67話 性的指向が知りたくて
今日も俺は朝からお城を散策していた。
昨日と違い、本気の散策だ。その目は獲物を狙うハンターと言っても過言ではないだろう。
その原因は、もちろん昨夜のルクレイアである。
搾精経験の上書き。
あれが常態化するのであれば、こちらとしても色々対策を講じる必要があるのだ。
そりゃそうだろう。
例えば昼の搾精でノルンみたいなドSっ子に搾られてしまった場合、夜に同じ方法でルクレイアから搾られてしまうのだから。
これは危険。ちょー危険。
かなり被虐体質になってきたと自覚している俺だけど、ルクレイアからノルン並みの責めを受けたらたぶん心が保たない。反骨心をぽっきり折られ、完全にルクレイアの性奴隷になってしまいかねないのだ。
だってそうなる未来を考えただけで、ちょっと興奮しそうな自分がいるもの。これ以上彼女の好きにさせておいたら、俺はルクレイア無しで生きていけなくなってしまうだろう。
ということで、搾精してもらう相手は慎重に選ばなければならない。
可能なら夜も俺が主導権を握りたいので、マリーエルさんのようにM気質な相手が望ましい。
……あのルクレイアを、俺が責めるのか。
考えたことなかったが、それはそれでアリだな!
俺の手で無表情の仮面を剥ぎ取り、快楽でとろとろに蕩けさせてみたいじゃん?
よしっ!
やる気出てきた!
待ってろよルクレイアっ!
今夜はお前がアヘアへする番だぜっ!
……って、なんだか頭の中がルクレイアのことで一杯になってしまってるな。
どうにも彼女の策に嵌っている気がするのが恐ろしい。
とまぁそんなことを考えながら、俺は城内を練り歩いていた。
昨日は主に東側を散策したので、今日は西側である。
相変わらず、廊下には赤い扉の紋様が随所に施されていた。
王家の紋章ということだから、一種の示威行為なのかもしれない。
この城はハートランド家のものだぞー! みたいな。
いやどんだけ自己主張激しいんだよ。お気に入りのシールを所構わず貼り付ける子供かと。
「その紋章が気になりますか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのはローレンシア女王だった。
お供にメイドさんを引き連れた女王様は、純白のドレスを揺らしながら近づいてくる。
どうしよう。
こういう時って、やっぱり跪いた方が良いんだろうか?
いまいち王族との距離感が分からない一般人である。
「畏まる必要はありませんよ。……肌を重ねた仲ではないですか」
「え……?」
あまりに小声で何を言ってるか聞き取れなかったが、どうやらこのままで良いらしい。
俺は会釈するに留め、改めてローレンシア様に向き直った。
「えぇ。変わった紋章だなぁと」
貴族の家紋なんて見たことないけど、イメージでは「剣と乙女」だったり「鷲と盾」だったり。勇ましさと役割を表すものが多い気がする。
そんな俺の意見に、ローレンシア様も同意するように頷いた。
「そうですね。他家とは少し趣が異なっているかもしれません。ですが、もちろん意味のあるものなのですよ?」
彼女の話によれば、赤い色は紅月を表していて、扉は夢渡りで世界を繋ぐという意味を持っているらしい。
どちらもサキュバスにとって欠かせないものであり、それを家紋とするハートランド家は、サキュバスを統べるに相応しい家柄なのだそうだ。
「だからといって、これほどあちこちに描くのはわたしもどうかと思っているのですけれど」
今度は俺が同意を示す。
すると見惚れるような微笑みを浮かべ、ローレンシア様が俺の耳元に顔を寄せてきた。
「ところで、本日の搾精はお済ですか?」
耳元で囁かれると、温かい吐息がくすぐったい。
思わず距離を取った俺は、熱くなった顔を誤魔化すように首を振った。
「い、いえ。申し訳ありませんがまだです」
「それはいけませんね。聞いたところによると、初日はスタンプが足りていなかったのだとか」
「あ、重ね重ね申し訳ありません……」
これは怒られても仕方ないことだ。
なんせ俺はそのためにお城にいるのだから。
この世界の助けになれば、なんて恰好付けたのに義務を放棄してしまったのでは、女王様がお怒りになるのも当然のことである。
しかしローレンシア様は、これといって罰を課すつもりはないらしい。
初対面の時は厳しそうな印象を感じていたが、どうやらそれは初めて接する男という生き物を警戒していただけで、これが本来の彼女なのだろう。
「気を付けます……、あ、違うか。しっかり務めを果たします!」
「期待しております、誠さん。……時に、本日の搾精はまだなのですよね? 当城の者たちはお気に召しませんか?」
「いえ。決してそんなことはないのですが……」
言うまでもなく、この城にいる女性も全てサキュバスだ。
男を惑わし、誘い、虜にして精液を搾り取る。それに特化した彼女たちは当然見た目が整った人ばかりだし、性的なことに関しても積極的だ。不満などあるはずもない。
まぁ偏った性的指向に特化した人もいるようなので、そこは注意が必要か。気づいたら「尻を犯されながらじゃなければイけなくなった」なんてことにならないようにしないとな。
あ、うん。
ちょうど良い機会だから、女王様に聞いてみることにするか。
「一つよろしいですか?」
「はい、なんでしょう? 搾精をスムーズに行っていただくように協力出来ることがあるのでしたら、なんなりと」
「えっとですね……相手がどんな性的指向なのか見分ける方法ってないでしょうか?」
「と言うと?」
目的は「ルクレイアの追体験フェーズで俺が優位に立つため」なのだが、それを素直に伝えるわけにはいかないだろう。
俺はそれっぽい言い訳を考え、ローレンシア様に伝えることにした。
「あまり特殊なことを求める相手だと難しいということもありますし、我が侭かもしれませんが、同じような行為が続くと出が悪くなる可能性もありますから」
「なるほど。それは盲点でしたね。誠さんにも相性というものはあるでしょうし、効率に関しては、なるべく多くの精液を欲するわたしたちの方こそ考えておかなければなりませんでした。貴重なご意見ありがとうございます」
「あ、いえ……」
なんだか好意的に解釈されすぎて、バツが悪くなる俺である。
そんな俺を横目に「う~ん」と可愛らしく唸ったローレンシア様は、やがてポンッと手を打った。
「得意な搾精方法を、各々首からぶら下げておくというのはいかがでしょう?」
自分に付き従うメイドさんたちを振り返りながら、ローレンシア様はそんな提案をしたのだ。
それがどれほど突拍子もない提案なのかは、メイドさんたちの顔を見れば分かる。
そりゃそうだろう。
いかに性にオープンなサキュバスといえど、自分の性的指向をぶら下げて歩くなんてちょっとした罰ゲームだ。だって普通のセックスが得意な人はまだマシだろうが、可愛い女の子が「肉便器になりたい」なんて首からぶら下げる可能性があるんだぞ? 周囲からソーシャルディスタンス倍プッシュされちゃうじゃんね。
「え、えっとローレンシア様。何もそこまでしなくても……」
「あら、そうですか? これでしたら一目で分かるのですから、誠さんも声を掛けやすいかと思ったのですが」
「お気遣いは嬉しいですけど、大っぴらにしたくない方もいるでしょうから」
メイドさんの一人が、コクコクと全力で首を振っているのが見えた。どうやら彼女、特殊な性的指向らしい。可愛い顔してどんなプレイがお好きなのか興味は尽きないけど、今はそっとしておこう。
「色々と考えてくださっているのですね。わたし自身が一般的なものですから、そこまで気が回りませんでした」
そういやこの前はバックから犯させていただいたけれど、本来の彼女はどんな性的指向なのだろうか。ロイヤル気になるところである。
――ともかく、性的指向を首から下げる大作戦は中止ということになった。
代わりに自分の得意技を書いた紙を持ち歩き、俺に求められたら提示するという形に落ち着いたのである。名刺みたいなものかな?
「あ、そうそう」
女王様に礼を述べて立ち去ろうとすると、背中を呼び止められた。
「誠さんがホロウから元に戻した彼女ですけど――」
「アルムブルムさんですかっ!? 彼女に何かっ!?」
「いいえ、何もありませんでした。もちろんしばらくはお城で様子を見させて頂きますが、明日にでも普通の生活に戻れるはずです」
良かったっ!
アルムブルムさん、本当に良かった!