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18: 指ちゅぱは立派な治療行為です!?

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幻燈亭の裏手には、手入れの行き届いた日本庭園が広がっている。 秋半ばということもあってカエデが紅く色づいており、それが刈り込まれたツツジのそばにハラハラと落ちる様はなかなかに風情があった。 しかしひときわ目を惹くのは敷石に沿って綻んでいる紫色の花だ。水仙のようにピンと伸びた花茎の先に指を合わせて丸みを作ったような筒状の花が咲いている。 「これが幻燈草、か」 男にとって興奮剤や強壮剤となる花。葛葉さんが食事に混ぜてくれてるらしいが、そもそも嗅ぐだけで効果があるとか。 ここに来てから毎日お世話になっているその花を香りを感じながら、俺は木漏れ日を浴びて乳白色に輝く敷石の道を歩いていた。進んだ先にあるのは庵室を思わせる離れ。その向こう側に広がっているのが幻燈亭名物の露天風呂、なのだった。 「やあ燐火。こんな広い岩風呂をひとりで洗うのは大変だろう、俺も手伝おうか」 いや違うな。 「おお燐火じゃないか。ひとっ風呂あびにきたんだがそうか掃除か。どうだそれは後にしてお前も湯に浸からないか?」 もっと違うな……。 「何を怒ってるかしらないけどそれは湯に流して一発ハメないか? 露天風呂でヤると開放感があって気持ちいいぞ」 ブチ殺されるな……。 「んんんんんんんんん……」 月夜からもらった情報を頼りに、燐火が掃除をしているという露天風呂まで来てみたはいいものの……。 「どうやって仲直りしたもんやら……」 燐火が何かしら俺のことを怒ってるってのは判るんだが、思い当たる節がありすぎてクリティカルな原因が判らない。コミュニケーションをとって探ろうにも徒手空拳のまま突っ込み余計に怒らせでもしたら元も子もないしなあ……。 「とりあえず燐火の様子を確認してみるか……」 あんまりウダウダ考えていてもしょうがないし……。 庵室に入ってそのまま脱衣所を抜ける。風呂場との間に置かれた目隠し垣からそっと中の様子を伺うと―― 「は?」 そこに広がっていたのはあまりに想像を絶する光景で。 状況を呑み込むまでに数瞬――あるいは永遠の時を要した。 「ちょっ、おいっ!」 燐火が――燃えていた。 髪、尻、右腕、胴、そして左足が轟々という音と火に包まれている。 当の燐火はそんな中で直立不動だが、火の勢いは盛んで立っていられるのが信じられないほど。 「た、助けないと!」 俺の頭の中はすぐさまそれ一色になった。 幸いここは風呂場だ。湯なら大量にある。桶でそれを掬ってぶっ掛ければ―― いやもう突き落としたほうが早い! 「り、燐火っ!」 「え?」 「なにぼうっと突っ立ってんだ! 早く湯の中に飛び込め!」 ドン! 全力で燐火を突き飛ばした俺は、勢いあまって顔から風呂へと突っ込むハメになった。 「ぷはぁっ! 燐火! 大丈夫か!?」 もがくように水面から顔を出した俺は、辺りを確認する。 くそ、ひどい火傷になってるだろうな。女の子なのに跡が残るなんて辛かろう。いやいや命さえ助かってくれれば……! 祈るような気持ちで燐火の姿を探したところ―― ぷかり。 と俺から少し遅れて燐火が湯から現れた。 「無事か!? すぐ葛葉さんを呼んでくるからな! とりあえず湯から上がって横に……」 「いきなり何するのよ、この馬鹿!」 左右に頭を振って水気を払った燐火がいつもの口調で詰ってくる。 「良かった……。それだけ悪態がつけるなら火傷も大したことは……」 そこまで口にして、またもや俺の頭に???が乱舞する。 なんで……。 なんで火傷してないんだ? 驚いたことに燐火の体には、一切の焼けあとがなかった。火に包まれていた髪や右腕やその他どこにも。ついでに言えば着物にすら焦げた形跡はなかった。 まるで―― 火に包まれていたのは幻だったといわんばかりに。 「良かったじゃないわよ、着物までびしょ濡れじゃない!」 「いや、スマン。燐火が火だるまになってるように見えたから、とにかく火を消さなきゃって思ってそれで……。見間違いだったみたいだな、悪い……」 とても錯覚とは思えない臨場感があったけど、目の前の燐火の肌は陶器のように滑らかなままだ。 白昼夢―― そういうことなんだろうか。 うなだれる俺にむかって、燐火が大きなため息をつく。 「見間違いじゃないわよ。火を使ってたんだから」 「……ん。どういうことだ?」 「あたしの本性は狐火なの。そうね……、あんたが理解しやすいようにいうなら火の術を繰っていた、ってとこかしら。見たっていう火はあたしそのものだから焼けるなんてことはありえないんだけど、何も知らないなら火だるまになってるって勘違いしてもしょうがないかもね」 「火の術……。なんのためにそんなことを……」 「だから掃除よ、掃除」 燐火が言うには火の術によって簡易的な結界を張り、それを風呂場ぜんたいに広げることで、チリやらホコリやらの汚れを一気に焼却してしまうんだとか。 「なるほど……」 風呂場の掃除だからブラシを使ってゴシゴシするもんだとばっかり思ってたけどそりゃ妖怪なんだからそんな人間的なやり方はしないか……。 「なのに邪魔してくれちゃって」 「はい、すみません……」 知らなかったとはいえ、俺のしたことは掃除の邪魔をした挙句、着物ごと水浸しにしたということになるのか……。怒りを解きに来て怒りを買うようなマネをしてしまうとは……、トホホ。 しかし当の燐火は俺を重ねて詰ることはしなかった。しょうがないわね、と言わんばかりに大きなため息をもう一度つき、自分の手のひらをぽんぽんと指で叩いてみせる。 「手、見せて」 「え? うん、ほら。……ってなんじゃこりゃ!」 俺の両手にはぷっくりと大きな水ぶくれができていた。 見て認識してしまったせいかジンジンとした痛みが走る。 「当たり前でしょ。あたしの体は高温になってたんだから火傷のひとつもするわよ。……っていうか自分の悪運に感謝することね。万が一にでも“火”に触れてたら火傷どころか骨まで溶けて手がなくなってるところよ」 ひょええええええ! 怖すぎる! 「不幸中の幸いってわけか。……で、悪いんだけどさ、火傷の薬とかある? アロエが自生してたらそれでもいいんだけど」 家庭の医学的治療法。 医者に診てもらうのが一番だが、それができる環境じゃないから自分でなんとかしないとな。跡のこらなきゃいいんだが……。 などと思ってると、燐火に手首を掴まれた。どうしたんだ……? と意図を訊こうとするや視線を逸らされる。 「これは……。その、いちおう助けようとしてくれたことと、あたしのせいって言えなくもないからしてあげるだけで……、別に他意はないんだからね……」 「あ、おい!」 俺を手ごろな岩に座らせその前に傅いた燐火は火傷した皮膚にちゅ――と吸いついた。そしてそのまま口唇と舌を使って患部をちうちうと舐めていく。 「ちゅっ……ちゅ……れろ、えろ、れぇろっ……」 「り、燐火」 「へ、変な声ださないでよ……。これは、その、治療……なんだから……」 「あ、ああ……」 そうは言ってもな。 手のひらとはいえ久方ぶりに感じる燐火の柔らかい口唇と舌の感触。頭を垂れ、髪を揺らしているせいもあって甘い匂いが鼻先に漂ってくる。 こんなの――艶めかしい雰囲気にならないわけがないじゃないか。 燐火だって顔をほんのりと赤らめており、妙な空気にあてられてるのは明白だった。 「ちぅ、れぇろっ、れろっ、ちゅっ……ちゅ、ちゅっ……ちぅ……。……ほら、治ってるでしょ」 燐火が見せてきた患部からはたしかに火傷が消えていた。 「そう、だな……」 しかし俺が気になってしょうがないのは小さく開かれた燐火の可愛らしい口唇だ。 熱心に舐めてくれたからか、俺の手のひらとの間にキラキラと輝く銀糸を紡いでいる。 「あ、あんまり見ないでよ、馬鹿」 俺の視線から隠れるように、燐火が手のひらに顔をうずめる。 そして残る患部の“治療”を再開した。 「れろ、れるっ、えろ……んちゅ、ちぅ、ちゅむっ……」 火傷した皮膚を丁寧に舐める燐火。力を抜いた舌先でゆっくりと慣らし、次いでやわらかな舌腹を使いやさしく患部を癒やす。唾液がしっかりすりついたのを見計らったのち、ちゅむちゅむと口唇で甘噛みしてきた。 (まるでフェラされてるみたいだ……) 愛しい男のペニスに奉仕するような口使いに、獣欲が激しく煽られる。 (たしかにこうしろと教えたような気はするけど……) 初めて燐火とセックスしたとき―― 萎れたペニスを勃たせるためにフェラのやり方を指南した。 既にそんなことは忘れて無意識なのかもしれないが、それを思い起こさせるような舐め方をされればこっちはたまったもんじゃない。 「ねぇ……」 「な、なんだ!?」 考えてることを見透かされたかのようなタイミングで声を掛けられたから焦ったが、どうもそういうことではないらしい。 「い、痛くない……わよね……?」 「舐められるのが、だよな? うん、それは大丈夫だけど」 「そ、そう……」 「お、おう……」 「ねぇ……」 「今度はなんだ……」 「火傷になってるところ、ぜんぶ舐めたほうがいいわよね……?」 「してくれるってんならそりゃその方がありがたいが……」 「あ、あんたはどうなのよ。してほしいの、してほしくないの? どっち……?」 上目遣いに見つめてくる燐火。ふだんは猫のようにつり上がった強気な瞳が、しかし今は不安げに揺れている。 「してくれ。傷ついてる皮膚を、燐火の口唇と舌を使って隅々まで癒やしてくれ」 俺の言葉に燐火は桃色がかった吐息をもらした。それが手のひらに当たり、俺の背筋をゾクリと震わせる。 「しょ、しょうがないわね……。あんたがどうしてもそうしてほしいっていうんなら、して……あげる、わよ」 話が“そういうこと”に落ち着いたことに安堵したのか、ややがっつくように手当てを再開する燐火。それは口使いが荒くなったという意味ではなく、その逆。 「はぁっ……んっ、れろ、れぇろ、れりゅ……んちゅっ、はぁっ、んっ……ちゅむ、ちゅっちゅっ……ちゅ、むっ」 より丁寧に、よりねっとりとした治療になったのだ。ひとつの患部を癒やすのでもより手数をかけてぺろぺろしてくる。それに加えて―― 「どうしたんだ、さっきから俺の顔を見て」 「べちゅにっ、んぁっ……なんでもない、わよ……。……れろっ、えろっ……」 しかし俺の反応が気になるのか、燐火はしきりに上目遣いを向けてきていた。指摘するといったんは伏せるのだが、気づけばどこか恍惚とした色を含んだ緋色の瞳で俺を見上げてくるのだ。 (牝の顔、すぎる……) それは白衣の天使なんかじゃ決してなく、牡のペニスにかしずくことを己の悦びへと変える牝いがいの何物でもなかった。 「はぁっ、はぁ……んれろっ、えろっ、れりゅえりゅっ、んちゅむ、ちぅっ……」 手のひらをくすぐる熱のこもったいやらしい吐息。 蜜の溶かしこんだようなねっちょりとした唾液。 そういったものが患部を、そして獣欲を刺激し、気づけば俺のイチモツはすっかりそそり勃ってしまっていた。 (しゃぶってもらうか? いっそのこと押し倒してもいいし……) 燐火の振る舞いを見るに、誘ってきてるとしか思えない。 フェラもセックスも初日に済ませてるんだし、改めて抱こうとしても強い抵抗はないはず。 そもそも俺は三人を孕ませるために、しかもそう望まれてここにいるんだし、燐火だって判ってくれるだろう。 (とはいえここ数日よんでも拒絶されてるという事実もあるわけで……) 葛葉さんや月夜だけに種付けするのも良くないと思い、例の鈴で燐火を呼ぶのだが、部屋に来てくれないのだ。 鈴の音は数里先まで聞こえるって話だったし、単純に嫌だから来ない可能性が高い。 (ただこうして“治療”してくれたりはするんだから、この空気ならイケる……か?) 右手を終え、左手を舐め始めた燐火に声をかける。 「なあ、燐火」 「はむっ、んっ、ちゅっちゅ……んちぅっ、……ふぁに?」 「今日の夜、部屋に来ないか?」 「…………いかない」 むぅ。まあそうくるか。 「その、前にセックスしたとき無茶したのは謝る。燐火があまりに魅力的だったから暴走した面もあるんだ。次するときはもっとやさしくするから……」 「……そういうことじゃないわよ」 そこじゃないのか。 燐火の怒りの原因を探るべく探りを入れてみたが――つまりは別の何かについて腹を立てている、と。 「じゃあ何に怒ってるんだ? 俺のことを怒ってる……よな? よかったら教えてくれないか?」 「…………」 「俺は燐火とも仲良くしたいと思ってる。怒らせてしまったことについては謝りたいし、原因を理解して二度と同じことはしないようにしたい。だから――」 ぐいっ! と、燐火は言葉じゃなく行動で、回答をよこした。 つまり岩に腰掛けていた俺は、燐火に腕を引っ張られ、湯の中へと引きずり込まれてしまった。 突然の暗転にガボガボともがいたすえ水面から顔をだすと、燐火は俺と入れ替わるように湯から上がっており―― 「言っとくけど! あたしはあんたと仲良くする気なんてないから!」 そう高らかに宣言した。 「仲良くしないって……。どうするんだよ、その、子づくりは……」 「あんたからはもう種もらったし、それで十分でしょ。これで出来なかったら……縁がなかったってそういう話よ。また別の人間の男を捕まえて、まぐわえば……いいわけ、だし……」 燐火が……他の男と……? その一言に胸がざわめく。 “種乞い狐”である以上、そういうことは当然あるんだろうけど、本人からそう言われると心穏やかではいられなかった。 「本気かよ……」 「と、とにかく! そういうことだから!」 「あ、おい! 待てよ、話はまだ……」 話を打ち切るように背を翻した燐火は、目隠し垣のところで「言い忘れてた」と振り返った。 「あたしの掃除の邪魔したんだから、代わりにお風呂あらっておいてよね!」 そう言い残し。 今度こそ燐火は風呂場から出ていった。 「失敗、か……」 それも糸口を探るどころかただこじらせておしまいという絵に描いたような失敗。 「はぁ……」 深いため息が、秋の空へとゆらり立ち上った。 他の漫画を見る