」と聞いてくる。
恋人同士がじゃれ合ってるような甘い雰囲気が漂い始め、ちょっと変な気分になってしまいそうだ。

そんな甘い空気が、俺の口を軽くしてしまったのだろう。

「えっと……あらかじめスッキリしとけってリュドミナさんに言われてて……」

「なるほど~。男の子にどんな影響があるか分からないから予防策ってわけだね」

「そういうことらしいっす」

ふむふむ、と納得顔のアルムブルムさんは、しかしパンッと膝を叩くと目を輝かせた。

「じゃあさ、お姉さんがシてあげよっか?」

ま~そうなるよなぁ……。
もちろん嬉しい話ではあるんだけど。

「あれ? 乗り気じゃない? あ~そっか。まだ私たちが怖いんだね」

「……すいません」

「うんうん。分かるよ~。度を越えた気持ち良さって、自分が自分じゃなくなっちゃいそうで怖くなるよね。なのに逆らえなくなっちゃうし、自分から求めるようになっちゃって歯止めが効かなくなるかもって」

分かってもらえるとは意外だった。
思わず「そうなんです」と相槌を打つと、アルムブルムさんは優しげに目尻を緩める。

「まぁ中には男の子をそういう状態にして搾れるだけ搾っちゃうのが好き! みたいな子もいるからね~。怖いって思うのは当然だし、それは無くしちゃいけない感覚だよ?」

「はい」

「あ、私は違うからね? 私たちって、上手くやれば男の子とWIN-WINの関係を作れると思うんだ。ほら、アレだよ。用法用量を守ってお使い下さいっていうアレ?」

確かに、それが理想の関係だろう。
共生、とは少し違うけれど、お互いの利益になるのだから。

「だから本音を言うとね? 私も、誠くんとそういう関係になりたいって思ってるの。もちろん無理強いなんてしないし、誠くんが危なそうだったら絶対に止めるよ」

あ……油断してた……。
告白にも似た彼女の言葉に、心がグラッと揺れたのが分かる。

「だ、大丈夫? もしかして魅了されちゃった!?」

「い、いや……危なかったですけどなんとか正気です」

「そ、そっかぁ……。良かったぁ。でも、やっぱりまだ止めておいた方がいいかもね。お話してるだけでそんな感じだと」

アルムブルムさんは申し訳無さそうにそう言ったが、俺は可能性が見えた気がしていた。
だって抵抗出来たのだ。かなりグラッといっても、ちゃんと正気に戻れたのだ。
ならばこの際、もう少し踏み込んでみるべきかもしれない。
明日の紅夜でどうなるか分からない以上、荒療治かもしれないが、今のうちに耐性を強めておくに越したことはないから。

だから……。

「アルムブルムさん。さっきの話、お願いしてもいいですか?」

「さっきのって……スッキリするお手伝いのこと?」

「はい」

彼女はとても複雑な表情で聞き返してきた。
喜びと、不安と、心配と。それらが混ぜこぜになった表情だ。

けれど俺の意思が固いと知るや、腕を組んで「ん~」と唸り、そしてある提案をしてきた。

「こういうのはどうかな? 私がするんじゃなくて、誠くんが自分でするの。それだったら自分が止めたい時に止められるでしょ?」

「それ一人で処理するのと変わらないんじゃ?」

「あ~、そうじゃなくて……」

そう言うと、アルムブルムさんはベッドを指差す。

「私は裸になってベッドの上で仰向けになってるから、私の身体、誠くんの好きなように使ってくれていいよ」

――ブッ!!
思わず鼻血が噴出しそうな提案だった。

まぁよく考えてみれば、いつも寝ている彼女に同じようなことをしているわけだけど。
けど今回は本人公認だ。しかも裸である。興奮しない方がおかしい。

「自分のペースで、ちゃんと自分の心を制御しながら気持ち良くなってくれたら嬉しいな。あと念のために、何回出したら強制終了っていうのも決めておこっか。もし誠くんが快楽に溺れそうになっても、ちゃんと止めてあげるからね」

かくして俺は、紅夜前日にアルムブルムさんと特訓をすることになったのであった。

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