14話 激突
(カッコつけたのは良いけど、この戦い、どうしたもんかな。)
バケモノ女が連発してくる＜爆炎の魔術＞をノミのようにピョンピョンと飛び跳ねて避けながら、俺はこの戦いの勝ち筋を考えていた。
「ちょこまかと鬱陶しいやつだ！いい加減死ね！！」
激昂した女が放ってくる魔法の攻撃はどれも魔導成分の練り方が甘く、軌道を読んで避けたり、魔導構成を変性させることで弾き飛ばしたりすることは容易だった。
だが奴の防御膜は多重になっており、数枚破いた程度ではすぐに貼り直されてしまう。
これでは負けることはなくともないが勝つことも出来ない……いや、長期戦になった場合なら魔力量の差で俺のほうが押し負けてしまう可能性が高い。
(ここは一つ勝負に出るか……)
俺が＜爆裂の魔術＞を連発で打ち込むと、奴はうざったそうに煙を手で払った。
その隙きを逃さず、勢いを付けて奴の懐に飛び込み……！渾身の力を込めて山刀を奴の脳天に振るった！
(痛ぇ！！)
ガキンっと鈍い金属音が響くと同時に、分厚い防御膜に弾き返された刃を通して強烈な反動が手に返ってくる。
まるで電柱や大岩に金属バットを勢い良く振り下ろしたみてぇな感覚だ……クソ、手がヒリヒリして痛ぇ……。
「捕まえたぁ！！」
「なっ？！」
勢い余って前に出た俺の腕を奴がグイッと掴まれてしまう……固く、冷たく、そして狂ったような瞳が俺を捉える……！
「これで終わりだ、クソガキ」
奴が俺の顔に押し当てる手の平には禍々しいオーラがやどり始め……俺を守る防御膜がジュウジュウと音をたてながら、溶け始めたやがった……！！
これは、マジに不味いやつだっ！
俺は必死に体をばたつかせながら、奴の拘束から逃れようとするが、ビクともしやがらねぇ……このままじゃ本当に……
(死ぬ！！)
奴の手のひらの＜熱線術式＞が最高潮に達しようかという瞬間……突如の爆風！！
奴の術式が暴発をし始め、その熱線を術者のくすんだ灰色の顔面に逆噴射し始めた勢いで、俺とバケモノ女はお互い逆方向に弾き飛ばされた。
「カイ！油断するな！！」
「エリカ……！」
列車の屋根から転げ落ちそうになった俺の体を支えてくれる暖かな存在……エリカだ！
驚きと安堵で思わず声が揺れてしまう。
どうやらエリカが＜反対術式＞を唱えてくれたらしい。
「くっ、なんだコレは……？！」
逆流した＜熱線術式＞の衝撃をもろにくらったバケモノ女の顔には、ショックと怒りが交じった表情が広がっていた。
「エリカ、もうケガの方は……」
「あぁ、大丈夫だ。それより奴をどうやって倒すか……」
切迫感のある彼女の顔、好転する様子のない戦況……しかし、なぜだろうか。
側に居る彼女の温かな体温を肌に感じるだけで、不思議と安心感と力が湧いてくる。
「エリカ、ちょっと俺の方で策があるんだが」
「策？」
「あぁ、さっき奴に切りかかって、おおよそ防御膜1枚あたりどの程度の魔導エネルギーがあれば破れるかわかった。
だいたい……そうだな、2分、いや1分半も集中してこの刀に魔力を込めてやりゃ、あの魔女の防御膜を突き抜けて首を飛ばしてやれる」
「カイ、それは危険すぎる……さっきも＜熱線魔法＞を直に浴びる寸前だっただろ。あれをもろに浴びてたら……」
「わかってる。でも、もうそれくらいしか打開策はないんだ。だから、エリカ。俺が奴を叩ききれるだけの魔力を込める間、何とか時間稼ぎを頼みたいんだ」
俺の側にいる、今のエリカの横顔は苦悶に満ちてはいたが、真剣そのものだった。
さっきまで顔を真っ赤にシドロモドロしていた様子はもう露ほども見られない。
「エリカ、もう時間がない。奴がさっきの＜熱線魔法＞の暴発から復活する前に……」
「わかった、カイ。逆に30秒でも良い。時間を稼げるか？そうしたら私が2分程度、完全にアイツを足止めしてやれる」
「まぁその程度なら……任された！！」
俺はニヤリと笑って、奴の元へと駆け出した。
奴は既に暴発をもろに食らったショックから回復しつつあり、俺の姿を確認すると白黒の反転した目をギラつかせながら、バカの一つ覚えのように＜爆破の魔法＞を何発も打ち込んできた。
よくあんな乱暴な術式の組み方で魔力が尽きないな、と感心してしまう。
俺は奴の攻撃を曲芸師のように器用によけながら、＜雷撃の魔術＞や＜空気の鉄槌＞などの魔術で反撃を試みた。
奴はそれを避けることもせず、正面から受け止める。
つぐづく恐ろしく頑丈で修復力のある防御膜だこと！
「お前はこの『帝国』のあり方を、世界のあり方をおかしいとは思わんのか」
(はぁ？いきなりなんだ？)
いきなり奴に語りかけられて、俺は少々困惑していた。
だが、奴も俺もお互いに魔術攻撃の手を緩めることはない。
俺の背中では奴の放った＜爆破の魔法＞の衝撃で列車の側面が抉れ、走行する地面にそれが金属の板が擦れて、凄まじい轟音をかき鳴らし始めていた。
「お前、カイと呼ばれていたな……破産した子爵家、東堂家の息子だろう。お前」
「随分とお詳しいんだな、あんたみたいなゴロツキのテロリストにも名が知られていて光栄だよ」
「お前はおかしいとは思わないのか？どれだけ国に尽くそうとカネの問題で家は取り潰しにあい、借金のカタに奴隷にされることすらある、そんな腐った世の中のあり方を」
俺はそれに答えず、＜精霊の水刀＞を奴の首元に放つ。
魔術で作られてたウォーターカッターの斬撃による衝撃で、多少バケモノ女の体をのけぞらせて、動きを止めるくらいにはなるのだが、防御膜に防がれて致命傷には繋がらない。
奴のとうとうとした語りは続く。
「私の組織……『紅の狼』はお前のような没落貴族も所属している。お前も……この腐った世の中を維持する側から変える側に来ないか？それこそが真の貴族たるものの務め――ノブレス・オブリージュだとは思わんか？」
俺と奴の放った＜爆炎の魔術＞が絡み合い、2人の間に灼熱の竜巻が巻き上がる。
(貴族の義務……ねぇ。)
別に俺自身この『帝国』のあり方に疑問を覚えないわけじゃない。
「現代日本」という平和ボケの極地みたいな世界で生きてきた俺には『帝国』の唱える覇権の元での世界の安定ってやつは、どうにも血生臭く思えることもある。
だが……この国を守って死んでいったお袋や『帝国』と世界の護り手たらんと努力するカナデや軍学校の同級生のことを思うと、とてもアイツラのことを裏切ろうなんて思えない。それに……
「俺は、アンタらの理想を否定する気はないよ」
「なら、お前も……」
「ただ悪いけどさ、俺は俗物でね。前の世界
・・・・
で童貞だった分、次こそは出世して可愛い嫁さん達と幸せに生きるって決めたもんでね……
それに何より！惚れた女を傷つけるような奴とは、手は組めねぇよ！」
「クズオスが……」
奴は肥溜めか何かに足を滑らせたような侮蔑の表情を俺に投げかけてきた。
良いねぇ、この世界
・・・・
に来てからは久方ぶりだぜ。そういうど直球のマイナス感情を向けられるのは。
前の世界
・・・・
での無念や後悔を思い起こさせてくれる！
「カイ！準備出来たぞ！」
背後から、鳥肌が立つほどの魔力の波動を感じる。
俺は間髪入れずに客車のヘリから降りて、列車側面にぶら下がった。
ー＜極大凍結術式＞ー
エリカの魔導杖から放たれた魔術は、周囲の空気を瞬時に冷凍させ、息を飲むほどの寒さで辺りを包み込んだ。
地獄の最下層にあるというコキュートスの寒さに例えられるほどの威力を誇るその白銀の嵐は、一瞬でバケモノ女の周囲を覆い、奴を氷の世界へと有無を言わせず引きずり込んでいった。
極寒の風が吹きすさび、凍結した空気が弾ける音だけが響き渡る。
列車の端にぶら下がっていた俺は、勢いをつけて屋根へと戻り……想像を絶する光景に、思わず息を飲んでしまった。
(コイツはエゲツねぇな……ここまで来ると味方ながら、中々に恐ろしいぜ。)
目の前には、分厚い氷の柱に閉じ込められた、魔女の姿があった。
奴の全身は分厚い氷に覆われ、青白く凍りついていて身動きが取れないようだった。
エリカの凍結の術式が魔女を完全に動きを封じ、その体を氷塊へと封じ込めてしまったのだ。
ただ……普通の人間なら氷漬けにされた段階で絶命するだろうが、バケモノ女は氷の中から恨めしそうにこちらを睨みつけている。
それに閉じ込められてから、数秒と立っていないのにすでにその氷の柱の表面には既にヒビが入り始めていた。
ボンヤリしている時間は無さそうだな。
「うぉ”ぉ”ぉ”お”お！！！」
俺は野太い声を出しながら自分に気合を入れて思い切り、山刀を振りかぶった姿勢で刀身に思い切り魔力をかけ続ける。
急激に多量の魔導エネルギーを流し込まれた刃は、目にも留まらぬ速度で震動し始め、行き場のないパワーが白熱の蒸気をまき散らしていた。
残り30秒……29、28、27
「舐めるなよ！特権階級の甘ったれたクズ共が！！」
奴の体の殆どは未だに氷漬け状態ではあったが、既に顔だけは氷を突き破りつつあった。
残り15秒！……14、13、12、11、10
ガラガラと氷が砕ける音が聞こえる。だが、まだ……まだ魔力量が足りない！
残り5秒！……5、4、3、2、1
「喰”ら”い”や”が”れ”ぇ”……っ”っ”！！！」
俺は魔女の首へと魔力を込めた蛮刃を思い切り袈裟斬りするように振り下ろした……っ！
刃が奴の防御膜に当たると、ガラスが砕けるような高音を立て始める……！
一枚、また一枚と防御膜が割れる度にゴムの焼け焦げるような不快な臭いが鼻を突いてくる。
「殺してやるっ！！！」
獣のような奴の雄叫びとガラガラと氷の砕ける音……あの分厚い氷柱をもう砕きやがったのか？！
バケモノ女の下半身は未だに氷漬けされていたものの、上半身は完全に自由になっていやがった……！
これは……予想以上に早い！不味い！！
奴はその剛腕で俺の首を捻り切ろうと、首に手を思い切り力をかけ始めた。
テロリストの魔女は自身の腕に、デタラメな程に強大な魔力エネルギーを帯びさせており、俺の身体を守る防御膜はその魔力熱の大きさに既に悲鳴を上げ始めていた。
「殺”す”！殺”す”！！殺”し”て”や”る”ぞっ”！！こ”の”ク”ソ”貴族がっ”！！」
「とっとと死にやがれぇっ！！このクソ女がっ！！」
俺の体を守る最後の防御膜が消え去った瞬間、奴の攻撃が俺の肩をかすめた！
魔力熱線を直に浴びせられ、鋭い痛みが全身を駆け抜ける……っ！
しかし……！
過剰魔力により臨界点に達し、半ば溶解した刃が、最後の防御膜を突き破り奴の首筋に触れ……火山が耳元で噴火したような爆発音と衝撃……！！
斬撃に全体重をかけていた俺はその勢いのまま、客車の屋根にもんどり打ってしまった。
背後からボトンっ……と気の抜けた音が聞こえる。
這いつくばるようにして、体の向きを変えると……そこにはあのバケモノ女の首。
勝った……のか？
「舐”め”る”な”ぁ”、貴族の”ガキ”がぁ”……」
(おいおい、まだ息があるのかよ？！ゴキブリかこいつは！)
切り落とされた首は激しい憎悪の念を込めて俺を睨みつけている。
いや！それどころか！やつの頭からは、甲殻類の足のような物が生え始め、自らの体とカサカサと移動を開始していた。
奴の体は宿主の首を探して、まだバタバタともがいてやがる。気色の悪いことこの上ないが……どうやらそんなことを言ってる場合じゃなさそうだ。
おそらくだが……奴の首が身体までたどり着いてしまえば、奴は復活する。
エリカと協力して折角苦労してここまでやったのが全て水の泡になってしまうだろう……そうなったら万に一つも俺達に勝ち目はない。
(俺の身体！頼む！動いてくれ！動けってば！！)
過剰な魔力を使い、一瞬ではあるが首筋に奴の一撃を食らった俺の体はもうマトモに動いてくれそうにない。
頭に鐘楼をぶち込まれたようにガンガンとなっている。
足にはもはや感覚がない。
気合を入れるために声を出そうにも、喉からの出血が邪魔をしてプスプスとカニのように泡を吐いてしまうだけ。
このままじゃ、本当に……っ！！
「上に居る奴ら、今から急停止する！！何かに捕まれぇぇぇええ！！」
地響きのような列車の走行音にも負けない大きな低い機関士の女の声が響き渡った。
急停止だって？！
そこから数瞬遅れて……急ブレーキによるべらぼうな運動エネルギーが俺の体へと襲いかかった……っ！
ふわり、と浮き上がる俺の体とバケモノ女の打首……あぁ、コレは死んだな。
(まぁ、一応この世界じゃ、童貞捨てられたわけだし。最後に好きな子守って死ねるなら、それも男子の本懐ってやつか)
こんな時くらい、本当はカッコいい走馬灯でもみたいのだが……俺はどこまで言っても俗物人間らしい。
空中で苦笑いしながら、死を覚悟していた俺だったが、体を何か柔らかくて温かくて、甘くて優しいものに包まれた。
急速に減速した汽車の車輪があげる悲鳴や衝撃は不快極まるもののはずだが、それすらどうでも良い物だと思えるような奇妙な安らぎに包まれる。
あぁここが……
「……天国か？」
「カイ！バカなことを言うな！！お前は絶対に死なせないぞ」
ほんの少し目線をずらせば……そこには目にいっぱいの涙をためたエリカの顔。
全く、なんて顔してやがるんだ、この女は。
彼女の顔の先にある真っ青な青空にはいくつもの小さな黒い影が見えた。
おそらく……俺が放った使役霊の連絡を受けて、南方植民地軍が駆けつけてくれたんだろう。
(ったく。助けに来るのが遅ぇんだよ……。)
彼女の無事と救援の姿を確認して緊張の糸が切れた俺は、彼女の胸の中で意識を失っていった。 他の漫画を見る