巨乳キャラあつめました 巨乳のキャラクターが登場する漫画や小説を集めたサイト

01: 種乞い狐の伝説

「種乞い狐の伝説、ですか……」

CT機器の納品を終え、院長室にてジャスミンティーをおいしく頂いていた俺は、恒例となった戸沢先生の小話に、取りあえず相槌を打った。

「うん。この狐ケ崎には、若い男を拐かす悪い狐がいてね――」



むかしむかしこの狐ケ崎に忠七という目鼻立ちの良い男がいた。肝煎の息子ということもあって働きもせず遊びまわり、ほうぼうに女をつくっては子をなした。

ある時、忠七が行方不明になった。すぐに村の噂になったが、どうせ土地の女に飽きて吉原にでも行ったのだろうというのが衆目の一致するところだった。

しかし、一ヶ月経っても、二ヶ月経っても帰ってこない。肝煎も、放蕩息子とはいえ流石に心配になり、江戸へ使いをやったが、そもそも来た痕跡がないという。すわ神隠しか、と村内は騒然となり、村人ひとりひとりに聞き取りを行ってみると、二ヶ月ほど前に、小萩山へ向かう姿を見た、という者が現れた。

その情報を頼りに山内を捜索してみたところ、山頂近くの沢にて忠七の死体が見つかった。死体は一〇~ニ〇歳ほど老けていた上にミイラが如く干上がっており、さらには狐と思われる真新しい獣毛にまみれていた。

小萩山には、化狐が棲んでいるという言い伝えがあり、忠七は狐に騙されて精という精を吸い尽くされたのだ、という話になった。

村人は狐の祟りを恐れ、山頂に稲荷祠を建てることによってそれを鎮めようとした――



「いやあ、なかなかすごい話だよねえ」

熱っぽく語り終えた先生は、ジャスミンティーで舌を癒しつつ、俺にチラチラと視線を送ってきた。何か感想を言え、ということだろう。

「……これって、要はヤリまくって枯れたってことですよね?」
「まあ、そうなるねえ。同じ男としては羨ましいような、羨ましくないような……」
「死んだら元も子もないですよ。しかし、今なら祟りに見せかけた偽装殺人が疑われる話ですね。周到に狐の毛まで用意して」
「この伝承の恐ろしいところはね、栗本くん」面を伏せた先生は、眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げた。「現代でも似た事件が起きた、ということなんだ」

まさか……。

「……ほんとですか?」
「うん。つい最近――といってももう一〇年ほど前の話だけど、種乞い狐に拐われたってひとがいるんだ。新聞で見なかったかい?」
「覚えてないですね。一〇年前っていうとまだ高校生ぐらいだったんで」
「三〇代の男のひとが一年ほど居なくなってね。戻った時には痩せ細っていた上に、四、五〇歳ぐらいの外見になっていた」
「消えてたのは一年だけなのに、一〇歳以上老けてたってことですか」
「その通り」
「でも、それだけじゃ、種乞い狐でしたっけ、その仕業だとは言えないんじゃ?」
「……実はそのひと、忠七さんと違って生きて帰ってきたんだ。どこに行っていたのかは黙して語らずすぐに亡くなったんだけど、最期の言葉が『翠、すまない』だったそうなんだよ」
「? 何の関係が?」
「件の種乞い狐はね――翠、って名前なんだよ。男のひとは、たまたま旅行で来ていただけだから、知っていたとは思えない」
「…………」

先生は、俺の反応に満足したのか、子供っぽい笑顔を浮かべて言った。

「栗本くん若いしさ、狐には気をつけた方がいいんじゃない?」

「種乞い狐、ねえ……」

俺の名前は栗本史郎。中堅の医療機器商社の営業マンをしている。現在四年目の二六歳。去年まで東京本社勤務だったが今年の四月に東北支社へ異動になった。
戸沢先生の病院は、俺がこっちに来て初めて開拓した営業先で、先方も良くしてくれる、いわゆるお得意様だ。

「営業先を紹介してくれるのはありがたいんだけど……」

生まれも育ちも東北、という生い立ちがそうさせるのか、先生は土地の民話について調べるのを趣味にしている。その成果を前は奥さんに語っていたそうなんだが、ここのところ相手にしてくれないとかで、俺にお鉢が回ってくる。

「さすがに実話とは思えないよなあ……」

俺は会社へと車を走らせながら、窓の外に広がる田園風景に目を向けた。頭を垂れた稲穂の向こう、秋の気配に色づき始めた山々が見える。雲をまとったそれは、千年も二千年も前からそこにあって、今なお揺るぎない。

「ああいうの見ると、なんか棲んでても変じゃないとは思うけどね……」

そんなことを考えつつ、先生の病院から南に二〇キロほど下った時のこと――
山裾の道を走っていると、萌え切った紅葉のように真っ赤な鳥居が目に入った。

「あんなのあったっけ……?」

ここ数ヶ月、週に一度のペースでこの道を走ってるけど、見た覚えがない。
何となく気になった俺は、路肩に車を止め、鳥居を眺めてみた。

「うーん……」

他に車が来ないことを確認し、道路を渡って鳥居の近くに寄ってみる。

「やっぱり初めて見るな」

辺りを見回し、ここを通った時のことを思い出してみるが、記憶になかった。

「だいたい、これだけ鮮やかな赤なら見落とすはずがないんだよな」

鳥居はペンキ塗り立てように真新しい。通りすがるだけで記憶に刻み込まれそうだ。
くぐって小山を見上げてみると、石段が上の方まで続いている。

「なにを祀ってるんだろう……。種乞い狐? まさかな」

ふと先生の話が思い出されたが、さすがに結びつけて考えすぎだろう。プライミング効果っていうんだっけ、こういうの。

「…………」

時計を見ると三時過ぎ。会社に戻っても今日は営業日報書いて終わりだし、今Q
クォーター
の数字も先生のお陰で早くも達成と、割とヒマしてる状況だ。上に何があるのか、確かめてみるのも悪くない。

「先生への土産話になるかもしれないしな」

そう言い訳しつつ――
俺はどこからともなく現れたその不思議な神社に、詣でてみることにした。

「はひっ……、はっ……、ひっ……、ちょ、これ……、しん、どい……」

ニ〇分ほど登り続けた結果、息が完全に上がってしまった。
高校までサッカーしてたから体力ある方だと思ってたけど、就職してからは草サッカーすらやってなかったからなあ……。
そこまで興味があるわけでもないし、諦めようかな……。

「ち、く、しょう……」

生来の負けず嫌いが、それを邪魔する。
まあ、あとちょっとかもしれないし、粘るか……。

「はひっ、はひっ、はひっ、はっ……」

けっきょくそれからさらにニ〇分ほど石段を登って、ようやく開けた場所に出た。

「ちょ、休憩……」

傍の鳥居に凭れながら、中を眺める。石段はそのまま石畳へと変わり、行った先に木造の建物があった。拝殿とかいうやつだ。

「ふー……」

息を整え、石畳を進む。

「これ、犬じゃないな」

道の両脇に鎮座する石像は、神社ではお馴染みの狛犬じゃなかった。シュッとしたフォルムに、コーンとした面構え。つまりは狐だった。

「てことはここ、稲荷神社か」

取りあえず賽銭箱に五円玉を投げて手を合わせてみる。

シーン……。

「まあ、何も起きないよな……」

当然っちゃ当然だ。
民話みたいなことがいきなり目の前で起きても困るし、そもそも神隠しに遭いたいわけでもない。
いちおう境内を一通り回ってみるも、特に変わったところは見受けられなかった。

「帰るか……」

そう思って、境内入り口の鳥居まで戻った時のことだった。

「え……?」

たぶん俺の顔からは、サッと血の気が引いたことだろう。
これがドッキリなら最高のカモと言えるほどの驚きっぷりだったとも思う。

石段がなくなっていた。

「嘘だろ」

ホワイ? 何故ない? 直前まであった……というか、それを登って来たんだぞ? 民話の世界じゃあるまいし、いきなり無くなるとかおかしいにもほどがある。
石段があった斜面を覗き込んでみるが、木と草と土だらけでその痕跡すら見つからない。

「どうしよう……。ちょっと降りれそうにないぞ、これ……」

斜面はかなりの急勾配で、知識も道具もない素人が降りられる雰囲気ではなかった。

「他に道は……」

崖沿いに境内を回り、石段あるいは地ならしされた道がないか探す。

「うーん……」

見落としがないように二周してみたが、それらしきところはなかった。ただ一点――

「これって獣道だよなあ……」

拝殿の奥にあった建物の裏から、通れなくもなさそうな道が、林の奥に向かって伸びていた。

「行ってみるか……」

現状、他に進めそうな道もないし、ちょっと様子を見てくるぐらいしてもいいだろう。進んでも下り道にならないのなら戻ってくればいいわけだし。
そう腹をくくり、獣道へと足を踏み入れる。
地面はそれなりに踏み固められていたが、スーツに革靴だとさすがに歩き辛い。足を滑らせないよう気をつけながら獣道を進む。

帰ったら靴磨かないとなー。
そんなことを考えつつ一〇分ほど歩いてみたが、道は多少の登り降りを繰り返しながらも水平――

「この道はハズレだな……。戻るか……」

その時だった。
遠目に、桃色がかった金髪が見えた。
少女だ。

「あのー、すみませんー! ちょっと道に迷ってしまってー!」

大声で呼ばわってみるが、聞こえなかったのか、少女は木の隙間をスルスル進みながら林の奥に行ってしまう。

「えー……。あのー! すみませんってばー!」

声を張り上げながら追いかける。が、やはり気づく様子はない。
なんだよもう。聞こえてくるのは鳥の声とか虫の音ぐらいで森閑としてるだろ。なんで聞こえないんだ。

「おーいってばー! 反応してくれー!」

駆け足からいつしか全力走になっていたが、それでも追いつけない。女の子はそんな急いでるふうにも見えないが、歩き慣れているのか獣道をトントン進んでいく。

「あっ!」

舗装されてない道を革靴で全力疾走なんてするもんじゃない。気づいたときにはすってんころりん、俺は木の根か何かに足を取られて転んでしまっていた。

「いつつ。……って居ないし」

痛みをこらえ体を起こした時にはもう、少女の姿は無くなっていた。

「あーあ……。唯一の希望が……」

というか。
どこだここ。
夢中で進んできたせいか、ふと我に返ると、自分が今どこにいるのかサッパリ判らなくなっていた。周囲を見回しても、どういった経路を辿ってやって来たのか思い出せない。

「マズい……。これ、本格的に遭難してないか……?」

そうだ、スマホ。
危機的状況に陥ったせいで脳が活性化されたのか、俺は、胸ポケに忍ばせてあったあいぽんちゃんの存在を思い出した。急いでを取り出し、現在位置を確認する。

「俺もバカだな。なんで最初にそうしなかったんだ」

アプリのぐるりんまっぷはやたら性能がいい。近くに林道があればそれを表示してくれるかもしれない。仮にそれが無かったとしても、もと居た県道との位置関係ぐらいは判るだろう。闇雲に進むよりよっぽどマシだ――

「うあっ……」

と思ったら、まさかの圏外……。本当にどうしよう、これ……。
リン――
そこに響き渡った、澄んだ鈴の音。
顔を上げると、ずっと先に、二房の桃色がかった金髪――

「待って! 頼む!」

見失ったはずの少女――と思った時には金髪が翻っていた。逃してなるものかと、俺も駈け出す。
地獄に仏! 大海の浮木! 干天の慈雨!
ここで捕まえられなかったら、俺はこの山で朽ち果てる――とまではさすがに思わないけど、それでも今、道が聞けて、すんなり出られる方がいいに決まってる。

て――
誰もいない山ん中で男に追いかけられたら普通の女の子は逃げるんじゃないかな? と急によぎる。

あー。
あの子が逃げるのってそういうことー? それは納得だわー。

「あのー! 違いますよー! 俺が追いかけてるのは単に道が聞きたいだけでー! 迷子なんですー! 止まってー! 襲ったり絶対しないからー! 神に誓って襲わないからー!」

逆に怪しさが倍増したのか、女の子との距離が開く。
でも言葉選んでる場合じゃないんだよー。判ってくれよー。
そうこうしてるうちに、女の子が光の中へと消える。

「へ!? 光!?」

と思ったが、アレは違う。あそこで林が途切れてるんだ。木がその向こうにないから、太陽が直接射し込み、光が溢れてるように見えたんだ。
てことは……。

「あの向こうって、広場?」

力を振り絞って駆け出す。そして光の中へ――

「え? 何だこれ……」

飛び込んだ俺を待っていたのは、予想通り広場――というかかなり開けた場所だった。そう、そこまではいいんだが……。

全くの想定外。
夕日を浴びて朱に染まる威容――
そこにあったのは、古めかしい三階建ての建物だった。
入り口に、『幻燈亭』という看板が大きく掲げられている。

「あら」

何も考えることができずポカンと立ち尽くしていると、中から和服の女性が出てきて俺に視線を向けた。
林の少女かと思ったが、桃色ブロンドでも、ツインテールでもなかった。
というか――
超美人。
それが、男を蕩かすような微笑を浮かべた。

「お客様なんて何年ぶりかしら。ようこそ、幻燈亭へ」

他の漫画を見る