34話 間話:サキュバスたちの女子会2
―― エルルシー視点 ――
その日たまたま廊下でルクレイアを見つけたエルルシーは、彼女を連れて談話室へとやって来ていた。
本来ならメイドたちが寛ぐ為の場所であり、高貴な身分であるエルルシーが立ち寄るような部屋ではない。けれどこれからルクレイアに問い質すのは、センセーに対して何か思うところがあるんじゃないか? というプライベートかつデリケートな話題だ。下手に自室へ呼び出すより、こっちの方が素直に話が出来るだろう。そんなエルルシーなりの配慮である。
もっともそれは、ノルンという先客がいたことで裏目に出てしまうのだったが……。
「なぁルクレイア。なんかセンセーに言いたいことがあるんじゃないのか? アタシで良かったら話を聞くんだぜ?」
壁際の席にルクレイアを座らせたエルルシーは、正面からいつもの快活な笑顔で問い掛けていた。なるべく柔らかい態度を心掛け、話しやすい雰囲気を作ろうという努力が垣間見える。
「誠に言いたいこと、ですか?」
「あぁ。なんかほら……センセーにイライラしてるとか、腹が立ってるとか、そういうことあるんじゃねぇかなって」
「ふ~ん? アンタ、あのオスとケンカしたの? あんなに「自分のものだ」なんて豪語してたのに捨てられちゃったんだー。かわいそー」
エルルシーの努力は、心の込もってない声音に横入りされ水泡に帰してしまった。冷やかしてきたのは、当然ノルンである。リュドミナの手前、誠に手を出しづらくなっていた少女にとって、ルクレイアと誠の距離が離れたというのは朗報以外の何者でもなかったのだ。
けれど「ふふん」と嘲笑うノルンに対し、ルクレイアも負けじと鼻を鳴らしてみせる。
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、わたしと誠の間には何の軋轢もございません」
「そ、そうなんだぜ?」
「はい。この前など、気絶するまでわたしにザーメンを注いで下さいましたから」
勝ち誇ったように言いながらルクレイアが視線を流すと、ノルンがこめかみを引くつかせているのが見えた。だが負けず嫌いな少女が簡単に負けを認めたりするハズもない。ニヤりと口を歪ませると、ノルンはルクレイアの急所を鋭く突いてくる。
「仕方ないよねー。それがお兄さんの義務だもん。主様を上手く利用して特別扱いされるなんて羨ましいなー。ま、ノルンは自力でお兄さんを手に入れるからどうでもいいけど? そのうちお兄さんの方から「ノルン様! 俺の精液を受け取って下さい!」って言うようになるだろうし?」
「そんな日は来ません。誠はすでにわたしの虜です。わたしとセックスするために屈辱的な舌奉仕を喜んでやってしまうほどわたしに魅力を感じているのですから」
「えー? そうかなー? だったらどうして毎日セックスしないの? っていうか、ルクレイア以外の相手に精液注いでるよね?」
「そ、それは…………あれです。エルルシー様に性の手解きをするのは、それこそ誠の義務だからでしょう」
「あれあれー? 知らないの?」
「何が……です?」
「マリーエルもお手付きになってるんだけど? しかも今週だけで二回も」
ピシッと響いた音にビックリして視線を向けると、ルクレイアのカップにヒビが入っているのが見えてしまった。無表情に見えるが、彼女が怒っているのが否応なく伝わってくる。しかも表情が変わらないだけに、その内心の怒りがどれほどなのか想像出来ず、エルルシーの背中がブルッと震えた。
「あ、あれだぜ! それはアタシの特別講師をやってくれたからだぜ?」
「マリーエルが、ですか?」
「おう。まだ搾精が下手なアタシにお手本を見せるためにセンセーが連れて来てくれたんだ」
「鍵を掛けてわたしを排除しているのに、ですか?」
「あ……」
「搾精の手本を見せるのでしたら、わたしでも構わないのでは?」
これはいけない。矛先がこちらを向いた。というか喉元に鋭い切っ先を感じる。
なんで? なんでアタシが責められてるの?
ルクレイアから飛んで来る凄まじい圧に、ちょっと泣きそうなエルルシーだ。
「ルクレイアが下手だからなんじゃないのー?」
しかしノルンが横から挑発したことで、ルクレイアのヘイトはノルンに戻ってくれたらしい。無表情のまま首をコテッと九十度曲げ、ルクレイアは「わたしが下手?」と挑発に応えていた。
ホラー人形もかくやという動きに、正直止めて欲しいと思うエルルシーである。思わずおしっこが漏れそうだ。
「聞き捨てなりませんね。誠はいつもわたしの下で気持ち良さそうに喘いでおりますが?」
「サキュバスなんだから男を喘がせられるくらい当然じゃん。でも、アンタの技じゃそこまでってこと。身体に快感を与えることは出来ても、心を支配することは出来てないんじゃない?」
「……ノルンならばそれが出来る、と?」
「今まで何人のオスたちを足元に跪かせてきたと思ってんの? ノルンの手に掛かったオスは、ノルンに精液搾ってもらうことしか頭になくなっちゃうんだよ?」
「……誠は違います」
「同じだって」
「違います」
もう帰りたいエルルシーだった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
アタシはただ、センセーとルクレイアを仲直りさせてあげたいだけだったのに……。
それだけのはずだったのに、今や一触即発の空気が談話室を包み込んでいた。
誰か助けてっ!
金髪少女が涙目で望んだ時である。
キィっと木製の扉が開き、新たなメイドが顔を覗かせたのだ。
「お……っ!」
誰だろう?
くしゅっと柔らかそうな桃色の髪。そして、それよりもさらに柔らかそうな大きな胸。
しかしそれが誰にしろ、助けであることに変わり無い。エルルシーは名も知らぬメイドに助けを求め、手を伸ばそうとする。
しかし部屋の中の様子を一瞥したメイドは何やら納得した顔で頷き「あ、うん。ごゆっくりー」と呟くと、そのまま立ち去ってしまったのだった。
「なんでなんだぜ……」
絶賛ごゆっくり出来てないエルルシーである。
希望が断たれ、力なくうな垂れ、金髪少女は恐る恐ると二人を振り返った。
すると、笑顔があった。
いやルクレイアの表情は相変わらず無表情にしか見えないが、しかし確かに笑顔なのだ。
ノルンとルクレイアは笑顔のまま向き合い、そして不穏なことを言い出していた。
「分かりました。では決着をつけるとしましょう」
「ちょ、ちょっと待つんだぜっ!? 暴力はダメだ! 暴力はチラつかせるだけで実際に使っちゃいけないってママが言ってたんだぜっ!」
慌てて二人の間に入り、必死に止めるエルルシーである。自分を挟むご両人の迫力に、ジワッとパンツが温もった。
「エルルシー様。そこを退いて下さい」
――そいつ殺せない。
そんな言葉が続きそうなルクレイアの雰囲気に尻込みしそうになってしまう金髪少女だが、でも退くわけにはいかない。この程度の諍いを止められるようでなければ、とてもママの娘だと胸を張って言えないから。
「落ち着けって! 相手を殴っても何も解決しないんだぜ!?」
「……エルルシー様は、何か誤解なさっているようですね」
「……ふぇ?」
「別にわたしとノルンは、殴り合いを始めようと言うわけではありません」
「で、でも、さっき決着って……」
二人の間を彷徨うエルルシーの視線。
これを受け、ノルンが不敵な微笑みを浮かべた。
「決着は付けるよ。サキュバスらしい方法でね」
「それは、ちゃんと平和的な方法なのか?」
「もっちろん。とーっても平和的で、とーっても気持ち良い方法かな」
「まさかイかせ合いっこか!?」
サキュバスは淫なる気で出来ており、絶頂するごとに存在が薄まってしまうというのは、子供でも知っている常識だ。
そのサキュバスがイかせ合いなどすれば、一見平和的に見えるかもしれないが、殺し合いとなんら変わらないのである。
だからエルルシーは慌てたが「そうじゃないよ」とノルンが続けた。
「ノルンとルクレイアの二人でお兄さんを気持ち良くしてあげて、どっちが良かったかお兄さんに決めてもらうの」
「選ばれなかった方は、二度と誠に手を出さない。これでしたら、確実な決着と言えるでしょう」
二人とも自信があるのか、牽制し合うように見詰め合っていた。
けれどエルルシーは思う。
あれ……?
それ、センセー死んじゃわない?
しかしやる気になっている二人に水を差すことなどエルルシーには出来そうになかった。
だって怖いもん。すでにパンツが犠牲になってるもん。これ以上の犠牲は出したくないもん……。
――死ぬなよ、センセー……っ
心の中で祈りを捧げ、早く部屋に戻ってパンツを履き替えようと思うエルルシーなのであった。
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