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1話 諦めた二人

日付が変わりしばらく経った深夜。照明が落とされたオフィスの一角にまだ明るい場所があった。

「……ふう」

ようやく仕事を終えた彼は、荷物をまとめると家路につく。
電車はもうない。タクシー会社に電話をかけてタクシーを呼ぶ。

たった一人でこんな遅くまで会社に残って仕事をしていることは、普通ではないように思われる。だが、彼にとってそれは慣れた日常だった。

深夜に一人で帰る方が、人目に触れないから気楽だ。彼にとってそれは、タクシー代よりも心を蝕むことだからだ。

彼は醜い。馬鹿にされ、貶され、人間未満の劣等種だと皆が言った。
刷り込みというのは恐ろしい。たとえどれほど荒唐無稽であろうとも、幼い頃から刷り込まれ続けたことは、真実となってしまうからだ。

オフィス前にやってきたタクシーに乗り込む。

「釜戸駅の西口までお願いします」

「釜戸駅の、西口ですね」

「はい」

日々の過労が与えたダメージが心をじくじくと苛む感覚に身を任せながら、タクシーの後部座席に体を預ける。

運転手は彼を振り向きもせずに運転し始める。だが、これは嫌悪ではない。お客さんとあまり喋らないタイプの人なのだろう。この遠い距離感は、彼にとって心地よかった。

生きることに希望などない。
人間として扱われないなら、なぜ心を持って生まれたのか。
自分の意思とは無関係に降りかかる苦痛は、人の心を容易く破壊する。

この世界に生まれ落ちたその時から、こうなることは決まっていた。否定され続けた彼にとって、人生とは楽しむものではない。主体的に切り開くものでもない。

身を縮こまらせて、終わるまでただ耐えるだけ。
嫌な思いをしないよう、人の不興を買わないよう、人の顔色を窺いこそこそと隠れるように生きる。そんな姿勢の彼を、周囲の人間は都合よく利用する。

ある時には仕事を押し付け、またある時には攻撃する。いや、攻撃だと自覚しているならまだマシだ。彼を傷つけているなどという自覚すらない言葉の暴力だって、思い出しきれないほど受け止めてきた。

彼にとって人生とは、他人とは、そういうものだった。

(でも……わかってる。僕が悪いんじゃない。周りの人が悪いわけでもない。ただ僕には、運がなかっただけなんだ……)

たまたま運悪くこういう人間に生まれてしまっただけ。事故のようなものだ。こんなふざけた理屈で納得してしまえる程度には、彼の心は破壊されていた。

生まれつきの素質も環境も全部運でしかない。人生なんてほとんど運で決まる。
頑張ればなんとかなるとか自分の意思で変えるみたいな、カビが生えた精神論は聞き飽きた。そういう力を持っている人は、たまたま運よくそういう素質と環境に恵まれただけだ。

タクシーを降りるとコンビニで夕食を購入して帰宅する。食事をかき込み入浴を済ませ床に就き、もう二度と目覚めませんようにと願いながら眠りに落ちる。
この繰り返し。

眠りに落ちるまでのわずかな間に考える。自分はなぜ死なないのか。死ぬのが怖いからか。いや、違う。
幸福になるための、最も手っ取り早い最善の方法。それは、この世界から自分がいなくなること。ただ、死ぬ時に痛かったり苦しいのが怖いだけ。

でも、どうせいつ死んでも苦しいなら。苦痛を最小限に抑える方法は、今すぐ死ぬこと。

もう、いい。

この世界が彼の心を完全に破壊して、自分の意思で何も選択できなくなってしまう前に。残ったわずかな気力を振り絞って、この世界から自身を切り離す。自らの意思で。

それが生きる希望も活力も根こそぎ失くして精も根も尽き果てた彼にとって、自分の意思でできる最初で最後のことだった。

その翌日。彼は仕事を無断欠勤する。
彼に仕事を押し付けてきた怠け者が、彼のスマホをしつこく鳴らす。彼がいないと仕事が進まないのだろうが、そんなことは知ったことではない。ブーブーとしつこく振動するスマホの電源を落とす。

そして、かの霊峰富士の麓に広がる樹海に足を運んでいた。
散策コースからなるべく離れ、人間の気配がしない方へ進んでいく。

日光が木々に遮られ、薄暗い樹海のひんやりとした空気を感じながら奥に分け入っていく。思ったより足場が不安定で、体力を使う。

そして、ふらふらと歩くうちになんだか疲れたので、たまたま見つけた大きな木に寄りかかる。

「少し休もうかな……」

歩く気力が回復するまで少し休むことにした彼は、何を考えるでもなくただただぼーっとしていた。何かを考えたところで、楽しい考えなど思い浮かぶはずもないのだから。

…………いつまでそうしていただろうか。一瞬だけのような、とても長い時間だったような、曖昧な感覚。突然頭がぐわんぐわんと眩暈に襲われて、そのまま意識を失った。

「んん……」

彼はいつの間にか目を覚ましていたようだ。
なんとなく眠る前と空気感が違っていて、別の世界に迷い込んだような違和感に、うっすらと鳥肌がたつ。

その違和感が勘違いではないことを証明するかのように、どこを見るでもない彼の虚ろな視線は、現実離れした美貌の女の子を視界に捉えていた。

女の子……?
なぜこんなところに。

美しい銀髪、青い瞳、ぷっくりとした唇。突き出して自己主張の激しい胸に、やわらかそうなふともも。雪のように白い肌。

まるでおとぎ話の世界から飛び出てきたような綺麗な女の人。

(あぁそうか、あの世に連れて行ってくれるのかな)

いずれにせよもうしばらくは動く気力も湧かなそうだし、なるようにしかならない。そう割り切ると、初めから何もなかったかのように、ただ脱力したままでいた。

◆◆◆◆
私はペルドートの森へ足を踏み入れる。
この森は、一度入れば二度と出ては来られない、死の森だ。私はここに死ぬためにやってきた。

二十六年の人生はつらいことばかりで、ようやく終える決心がついたと思えば、いい機会だったのかもしれない。

散々な人生だった。醜さのあまり親に捨てられ、盗賊に拾われ。殺しを命じられたけど、それだけはできなくて。だから、盗賊たちのアジトから着の身着のまま逃げ出した。
それからも苦労ばかりだったけれど、冒険者になって、ようやく安定して暮らせるようになって十年ちょっとした頃。

私が過去に盗賊だったことがバレた。
やつらの行動半径からは相当に離れた町で暮らしてきたのに、色々不運が重なった結果だった。
王国から指名手配を受けた私は、再び逃げていた。盗賊たちから逃げ出した時のように。

「はあっ、はあっ」

「あのバケモノ女はどこに行った! なんとしてでも見つけ出せ!」

見当違いの方角に走っていく追手を見送ると、隠れていた家から出る。
家主は留守のようだったので、ちょいと鍵を開けて隠れさせてもらった。過去に盗賊だったせいで追われているのに、逃げるのに盗賊だった頃のスキルを使う私。

やっぱり私は、どこまで行っても幸せとは無縁なんだな……。

とりあえず追手は撒いた。だけど、捕まるのは時間の問題だ。王国が指名手配した以上、王の権威を示すためにも逃しはしないだろう。徐々に追い詰められて、もう逃げ場がない。多勢に無勢。
今の私には二つしか選択肢がない。捕まって殺されるか、自ら死を選ぶか。

そして、追手に捕まって、嘲笑と侮蔑の視線の中で処刑されるくらいならと、やってきたのがペルドートの森だった……。

森はいい。私を罵倒し、私から何かを奪おうとする人間がいないから。
だから、このさらさらの銀髪も、瑞々しい唇も、胸と尻にはやたら肉がつくのに、全く太くならない胴回りも。隠さなくていい。

目的地なんてない。どこへともなく、ふらふらと歩き続ける。
そのまま、半日くらい歩き続けただろうか。虚ろな気持ちで歩いていると、目の前に現れた大木に足を止める。そして、視線を下げると大木に寄りかかるようにして座り込む男の子。
今までに見たこともないような美しい黒髪だった。
黒は、豊かで強い生命力の証。
一方、私の白銀の髪色は、傷やシミひとつない肌の白さは、死を象徴する忌まわしい色。

生命の存在を許さない、白銀の氷の大地。
死が間近に迫る人間の、生気の抜けた白さ。
死んだ人間は最後には、真っ白な骨だけが残る。

彼が優れた外見というだけで、ひねくれた私の心から、ねじ曲がった嫉妬が沸き上がる。
彼はきっと楽で幸せな人生を歩んでいるんだろう。
私のような人間たちから無自覚に搾取した幸福を享受する一方で、私のような人間たちを馬鹿にして、恵まれた、「持っている」人間たちに囲まれているんだろう。

私は、ふと疑問に思った。

ただ醜いと言うだけで死なければならないなんて間違ってる、と。
外見が醜悪だから、せめて、心だけは清廉潔白でいようと努力してきた。誰にも見てもらえなかったとしても。

でも、それじゃ奪われ続けるだけだ。いつだって弱者は強者に奪われてきた。その弱者ですら、自分より弱い者をわざわざ探し出してでも奪うのが人間の本質だ。

お金も体も人生も、命すらも奪われる。

奪うのは、王や軍隊だけじゃない。家長が家族を虐げる。上司が部下を虐げる。
力無いものは徒党を組んで、弱者を探して目を光らせる。例えば、そう、目立つ短所を持つ人間……私のような。

奪うというのは、犯罪行為だけじゃない。心無い言葉の暴力に晒され続けた私は、心が歪んでしまって、本来生きられるはずの人格や人生を奪われた。
人というのは、どうしてこうも他者の痛みに鈍感なのか。
もういっそ、最も力を持つ1人が生き残るまで、徹底的に殺し合えばいい。

でも、それでも。奪うことを認めたら、私が死ぬことをも受け入れなければならない。そんなことは断じて許せない。
でも、私が許すかどうかなんて関係なく、私は死ぬ。

…………それなら。私の心の中の悪魔が囁きかける。

――自分が奪う側になればいいじゃないか。
――目の前の男から、全てを奪え。
――自分の一時の快楽のためだけに、目の前の男の心に、一生消えない傷をつけて、人生を台無しにしてやれ。

私の心を繋ぎとめていた大切な何かが、ぷちん、と音を立てて切れた気がした。

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