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20話 俺はマゾじゃない…よね?

ある日の夜。
俺はとあるメイドさんの部屋を訪れていた。
ベッドに腰を掛け、組んだ脚をぷらぷらさせながら俺を出迎えてくれたのは、ノルンという名のメイドさんだ。

カラスの濡れ羽のように艶やかな黒髪。これをハーフアップに纏めている赤いリボンが目を引く。
身体の線は華奢で、見た目で言えば高校生くらいだろうか。なのにただ座っている姿からは見た目に不相応な色気が溢れ出ていて、酷くアンバランスな魅力を持った少女だった。

アンバランスと言えば、ぷらぷら揺れる脚を包むソックスが縞々模様。黒とピンクの縞々で覆われた細い脚が、彼女の着ているメイド服をゴスロリ服かのように錯覚させる。

つまるところ全体的にアンバランスで、いたいけな少女と熟練の情婦の顔を使い分けるノルンは、静かにしていても異様な存在感を放っているのだ。

「どうしたの? 座れば?」

突っ立ったままボケーっと見蕩れていた俺を、ノルンは面白そうに見上げてきていた。
なんとなく逆らえない空気を纏った彼女なので、「座れ」と言われた俺はノルンの足元に座りそうになってしまい、慌てて椅子を引き寄せるハメになる。

「あはっ。面白いね、お兄さん。別にこっちでも良かったのに」

そう言いながら、ノルンは足の爪先で目の前の床を指していた。
今からでも「じゃあ失礼して……」と言いそうになってしまうのが怖い。

「い、いや。こっちで大丈夫だから」

「そ? ま、好きにしていいよ。呼び出したのはノルンなんだから」

そう。
どうして俺がノルンの部屋で二人きりになっているのかというと、彼女から呼び出されたからなのだ。
間違っても夜這いに来たというわけではない。ってかそんなの自殺と変わらないし。

「で、なんの用なんだ?」

「またまた~。女が男を寝室に招いてるんだよ? どういう意味か分からないわけないよね」

分からなかった。

いや分かるよ?
そりゃもう、そういう意味なんだろうって雰囲気はバリバリ感じてるさ。

だから分からないのは

「リュドミナさんの言い付けを守らなくていいのか?」

ってことだ。
だって彼女は俺の命を守るために、原則メイドからの過度な接触を禁止しているのだから。
最近ではサキュバスに慣れてきたってこともあり、会話くらいなら普通にするようになっているのだけれど、こうして寝室に招いた上で情事に誘うというのは行き過ぎだろう。完全にオフサイドである。
まぁそういう事情で安全が担保されてるから、こうしてノコノコ夜中にメイドの部屋に来れるわけだけど。

「あーそれ? それね、大丈夫になったの」

「……は?」

「主様から、ちょっとくらい誘ってもいいよって許可が出たんだ」

オフサイドトラップだった。

「いやいやっ! 聞いてないぞっ!?」

「はい、これ」

するとノルンは懐から紙を取り出し、俺の目の前でヒラヒラさせた。
猫のように視線で追うと、書いてあったのはリュドミナさんからの御言葉のようである。
そこにはこう書かれていた。

『誠さんも大分サキュバス慣れしたみたいだから~、そろそろ次の段階に進めるわよお~。エッチしたい子は~、積極的に彼を誘っちゃっていいわ~。あ、でも~、誘惑
チャーム
は禁止ね~』

紙の隅っこに紫色のルージュでキスマークが付いているので、どうやら本物らしい。

「お兄さんさ、ルクレイアとは凄く仲が良いんでしょ?」

「まぁ、そうかな?」

「ズルいじゃん。他の皆だってお兄さんと仲良くなりたいんだよ? もちろんノルンも」

……ふむ。
そう言われれば悪い気はしないし、何より俺とルクレイアの仲が周知である以上、彼女だけを特別扱いというのは良くないのかもしれない。下手をすれば、ルクレイアが他のメイドさんたちからイジメられかねないもの。
きっとリュドミナさんも、それを気にしてこのような通達をしたのだろう。自分のことしか頭になかった俺とは大違いで頭の下がる思いだ。

「分かった」

「ホント? じゃあ――」

「けど待ってくれ」

さっそく動き出そうとしたノルンを手で制する。
彼女は不満気だが、無理やりはダメだと言われているからか、大人しくベッドに腰掛け直していた。

「サキュバスが精を求めるのは知ってるし、その為に性行為することも理解してる。けどな? こっちはそういうワケにいかないんだよ」

「あ~、気持ちがーってやつね。人間のオスって面倒」

そう言われると身も蓋もない。
もちろん気持ちがなくても性行為は可能だし、風俗だってあるんだからヤれないことはないのだ。

けれど俺は、そこに危険を感じていた。
感情と無関係に彼女たちと行為を重ねまくったら、そのうち快楽だけを求め、ずぶずぶ沈んでしまいそうだ、と。

だから待ったをかける。
性行為をするためだけの相手ではなく、ちゃんと一人の存在として相手をしたいから。

「でもさー、結局最後は気持ち良いのに逆らえないでしょ? たまにいるんだよねー、そういうオス」

「どういうこと?」

「夢の中でね、泣き出しちゃうオスがいるんだー。「僕には他に好きな子がいるから!」とか言ってたのに、ちょ~っとノルンにイジメられただけで涙を零しながら「ノルン様っ! イかせて下さいっ! 憐れなオス豚にお慈悲を~っ!」なんて言っちゃうんだよ。まぁ言わせてるんだけどさ。あはっ。オスってホント面白いよねー」

これはデンジャー。
サキュバスには多かれ少なかれSっ気を持つ女性が多いらしいけど、この少女はS側に振り切ってるタイプだ。夢渡りは相性の良い男性の夢と勝手に繋がるとのことなので、きっとS極のノルンはM極の男を引き寄せているのだろう。

とにかく少女の持つ色気と風格は、さんざん男たちを足元に跪かせて養ったものらしい。
自分もそうなるかもしれない未来にゾクッとした恐怖と僅かな興味が沸いてしまい、息子がちょっと疼いてしまう。

待て。
早まるな。
その道は茨の道だぞマイサン。

「ま、まぁほら。世の中にはそういう男もいるってことで」

「お兄さんは?」

「んん?」

「お兄さんはどっち? イジメられて悦んじゃうタイプ? それとも、焦らされて泣いちゃいたいタイプ?」

選択肢などなかった。
ノルンの中では、男とマゾ豚さんががっちりイコールで結ばれてしまっている。
まぁそういう男の夢としか繋がらないなら当たり前なのだろうけど。

「どっちでもないぞ!?」

「そーかなー? イジメられたいマゾオスの匂いがするけどー?」

「き、気のせいだっ!」

「ん~?」

必死に否定してみたがノルンは全然信じていないようで、にやにや試すような上目遣いをこちらに向けていた。
脚を組み直し、頬杖をついて、いやらしく見詰めてくるのだ。
可愛らしさとエロさがアンバランスに同居していて、正直たまらないほどエロいっすノルン様っ! …………はっ!?

「じゃあさ、試してみよっか」

そう言うとノルンは、ベッドに深く座り直して脚を広げた。
スカートの裾が際どいところまで捲れ上がり、思わず生唾を飲み込んでしまうほど蠱惑的だ。

「ほーら。パンツ見たいのは分かるけどボケッとしないで。ちゃあんとノルンの言うこと聞ける従順なマゾ豚になれたら、ご褒美にいっぱい見せてアゲルから」

なんですとっ!?
パンツのためにマゾ落ちしたくなる俺だった。

そんな俺の反応に口元を歪め、ノルンは自分の股の間をぽんぽんと叩く。
恐らくそこに座れということなのだろう。

「怖いの? 自分がマゾだってバレちゃうかもしれなくて」

「マ、マゾじゃないってば」

「だったら座れるよね? ほら。つよーい男なんだってところ、ノルンに証明してみせて?」

そこまで言われて逃げるわけにはいかない。
気分的には「できらぁっ!」って感じだ。

なんとなく、ノルンの手の平で転がされてる気がしないでもないけど……。

ま、まぁいいさ。
マゾじゃないってことを証明すればいいだけだからな!

「ん、いらっしゃ~い」

ノルンに背中を向けた体勢で彼女の股の間に腰を下ろすと、すぐ耳元でそう囁かれた。
ねっとり絡みつくような声音に、背筋がゾクゾクしてしまう。

「で、どうすれば俺は証明できるんだ?」

「それはねー…………ふーっ」

「うひぃっ!? な、なにをっ!?」

耳にふーってされた! ふーって!
そんなの反則じゃんっ!

「あはっ♪ 今の反応だけでも十分マゾの素質があるんだけど、ルールあったほうが認めやすいよね? 自分がマゾだって」

「み、認めないけどな?」

「いつまでそう言ってられるか楽しみだねー。じゃ、ルールを発表しまーす。ノルンにイジメられて、お兄さんがイッちゃったら――」

「ごめんそれ無理」

「――ふぇ?」

「サキュバスにエロいことされてイかないわけねぇだろっ! 自分の種族考えてから物を言えよっ!」

「あ、あー、うん。そうだね。潔いのか悪いのか分かんないけど、一理あるかも……。じゃあこうしよっか。お兄さんが「イかせて下さいノルン様」って言ったらお兄さんはマゾ。我慢しきれたらマゾじゃないってことで。これならいい?」

「……いいだろう。やってやる」

「おっけー。じゃ、開始ねー」

こうして俺は、ノルンと戦うことになったのだったが…………あれ?
いつまで?
いつまで耐えればいいの?

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