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36: 逢魔が時の再会

あいつがいなくなってすぐ、幻燈亭は冬になった。身を切られるように辛い、試練の冬……。
いちばん苦しんだのは月夜だった。自室に閉じこもり、毎日のように泣いていた。あたしと葛葉姉が慰めても効果はなく、唯一できたのは気を強く持って見守ることだけ……。
葛葉姉も上の空になりがちだ。気づけば辛そうな顔で史郎が去った方角を見つめている……。
ふたりからすればあたしも似たり寄ったりだったろう。前触れなく涙が溢れ、幻燈亭の隅っこに逃げ込んではこっそりと泣いた。
しんしんと降り積もる冷気のかたまり。山を覆い尽くす雪を避けて巣ごもりする獣のように、あたしたちは身を寄せ合いながら冬の寒さを耐え忍んだ。

春の気配がほのかに感じ取れるぐらいになってようやく月夜は部屋から出てきた。
長いあいだ泣いていたせいか目の下はむくみ、髪はぼさぼさだった。
あたしは月夜を露天風呂に連れていき、髪や体を洗ってあげた。
こんなことをするのも何だか久しぶりだ。あいつが来てから月夜を風呂に入れるのはあたしの役目じゃなくなっていたから……。
月夜の回復に少しホッとしたあたしは、稲荷祠の様子を見に行くようになった。
回廊の終端。
常世と現し世の境目。
その象徴である稲荷祠の鳥居を抜ければ、そこは史郎が暮らす現し世だ。

「…………」

何度、境界を超えて向こうの世界に行こうと思ったろう?
史郎をつかまえ、あたしたちのところに連れ帰れば胸に巣食った悲しみは癒える。月夜も、葛葉姉も、そしてあたしだって泣かずに済むんだ。

「だけど我慢、しなくちゃ……」

だってあいつは帰ってくるって約束したから。
あたしは待ってるって約束したから。
今度こそ応えてほしい。
人間の男は嘘をつかないって証明、してほしい。
父さんは嘘をついたんじゃなく、何かやむにやまれぬ事情があって帰ってこれなかったんだって、あたしに教えてほしい。史郎が帰ってくることによってそう証明してほしい……。

「きれいな桜……」

春の稲荷祠には桜が積もっていた。
雲ひとつない蒼天にひらひらと桜の花びらが舞っていた。
美しかった。
ひとりで見るのは惜しいぐらいに綺羅びやかな光景。史郎がそばにいてくれれば言うことないんだけど……。
春のうちにそれが叶うことはなかった。
切ない季節は、寂寥とした桜の絶景とともに悲しく過ぎ去った。

じりじりと暑い夏。蝉の声がみんみんと稲荷祠のうえに降り注ぎ、草がむせ返るような匂いを放つ。石畳は焼けるように熱く、一寸先が揺らめいて見える。
そんな灼熱の夏をあたしは木陰からじっと見つめていた。
陽炎に揺らめく鳥居の向こうから、あいつが帰ってくるのを今か今かと待ちわびている。

「早く……、帰って来なさいよ……」

約束は一年
ひととせ
だ。だから今こうやって待つのは無意味かもしれない。
だけどあたしは幻燈亭でじっとしていることができず、一月ごとに、回廊がつながるごとにこうして稲荷祠の様子を見に来ていた。
そんなあたしを待っていたのは成果のない日々で……。
今日もまた史郎が帰って来ないまま日が沈んでいく……。
待ち人がこない夕暮れ。何度となく目にした哀しい光景。

カナカナカナ――

帰ろうと思って立ち上がると、蜩
ひぐらし
の鳴き声がひときわ大きく境内に響き渡った。
何故だか不意に、泣きたくなってしまった。
「ダメよ……、これぐらいで泣いてちゃ……」

深く息を吸い、呼吸を整える。そして目頭をぐいっと拭い――

「よしっ」

あたしは葛葉姉と月夜の待つ幻燈亭に帰った。

あたしたちの一年
ひととせ
はこうして過ぎ去った。
寂しさと苦しさ、そして一握の希望に彩られた日々。
寒くて、
美しくて、
暑くて、
穏やかな幻燈亭の四季。
そんな冬と春と夏が過ぎ――秋になった。
あいつが、帰ると約束してくれた秋の日。
それが、やってきた。
「お兄様のこと……、よろしくおねがいします……」
「気を強く持つのよ……。いってらっしゃい……」

緊迫した面持ちの月夜と葛葉姉に見送られ、あたしは稲荷祠に向かう。

(月夜と葛葉姉から感じた……。悲愴な笑みと、覆い隠せない疲労……)

あたしたちはもう限界だった。
待って、待って、待ち続けて、心も体も限界に達していた。

(逢いたい……。今はただ史郎に逢いたい……)

もはや通い慣れたとすら言える林を抜け、あたしはいつものように稲荷祠の境内へとやってきた。

「綺麗な秋晴れ……」

いつのまにか浮かんでいた涙を拭うと、鳥居の向こうにぞっとするほど青い空が見えた。雲はただの一朶もなく、見ているとそのまま吸い込まれてしまいそうなほどの青空……。
あたしはそんな抜けるような空の下、鳥居を見上げるようにしながら史郎を待った。微動だにせず、息を潜めながら……。

(綺麗だけど……、逆に怖い……)

父さんが去った日も、こんな美しい青空だったから……。
空が澄み渡り、雲はひとつもなかったあの日。『必ず帰ってくるから。約束する』って言った父さんは帰って来なかった……。

「ううん、あいつと父さんは違うわ……。父さんは帰って来なかったけど、あいつは、あいつはきっと……」

体を掻い抱くようにしながら不安に堪える。

(お願いよ、史郎……)

しかしその願いも虚しく時間だけがただ流れていく。
一刻、二刻、三刻と時が過ぎ、常世と現し世の接続が切れる時間が刻一刻と迫ってくる。
あたしは地を照らす太陽の位置を見た。それはすでに大きく傾き、橙色の色彩を帯び始めている。

「史郎、早く……! もう時間が……!」

しばらくすれば夕日は稜線の向こうへと消えて行ってしまうだろう。その後、一瞬だけ訪れる黄昏時。それさえも過ぎて日が完全に没してしまったら……。

「史郎が帰って来れなくなる……」

常世と現し世の接続が完全に切れ、少なくとも今日のうちに史郎が帰って来ることはなくなる……。また常世と現し世がつながり史郎が帰って来られるようになるのは早くて一月後……。
ぞくり、と恐怖に背筋が震えた。

「無理よ、そんなの……!」

あたしたちはずっと我慢していた。
度し難い寂しさを耐え、身を凍らせるようにしながら史郎がいない哀しみをこらえてきた。
それが出来たのは約束があったからだ。
史郎が「必ず帰る」と約束してくれたからだ。
だから今日までは耐える、とみんな心に決めたのだ。
それ以上は無理だ……。これ以上は耐えられない……!

「史郎、史郎、史郎、史郎……っ! はやく、帰ってきてよ……っ!」

ずっと堪えてきた感情が爆発し、涙が溢れてくる。

「約束、したんだから……! 約束……っ、守って、お願い……っ!」

大粒の涙。それが奥から奥から溢れてきて頬を流れ落ちていく。
そうしてるあいだにも刻一刻と近づいてくる終わりの時。涙で滲んだ視界を太陽に向けると、稜線の向こうへ沈んでいくのが見えた。
茜と紺が溶けるように混じり合い、境内にさぁっ、と夕闇が迫る。

黄昏時だ。

「――待って……! まだ史郎が、帰ってきてないのに……!」

反射的に、鳥居の向こうに手を伸ばす。
そうだ。いっそのことあたしが現し世に行って、史郎を連れ戻そう。ずっと我慢してたけど、もう耐えられない。
約束を違えることになるけど、もう関係ない。史郎を失うぐらいなら約束も、胸に刺さったままの棘ももうどうだって――
が――

「え……?」

伸ばした手が。
弾かれた。
鳥居に、まるで見えない壁が嵌め込まれているかのように、伸ばした手が弾かれた。

「嘘……。嘘、嘘、嘘……!」

まだ時間は残っているはず! 黄昏時は終わってない!

「なのに時間切れなの!? 嘘よ、こんなの……! 嫌っ、嫌ぁあぁあぁっ……!」

叩いた。
見えない壁を叩いて、叩いて、叩いた……。だけどそこから向こうへはどうしても行けなかった。
崩れ落ちる。
あたしを支えていたものが全て崩れ、気づけばその場にへたりこんでしまっていた。

「ひぐっ、えぐっ………ふぐっ、うっ、わぁあぁあぁあぁっ……!」

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
また裏切られるの嫌だ。
もう何もかも信じられなくなる。
嫌だよ、そんなの。
信じたいのに。史郎も、父さんも信じたいのに……!

「もう、裏切られたくない……! 信じたいのっ、助けてよ史郎ぉ……っ!」

地に伏せ、あたしは泣いた。
奥から奥から涙が溢れ、頬を伝って石畳に落ちた。
もうここから動けない。
朽ち果てるまでここで泣くんだ。
そう思ったとき。

一陣の風が吹いた。
声が、耳朶を打った。

「ごめん……、遅くなった……」

涙が止まる。
呼吸もできなくなった。
ずっと待ち望んでいた声に、全身が硬直した。
それでも何とか顔を上げると、そこには――

「史郎……っ! 史郎、史郎、史郎ぉ……っ!」

幻かもしれないそいつに、あたしはしがみつく。だけど実体があった。それだけじゃなく、あたしのことを抱きしめ返してくれた。

「ごめんな、遅くなって。ごめんな、心配かけて」

宥めるように背中を撫でさするやさしい手。それに言いたいことがいっぱいあった。
あたしたちがどれだけ寂しかったか悲しかったか不安だったか。
もう帰って来ないんじゃないかまた嘘をつかれたんじゃないかそういうことも含めてぜんぶぜんぶ言いたかった。
でも震えるあたしの喉から出た言葉はたったひとつで……。

「かえってきてくれて……っ、ありがとうっ、史郎……っ」

あたしは史郎の胸板に顔をうずめ、涙で頬を濡らしながら、そう言った。

「えへへ……、恥ずかしいとこ見られちゃった……」

しばらくして泣き止んだ燐火は、涙を拭い、照れた顔でそう言った。

「あんな燐火を見たの初めてだったから、ちょっと嬉しかったかも……」
「は、はぁ? も、もう何を言い出すのよ、あんなに心配をかけておいて……。史郎が帰って来ないかもと思ってこっちは気が気じゃなかったのよ……!? って、どうしたのよ、その格好……」

ものすごい剣幕でがなり立てていた燐火は、俺の惨状に気づいたのか、ぱちくりと目を瞬かせた。

「ああ、これな……」

破れまくったスーツ。髪や頬は泥だらけ。石段を上から下まで転げ落ちた結果だった。
しかし、奇




























その代わりに、燐火からもらった髪紐がボロボロになって千切れていた。おそらくは身代わりになってくれたんだろう……。

「ちょっとしたピンチがあってな……。で、これごめん。ダメにしちゃった……」

ミサンガのように腕に巻いてあったソレを見せると、燐火は納得したように頷いた。

「それが身代わりになったのね。むしろ役に立ったのなら良かったわ。でもこんなに痛むなんて……。何があったのよ……?」

ジト目を向けられた俺は、苦笑しながら“お土産”を指差した。

「これを守ろうとしたら石段の上から下まで落ちた」
「な、な、なにやってんのよ、あんたって男は!」はーっ、と呆れたようにため息をつく燐火。「というか何それ? そうまでして何を守ったってのよ?」
「これか? そう、だな……。それは幻燈亭に帰ってから教えてやるよ」

その一言に、燐火は表情を一変させた。

「そうよ! こんなところで悠長にしてる暇はないわ! 早く幻燈亭に帰ってふたりにあんたの元気な姿を見せないと!」
「ちょっと待った」
「何よ!?」

言うや否や俺の手を引っ張って行きそうになった燐火を押しとどめる。

「着替え。こんなボロボロの格好でふたりの前に出られるわけないだろ。着替えるからちょっと待ってくれ」
「そ、そんなのどっちでも良いわよ!」
「良くない。この格好で帰ったらふたりを心配させるだろ? もうそんな想いはさせたくないんだ」
「あ〜〜〜もう! 判ったわよ、あたしも手伝うから早くしなさい!」

燐火に手伝ってもらいながら、念のため持ってきておいた予備のスーツに着替える。

「これでよし、っと……。さて、俺を幻燈亭に誘
いざな
ってくれ」

手を差し出すと、力強い笑みを浮かべた燐火が握り返してきた。

「うん、史郎を幻燈亭に招き入れるわ。しっかり掴まってなさいよ!」

燐火の本気は凄まじかった。
俺が1、2時間は掛けて通った林の道のりを、ほとんど一瞬で駆け抜ける。
そして俺は見た。キラキラと光る林の終わり。あれへと飛び込んだ先に幻燈亭が、ふたりが待っている。

「そろそろ林を抜けるわよ」

燐火に手を引かれるまま光の中に飛び込むと、橙色の輝きが視界いっぱいに溢れた。
現し世に戻っていたあいだ、何度も夢に見た光景。
山並みに沈み込もうとする夕日と、そんな中にそびえ立つ三階建ての威容。
幻燈亭は、俺が初めてきたときとまったく同じ顔を見せてくれた。しかし違うところがひとつだけ。その足元に、ふたつの影が伸びている。

「お兄様……? お兄様っ! お兄様ぁーっ!」

俺をいち早く見つけた月夜が、大声をあげながら駆け寄ってくる。

「月夜ーっ!」

それに応えて両手を広げてやると、月夜は感情に突き動かされるまま俺の胸へと飛び込んできた。

「お兄様っ……!」

俺を押し倒し、本物かどうか確かめると言わんばかりに目を見開いて顔を見つめてきた月夜は、やがて顔を歪め、涙で頬を濡らし、嗚咽を上げながら胸にその小さな美貌を埋めてきた。

「お兄様っ……、おにいさま……、おにいさまぁ……っ!」

他に言葉はなく、月夜はしがみつきながらただひたすらに俺を呼ぶ。

「ずっと待っててくれたんだな。苦しい思いをさせてごめん、そして待っててくれてありがとう。ただいま、月夜」

肩を震わせ嗚咽を繰り返す月夜。その狐耳を、そして頭を優しく撫でてやる。
できれば月夜の気が済むまでこうしててやりたい。でも、そういうわけにもいかない。もうひとり、「ただいま」を言わなければならない相手がいる。

「月夜、立てるか?」

そう促すと、月夜は涙をこぼしながらも、素直に立ち上がった。
そして俺は、燐火と月夜を傍に連れながら、幻燈亭の入り口で俺を待つ彼女に語りかけた。

「ただいま、葛葉さん」
「おかえりなさいませ、旦那さま……!」

初めてここを訪れたときのように、柔和な微笑みを浮かべた葛葉さんは、しかしその途中にこらえきれないとばかりに顔を伏せ、それを細い手で覆った。
葛葉さんの泣き顔。それを夕日から隠すように、ほっそりとした体を引き寄せ、抱きしめる。

「約束通り帰ってきました。これからはずっとにいさせてください」
「はい……! これからはずっとお傍に……」

力を抜き、俺に身体を預けてくる葛葉さん。柔らかい彼女の感触が、腕いっぱいに広がる。そんな葛葉さんの感触に、

(ああ、帰ってきたんだなあ……)

と思っていると、燐火と月夜も俺に身体を預けてきた。三姉妹の匂いと感触が、俺の全身をつつみこむ。
そうして4人がひとつになって作った長い影法師。
俺たちは、それが消えるまでずっとずっと抱き合っていた。

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