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72話 三人の関係

なんとか二回の搾精を終えて部屋に戻ると、室内の景観が様変わりしていた。
白い無地のカーテンは暖色系の可愛らしい物へ。質素ながらも高級感溢れるティーカップは、ちょっと安っぽいけど心休まるデザインの物へ。ソファには愛らしい動物がプリントされたクッションが配置され、二台あるけど一台しか使っていなかったベッドはぴたりと並べてキングサイズになっていた。

全体的に高級路線から庶民派に鞍替えした感じだけど、アットホームな雰囲気が出ていて安心感がある。
なんて言うか、ホッと落ち着くビフォーアフターだ。

それをした匠はもちろんアルムブルムさん。散見されるファンシーな小物は彼女の私物だろう。この部屋の内装は、八割方アルムブルムさん色に染まっていた。となればどこかに神秘の秘宝
バイブ
が隠されているかもしれない。あとでこっそり探す所存だ。

「ただいま二人とも。なんか凄いね」

「おかえりなさい誠くん!」

飛びついてくる柔らかい彼女は、以前よりずっと積極的になっている気がした。完全に「ごっこ」が消えていると言ったほうが良いか。もちろん俺には嬉しい変化だけれど、気になるのはやはりルクレイアの目だ。チラッと藍色髪のメイドに視線を流すと、彼女はやや不満そうに口を曲げていた。

「……やはり化粧台の位置が気に入りません。こんなに奥まった場所では使い辛いのではありませんか?」

どうやら内装に関して気に入らない場所があるらしい。
まぁルクレイアの部屋は機能性重視って感じだったもんな。

「使いやすさより、お化粧してる姿を誠くんに見られないようにしたかったんだよ」

「……何故でしょう? 別に恥ずかしいわけでもないですし、見られても構わないと思うのですが」

「ん~とね? 好きな人には、一番可愛い自分だけを見て欲しいから、かな?」

はにかみながらチラッと向けられたアルムブルムさんの視線に、俺の心臓は狙撃されてしまった。
なにそれ可愛いっ。
今すぐ抱きしめたくなっちゃうっ!

そしてそんな様子を、ルクレイアが静かに観察しているのだ。

「なるほど……。勉強になります」

まぁとにかく、二人は仲良くやってるようである。というより、なんだか部活の先輩と後輩って感じだ。アルムブルムさんが色々教え、しきりにルクレイアが頷いていた。

微笑ましい光景ではあるが、ちょっと気になる。
一体何を教えているんだろうか。

「愛について、ですね」

俺の疑問を察したのか、一段落付いたところで教えてくれたのはルクレイアだった。
その隣で、アルムブルムさんが苦笑している。

「あんまり教えられるようなものじゃないと思うんだけどね。それにたぶん、わたしの愛し方とルクレイアさんのは違うと思うし」

彼女の言葉を聞き、俺はさっきから感じていた違和感の答えに気づいた。
もうアルムブルムさんは「愛を知りたい」という雰囲気じゃなく、完全に愛する気持ちを自分のものにしているのだ。

そしてその彼女がこうして微笑み掛けてくれているのだから、自惚れでもなんでもなく、その相手は俺でいいのだろう。『ごっこ』を卒業し、アルムブルムさんは本当の意味で俺を愛してくれているのだ。

あ……やばい。
気づいてしまったら、ちょっと泣きそう。

けど同時に、疑問が沸いてきた。というか心配か。

「あの……アルムブルムさん」

「なぁに?」

「ルクレイアにそれを教えてしまって良いんですか?」

愛を知ったルクレイアがその感情を向けるのは間違いなく俺だ。それは自惚れとか自意識過剰とかいうのではなく、消去法で俺しかいないからである。つまりアルムブルムさんは、敵に塩を送っている状態なんだけど、それでいいのだろうか?

そういう意味で出た疑問に、彼女は柔らかな微笑みを返してくれた。

「わたしが教えなくても、ルクレイアさんはもうほとんど気づいてるよ」

「で、でも……」

「誠くんは、イヤ?」

イヤなわけがない。
ルクレイアに愛されてイヤだなんて答える男はどの世界にも存在しないだろう。

でも待て。
これは罠かもしれない。
俺が「イヤなわけないです」って答えた瞬間「はい浮気どーんっ!」みたいな。

いやアルムブルムさんに限ってそんな卑劣な罠を用意してるとは思えないが、しかし愛を知った彼女だ。その女心は予想不可能である。

そんな風に俺が答えに窮していると、アルムブルムさんが助け舟を出してくれた。

「誠くんが心配してる理由は分かるけど、でも大丈夫だよ。だってわたしはイヤじゃないから。むしろルクレイアさんが誠くんのことを愛してくれたら、わたしも嬉しいなって思ってる」

「え……? そうなの?」

「うん。同じ人を愛して同じ人に愛してもらえるんだもん。わたしもルクレイアさんともっと仲良くなれるでしょ? あ、でも誠くんがルクレイアさんのことばっかりになっちゃったら悲しいからね?」

「そんなことはしないっ!」

「ふふ。分かってる。だってルクレイアさんと愛し合っても、わたしのことも変わらず愛してくれるって信じられるから」

そっか……。
サキュバスだから人間とは恋愛観が違うっていうのもあるだろうけど、でも根本は一緒で、どれだけ相手を信じられるかってことなんだ。そしてアルムブルムさんは、無条件に俺を信じてくれている。彼女が知った愛は、それほどまでに大きなものなのだ。

凄いな。
改めて、アルムブルムさんの強さを垣間見た気分だった。

しかしこうなってくると、当然もう一人にも気持ちを確認しなければならない。
なんせルクレイアは、最近ちょっと独占欲が強くなっている。他のメイドに搾精されることは俺の義務として割り切ってはいるが、目の前で見せられたら機嫌が悪くなるし、そうじゃなくても思い出の上書きなんてことをしてるくらいだもの。その彼女はどう思っているのか。確認せざるを得なかった。

すると夜空を思わせる藍色髪のメイドは、やや困惑を表しながらもコクリと頷く。

「実のところよく分かっておりません。他の有象無象が誠から精液を搾るのはモヤモヤするのですが、アルムブルムなら構わないというかなんというか……」

「う~ん……。何が違うんだろ」

「今は分かりませんが、愛を知れば分かるようになるのかもしれません。ですので今は、シェアということで割り切っております」

「シェア?」

「右の睾丸で作った精液はわたしのもの。左の睾丸で作った精液はアルムブルムのもの。そういうことです」

どういうことです?
俺はビックリ人間か何かかな?
お玉々様はそんな器用に出来てないぞ?

でもまぁ、言わんとしてることは何となく分かった。
平等に愛して欲しい。ルクレイアは、自分でも気づかないうちにそう思っているのだろう。

ということで、俺たちのこれからの関係性が決定した。
俺はアルムブルムさんを愛しているし、アルムブルムさんも俺を愛してくれている。
俺はルクレイアを愛していて、ルクレイアもたぶん俺を愛してくれているが、はっきりとはまだ分からないので勉強中。
そんな感じである。

ちなみにアルムブルムさんとルクレイアの関係性は、恋のライバルではなく姉妹に近いのかもしれない。話し合いの後など、二人仲良くシャワーを浴びに行く始末だ。

これには参った。
だってシャワールームから、きゃっきゃうふふと二人がじゃれつく声が聞こえてくるんだもの。

混ざりたい。
ちょー混ざりたい。

けど混ざってしまったら、確実に俺は我慢できない。
明日の分とか考えず出しまくるのが確定だ。

涙を堪えて悶々とした時間を過ごした俺は、二人が出てから情欲に火照った頭をシャワーで冷した。そして風呂から上がれば、そろそろ寝ようかという時間だ。

となれば、お決まりのスタンプチェックである。
やって来たメイドさんにカードを渡している間、アルムブルムさんはルクレイアからこのお城で俺に課せられたルールを聞いているようだった。

「へー、そういう決まりなんだ」

「はい。昨日まではどのような搾精をしてきたのか誠に問い質し、それを上書きしておりました」

「あはは。なんかルクレイアさんらしいねー」

「……アルムブルムは気にしない、と?」

「う~ん……。もちろん気にはなるけど、そこは諦めるしかないんじゃないかな」

寛容なアルムブルムさんの発言に、ルクレイアは納得しかねると眉を寄せていた。

「そんなことでは、いつ誠が他の者の虜になってしまうか分かりません」

「そこはもっと信用してあげて欲しいけど、心配になっちゃうくらい好きなんだねー」

指摘され、顔を背けてしまうルクレイアがちょっと可愛い。俺に指摘されても惚けるくせに、アルムブルムさんが相手だと惚けられないようだ。随分と可愛くなっちゃってまぁ……。

「なんですか?」

っと。
鋭さは相変わらずか。
余計なことは考えないようにしないとな。

「いや何でもないよ。で、今日もいつもの報告はした方が良いのか?」

それに答えたのは、ルクレイアではなくアルムブルムさんだった。

「ううん。それはしなくていいよ。でもその代わり、寂しかった分の埋め合わせが欲しいな」

ルクレイアよりずっと直接的に甘えてくるアルムブルムさんだ。そして俺は、彼女に甘えられると断れないのである。

ただ、普段であれば断ったかもしれない。明日も搾精があるから、今日はごめんな、と。
でも、今日は状況が違った。
さっきスタンプカードを渡した時、メイドさんから「明日はお休みです」と言われたのだ。
そしてアルムブルムさんは、きっとそれを聞いていたに違いない。だからこそ、このタイミングで甘えてきたのだろう。

ふぅ……。

男には、戦わなければならない時がある。
それは今だっ!

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