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余話: 華胥の夢――葛葉(前)

今日もまた、陽が羽城の山間に没する。
茜空は濃青の中にゆっくりと溶け込み、幻燈亭に夜が訪れる。
すっかり闇に溶けた渡殿を照らすのは、雲の切れ間から覗く真円の月。それを手燭がわりに進むと、茫とした明かりが行く手に見えた。葛葉の室だ。
入ると真っ先に、行燈の明かりと甘い香りの出迎えを受けた。

「すまん、遅くなった」
「お待ちしておりました」

室の主は、しめやかに吐息をこぼす香炉の傍らに座していた。美しいその居ずまいは、夜に咲く白椿を思わせる。

「どうぞお楽になさってくださいね」

微笑を浮かべた葛葉が何処からともなく膳を取り出した。酒器と肴が乗っている。

「これじゃ俺がもてなされる側みたいだな」

杯を受けながら、史郎は苦笑した。

“おひい様の日”

今宵は葛葉の番だった。
幻燈亭の家長は史郎に交代したが、その傍らでサポートする葛葉の負担もまた大きい。ゆえにふたりきりの時間と肩の力を抜く機会をつくってやりたい、と史郎は常日頃から思っていた。
今日はその絶好のチャンスだったのだが……。

「旦那さまこそ休まれる日があって良いと思います。いつも私たちや子どもたち最優先。いつか倒れられるのでは、と心配なんです。今宵は何も気にせず、ごゆるりとなさってください」
「“おひい様の日”ならぬ“旦那さまの日”か」
「はい」

その気遣いが嬉しく、史郎はつい杯を重ねた。
よく気のつく美しい妻が傍で微笑んでくれるだけで満足だ。他に何を望むことがあろう。
やがて、したたかに酔った。

「どうぞ、こちらへ」

と膝に誘われる。

「じゃ、お言葉に甘えて……。くー、柔らけー……」

張りと柔らかさを兼ね備えた素晴らしい太もも。
後頭部でそれを堪能していると睡魔に襲われた。

「あー、葛葉の太もも気持ちよすぎる……。ごめん、寝ちゃうかも……」
「ふふ。私のことはお気になさらず、ご随意に」

とはいえただひたすらもてなされるだけ、というのは本意じゃない。
いくら“旦那さまの日”といっても限度があろう。
しかし極上の太ももがもたらす甘美な柔らかさに打ち克つ術など存在せず、瞼が刻一刻と重たくなっていく。
そして――

「ぐぅ……」

本人もそれと気づかぬうちに、史郎は深い眠りについた。

「おやすみなさい、旦那さま」

眠った夫を見つめる葛葉の瞳は優しさと――
一抹の憂いを帯びていた。

けたたましい電話の着信音で史郎は目覚めた。
ビクッ、とからだが震え、思わず周りを見回す。
高い天井に、広々とした清潔な空間。
ゆったりと並べられたデスクで、皆が黙々と仕事をこなしている。
オフィス、という言葉が頭に浮かんだ。

「課長。栗本課長――」

呼ばれていると気づくのに、数秒かかった。

「あー、ごめん何?」
「二番にお電話です」
「了解。出るね」

状況が判然としないが、電話というなら出なくては。

「栗本です。お世話になっております」

電話を掛けてきたのは戸沢だった。
総合医療センターの院長で、史郎がいつもお世話になっている優良クライアント。つい先日もCT機器の納品で直に顔を合わせた――
のだが、どこか懐かしい感じがする、ような……。

(そうか……。そうだった……)

史郎はにわかに思い出した。

(俺は少し前に東京本社へと戻ってきたんだった……。そして課長に抜擢されて……)

戸沢の担当もそれに伴って後任の営業に引き継いだ、はず……。
しかし話を聞くと、あの営業はダメだと言われてしまった。どうやら気に入らなかったらしい。院内のIoT化の相談もしたいからいちど来てくれないか、という。
史郎の会社は全国展開しており、大型の案件であれば東京本社の営業が地方に出向くことも少なくない。東北支社との折衝は必要だが、直に担当しても問題ないだろう。

「判りました。では来週金曜日の午前十時に。いえ、とんでもありません。先生にお会いするのは久しぶりですから僕も楽しみです。はい、それではよろしくお願いいたします」

アポ取りを終え、直前までやっていた仕事に戻ろうとする――
が、史郎はそこで首をひねった。

(俺、なにやってたんだっけ……?)

目の前のPCにはつくりかけの資料が映し出されている。だからそれを作っていたのだとは思うのだが、どうにも記憶が曖昧だ。
それにもっと大切な何かを忘れている気がする……。
しかし考えても考えても“大切な何か”は像を結んでくれない。まるでピントのずれた眼鏡を掛けているような気分だった。

けっきょく憶えていたのは、東北支社で良い営業成績を残し、東京本社に栄転できたこと。
それを機に、戸沢の紹介で見合いをした相手と結婚したこと。
子宝にも恵まれたこと――……。

もういちど頭をひねってみたが、これ以上は何も思い出せそうになかった。

「ま、いっか」

SFA
営業支援システム
にアポの予定を入力した史郎は、東北支社に電話を入れ、そして資料作成に戻った。

終業ベルが鳴り、オフィスがざわめきだす。
集中してタスクをこなした甲斐もあって、今日の予定はすべて終えていた。週に一度のノー残業デー。妻と娘の顔を見るため、大急ぎで帰り支度を始める。

「栗本くん。帰りに一杯、どうかね」
「先輩。たまにはどうっすか。部長の奢りらしいっすよ」

部長と後輩が、声を掛けてくる。
史郎は申し訳なさそうに手を合わせた。

「すみません、今日はちょっと……」

部長が苦笑する。

「判ったよ。栗本くんは本当に愛妻家だな」

呑みの誘いを断るのはこれが初めてではない……というか毎度のことだった。
史郎はとにかく家族との時間を大切にしている。ふだん忙しくしている分、娘といっしょにご飯できるノー残業デーの夜は貴重なのだ。

「本当にすみません。次はご一緒させていただきますから」
「はっはっは。気にすることないよ。週に一度の機会だ、存分に奥さん娘さん孝行するといい」

部長も充分にそのことを理解してくれている。断っても毎回ちゃんと声を掛けてくれるのは、史郎にその気があったとき参加しやすいようにという配慮だった。
上司に恵まれたことに感謝しながら退社準備を進める。

「先輩いつもそれじゃないっすかー。たまには行きましょうよー」

後輩はまだ諦めきれない様子だったが「すまん」と断った。

高層ビルが立ち並ぶ一角から地下に降りる。地下鉄とJRを乗り継いで三十分。都心から近すぎず、遠すぎず。住宅地として人気のエリアに栗本家はマンションを借りていた。
マンションのエレベーターに乗り込んでからメッセージアプリで帰宅を知らせる。
家の鉄扉を開けると、妻と娘が出迎えてくれた。

「おかえりなさい、史郎さん」

愛する妻――葛葉が朗らかな笑みを見せる。
肝心の愛娘は、残念ながらその後ろに隠れているようだ。

「ほら秋葉、とと様に『おかえりなさい』は?」

促され、顔をちょこんと出す。が、恥ずかしいのかまたすぐ隠れてしまった。

「秋葉ちゃーんただいまー。パパだよー、怖くないよー」

三歳になる娘はけっこうな人見知りで、普段から忙しくしている史郎にはなかなか慣れてくれない。
休日ならそれでも相手してくれるのだが、夜に初めて顔を合わせる日はこうやって“パパ見知り”をする。
史郎が辛抱強く腕を広げて待つと、やがててててと駆け寄ってきてくれた。

「ととさま、おかえりなさい」

本当に、可愛くて堪らない。

「秋葉ちゃんちゅっちゅ~」

などと気持ち悪いことを言いながら抱き上げる。

「お? おおお? ちょっと重くなった?」

娘ちゃんの成長を実感していると、ぽかぽかとたたかれた。

「史郎さん。秋葉も女の子なんですから。心ないことを言うと嫌われちゃいますよ」

妻の苦笑にギョッとする。

「え? いや、そうじゃないよ? 秋葉ちゃんが成長してパパ嬉しいな~って話だよ? ほんとだよ?」

言い訳に聞こえたのか、秋葉は許してくれなかった。ぷいっとあさっての方を向いている。

「ごめんよ~。もう言わないから~」

みっともない声で謝り、頭をなでなでする。すると『しょうがないからゆるしてあげます』と言わんばかりにぎゅっと抱きついてくれた。
それだけで、癒される。一日の疲れが吹っ飛ぶのを史郎は感じた。

ダイニングに移動し、皆で楽しく晩御飯を食べる。
葛葉の手料理は本当においしい。舌鼓を打ちながら、秋葉の話を聞く。
幼稚園であったことや、葛葉の手伝いをしたことを、秋葉は一生懸命に教えてくれた。
史郎はいちいち『うんうん』と頷き、時には褒め、時には笑いながら娘の話に耳を傾けた。

ご飯の後、史郎は秋葉といっしょに風呂へと入った。そのままベッドまで連れていき、添い寝する。
少女が眠ったのを見計らい――史郎は夫婦の寝室に移動した。

やがて、ふたりと入れ替わりで風呂に入っていた葛葉がやって来る。
艶めいた気配が室に満ちたあとは、夫婦の時間だった。

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