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32話 センセーはモヤモヤ中

目が覚めると、ベッド脇にルクレイアがいた。
薄ぼんやり開いた視界の中で見る彼女の姿はあまりにも綺麗で、夢なら醒めないで欲しいなと思いながら、俺はボーっと藍色の髪を見つめ続ける。
するとしばらく。人形のように動かなかった唇が緩やかに開いた。

「おはようございます」

夢じゃなかったらしい。

「うん、おはよう。……何してんの?」

「椅子に座っております」

それは見れば分かる。
ルクレイアはベッド脇に持ってきた椅子に座り、静かにこちらを見下ろし続けているのだから。
問題は、何故そんなことをしてるのかってことで……あれ?

「俺、いつ寝たんだっけ? ベッドに入った覚えもないんだけど……」

「……」

「……ルクレイア?」

彼女が目を逸らした事を俺は見逃さない。
コイツ俺に何か……あ、違う……そうか……昨夜はお風呂で……っ。
となれば俺はそのまま気を失ってしまい、ルクレイアがベッドまで運んでくれたのだろう。

思い出した瞬間、全身がカーッと熱くなってしまった。
あまりに激しすぎた行為の残滓が、いまだ身体中を駆け巡っているような気さえする。

気持ち良かった。
喉元を過ぎてしまえば、残るのは壮絶な快感の記憶だけなのだ。
死を意識するほどの危機感はもう無く、ただひたすらに快楽で狂わされた記憶が呼吸を浅くするほどの興奮を思い起こさせ、心のどこかでまたアレを望んでしまいそうになる自分に気付いた。

けれど……

「アレはもう止めてくれよ?」

窘めるように言うと、整ったルクレイアの柳眉がピクッと跳ね上がった。
彼女が見せる珍しいこの反応は…………怯え?
ルクレイアは何かを恐れているような、そんな風に俺には思えた。

「……かしこまりました。わたしも、少々やり過ぎたかと思っておりましたので」

アレで少々なのか……。
もし多々だったらどうなってしまうんだろう?
それを覗き見てみたいと思ってしまうあたり、若干マゾになりかけてね? と苦笑が零れてしまう俺である。

「ならいいけど……。ちなみに、なんであんなことしたの?」

「……少し、イライラしておりまして……」

「八つ当たりっすか?」

「原因は誠ですので正当たりかと」

「お、おぅ……」

まぁなんとなくそんな気はしていたので、驚くべきことではない。
けれど俺には心当たりがないのだ。
何が彼女を怒らせたのか?
たぶん聞いても答えてくれないんだろうなっていう確信があり、重い溜息が漏れた。

「ごめんな」

「……どうしてですか?」

「本当の原因は分からないけど、でも搾精する日って決めてたのに反故にしようとしたのは本当だから」

「……」

「だからごめん。けど、一つだけ伝えておかなくちゃいけないことがあるんだ」

「なんでしょう」

「あれは、ルクレイアを拒絶したわけじゃないからな」

どうしても、それだけは言っておかなければならなかった。
自分の事を石像女だと、無表情で気味が悪いから誰からも好かれないのだと、そんな風に思って欲しくないのだ。

そもそもすでに、俺は心を鷲掴まれているんだから。
それが嘘じゃないってことを、ちゃんと彼女にも知っておいて欲しかった。

……なんだけど、言ってしまってから「なんかとんでもなく恥ずかしいことを言ったんじゃね?」と顔が熱くなってくる。
一歩間違えなくても告白同然だもの。犯されて気絶した後に告白とか普通ドン引きでしょ。穴があったら全力で駆け込みたい。

まぁ残念ながらベッドの中に穴はないので、俺はそっとルクレイアに背を向けた。
すると背後で息を呑む音。彼女は小さく「……はい」と返事をしてくれたが、その声は若干震えてるように思えた。

――僅かな静寂の後、ルクレイアがスッと立ち上がる。

「では誠も平気そうですのでわたしは行きます」

「お、おう」

「また一週間後…………で、よろしいのでしょうか?」

「あぁ。また来週な」

「…………べ、別に明日でも明後日でもわたしは構わないのですが? 気が向いたらいつでもお声掛けください」

そんな捨て台詞を置いて、ルクレイアは足早に部屋を出て行ったらしい。
ガチャっと扉が閉まる音を聞いてから起き上がり、彼女が出て行った扉を見詰める。

なんていうか、頑張っていつもの自分に戻ろうとしているような、そんな声音だった気がする。
それがなんだか嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう俺だった。

……。

「ということがありまして、先生はとても疲れております」

「おう。いつものことなんだぜ」

最近うちの生徒が先生を慮ってくれない。
教師の疲労を通常営業と割り切る態度はいかがなものかと物申したい俺である。

ここはエルルシーの部屋だ。
ベッドに腰掛けた俺の股の間に、金髪少女が膝立ちになっていた。
というか、ぶっちゃけフェラチオしてもらっている。
今日は口淫授業というわけなのだ。

「あー、でもセンセー全然射精してくんねぇもんな。いつもより疲れてるからってことか?」

射精どころかちょっと萎れ始めている肉棒を摘まみ、エルルシーは残念そうに呟いていた。
恐らくまた精液を飲んでみたかったのだろう。言葉にはしないが、顔にそう書いてあるので実に分かりやすい。

「それはエルルシーが下手なだけです」

「おっしケンカだな!? アタシ今ケンカ売られたよなっ!?」

おぅおぅと迫って来る金髪少女の頭を押さえながら、俺はいそいそと肉棒をズボンの中に仕舞っていた。
一応ポイントなどを教えながら三十分くらいフェラチオしてもらったのだがまったく射精する気配がないし、そろそろ顎が疲れた様子なので、今日の授業はここまでということだ。

「だいたいアタシが下手なのは当たり前で、それを何とかすんのがセンセーの仕事だぜ!?」

「甘いわ小娘! なんでもかんでも教えてもらおうとするな! 習ったことを自分の中で復習し、どうすればもっと良くなるか予習し、創意工夫をしなければ性道の深奥は極められんと心得よっ!」

「ぐ……っ。職務放棄的な気配を感じるのに何となく正しい気もする絶妙な言い回しだぜ……っ。反論しづれぇ……っ」

「それが大人と子供の差だ」

などと、最近板についてきた師弟漫才を繰り広げながら着衣の乱れを直した俺は、改めてエルルシーを見やる。

「ルクレイアもエルルシーくらい分かりやすければなぁ……」

「ルクレイアってあのメイドか? なんかあったのかぜ?」

少女も今日の授業が終ったことを悟り、雰囲気を日常モードに切り替えていた。
もっともエルルシーは常に日常モードのようなものなので、あまり態度が変わらない。
この辺もどうにかしなければなと今後の授業スケジュールを頭に思い描きながら、俺は雑談を続けることにする。

「なんかあったんだろうけど何があったか分からないから困っててなぁ~。大事なことならちゃんと言って欲しいんだけど……」

「大人は色々むずかしいのな」

「まったくだ」

話が一段落したところで洗面所に向かったエルルシーは、くちゅくちゅ口を濯いでから口元を拭っていた。
そして戻ってくるや否や、腰に手を当て仁王立ちである。

「良いこと考えたぜ! センセーの代わりにアタシが聞いてきてやる! 本人には直接言い辛いことかもしれないからな!」

「エルルシーが? それは……まぁありがたいけど、生徒の手を煩わせるってのはどうなんだと……」

「みんな仲良くした方が良いに決まってるんだぜ? それにほら! センセーが心ここにあらずだと射精してくんねぇじゃん!」

「それはエルルシーが下手なだけです」

「おぅっ!? そのケンカは特売品か!? 今なら言い値で買うんだぜっ!?」

おぅおぅ迫って来る元気娘。
その頭を押さえがてらぐしゃぐしゃ撫でてやると、エルルシーはすぐに目を細めて嬉しそうにはにかんでいた。なんとなく近所の野良猫を思い出してしまう仕草である。

「じゃあ頼んだぞ生徒」

「頼まれたぜセンセー!」

お茶を飲みながらニカッと笑う生徒を頼もしく思いつつも、「あれ? なんか今変なフラグ立てたか?」と、ちょっとだけ嫌な予感を覚える先生なのだった。

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