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15話 夜は明けない

開いていく扉の隙間。
そこから見えたのは、もう見知ったメイドたちの顔だった。その中にはニーアの姿も見受けられる。
どのメイドも、美人さんだったり可愛い子だったりと整った容姿をしているのは変わらないが、その顔からは感情が消え失せていた。

真っ赤に瞳を輝かせ、口から涎を滴らせ、正気を失ったようにこちらへ迫ろうとしているのだ。

それはニーアも同じだ。
うわ言のように「ちんぽ」と呟き、半開きの口端には泡立った涎が付着している。
そこに「将来の夢は肉便器です!」と答えた快活な姿はない。なくて良いけど。
とにかく彼女は、ただただ獲物を求めて彷徨う死霊のような形相をしているのだ。

全身が、ブワッと寒気に襲われた。
全ての毛穴が開き、大量の汗が噴出したのだ。

――ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!!

大げさだったわけではなかった。
過保護だったわけでもなかった。
紅夜は、本当に危険な夜だったのだっ!

今更ながらにそれを知った。
明確な命の危機に際し、ようやく俺は事の重大さに気付いたのだ。

彼女たちの様子は、とても会話が出来るようには見えない。説得なんて不可能な状態だ。だからリュドミナさんは、物理的に俺を隠すしかなかった。それしか俺を守る方法がなかったから。

そうだ。
アルムブルムさんも、ルクレイアも、ちゃんと教えてくれてたじゃないか。
紅夜の危険性。どうにもならない理不尽な夜なんだって。

その忠告を無視したのは俺だ。異世界の怖さを忘れ、平和ボケした結果がこのザマ。
そんな俺は、これからどうなってしまうのか?

扉が開いた瞬間、彼女たちが襲い掛かってくるのは間違いないだろう。
そして俺の服を破り、露出した下半身に嬉々として跨ってくるのだ。
抵抗する術はない。腕力でも人数でも向こうが勝っているのだから。

床に倒され両手両足を押さえつけられ、身動き出来なくなった俺は彼女たちに集団レイプされる。
メイドたちは全員に精液が行き渡るまで代わる代わる俺に跨り、俺を犯し続けるのだ。

普通なら萎えてしまう状況かもしれない。
けれど彼女たちはサキュバス。男を起たせる方法などいくらでもあるだろう。

脳を焼き、壮絶な快感に全身が痺れ、呼吸すら出来ないサキュバスとのセックス。
それが続く。永遠に続く。
俺がどれだけ懇願しようと、泣き喚こうと、今の彼女たちは一切容赦をしないだろう。

ちんぽが萎えたら無理やり起たせ、ちんぽの感覚がなくなっても、精液が出なくなっても、強制的にセックスさせられ続けるのだ。

……死ぬ。
そんなの絶対死んじゃう。
汗と涙と精液と愛液と……。あらゆる体液でぐちゃぐちゃにさせられ、喉が潰れるほど快楽に喘がされ、そして殺されるのだ。

扉を握る力を緩めた瞬間、その未来が確実なものになるという確信があった。
だから力を込める。一層の力で扉を閉めようと試みる。

けれど無理だった。
メイドたちの力が俺より勝っているのだ。

そもそも、いつまでこうしていれば助かるのか?
最後に見た時計はまだ夜後九時。つまりこの状態で、残り八時間近く耐えなければならない計算だ。

そんなの無理に決まってるっ!

絶望が胸を満たし、膝がガクガク震え始めてきた。
命のタイムリミットが、刻一刻と迫って来る。

でも……。

まだ死にたくない……っ!!

ギリギリの状況で必死に頭を回転させ、生存の道を模索する。
可能性は高くないだろう。けれど俺は、最後に残った勇気を振り絞って賭けに出ることにした。
正直怖い。失敗したら、あとは犯されて死ぬだけだもの。
けど今賭けに出なければ、それすら出来なくなるのだ。

だからやるしかない。

今やるしかないのだっ!!

「うおおおおおぉぉぉぉぉりゃあああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

固まったように取っ手を握り締めていた手を決死の思いでパッと離し、同時に思いっきり扉を蹴り飛ばしたのだ。
当然向こう側のメイドたちは取っ手を引っ張っていたわけで、突然抵抗がなくなるどころか逆側に力が入れば、勢い余って吹き飛ばされるという計算だ。

直後。
ドタドタと人が倒れる音が聞こえ、扉から一切の負荷が消え失せた。

――上手くいったああぁぁぁっっ!!

だが喜んでいる暇はない。
すぐさま二枚目の扉へ戻り、中から鍵を掛けなければっ!

背後から、怨嗟にも似た「ちんぽ」の声が追いかけてくる。これを振り切り二枚目の扉を閉めた俺は、震える指先を必死に制御し、なんとか鍵を掛けることに成功していた。

と同時、ドスンと大きな衝撃が扉を叩く。
メイドたちが扉に突撃したのだろう。

「こっわ……っ」

さすがに扉を破るには至らないが、その迫力は扉を超えて俺に襲い掛かりそうなほどだった。
力が抜けそうな足腰を奮い立たせ、一枚目の扉もしっかり施錠して地下室に戻ると、俺は転がるようにソファへ身体を投げ出す。

危なかった。
マジで危なかった。

確かに窮地を抜けたという感覚が、遅れて俺の全身をガタガタと震わせ始めた。思わず笑ってしまう。もう笑うしかなかったのだった……。

……。

気付くとどうやら寝てしまっていたらしい。
変な体勢のままソファで寝たからか、起き上がると身体がギシッと悲鳴をあげた。

果実ジュースで口を潤し、時計を見やる。
なにせ地下室だ。時計を見なければ時間が分からない。
まぁ太陽のない世界なので、それは外でも一緒なのだけど。

「夜前五時……。そっか……終ったのか……」

ルクレイアは言っていた。目安として、夜前五時くらいになれば大丈夫だろう、と。
危ない場面もあったけれど、俺はどうにか紅夜を越えられたらしい。

と、ちょうどそのタイミングで伝声管から声が響いた。

「お客様。起きていらっしゃいますか?」

「その声はルクレイア? 終ったの?」

「はい。今からお迎えに参りますので、鍵を開けていただけますでしょうか?」

時間ぴったり。さすがメイドだ。
俺は「分かった」と返事をすると、のそりとソファから立ち上がり、扉の鍵を開けに行く。

一つ目の扉を開け、そして二つ目の扉を開けたところで、目の前には無表情ながらも端整な顔立ちがあった。

「おはようございます、お客様。ご無事で何よりです」

「なんとかね……。それより、もう出ても大丈夫?」

「はい。他のメイドたちは、騒ぎ疲れて眠ったようですので」

「そ、そっか……」

「荷物を回収しなければなりませんので、一度地下へ降りて頂けますか?」

そうだった。
篭城するために色々と持ち込んでいるのだ。放置したまま戻るわけにはいかないだろう。

俺はルクレイアに促されるまま、再び地下室へと踵を返す。

だが…………。

だが、だ…………。

何かおかしくないか?

ルクレイアは、他のメイドは疲れて眠ったと言っていた。
じゃあルクレイアは?
どうして彼女は眠ってないんだ?

そもそもの話し、五時ってのは安全の目安であって、確実ってわけじゃない。
にも関わらず、ルクレイアは五時ぴったりに来た。
逆に言えば、五時ぴったりである必要はないはずだ。余裕をもって六時、七時くらいなら、より安全なのだから。

「な、なぁ……?」

「はい」

「終った……んだよな?」

地下室に降りきってしまっていた俺は、彼女に背中を向けたまま恐る恐ると訊ねた。
なんとなく、振り返るのが怖かったのだ。

「はい。終りですね」

ルクレイアはそう返したが、恐怖はますます膨れ上がっていく。
だって直後…………カチャ、っと。金属音が聞こえてしまったのだから。

――鍵を掛けた……?
何故……?

「ルクレイア?」

俺が振り返るのと、彼女の脱いだメイド服が床に落ちるのは同時だった。

目に飛び込んできたのは、夜空を思わせる深い藍色の髪。
それから眩しいほどに白い素肌。
ルクレイアはレースをあしらった黒い下着と、扇情的なガーターベルト姿で、いつものようにそこに立っていた。

思わず見蕩れるほど芸術的に美しい下着姿だが、俺の目はある一点に釘付けになってしまう。

それは、ルクレイアの下腹部。
引き締まったウェスト。縦に割れた可愛らしいおへその下に、見慣れない模様が浮き上がっていたのだ。

「あぁ、これが気になりますか? サキュバスが淫乱化すると浮き出てしまう淫紋というものです。つまり残念ですが、紅夜はまだ明けていないということでございます」

そうして迫って来る半裸のルクレイア。
真っ白い素肌に映える黒い下着がとてつもなく扇情的だ。一歩、一歩と近付かれるたび、心臓が破裂しそうなほど跳ね回る。

「ですのでお客様。終ってしまったのは…………お客様の運命なのです」

美しき狩人は、そう言って俺を壁際に追い詰めたのだった。

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