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19: Answer

「夏休みの宿題とか試験勉強やんないとってときに限って掃除したくなる心理ってなんなんだろうなあ……」

受注額が四ケタ万円の案件の提案書をつくらなきゃってときもそうだし……。
あと――

「仲直りしたかった女の子にこっぴどく拒絶されたときも掃除したくなるよなー……」

結局――
燐火に拒絶された俺は、言いつけ通り掃除をすることにした。
なんだかんだ言って邪魔をしたことに違いはないし、衣食住をお世話になってるのにセックス以外ほとんど何もしてないことが気になってたし、幸い先人が残したと思しき掃除用具もあったし。

「これは現実逃避じゃない。今、俺が成すべき仕事なんだ!」

そう自分を騙しつつ――
二時間ぐらいせっせこがんばっただろうか。

「うん。けっこう綺麗になったな」

自然々々と湧きあがる湯を活かしながら風雅に仕上げられた露天風呂は、日々ていねいにメンテナンスされてるんだろう、基本的にキレイだった。俺の洗ったところといえば岩と窪みだとか床の石材と石材の間だとか重箱の隅のような場所ばかり。しかしとにかく心をこめて掃除をやりきったという達成感が、幻燈亭の湯をより雅びに感じさせた。

「さって……、そろそろ戻るか」

と掃除用具を片付けているときのことだった。

「燐火? 掃除はどう、終わったかしら」
「あ、葛葉さん。どうも」

背後からかかった声に振り返ると、そこには宿の主――葛葉さんが立っていた。
びしょ濡れになっていた浴衣はその辺に吊るし、半裸で掃除をしていたからだろう、彼女はカァッと赤面し、俺から視線をそらすように背中を向けた。

「し、史郎さん!? ごめんなさい、まさか今時分に入ってらっしゃるとは思わなくて。す、すぐに出ていきますね」
「違います違います。風呂に入ってたんじゃなくて実は……」

ここに至った経緯を事細かに説明する。
いちおう燐火に代わって俺が掃除したことについては、非がこちらにあると強調しておいた。
(なんだかんだ言って葛葉さん、妹ふたりをちゃんと教育するタイプっぽいからな)

「そうでしたか……。いずれにせよ史郎さんに掃除をさせてしまうことになって申し訳ありません……」
「いえいえそんな畏まらないでください。そうは見えないかもしれませんけど、俺けっこう掃除好きなんですから」

俺のおどけにクスッと笑ってくれた葛葉さんは、ともあれ部屋に戻りませんか、と言った。

「秋晴れでまだ日も高いとはいえ、そんな格好ではお辛いでしょう。新しい浴衣をご用意します」
「あ、それはお願いしたいです。……で、そのあとちょっとお時間いただけませんか。……燐火のことで少しご相談が」

葛葉さんはいっしゅん目を瞬かせ、しかしすぐにすべてを見通す、母のような笑みを浮かべた。

「はい、わかりました」

幻燈亭の奥座敷――葛葉さんの自室は、小さな卓子と化粧箱、そして桐が古色に色づいた味わい深い姿見が置かれただけの落ち着いた設えをしていた。
ほっそりとした美しい手で新しい浴衣を着せてもらった俺は、用意された円座に腰を下ろし、彼女と向かい合う。

「それで、あの子のことでご相談というのは……」

どう切り出そう。
少し迷ったが、けっきょくは率直に言う他ないなという結論に至った。

「ええとですね、俺は燐火に嫌われてると思うんです。まあ嫌われてるというより受け入れられてないといったほうが正確かもしれませんが、ともかくそう感じています。ただ俺としては仲良くしたいし、障害は取り除きたい。だから葛葉さんが何か知っていれば教えていただけないかな、と」
「なるほど……」
「どうでしょう、何か思い当たることはありませんか?」

思わず前のめりになった俺を、葛葉さんが澄んだ湖面を思わせる瞳で見返してくる。

「それをお話する前に……、なぜ燐火をことほどさように気づかってくださるのでしょう。あの子のことを好ましいと思い始めてらっしゃるんでしょうか?」

葛葉さんの言葉はどこか核心を避けている気配を感じさせた。俺が燐火を好きになっているとして、なぜそれを聞かれているのか、と。
ただ、言葉の選び方やニュアンスに、妹を慈しむ者としての気概がにじんでいた。
ならば俺も、それとちゃんと向き合う必要があるだろう。

「まあ肌を重ねた相手ですからね。気づかうぐらいのことはします」

ただセックスしただけでなく、俺の子を身ごもるようなことをしてるのだ。そういう相手に情が移らないわけはない。

「前にも少し言いましたけど、俺は三人のこと受け入れてるつもりなんですよ。もっとみんなのこと知っていきたいし、逆に俺のことも知ってほしい。だから燐火ともいろいろ話をしたいって思ってます。今はちょっとうまく行ってませんけど……」
「…………」
「それに……」
「それに……?」
「時折、燐火が何かを堪えるような、そんな表情をしてる気がするんです。腹の中に相当ためてるんじゃないかと思ってて。そういうのって吐き出すだけでも楽になるから。俺への文句でもなんでもいい。聞くぐらいはできます。本音で話せれば変わっていける部分もあるんじゃないかなって。だからそのキッカケがほしいな、と。はは、すみません、出会ったばかりなのにおこがましいこと言ってしまって」
「いえ……」

葛葉さんはそこでいったん言葉を切り、目の端を指で拭った。

「ありがとうございます。燐火がつれてきてくれた殿方が、史郎さんで本当に良かった……」
「え?」
「……少し長いお話になります」

そうして葛葉さんは、ゆっくりと過去のことを語り始めた。

「私たちの母は狐ケ崎一帯を守護する大妖でした」

葛葉さんがまず話してくれたのは彼女たちのお母さんのこと。
体は小さいながら大きな力を持ち、妖怪の取りまとめ役のようなことをしていたらしい。いさかいが発生すれば飛んでいき、双方の話を聞いて適切に裁定を下す。それでも収まらないときは力ずくで言うことを聞かせるような果断さと実力を持っていたんだとか。
その一方、かなりの気まぐれで、子どもをつくるという“種乞い狐”としての業は長いあいだほっぽり出していたという。

「母はニンゲン嫌いと言いますか、有り体に言うとヒトを軽んじるようなところがありましたから」

まあ妖怪大将のような実力者から見ればただの人間なんて塵芥みたいなもんだろう。

「父は、そんな母が興味を持った唯一のニンゲンでした」

ある時、山間の渓谷に人間の男が倒れていたらしい。
母狐は偶然それを見つけ――食べようとした。しかし気まぐれが湧き起こり、棲家に連れて帰って看病することにした。

「『なんの理由もない。まったくの気まぐれじゃ。食べても良かったし、食べんでも良かった。食べん方にたまたま目が転んだだけ。――そうさな、ニンゲンの言葉を借りれば偶然、あるいは奇跡といってよい』と母は言っていました」

看病の末に目覚めた男は、手当てのお礼に母狐の木彫り人形をプレゼントしたんだとか。

「父は常に何かをつくっている、そんなヒトでした」

彫刻家、建築家、陶芸家――

そのとき気が向いたものを一心不乱につくる。

「母からすれば物珍しかったんだと思います。彫ったり捏ねたりするのをただ眺めていただけだったのが話しかけるようになり、最後にはいっしょに物をつくるようになった――」

この幻燈亭もふたりで建てたのだという。

「母が父を助けようとしたのがただの偶然なら、父が母の興味を惹いたのもただの偶然でした。そうしてふたりの時間は降り積もってゆき、私たちが生まれました」

葛葉さんが何かを思い出したようにクスリ、と笑う。

「母は蛟竜や鬼とも肩を並べるほどの強く、この近隣の妖すべてを従えるほどでしたが、父の前ではただの甘えん坊だったんです」

月夜ほどに小さい母狐と、細身の長身の父親。幼い頃の葛葉さんからも父娘のようにしか見えなかったという。

「母の指定席は父のあぐらの上でした。そこに座っていつも父に耳や尻尾をなでてもらっていました」

意地っ張りな母でしたから、なでられることを嫌がるような素振りばかりみせていましたけど、内心は嬉しくて嬉しくてしょうがないという顔をしていました――と葛葉さんは付け加えた。

「――私たち狐は、ニンゲンをただの種としか看做さない者がいる代わりに、時に深く深く愛してしまう者が出ます。母がまさにそうであり、父もまた母を深く愛してくれていました。私たちもまた、母と父が大すきでした。狐とニンゲンという種族の違いはありましたけど、家族として愛し合うことができたんです」

特に燐火は、母狐と性格が近かったこともあり、父親べったりだったという。
しかしそんな仲睦まじい親子はとつぜん別れのときを迎える。

「父がいちど里に下りる、と言い出したんです。私と燐火は猛反対しました」

母狐はなぜか反対せず、まだ生まれたばかりの月夜もまた反対することができなかった。
けっきょく父親は幻燈亭を後にし、里に下りた。
必ず戻ってくるという約束を交わして――

「でも二度と、父が戻ってくることはありませんでした。一年経っても三年経っても十年経っても、そして百年経っても戻ってくることはありませんでした」

愛していたがゆえに、約束が果たされなかったことは心を大きく傷つける。

「母はある日を境に何も食べなくなりました。次第に床へ伏せるようになり、父がいなくなってちょうど百年が経った日に母は死んでしまったのです」

傷ついたのはむろん母狐だけではなかったろう。

「燐火の荒れ様はひどく、ニンゲンのオスは嘘をつく生き物だと言うようすらなりました。……ニンゲンのオス――つまり父を嫌うことで自分の心を守ろうとしたのでしょう」

だから人間の男である俺のことも受け入れようとしないのか……とひとりごちると、葛葉さんは「それもあると思いますが……」とやんわりと言葉を挟んだ。

「あの子の場合、史郎さんに強い感情を抱いているからこそ、これ以上は踏み込まないよう必死になっているところもあるんじゃないでしょうか……」
「強い感情? 燐火が? 俺に?」
「はい。……史郎さんは、あの狐のことを覚えてらっしゃいませんか?」
「狐?」
「小萩山の麓で休んでいらっしゃった史郎さんにじゃれついた狐のことです」

ああ!
言葉の意味を咀嚼するとすぐに思い出すことができた。

「はいはいはい。覚えてますよ。やけに威厳を備えていた。めちゃくちゃインパクトあったんであの狐のことは忘れられないですね」

先生への初営業でコテンパンにされた日ということもあって妙にハッキリと覚えてる。

「あれ燐火なんです」
「ブフッ!? マジですかっ!?」

コクリ、と頷く葛葉さん。

「燐火がいかに人間の殿方を嫌おうが、宿業を背負った私たちは種を恵んでいただかないと生を紡いでいくことができません。だからどなたかにここへ来ていただく必要があります。ただ私は“外”へと出るには力が強すぎ、月夜はまだ小さいこともあって、それは専ら燐火の役目でした」

ニンゲンのオスを探すのは燐火が担当していた、と。
そしてそれは燐火が許容できる人間の男を探す、という意味でも都合が良かったのだという。

「じゃああれは種探しをしていた燐火とたまたま出会ったってことなんですね。んんん……それってつまり、俺はその時に種として目をつけられた……ってことですか」

俺は幻燈亭に偶然やって来たと思っていた。
つまり山の中で見かけた燐火の後ろ姿を追ってたまたまここにたどり着いたのだ、と。
しかし燐火が俺を俺だと認識して誘導していたのならその前提は崩れる。
そして――
葛葉さんの答えはその想定を上回るものだった。

「種というよりは……母が強く惹かれた父のように見えたんだと思います」
「えっと……それって……」
「燐火は人間の殿方をとても嫌っていました。少なくともそうあろうとしていました。ですから燐火が受け入れられる殿方を探すというのは、地面いっぱいの落葉の下から花の種を見つけるような、そんな困難さが伴うものだったのです。燐火は探しに出かけていくたび辛い表情で帰ってきました。でもある日――」

息せき切って帰ってきた燐火が頬を火照らせ叫んだのだという。
――父さんみたいな、人間の男を見つけた! と。

「燐火はびっくりするぐらいに興奮していて。もう百年は聞いていなかった弾むような燐火の声を聞いて。私も強く興味を惹かれました」
「俺、葛葉さんたちのお父さんに似てたんですね」
「お顔の形はどうでしょうか……。ただ匂いや佇まい、それらが醸し出す空気感が私たちにとって特別だったんです。母が言っていた、人間の殿方に狂おしく惹かれるとはこういうことだったのか、と私たちは思い知りました」

うわ……。
なんかすごいこと言われた気がする……。

「ええと、第一印象は良かったということでいいんですよね」
「この上ないほどに。そしてその気持ちが本物か確かめさせていただくために、少し強引でしたが体を重ねさせていただきました」

なるほど。
いきなりセックスまで至ったのはそういう事情があったのか。

「しかしそうなら燐火はなぜ俺を避けるんですか?」

好ましく思ってくれている……というふうにはあまり見えないが、照れ隠しだとして、なぜ距離を置こうとしてくるのか判らない。

「それは……」葛葉さんは少し困った顔をした。「それは一ヶ月したら史郎さんがここからいなくなってしまうからです」
「あ……」
「燐火にとって史郎さんは初めて好きになった殿方です。体を重ね、より強く惹かれたんだと思います。でもだからこそ別れが怖い……。父のことがあってあの子の心はすごく傷つきやすくなってるんです……。これ以上、史郎さんを好きになってしまったら別れが耐えられないと知っているから避けているんじゃないでしょうか……」

思った以上に深かった燐火の想い。
俺はどう応えるべきだろうか。
考え込んでいると、葛葉さんはポツリと呟いた。

「ごめんなさい……」
「え? 何がです?」
「こんなこと、話してしまって……」
「そういうことなら謝らないでください。俺が望んで聞かせてもらったお話です。お聞きできてよかったとそう思ってますよ」
「でも今、お話したことはすべて私たちの都合です。史郎さんにこれ以上のことを望んではいけないと思っています。ですから……」

葛葉さんの言葉に、体が熱くなる。

「それは俺に何もするなってことですか? 燐火に踏み入るのもよしてくれ、と?」
「いいえ、そういうことでは……。ただ、史郎さんには史郎さんの事情があることを理解しています。史郎さんにとって一番の選択をしてほしい、私たちのために何かを決めるということはないようにしてほしい、そう思っているんです……」

そういうことか。
ホッと胸をなでおろす。

「それはもちろんです。言っときますが俺はそんな聖人君子じゃありませんよ。どこにでもいる、ただのリーマンです。でも俺のしたいことが葛葉さんたちの都合と合うことだってありますよね。それは単純にいいことだと思いませんか?」
「――――はい」

笑顔をみせてくれた葛葉さんに安堵した俺は、円座から立ち上がった。

「じゃ、俺ちょっと燐火さがしてきます。伝えたいことがあるんです」
「お待ち下さい」

キュッと口唇を引き結んだ葛葉さんが俺の額に指を当てる。とたんに脳内へと広がる映像。宿をでて、山を高い方へと走っていく。そうしてたどり着いた先に――燐火がいた。

「今の映像を頼りに向かえば燐火のいるところへ行けるってことですね」
「はい。燐火のこと、よろしくお願いします」

っしゃ。行くぞ。
と――その前に。
葛葉さんの部屋から出た俺は、ふすまを閉める直前ソレに気づき、顔だけ中へと差し入れた。

「あ、そうだ。話をきいて思ったんですが、葛葉さんよく頑張りましたね」
「え?」
「大すきだった父、そして母がいなくなって葛葉さんだって辛い想いをしたでしょう。立ち直るまでに相当な力がいったはずだ。でも葛葉さんは立ち上がり、妹ふたりを立派に育てあげた。それは本当に素晴らしいことだと思いますよ。葛葉さんは本当にえらい」

突然の俺の言葉に目を丸くした葛葉さんは、くしゃっと顔を歪めて泣き笑いのような表情を見せた。

「ありがとう、ございます――」

今度こそ俺は葛葉さんの部屋を後にした。
燐火に俺の気持ちを伝えるために。

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