43話 最近ルクレイアがジワジワ可愛い件
今日はサキュバスである彼女たちが、月に一度我を忘れる日だ。つまり紅夜である。
自身二度目となる月一イベントに際し、俺は前回同様地下室へとご案内されていた。
絨毯が敷かれ、ソファにベッドにと用意されている地下室は十分快適な空間と言えるし、地上とは頑丈な扉を三枚も隔てているこの場所に不安はない。自分から扉を開けに行く馬鹿でもない限り、一晩くらい安全に過ごせること請け合いだ。
なにより今回は同伴者がいるからな。
生徒の前で不安な顔など見せられないのである。
「おー! ここが遊戯室かー!」
初めてこの場所に来たというエルルシーは他の部屋と違う空気に興奮気味の様子だが、案内役であるルクレイアがやんわり窘めていた。
「エルルシー様。騙されてはいけません。あれは遊戯などという可愛いらしいものではなく拷問の類ですから。主様にお誘いされたら全力で逃げることをお勧めいたします」
「お、おぅ。なんか実感篭ってるんだぜ……」
実際、何度もこちらへ連行されているルクレイアだ。その言葉には重みがある。
だったら怒られるようなことするなよと言いたいけれど。
それにしても、前回より準備に気を使われてる感が半端ない。
例えばテーブルの上にはフルーツ盛りが置いてあるし、ベッドにはぬいぐるみまで設置されているのだ。
ってか、フルーツ盛りの中にムーンシャインまであるぞ?
おかげでルクレイアの視線が釘付けじゃないか。
「おい?」
「なんですか? 食べませんよ? ここを我慢すれば後で主様より一房頂ける約束なのですから摘まんだり致しません。わたしは計算も出来るメイドです」
なら血走った目をフルーツ盛りに向けるなよ。
涎まで垂れてるぞ?
「んー? なんだ? これが欲しいんだぜ?」
と、ルクレイアの様子に気付いたエルルシーが、ムーンシャインの果実を房からもぎ取って見せた。メイドの細い喉がゴクリと鳴ったのが遠目からでも分かってしまうのが悲しい。
「い、いえ。それはエルルシー様の物ですのでエルルシー様が召し上がるべきです。ですが、どうしてもと仰るのなら、それを断るメイドではありません。どうぞ「食べてよし」とお声掛け下さいませ。なう」
なうって言いやがったぞコイツ。
食べる気まんまんじゃねぇか。
「まーそんなに言うならあげてもいいんだけど、影響がないとはいえ紅夜だしなー。念のため生命エネルギーを増しておきたいから、やっぱアタシが食べるんだぜ」
「え? 生命エネルギーってムーンシャインで補えるもんなの?」
「ちょっとだけだけどな。夢渡り前のサキュバスは食べ物から生命エネルギーを得るって話は前にもしただろ? その中でもムーンシャインは生命エネルギーが豊富なんだぜ」
夢渡りで得られる精液に比べれば遥かに少ないらしいが、紅月の影響を受ける前のサキュバスにとっては貴重な生命エネルギー源らしい。
「だからルクレイアはあんなにパクパク食べてたのか」
「パクパクは心外です。ほんの少しお分け頂いたに過ぎません」
なるほど。
箱ごと食べることをルクレイア語では「ほんの少し」と言うらしい。
欠陥言語にもほどがある。
「そもそも、誠がちゃんとわたしにザーメンを提供すれば済む話ではないでしょうか? すでに前回の搾精日から一週間以上経過していること、忘れたとは言わせませんよ?」
「それは――」
お前とノルンがあんなことするからだろっ! と言いかけた俺は、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
いや実際ルクレイアたちがあんなことを企むから俺は逃げ回るハメになったのだけど、彼女の本心に気付いちまったからな。ここで拒絶するようなことを言えば、ルクレイアを傷つけかねない。
だから俺はそっとルクレイアに肩を寄せ、彼女にだけ聞こえるように声を潜めるのだ。
「ごめんな。ちゃんと分かってる。紅夜が明けたらルクレイアの部屋に行くから待っててくれないか?」
「――っ!? と、当然です! そういう約束ですから! 突然物分りの良いフリをしても騙されません!」
「騙してないけど……」
思わぬ提案だったのか、目に見えて慌て出したルクレイアがなんだか可愛い。
視線を泳がせ、スカートの裾をギュッと握っている彼女の姿は、そうそうお目にかかれるものじゃないだろう。
「な、なんです? 何をにやにやしていやがるのですか、誠のくせに」
「いや別に?」
「――ッ」
そっぽを向き、凄く悔しそうなルクレイアだ。
もうちょっと楽しみたいところではあるけどあまりイジメたら後でとてつもない目に合わされそうだから、ここらで止めておくのが無難だろう。倍返し程度で許してくれる銀行員とは違うのだ。
「エルルシー。そろそろ落ち着け」
なのでルクレイアから意識を外し、俺はエルルシーに声を掛けた。
どうやらうちの生徒さんは、奥にある鉄格子に興味津々のご様子だった。
「そんなもん見ても楽しくないだろ」
「あとでアタシが入る場所だからなー。ちゃんと調べておきたいんだぜ」
あー、そういえばそうか。
万が一にも紅月の影響を受けて淫乱化したら(俺が)大変だから、エルルシーには檻に入ってもらう予定になっている。どんな場所で夜を明かすのかと心配するのは当然のことだった。
興味をそそられ、俺も檻の中を覗きこんでみる。
「……え? なんか豪華すぎない?」
どうやって運び入れたのか檻の中には天蓋付きのベッドがあるし、殺風景なはずの壁はファンシーに飾り付けされていた。赤や緑の帯模様が、ちょっとクリスマスっぽい雰囲気である。
壁際の棚には飲み物やお菓子が並び、ハンガーラックには色取り取りのドレスまで掛けられていて、どこのお姫様が住んでいるのかと問いたくなる様相だ。
「なかなか良い感じなんだぜ」
満更でもないうちのお姫様は腰に手を当て室内を見回しながら、しかし最後に首を傾げた。
「んー、でも、ベッドの位置が良くないな。センセー、ちょっと動かせないか?」
「ベッドなんて寝られればどこでも良いだろ」
「それじゃあダメなんだぜ!」
どうやらエルルシーには拘りがあるらしい。
仕方ないのでルクレイアに手伝ってもらい、ベッドの位置を移動させることにする。すると金髪少女は、ニカッと笑ってご満悦だ。
「うん! これで大丈夫そうだぜ!」
「左様ですか。では、わたしはそろそろ上へ戻ります。お迎えは明日の夜前七時頃を予定しておりますので、それまでは誰であろうと決して中に入れないようにお願い致します。でないと、前回のようになってしまいますから」
チラッと俺に流された視線がそのまま奥のベッドに流れ、否が応でも前回のことを思い出させられてしまった。
あのベッドで、俺はルクレイアと情熱的に交わったんだったなぁ……と。
「どうしました誠。ちょっと顔が赤いようですが?」
「ぐ……っ。さっきの意趣返しかっ!」
「さて。なんのことやら」
ツンとそっぽを向いたルクレイアは、しかし次の瞬間には俺の袖をちょこんと摘まみ
「約束、忘れないで下さい」
そうしてスタスタ去って行ってしまったのだった。
……なにそれ可愛い。
思わず呆けてしまう俺である。
だってそんなのズルくない?
普段の彼女からは考えられない態度だ。
「なにイチャついてんだよセンセー。早くも紅月の影響か?」
「う、うっさい!」
くそっ!
生徒に冷やかされてしまったじゃないか!
とまぁそんな感じで、今回の紅夜が始まろうとしているのだった。
……。
特に何事もなく時間が過ぎていく。
気付けば時計の針は夜後八時半を指しており、間もなく紅月の影響が最も強まる時間だった。きっと屋敷の地上部分では、メイドたちが「ちんぽ」の大合唱を始めていることだろう。
それに引き換え、地下室は至って平和である。
本を読んだり、持ち寄ったお菓子を交換したり。ついさっきまでは持ち込んだトランプで二人大富豪をしており、ずっと貧民だったエルルシーは不貞腐れてソファでバタ足していた。
ちなみに二人で大富豪する時はカードを三人分配って遊ぶと、相手の手持ちが分からなくて楽しいぞ?
「そろそろ檻に入る時間だなー」
「だな。中に入ったら朝まで出してやらないから早く寝るんだぞ?」
「んー」
どこか気怠げなのは、おネムの時間だからだろうか?
サキュバスらしからぬほど健康優良児なエルルシーである。
「なーセンセー。外の様子、ちょっと見てみたくないぜ?」
大人しく檻に向かうエルルシーがそんなことを言いながら振り返ったが、俺は肩を竦めて首を振った。
「やめとけ。お前は「ちんぽぉ!」って叫びながら迫って来るメイドに襲われたことがないからそんなこと言えるんだよ。すっげぇ怖いから。玉ひゅんものだ」
「アタシ玉ついてないし」
「あれ? そうだっけ?」
からかってやると、おぅおぅ睨みつけながらエルルシーが向かってきたので、その頭を押し返しながら檻の中まで誘導する。
「もう何年かしたらアタシを見ただけで勃起するようになるんだからな!」
「そりゃ楽しみだ。せいぜい頑張って俺を興奮させてくれよ? たぶん無理だけど」
「なにおー!」
ガンッと鉄格子に掴みかかる金髪少女は、なんだかギャングの下っ端みたいで面白い。
まぁ生徒をイジメるのはこの辺にしておいてやるか。
「はいはい。良いサキュバスは早く寝ろ」
「良いサキュバスは夜が本番なんだぜ?」
「それは大人になってからな。お前はまだよく寝てよく育つターンだ」
「むー……分かったぜ。おやすみ、センセー」
「あぁおやすみ、エルルシー」
大人しくベッドに向かう少女を見守ってから檻に鍵を掛け、俺もソファに戻ることにした。
ちなみにソファからだと檻の中が死角になっていて見えないが、まぁ問題はないだろう。鍵は俺しか持ってないので、何かあってもいきなり襲い掛かられるってことはないのだから
――ふあぁ……。
今回は無事に終りそうだなぁ。
用心のためにアルコールも入れてないし、鍵を開けてみようなんて馬鹿な考えも浮かんでこない。
まぁエルルシーが檻に入ってしまったので退屈感は否めないけど。俺も早く寝ちまうか。
そんなことを考えながらソファで横になっていると、いつの間にか眠気に襲われ、俺の意識は緩やかに落ちていくのであった。
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