巨乳キャラあつめました

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19話 間話:忍び寄る影

――  リュドミナ視点  ――

普段と違い背筋を正してソファに座っているリュドミナ・ヘリセウスは、優雅な手付きでカップを傾けていた。
それもそのはず。
ここは彼女の屋敷ではなく、今は客人として招かれているのだから。

屋敷で飲む紅茶より幾分高価な香りに目元を緩め、彼女は正面に座る女性が言葉を発するのを待つ。
照明よりも光輝く美しいブロンド。純白のドレス。清楚な顔立ち。
所作まで美しいその女性は自らの顎を摘まみ、たっぷり五分ほど黙考してから顔を上げた。

「おば様が突然いらしたことにも驚きましたが――」

「お姉様」

出鼻を挫かれ、女性は言葉に詰まってしまった。
彼女がリュドミナの屋敷で教育を受けたのはもう何十年も前のこと。
あの頃とは立場も違うし、いつまでも小さな子供ではない……とは思うけれど、しかし身体に染み付いた秒針の音が彼女の背中をブルッと震わせたのだ。

「……失礼いたしました」

誰かに頭を下げるのはいつぶりだろうか。
苦笑しながら、ブロンドの女性は話を続ける。

「お姉様が突然いらしたことにも驚きましたが、お話の内容はそれ以上に……。人間のオス、ですか」

「誠さん、ね。家畜のように呼ぶのは止めなさい?」

「……変わられましたね、お姉様。以前は「男など精を吐き出すだけの豚」と仰っていましたのに」

「若かったのねえ~。……今も若いけれど」

どう反応していいか分からず、彼女はカップに手を伸ばした。
すでに冷めてしまっていた香りに気付き側付きの者を呼ぼうとしたが、しかし思い直す。
今リュドミナと話している内容は、とても外部に漏らせるようなものではないのだ。例え側付きの者でも用心するに越したことはないだろう。

なにせ男だ。
人間の男がこの世界に流れ着いたのだ。
有史以来の珍事であり、国を揺るがしかねない大事件だった。

「それで、お姉様はそのオ……誠さんとやらをどうなさるのですか? 今の口ぶりですと、搾精家畜のような扱いにはしないのでしょう?」

「もちろんよお~。誠さんには当家のメイドを救ってもらった恩があるんですもの。悪いようにはしたくないわあ~。しばらくは平穏な日々を送って欲しいものねえ~」

「……分かりませんね。男の価値、重要性が分からぬお姉様ではないでしょうに。特に昨今の状況を考えれば……」

「貴女が焦るのも分かるけれど、かといって使い潰すような真似はしたくないのよお~」

ブロンドの女性は「そうですか」と一応納得した素振りを見せ、この話を一旦保留することにした。強権を発動してオスの身柄を押さえることも可能ではあるし、それは酷く魅力的な誘惑だったが、かといってリュドミナとの関係を破綻させるリスクと見合うかどうかは未知数だからだ。あと怒らせたくないし。お姉様ちょー怖い。

「ではその男のことはお姉様にお任せします」

「そうしてもらえると助かるわあ~。まぁ、それでもいずれ誠さんには協力して貰うことになるでしょうから、もう少し鍛えておく必要があるわねえ~」

にこにこ楽しそうな笑顔で遠くを見詰めるリュドミナの姿に「そのオス大丈夫かしら」と心配になりながら、しかしブロンドの女性は話を切り替えることにした。

「ホロウを月に帰した
・・・・・
とのことですが」

「誠さんを襲っていた子のことねえ~? まさか屋敷を飛び出していたメイドが男とホロウを抱えて戻ってくるなんてビックリしたわあ~」

「救われたというメイドはその方ですか」

「えぇ、そうよお~。今思うと、ルクレイアは二度も誠さんに救われているのねえ~」

一度目は、精液枯渇症になって家出していたところを助けられた。
二度目は、その心の奥に閉ざされていた深い悩みを、誠が解決してくれたのだ。
どちらも自分では救えなかった。いや、気付きすらしていなかった。
感謝するとともに、リュドミナは力のない自分を歯痒く思う。

「それでホロウの件ですが、お姉様はどう思われました?」

「ホロウ、ね。確かにあれは精液枯渇症の末期に似ている……」

「紅夜に同じような状態になってしまう者は多いですが、あちらは一過性のものですからね。意図的に夢渡りを拒絶しない限り、あそこまで酷い状態には普通なりません」

「うちのメイドが一人成りかけていたけれど、あれは彼女固有の問題だものねえ~。同時多発的に精液枯渇症が発生するというのは考え辛いわあ~……」

「しかし現実に、ホロウの発生件数は増加し続けております。今月だけですでに三桁近い報告数ですよ? 異常としか言いようがありません」

これこそが、目下彼女を悩ませている種だった。
確かにここ二十年くらいで、夢渡りが上手く出来ないというサキュバスが増えているのは事実だ。しかしだからといって、精液枯渇症を発症する者が急増している現状は腑に落ちない。いずれそうなる時期があったのだとしても、それはまだ先のハズなのだ。

それゆえ彼女たちは急増している精液枯渇症の急性末期者を「ホロウ」と呼称し、その対策に奔走している日々だった。

「何かの病気、という可能性はないのかしらあ~?」

「可能性は低いと思います。月から生まれるわたしたちは人間に比べて病に強いですからね。それより……」

一度言葉を切り、ブロンドの女性は苦々しそうに顔を顰めた。

「人為的に精液枯渇症を起こさせる、というのは可能なのでしょうか? 例えば被験者を眠らせないようにすれば夢渡りをすることが出来ないのですから、結果的に精液枯渇症に陥らせることが出来ますよね? 何年か続ければ末期症状になるはずです」

「手間ねえ~」

「なら精液枯渇症を経由せず直接存在を薄めるという方法…………お姉様なら簡単な方法をご存知なのでは?」

リュドミナの口元が「にまぁ」っと歪んだのを見て、彼女は思わず失禁しかけてしまう。

その表情には見覚えがある。
薄暗い地下室で何度も見た顔だ。

繰り返されるのは、強烈すぎる快楽。
絶頂の寸前まで何度も何度も往復させられる時間。
無情に時を刻み続ける秒針。

やめて……。
進まないで……。
どれだけ願っても針は進み、そして……。

「や、やだよぉ……。あたち、いい子だよ? もうわるい子じゃないよ? いい子にしてるからあぁぁぁ……っ! …………はっ!?」

気が付くと、目の前のリュドミナは優雅に紅茶を啜っていた。
もう先ほど見せた邪悪な笑みは消えている。
彼女は汗で張り付いたブロンドをかきあげると、胸に手をあて大きく深呼吸。なんとか気持ちを落ち着かせる。

「ふふ。何か楽しいことでも思い出したのかしらあ~?」

「え、えぇ……。そう、でしょうか……? 開けてはいけない蓋が開きそうだった気はしますけれど……」

「でもお、思い出せたのなら分かるでしょ~? わたくし、みだりに相手をイかせたりはしないのよお~? だってイってしまったら存在が薄れてしまいますものねえ~。可哀相でしょお~?」

サキュバスとは、淫なる「気」から産まれる存在だ。
それゆえに絶頂してしまうと、淫なる「気」が解放され、存在が薄れてしまうのである。
無論、一度や二度くらいの絶頂で消えたりはしないが、その分だけ多くの精が必要となるだろう。

けれど……と、ブロンドの女性は思う。
絶頂寸前まで追い詰めて、追い詰めて、何度も何度も追い詰めて、どれだけ懇願しても絶頂させないのは優しいのだろうか?
いっそ存在を消してくれと言った覚えだってあるのに「大丈夫よお。貴女の存在を薄めたりはぜえぇったいにしないからあ~」と嬉々として言い聞かせてくるのは優しさなのだろうか?
優しさとはなんだろうか?
優しさとは苦しみではないのだろうか?
この世が優しさで満ちたなら、そこは地獄ではないのだろうか?

う~ん……哲学。

「つまりぃ~、貴女が言いたいのは「イかせ続ければホロウになるのか?」ということよねえ~?」

「そ、そうですっ! そうでしたっ! 優しさはどうでも良かったのですっ!」

「……?」

「と、とにかく、どうなのですか? 専門家の意見を聞きたいのですけれど」

「別に専門家を名乗った覚えはないけれどお~、そうねえ~……。無理じゃないかしらあ~」

「理由をうかがっても?」

「個人差はあるけれどお、存在を消すまで絶頂させるとなるとお~、だいたい五十回くらいは連続でイかせることになるわあ~」

え……。
なんだか具体的な数字が出てきてしまい、女性は戦慄してしまう。

したことがあるのだろうか……。
あるんだろうなぁ……。
戦争経験者だしなぁ……。

「それでぇ、ルクレイアが連れ帰ったホロウもそのようにして月に帰したのだけれどお~」

最近の経験だった。

まぁ、これについてどうこう言うつもりはない。
一度ホロウになってしまうと、もう元の状態には二度と戻れないからだ。
本人のためにも、文字通り昇天させてしまうのは人道的な措置といえる。

「あの子を楽にしてあげるまでにぃ、四十七回もイかせる必要があったのよねえ~」

なんかもう話を聞きたくない気分になってきた彼女だ。
可能なら、耳を塞いでベッドに潜りこみたい。

もちろん、そう出来ない立場であることは重々承知しているけれど。

「そう、ですか……。……あれ? だとすると、普通の方とあまり変わらない?」

「そうなのよお~。つまりあの子はあ~、存在が薄まらないまま精液枯渇症になってえ~、ホロウになってしまったってことねえ~」

そんなことが有り得るのだろうか?
ともあれ、この世界に何かが起きているというのは間違いないだろう。
何が起きているのか?
ホロウとは何なのか?

この場でなんらかの結論を出すことは不可能だと判断し、ブロンドの女性はコホンと咳払いする。

「とにかくこういう状況ですので、以前から予定していた通り、あの子のことはしばらくお姉様のお屋敷で預かっていただこうと思います」

「謹んで拝命いたしましたわ。ローレンシア女王陛下」

大仰に頭を下げ、リュドミナはそう答えたのだった。

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