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85話 リュドミナ・ヘリセウス

――  リュドミナ視点  ――

今でこそ常に柔和な笑みを浮かべ、たまに「笑顔過ぎてちょー怖い」とメイドたちを震えあがらせているリュドミナ・ヘリセウスであるが、若かりし頃の彼女は非常に苛烈であった。
敵と見れば容赦なく切り刻み、夢渡りでは「オスなど精液を搾られるだけの家畜だ」と公言憚らないほどである。

そんな彼女も歳を経て相応に落ち着いた……などと言おうものなら地下室へ招かれ、若かりし頃の苛烈さを嫌というほど思い知らされる羽目になるが、とにかく今のリュドミナは当時の彼女を知る者が見れば別人かと疑われるほど丸くなっているのである。

だがその影に、儚い男女の物語があったことを知る者は誰もいない……。

……。

「誠さんを見ているとあの人の事を思い出してしまうわねえ~」

薄暗い夜道を独り歩きながら、リュドミナは誰に聞かせるでもなく呟いた。
城の区画から離れ、街とは反対方向。ここは王城で働く役人や小貴族たちが住居を構える、貴族街と呼ばれる一角だ。貴族街には四大淫魔貴族が王都滞在時に使う別邸もあり、当然ヘリセウス邸もあるのだが、彼女の足は別方向を向いている。

――ひゅぅ……。

太陽のないこの世界に明確な四季は存在しないが、夜ともなれば冷える時期である。
身震いしたリュドミナは、いつか肩に半纏を掛けてくれた男の顔を思い出し、知らず苦笑を零した。

――今思い返してみても、実に不思議な男だった。

リュドミナが彼と出会ったのは遥か昔。当たり前だが夢の中でのことである。

普通彼女と夢が繋がった男の行動は、大きく二パターンに分けられる。
一つはリュドミナから必死に逃げ惑うが結局捕まり、責め嬲られて限界まで精液を搾られるタイプ。
もう一つはリュドミナの足元に跪き、彼女を主と仰ぎ、自ら全てを捧げるタイプ。

さすがに搾り殺したりはしないものの、中にはあまりに苛烈な責めの後遺症として人間の女では射精出来なくなった者もいるほど。夢の中でのリュドミナは絶対的な者として振る舞い、またそれが当然であると思っていた。

それゆえに、逃げもせず、かといって跪くでもない。にこやかに「こんばんわ」と声を掛けて来た男に、リュドミナは興味を持ったのである。

戯れに、リュドミナは彼と取り留めのない話をしてみることにした。
彼は笑顔でそれに応じ、時に自分からも話を振りながら、穏やかな時間が過ぎていく。

幾晩にも及ぶリュドミナと彼の逢瀬は、時に寝室で。時に食堂で。時に湖の畔で。時に一面の花畑で。夜を超えるごとに色鮮やかなものとなり、大層困惑したことをリュドミナは覚えている。

夢の中の風景は、サキュバスの心象が強く反映されるのだ。性欲と吸精衝動のままに繋がる夢では寝室や浴室など、すぐにでも行為に及べる場所が普通だった。
なのに花畑の風景を夢に見るなど、思わず自嘲せずにはいられなかったというわけである。

そして何より不思議だったのは、何度も彼と夢が繋がっているというのに、搾精行為をしていないことだった。

『わたくしはタイプじゃないのかしら?』

彼からも手を出してこないことに不安を覚え、リュドミナは口を滑らせたことがある。
すると彼はこう答えた。

『タイプなどというものはないよ。僕にとっては貴女が全てで、貴女しかいないのだから』

そうして彼はリュドミナの肩に半纏を掛け、隣に寄り添ったのである。

この頃になると、リュドミナはもう彼から搾精しようとは思わなくなっていた。というのも、幾晩も重ねた会話の中で、彼女は気づいてしまっていたから。

――彼、重い病気なのね……。

もしも搾精を行ったら、そのまま彼は死んでしまうかもしれない。搾精の為に夢が繋がっているというのに搾精を拒むのはあまりに本末転倒な気がしたが、それでも夢は繋がり続けた。

そして二人の逢瀬が十夜を超えた頃。
不意に彼が言った。

『貴女と契りたいのだけれど……駄目だろうか?』

リュドミナがサキュバスという魔物であることも、男の精を啜って生きる性質も、すでに彼には伝えてあった。
なのにそんなことを聞いてくる彼は馬鹿なのではなかろうか?
以前の彼女であれば一笑に付すような問い掛けに、しかし彼女は穏やかな口づけで返事をしたのだ。

そしてそれが、彼と繋がる最後の夜となった。

実際のところ、何故夢が繋がらなくなったのかをリュドミナは知らない。
一度肌を重ねたことで満足したのか。
それともサキュバスの本性を知り怖くなった彼が自分を拒絶するようになったのか。

それとも……。

どちらにせよ、あれからすでに何十年も経っている。病弱な彼は、とっくに寿命を迎えているだろう。
それでもリュドミナが未だ鮮明に彼を思い出すことが出来るのは、それから一度も夢渡りをしていないからかもしれなかった。

……。

目的の屋敷に到着したリュドミナは、そのまま応接間に通されていた。対面するのは、屋敷の主であり四大淫魔貴族の一角を成す漆黒の女性。コルネリアーナ・バファフェットである。

「おやおや。こんな夜更けに何の用かねぇ?」

言いながら紅茶を口に運び、コルネリアーナは妖艶に口元を歪めていた。しかしリュドミナが口を付けぬまま紅茶を見つめているので、僅かに小首を傾げてみせる。

「うん? 当家でも最高級の茶葉を選んだのだが、名高いヘリセウスのお口には合わないかい?」

そしてリュドミナに紅茶を勧めるのだが、それでも彼女はカップに口を付けようとしなかった。いやそればかりではない。微笑みを浮かべたまま、リュドミナがそっとカップを押し返してきたのだ。

「そうねえ~。勿体ないから、貴女が飲んでくださらないかしらあ~?」

「奇妙なことを言うねぇ。他人様にお出しした物に口を付けるなんて、四大淫魔貴族として出来るわけがないだろう?」

穏やかに微笑み合う二人だが、見る者が見ればバチバチと飛び交う火花を幻視したかもしれない。事実部屋の隅に控えているメイドなど、立っているのも覚束なくなっている様子である。

「ふふ。なら、そこのメイドに下げ渡そうかしらあ~。光栄に思いなさい? 最高級の茶葉だそうよお~?」

しかもリュドミナに話を振られては、今にも卒倒してしまいそうだった。だがこれを断るなど、一介のメイド風情に出来るはずもない。

「あ、ありがたく頂戴致します」

なんとかそれを喉から絞り出し、メイドがカップに手を伸ばしたのだ。

――と、その時である。

「やれやれだねぇ」

小さく呟き、コルネリアーナがカップの取っ手をスリスリ擦った。と同時、ソファの中から、机の裏から、観葉植物の物陰から。隠れ潜んでいた多数の兵士たちが一斉に現れ、リュドミナへと槍を突きつけたのである。

事情を知らされていなかったメイドは「ひぃっ」とカップを取り落とし、壁際まで後ずさる。落ちたカップはカシャンと砕け、紅茶が床に赤い染みを広げていた。

「全部お見通しってわけだねぇ?」

コルネリアーナが、諦めたように息を吐き出した。
リュドミナの突然の訪問。紅茶に口を付けない不審な態度。それらが意味することは一つである。
もっとも、その可能性を考えていたからこそコルネリアーナは「ひまわりの種」入りの紅茶をリュドミナに提供していたのだが。

恐らくリュドミナが自分へ辿り着けたのは、誠を攫った場面を見られたからだろう。もちろんコルネリアーナも慎重を期していた。なにせ誠には、ローレンシアがこっそり護衛をつけていたのだから。

それでもコルネリアーナが誠の拉致を決行したのは、その護衛態勢が緩んだからである。これを千載一遇の好機と見て指示を出したわけだが……。

「……それすらも囮だったってわけだ。アンタも監視を付けていたんだろう?」

「当然でしょお~? 可愛い誠さんに変な虫が付いたら困るものお~」

「女王の護衛すら囮に使うとは悪辣なことで。いったいどの辺が丸くなったのかねぇ」

「有無を言わさず焼き討ちをかけないあたり、随分丸くなったものだと自覚してるわよお~? もちろん歳のせいではないけれど」

リュドミナの軽口を「はんっ」と鼻であしらい、コルネリアーナは苦々し気に親指で唇をなぞった。

「もう止めなさいなコルネリアーナ。確かに女王陛下はまだ年若く至らぬところもあるけれど、それを見守り導くのが先達の務めと言うものでしょう?」

大勢は決している。
誠を誘拐する場面を見られ、すでに監禁場所も押さえられているのだ。
それに紅茶に手を付けなかったことから、ホロウ化騒ぎの元凶についても掴んでいると思って間違いないだろう。

その詳細を女王へ報告してないわけがない。
例えここでリュドミナを殺したとしても、罪が増えるだけなのだ。

「自分でけじめをつけなさいな。貴女のしたことは到底許されることではないけれど、悪いようにはしないわ」

もちろん、コルネリアーナの死罪は揺るがない。
だが四大淫魔貴族の一人として尊厳ある最期を約束し、なるべく事を静かに治めたいというのがリュドミナの本音であり、同じ時代を生きた友人に対する心遣いでもあった。

それゆえに、彼女は一人で来たのだろう。

そこに思い至り………………それでも。

それでもコルネリアーナ・バファフェットは止まることが出来なかった。

漆黒の女性が、スッと片手を上げる。
それが合図。
突きつけられていた槍の穂先が、一斉にリュドミナ目掛けて突き放たれた。

「馬鹿ねえ~……」

それを優雅に躱し、リュドミナは懐から抜いた短剣を投げ飛ばす。
ヒュンッと小さな風斬り音。
次いでドサリと兵士が倒れると、リュドミナは素早く兵士が持っていた槍を奪い取る。

「分からないのかしらコルネリアーナ。もうわたくしたちの時代ではないということが」

「分からないねぇヘリセウス。そんなに隠居がしたいなら一人で月に帰りなよぉ!」

いつの間にか構えていた剣を横薙ぎに払い、コルネリアーナが吠えた。
廊下からは、多数の兵士たちが近づいている足音も聞こえている。

そんな四面楚歌の状況にあって、リュドミナはペロッと唇を舐めた。

「隠居? わたくし、まだ若いのだけれどお~?」

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