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34: 月に叢雲、花に風

怒った顔の燐火に、耳と尻尾を伏せ今にも泣きそうな月夜。そんなふたりを横合いから葛葉さんが見守っている。

あれから――
混迷の一途を辿りそうだった場を、葛葉さんは『そろそろ夕餉よ。燐火と月夜はその前にお風呂へ行きなさい』という鶴の一声で収めた。が、燐火も月夜も内心は不満だったらしい。夕餉の後ふたりして『さっきのじゃ納得いかない。もっとちゃんと話して』と俺に詰め寄ってきた。こちらとしてももう少し説明しなきゃとは思っていたから葛葉さんにも声を掛けて話し合いの席を設けた。場所は、綺麗に夜空が見える俺の室。
差し向かいに座る燐火や月夜はもちろん、それを横合いから見守る葛葉さんも緊迫した面持ちだ。
口火を切ったのは燐火だった。

「あんた幻燈亭に来てすぐの頃、何か用事があるとかで早く帰りたがってたわよね? けっきょくそれが理由なの?」
「紹介営業な。もちろんそれもある」

お世話になっている先生の紹介による営業案件。来期の数字になる、確度の高い見込み案件の初訪ということで超がつくほどの重要タスクだ





。過去形なのが我ながら面白いな、と思っていたら「なに笑ってんのよ」と燐火に怒られた。すみません。

「それも、ってどういうことよ? 他に何があるっていうの?」
「退職の手続きとか、引き継ぎとか。家を引き払う必要もあるし、家財も処分しなきゃならない。親父とおふくろの墓は永代供養に移せば大丈夫だと思ってるけど、その辺は知識がないから戻ったらちゃんと調べて――」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんな矢継ぎ早に言われても判んないわよ! とりあえず何よその退職の手続きとか、引き継ぎとかっていうのは……」
「退職の手続きってのは、いま勤めてる会社を辞めるための諸々の手続きをするってことだ。俺も医療機器メーカーで働いてる社会人なんだよ。そして、引き継ぎってのはその一環で、自分が担当してる仕事や案件を同僚とか後輩に引き継ぐことを言うんだ。例えば。だ。燐火が何らかの事情でここを離れなきゃならなくなった時、掃除とか燐火が今やってる仕事をそのままにはして行けないだろう? 俺なり月夜なりに後を頼んでいく必要があるはずだ。そういうことなんだよ」
「結局ぜんぶ史郎がしてる生業の話よね? つまりあたしたちより生業のほうが大切ってわけ?」
「逆だよ、逆」

逆ってどういうことよ、と燐火が緋色の瞳を細める。

「燐火や月夜や葛葉さんとの日常をずっと送っていきたいから、いちど戻るんだ。責任を果たし自由の身になって皆のところに帰ってくる、そういう話をしてるんだ」
「それは――……」

あまりにド正論だったせいか、燐火が急に勢いをなくして口ごもる。

「絶対にあたしたちの元へ帰ってくるって約束できるの……?」
「約束する。俺は必ず帰ってくる」

でも……、と燐火はうつむいた。

「判んないでしょ……。今はそう言ってても現し世に戻ったら里心がついてこっちにはもう帰って来たくなくなるかもしれないし……。父さんだって約束したのに帰ってこなかった……」

やっぱりお父さんのことは今も胸に刺さった抜けない棘――なんだな……。

「信じてほしい。俺は幻燈亭に、皆の元に帰ってくるために行くんだ。必ず帰ってくるよ」
「言ってることは正論っていうかその通りかもしれないし、史郎のことは信じたい……。でも、やだ……。受け容れたくない……。心の整理がつかないよ……」

燐火が立ち上がり、俺を見つめてくる。珍しく耳にも尻尾にも元気がない。と思ったら顔を苦しげに歪め、表情を隠すようにしながら――室から出て行った。

「……月夜はどうだ?」

もうひとりの直訴人に水を向けてみると、月夜は弾かれたように顔を上げた。しかしその顔を、耳といっしょに伏せてしまう。そして何かを言おうと口を開いては噤み、口を開いては噤みを繰り返し――最後には首を横に振って泣き出してしまった。

「いやでずっ……」立ち上がり、今にも転びそうな足取りでやって来る。「いやでずっ……、いがないでっ、おにいさまぁ……」

そして、ぽろぽろと涙を零しながら俺の胸に抱きついてきた。
月夜も俺の言葉が通じないほど幼くはない。判るけど、判りたくない……。そんな感じなんだと思う……。

「不安にさせてごめんな……。でも大丈夫。俺はちゃんと帰ってくるから……、信じてお留守番しててほしい……」

やさしく諭そうとするが、月夜は嗚咽を漏らしながら首を左右に振るばかりだ。

「おるすばんいやでずっ……! 後生ですがらっ、おねがいきいてくらざいっ……! いい子になりまずっ、いうこときく子になりまずっ、だからいがないでっ……、おにいさまいがないでぇっ……!」
「月夜……」

基本的に聞き分けのいい月夜がこんなに抵抗するとは……。
月夜も我儘を言うことはある。だけどそれは可愛いと形容できるものがほとんどで、俺を困らせるのはこれが初めてだ。

(弱ったな……。でもこんな状態の月夜を振り切っては行けない……。ちゃんと判ってもらわないと……)

俺はあやすように月夜を抱きしめ、その小さな背中を優しくぽんぽんと叩いた。

「なあ月夜……。こうしてると思い出さないか……? しじまの林でこうしてふたり抱き合ったときのことを……。月夜が俺を受け入れてくれたときのことを……」
「ちがいま、ず……。おにいさまがつくよをうけいれでくれでっ……」

月夜視点ではそうかも知れない。
巨狐の姿をさらしたのに、俺が受け入れてくれた、そういうふうに思ってるのかもしれない。
でもそれは因果関係が逆で……。

「それ以前から月夜は俺のことを信頼してくれてただろう? だから俺は月夜に手を伸ばす勇気が湧いたんだよ。月夜のおかげなんだ」

初めて見るはずの人間の男に信を置いてくれた。兄と慕ってくれた。だから俺は月夜に手を伸ばすことが出来た。

「でもぞれはおにいさまだったからっ……。おにいさまだったがらぁっ……」

月夜がまた泣き始める。狐耳の裏を撫でよしよしと慰める。そして泣き声が落ち着くのを待ってから俺は口を開いた。

「あの時みたいにまた、信じてほしい。俺は月夜をもういちど傷つけてしまったのかもしれないけど、それを癒やすためにちゃんと帰ってくるから。だから――」

俺は小指を、月夜に差し出した。

「指切りげんまん。知ってるか? 人の子が、約束を守るためにする、おまじない」

ふるふると月夜が首を横に振る。

「そか。ほら、月夜も小指だして」

ぐずりながらも月夜は小指を差し出した。小さくて、震えていて、今にも消えてしまいそうな小指。俺はそれをしっかりと掴まえて、まじないの言葉を口にした。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。……帰ってくるのはちょうど一年後だ。そしたらまた山菜とりに行こう。フキノトウとかゼンマイとかワラビを採って、ウサギとかテンとかリスと遊ぼう。約束だ」

されるがままだった月夜の小指に力が宿る。俺の小指にしっかり絡みつき、俺の動きを真似るように手を上下に動かした。

「ゆびきりげんまんっ……」俺を見上げる月夜は、狐耳をへにょへにょに垂らし、涙で顔をぐしょぐしょにしていた。それでも指にありったけの力を込めるようにして祈った。「うぞづいだらはりせんぼんのーますっ……。おにいさまっ、かえってきでくだざいねっ……」
「ああ……」
「ゆびきりげんまんっ……。やま、いっじょにいっでくだざいねっ……」
「ああ……」
「ゆびきりげんまんっ……。ふきのとうっ、とかっ、ひぐっ……」
「いっしょに採ろうな……」
「ゆびきりっ……、げんまんっ……。うさぎとかっ、てんとかっ……、ひぐっ、うぁっ……、うぐっ、うっ、うわぁあぁんっ……!」

悲しみを全身で表すかのように俺へと抱きつき――
月夜はただひたすらに泣いた。――俺の小指に強く強く指を絡ませながら。

「ごめんな……。お願いを聞いてくれて、ありがとう……」

そんな俺たちを――
葛葉さんは何も言わずずっと……、ずっと見守ってくれていた……。

出立の朝は、ひんやりとしていた。
暦より一足先に冬がやってきたような地から冷気が這い上る朝。
そして空はあいにくの曇天模様。それでも雲の隙間から一条の光芒が降り注ぎ、草木を照らしている。
幻燈亭から少し歩いた先の林の入り口に、三つの影が差していた。俺と、見送りに来てくれた葛葉さんと月夜の三人だ。燐火の姿はない。

「声を掛けたんですが、部屋におらず、気配も絶ってるみたいで……」
「そうですか……」

あの遣り取りが納得いかなかったのか、あれから燐火は姿を見せなくなった。フォローを試みはしたのだが、帰還の準備もあってうまくいかず、未だ仲直りできていない。
残念だが、怒りは帰ってきてから解こう……。

「この林を通っていけば稲荷祠のあった山の中腹に出られるんですよね……?」
「はい。私たちと交わった今の旦那さまなら地を走る“光の道”が見えるはずです。それを辿れば現し世に、旦那さまの世界に戻ることができます」
「判りました」
「稲荷祠までご案内できればいいのですが……」

葛葉さんと月夜が申し訳なさそうにうつむく。
前にもどっかのタイミングで説明を受けた気がするけど、ここから先へと行くには葛葉さんじゃ力が強すぎ、月夜だと力のコントロールができないらしい。無理をすると理が崩れる、んだとか。
その点、燐火は、葛葉さんより力が弱く、月夜よりコントロールできるため常世と現し世の行き来が可能とのこと。
だから本当なら燐火に案内させようと考えていたらしいが、姿が見えない以上どうしようもない。

「いえいえ。ここまで送ってくれただけで充分ですよ。――じゃあ行ってきます」
「どうかご息災で」

葛葉さんは優しい笑顔。

「いってらっしゃいませ、お兄様」

一方の月夜は一晩中泣き明かしたのか涙で目を腫らしていた。それでも俺に余計な心配を掛けたくないのか必死にぎこちない笑顔を作っている。あまりの痛々しさに抱きしめてやりたくなるが、それじゃがんばってる月夜の気持ちを台無しにしてしまう……。

俺はけっきょく気づかないふりをして――
幻燈亭を後にした。
光芒の中、笑顔で見送ってくれるふたりの様子を瞼に焼き付けて。
一月の後に必ずまたその笑顔に逢いに来ると心に誓いながら……。

木で出来たアーチをくぐって林に分け入ると、そこには往路と同じ光景が広がっていた。
苔の生した倒木に、背の低い草、そして何重にも木や葉が堆積した地面――
それらの上を光の道が一筋のびている。

「葛葉さんが言ってたやつか……。これを辿っていけばいいんだな……」

獣道さえない原生林を歩く。足元は久しぶりの革靴だ。幻燈亭では素足か、外にでるときは足袋に草履だったからちょっとした違和感があった。それが何だかおかしい。
木々の隙間から溢れる光芒、そして一条の道。それを頼りに俺はもくもくと歩き続ける。
しばらくそうしていると、急に妙な息苦しさを覚えた。ジメっとした空気が漂っているような、冬から中秋に逆戻りしてしまったような湿っぽさ……。締めていたネクタイを緩め、一呼吸。木や草の濃密な気配が鼻先に香る。

「そっか……。まだ10月だったっけ……」

季節が移り変わった幻燈亭とは異なり、現し世はまだ3日しか経っていない。秋のままなのだ。

「気配が変わったってことは道半ばぐらいまでは来たのかな……」

回廊が現し世と常世の気配をグラデーションさせた空間だとしたら、現し世に近づけば近づくほどその気配が濃くなるのが道理だろう。
ふと天を見上げると、馬鹿みたいに背の高い木のさらにその上を、白から濃紺に移り変わっていく空が広がっていた。

「綺麗だ……」

しばらく見上げたのち、ふと地上に視線を落とすと妙な既視感を覚えた。あ――、と直感的に思う。

「これ、燐火を見かけた場所だ……」

林はどこも似通っていて、一見しただけじゃどこがどうとか見分けることはほとんど不可能だ。にも関わらず、俺はここが燐火を初めて見た場所だとなぜか確信できた。
そう思った瞬間――
ドン、と背中を押された。

「っ!? 何だっ!?」

つんのめりかけながらも何が起きたのか確認しようとしたところ――

「振り返らないで」

少女の声。――燐火だ、と思ったときには体温が背中にぴたり、と張り付いていた。

「お前かよ……。脅かすな……」
「脅かしてなんかないわよ、ただ背中を預けただけじゃない」
「よく言うよ……。で、どうしたんだ……? 別れの挨拶に来てくれたのか……?」
「ま、そんなとこ」
「そっか……。ありがとな……」

燐火としても割り切れないところは残ってるだろうけど、それでも逢いにきてくれたことが何よりうれしい。
そんな気持ちを素直に噛み締めつつ背中あわせのままでいると、燐火がポツリと呟いた。

「ね、覚えてる? ここ、あたしがあたしとしてあんたと出逢った場所なのよ」
「うん。俺もちょうどそのことを思い出していた……」
「たった一月前のことなのに、もうずっと前のことみたい……」
「色んなことがあったからな……」

最初は単なる興味本位だった。突然あらわれた丹塗の鳥居。その先に何があるのかと進んでみれば来た道が消え帰れなくなってしまった。山中を彷徨い歩いた俺を待っていたのは夕日を浴びて佇む広壮な三階建てと――
この世のものとは思えぬ美人三姉妹。

(まあ実際に化生の存在だったわけだけど……)

種乞い狐だった彼女たちから「子を成すために交わってほしい」とねだられ、毎日のように体を重ねた。交われば情だって移る。三姉妹の事情を知り、その胸に刺さった棘を抜いてやりたいと思った。そして彼女たちとのくらしに幸せを感じ、ずっといっしょに居たいと思うようにさえなった……。

「ねぇ、いつ帰ってくるの……?」
「そうだなあ……」

不意の質問に、戻ってからのタスクをざっと頭の中に書き出す。
紹介営業に行くのと退職絡みの諸々、先生のところにも挨拶へ行き、家を引き払って家財の処分……。やっぱり戻ってから1ヶ月まるまる掛かるな。それにアレを含めるともうちょっと延びる可能性も……。とすると――

「こっちの時間で1年、だな」
「一年
ひととせ
!? 無理、無理無理無理よ! 一年なんて待てるわけないでしょ! 次に回廊が繋がるときには帰って来なさい!」
「それってこっちの1ヶ月後ってことだよな。向こうで言えば3日……って、それこそ無理だ。無茶を言うなって……」
「なら大まけにまけてその次に繋がる時でいいわ」
「それ向こうの6日だろ……。だから無理だぞ。というか、なんでまけるとかまけないとかいう話になるんだ……」

その後も小半年だの半年だの言ってくる燐火だったが、こっちとしても最初からギリギリで組んでいたため譲れるところがなく議論は平行線へ。最終的には燐火が折れてくれた。

「判ったわよ……。その代わり――」

背中のぬくもりに柔らかさが加わった。抱きつかれたのだと理解する。

「絶対に帰ってきてよ……。一年がまんするから、絶対に帰ってきて……」

体中に広がる燐火の甘い匂いとやわらかな感触にたまらなくなり、振り返ってそのか細いからだを抱きしめた。

「帰ってくるさ……。燐火たちを幸せにするために……。燐火たちと幸せになるために……」
「うん……」
「あとさ、期待しててほしい」
「何を……?」
「“お土産”。ちょっとしたアテがあってさ。今は詳しく言えないけど、とっておきの“お土産”を持って帰れるよう頑張ってくる」

幸せの1ピースが乗った手のひらを見せると、燐火は「ふーん?」と小首をかしげた。

「あんたがそう言うなら……期待してる。それ、ちゃんと持って帰ってきてね」

珍しく素直なリアクションを寄越した燐火は「あ、そうだ……」と付け加えて俺から体を離した。そして髪を結んでいたリボンをしゅるしゅると解き、俺の手首に巻きつけてくる。

「餞別か?」
「うん、お守り……。言っとくけど、これは結構すごいんだからね? あ、あれからずっとあたしの息を吹き込めてきたから……、その、あんたに何かあっても一度は守ってくれると思う……」
「ガチのマジックアイテムか……。ありがとな」

死地に赴くわけじゃないから何があるとも思えないけど、燐火の気持ちが嬉しかった。

「よし……。じゃあ行ってくる……」

名残惜しい気持ちはあったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
先に進もうと身を翻す。その瞬間――、背中に柔らかい感触が広がった。

「いってらっしゃい……。あ、あたしの旦那さま……」

思いもよらない睦言に硬直していると、感触も、甘い匂いも、気配さえ元から無かったように全てが消え失せた。

「ったく……。最後に爆弾なげつけてきやがって……」

意地でも急がないといけないじゃん……。
燐火に元気をもらった俺は決意を新たにし――

永遠のような一月を過ごした異界を後にした。

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