79話 囚われた誠
ゆっくり意識が浮上するとともに、俺は激しい違和感を覚えていた。
いつもの暖かい布団に包まれている安心感がないのだ。
それに、俺を挟むように隣で眠る愛しいメイドたちの感触も。
いったい何が……。
状況を確認するため起き上がろうとして、すでに起き上がってることに気づいた。ただし自由はない。身体を捩ってみると、手首でガシャリと鉄が擦れる。どうやら手枷を嵌められているらしい。
しかも俺は全裸のようだった。全裸のまま天井から伸びた鎖で両手を繋がれ、足首にも冷たい鉄の感触が嵌められているのだ。
――は?
どうなってんだっ!?
これはもうのんびり目覚めている場合じゃない。
意識を急速に覚醒させた俺は、慌てて周囲を見回した。
「どこだよ……ここ……」
そこは、煉瓦で囲まれた小さな部屋だった。
窓すら付いていないので部屋の隅が見えないほど真っ暗だが、そう広くない空間であることは感じ取れる。
陽光のないサキュバスの世界はどこにいても薄暗いが、その中でもとびっきりの閉塞感だ。ひょっとしたら、ここは地下室なのかもしれない。
静寂が、うるさいほど耳を叩いていた。
そもそも俺は、どうしてこんなところにいるんだ?
現状を把握するため、意識を失う直前の記憶を引っ張り出してみる。
確かメイドさんに精力剤を貰おうとして、彼女の部屋を訪れ、それから…………それから?
思い出せるのは断片的な情報ばかりだ。
殺風景すぎる部屋。急速に遠のいた意識。室内に入って来た複数の気配。そしてどこかで嗅いだことのある甘い匂い。
――もしかして……拉致……?
大声で助けを求めようとしていた俺は、最悪の予想に喉を詰まらせた。
もしこれが本当に拉致でここが俺を拉致った奴らのアジトなのだとしたら、大声を出すのはマズいかもしれない。たちまち奴らの仲間がやって来て、声も出せないような状態にされたり、もしくはそのまま殺されたりする可能性もあるのだから。
……いや、殺されるって可能性は低いか? だって、やるならとっくにやってるハズだ。
それに猿轡すらされていない現状、声も出せない状態にする理由もなさそうである。
もっともそれは、俺に希望を抱かせる判断材料にはならない。つまりはここが「大声を出されても構わない場所」であり、助けがくる可能性が低いということなのだから。
身体を捩ってみると、腕を拘束する鎖がガシャリと重そうな音を立てた。
とても自力で脱出できそうにないが、かといって何もせず漫然と事態が動くのを待てるほど俺の心は強くない。
くそ……っ!
これどう考えてもヤバい状況だろっ!
シャレになってねぇっ!
それに、もしこのまま俺が行方不明ということになったらどうなるのか?
頭に浮かぶのは、もちろんルクレイアとアルムブルムさんの顔だ。脳裏に浮かんだ二人の顔は悲痛なほどの泣き顔で、俺は慌てて首を振った。
帰らなきゃ……っ!
なんとしてでも二人の元へ帰らなければ……っ!
と、その時である。
――コツン、コツン、コツン……。
硬い足音が近づいてきたのだ。
徒歩よりも少し間の空いた足音は、階段を下りてくる音だろうか?
やはりここは地下なのかもしれないと想像しながら、身を硬くした俺は扉を凝視していた。
すると
「起きていたか。ほぅ……。なかなかそそる格好だな」
扉が開き、三人の女性が部屋に入って来た。
そのうち一人がそそくさと室内に火を灯したことで、狭い室内の様子が蝋燭の灯りにぼんやり浮かび上がる。どうやら物置のような部屋らしい。壁際には古びた木棚が朽ちかけていた。
改めて室内に入って来た女性たちに視線を戻すと、残る二人に見覚えがあることに気づいた。
黒い長髪と怜悧な目元。高い身長から高圧的な眼差しでこちらを見下ろしているのが確かシルビス。
そして美しい銀髪を揺らし、冷たさを感じるほど整った顔の可愛らしい方がネイアローゼ。
軍服を纏ったこの二人は、以前出会った四大淫魔貴族の一人、コルネリアーナ・バファフェットさんの側近というか親衛隊というか、そんな感じだったハズである。
しかしもう一人が分からない。
部屋に火を灯し終え、自信なさげに俯く彼女は、こう言ってはなんだがどこにでもいそうな顔立ちだ。服装も地味で、ハーフパンツにグレーのスウェット姿である。
なんとなくどこかで見たことある気がするんだがなぁ……。
いや、それを考えるのは後でいい。
今は、何故俺を拉致ったのか、俺をどうするつもりなのかってことを聞かなければならないのだから。
そう思い口を開こうとした刹那
「オスのくせに生意気な目つきね。自分の立場が分かってないのかしら?」
冷たい微笑を浮かべた銀髪の少女、ネイアローゼが――ヒュッ。突然腕を振るった。
「ぎゃあぁぁぁぁッッ!!」
途端、胸元に凄まじい痛みが走り、俺は思わず絶叫していたのだ。
痛い痛い痛いっ!
まるで火箸を押し付けられたような激烈な痛みと熱さを感じ、勝手に叫び声が絞り出されてしまう。
「ふっ。ちょっと撫でただけで大げさだわ。耳障りよ。黙りなさい」
再び彼女が腕を振るった。
そこでようやく、俺は痛みの原因に気付く。ネイアローゼが棒状の鞭を持っていたのだ。
――ピシっ!
風を切り裂く音とともに、再び強烈な痛みが俺を苛んだ。
全身がガクガク震え呼吸もままならないほどの痛みは、絶叫せずにはいられないほどだ。
「んがあぁぁぁぁッッ!!」
少女は「撫でただけ」などと嘯いているが、打たれた箇所を見れば真っ赤な蚯蚓腫れが出来ている。SMプレイですか? なんて軽口を叩くことが出来ないほどの痛みなのだ。軍服も相まって、少女の姿は特殊警察とか尋問官とかそんな感じに見え、恐怖で膝が笑いだしそうだった。
「お、俺は唯一の男なんだろ……? 痛めつけるより有効な使い道があると――ぐふぅっ!」
今度は腹部に重い一撃。長身のシルビスが膝蹴りをかましてきやがったのだ。
内臓が引っ繰り返りそうな衝撃に唸りながら俯くと、グイッと乱暴に髪を掴まれ上を向かせられてしまう。
「貴様は勘違いしているな。使い道があろうとなかろうと、オスの扱いなどこれで十分なのだ」
ぐ……っ。
シルビスの言葉には一理ある。彼女たちサキュバスにとって、男なんて餌に過ぎないのだから。
もし最初に出会ったのがルクレイアじゃなければ。俺を保護してくれたのがリュドミナさんじゃなければ。俺の扱いは、これが普通だったのかもしれない。
けど……
「精液枯渇症が怖くないのか!? ホロウになっちまうかもしれないんだぞっ!?」
今この世界は、ホロウ化という難題に直面している。
それを何とか出来るのが俺だけなら、その扱いはもう少し慎重であるべきだろ? 少なくとも、簡単に死なれては困るはずなのだから。
しかし……。
なのに……。
奴らは笑っていた。
「くははははっ! ホロウ化! ホロウ化なぁ?」
「な、なにがおかしいっ! お前らホロウを見たことがあるのかっ!? 大切な人がホロウになっちまった辛さを知ってるのかよっ!!」
「見たことはあるぞ? なんせホロウを生み出してるのは我々だからな」
……は?
今、なんつった……?
ホロウを……生み出してる……?
「信じられんという顔だなぁ? くふふ……。どれ。実験ついでに見せてやるか。サキュバスがホロウ化するところを」
そう言って部屋を出て行ったシルビスは、すぐに一人の女性を連れて戻ってきた。
見覚えがある。というか、お城で俺を眠らせたあのメイドだ。
「な、何故ですっ!? 何故ですかシルビス様っ! わたしは上手くやりましたっ! 命令通り男を誘い込んだじゃないですかっ!」
「あぁそうだな。お前は良くやってくれたよ。だが、誰かに見られていないとも限らんだろう? 証拠は消しておかんとなぁ?」
「な……っ!? さ、最初からそのつもりで……っ!? や……嫌よっ! 離してっ!! 離しなさいよっ!!!」
女は暴れるが、縛られている上に長身のシルビスにガッチリ押さえられては身動きすることすら出来ない。完全に動きを封じられ、メイドは絶望に顔を青くしていた。
すると視界の端で、ネイアローゼがスウェットの女から何かを受け取っているのが見える。
「ほら。出しなさい」
「う……うん……。で、でも、もう残り少ないから……」
「いいから早く」
急かされた彼女は、渋々といった感じでポケットの中から何かを取り出した。
良く見えないが、涙型で、白黒模様の小さな何かだ。
あれなんだっけ?
どこかで見たことある気がするんだが……。
考えてるうちに、スウェットから受け取ったそれを、ネイアローゼが縛られた女の口に押し込んでいた。目を見開き、女はすぐさまそれを吐き出そうとしているが、鼻を押さえられ無理やり呑み込まされているのだ……。
直後。
俺は驚愕に目を見開いた。
だって……。
だって何かを飲まされたメイドが……っ。
「あ……あぁ…………アアアァァァァ……ッ!!! ちんぽおおぉぉぉぉおッッ!!」
ちんぽっぽしていた。
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