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15話 初めての告白

目を開けると、無味乾燥な白塗りの天井が広がっていた。

「知らない天井だ」

しばらく口を開いていなかった影響か、俺の喉はカラカラだった。

それでも思わず『人生で一度は言ってみたいアニメのセリフランキング ベスト10!』あたりに入っていそうな言葉を吐いてしまう。

そんなランキングが、この世(というか前の世か)に本当にあるのかは知らないが。

まぁ、こんな時くらいしか言う機会がないからな、言わせてくれよ。

それにしても、ここはどこなんだろうか?

確か、俺は演習旅行で汽車に乗っていて……あぁ、段々と思い出してきた。

列車での戦いの記憶が徐々に戻ってきて、俺の心臓は早鐘を打ち始める。

あの時、俺は確かにあの襲撃者の魔女の首を飛ばしたはずだが、エリカは無事に救出されたんだろうか。

まさかとは思うが……

「カ、カイ、良かった!!」

声の聞こえた方に首を傾けると、そこには涙を流すエリカの姿。

あぁ、良かった。彼女も無事だったんだな。

「エリカ、無事だったんだな。ケガとかは?」
「いや、私はこの通りピンピンしている」

彼女は、「起きて早々に私の心配とは。まず自分のことを心配しろ」と目に涙を浮かべながら、笑っていた。

今のエリカの顔は、心労によるクマと泣きはらした後で目が腫れ上がっていて、それはまぁ酷いものだったが……それでも流石の美少女っぷりでそういう打ち萎れた姿はそれはそれで唆るものがあった。

いや、いきなり寝起きでこんな事を考えるなんて、俺も大概
たいがい
なやつだな。

この内心が読まれたら、流石の彼女も幻滅してしまうだろう。

「エリカ、ここは?」
「あ、あぁ、ここは南方植民地軍の管理する軍病院だ」

目線を彼女の座っている反対側のガラス窓へとやると、外からは南国特有のソテツのような木々が生えているのが見えた。

太陽の昇り具合から言って、今は昼時らしい。

ん?というか俺はあれからどのくらいの間寝ていたんだろうか?

俺の疑問に答えるように、エリカが説明を続けてくれた。

「お前は、あの列車での戦いの後……この病院に担ぎ込まれて。3日も目を覚まさなかったんだぞ」
「え?そんなに長い間、寝てたの?俺?」

どうやら思っていた以上に、俺の体は深刻なダメージを受けてしまっていたらしい。

今更だが、自分の体に至る所に包帯やテーピングがグルグル巻きにされていることに気づく。

腕には細い管がつながっており、どうやら点滴を注入し続けてくれているようだ。

首には頚椎を痛めないようにと、固定用の石膏のギブスがされている。

しかし、3日も寝ていたとなると……

「参謀演習旅行の成績評価、不味いことになりそうだなぁ」

「はぁ、カイ。こんな時にお前は何を言っているんだ……ちなみにそのことなら安心してくれて良い。
南方軍管区の総督から軍学校に連絡があって。演習旅行は課題提出なしで最高成績をつけることになるという話になっているそうだから」

「おぉ、そりゃ良かった」

俺がニコニコしているのとは対象的に、エリカの表情には徐々に影がさしていくのが見て取れた。

なんだ……こんな時に「学校の成績が大丈夫かな〜」なんて無神経な話をするのは流石に気に障ったのだろうか?

うーん、怒らせる気はなかったんだが、どうにも俺は今世
・・
でもこの若干デリカシーに欠ける性格を治しきれていないらしい。

「あのー、エリカさん」
「カイ……」

ほぼ同時に発せられた、2人の声が重なる。

俺が「お先にどうぞ」と目で合図をすると……エリカは勢い良く頭を下げる。

それからしばらくしてポツポツと言葉を絞り出し始めた。

「カイ……本当に……申し訳なかった。今更、謝って許されることじゃないのはわかってはいるが……」
「えーと……」

頭を下げるエリカの表情はこちらからは見えないものの、ポタポタと彼女の膝に落ちる大粒の雫
しずく
から、どんな気持ちでいるのかと、いうことは容易に想像できた。

だが、俺はそんな彼女になんて言葉をかければいいのかわからない……というか、そもそもエリカは何を謝っているんだっけ?

「私のせいで……カイの人生を壊してしまった。借金のかたに無理矢理に婿にしてしまってその上、奴隷のような扱いを……」
「あぁー、その話ね……っイテテっ」

ようやく合点がいってポンと手のひらを叩くと、首がズキンと痛んで、思わず唸り声をあげてしまう。

俺のその調子の外れたような反応に、エリカは若干、呆気にとられているようだった。

まぁ、確かに、債務返済の肩代わりに入り婿になる、まではともかくとして。

いきなり『従属の首輪』を付けて監禁して強制エッチってのはまぁ普通に犯罪行為なわけだし。

「気にしてないよー」と彼女に言った所で真実味はないだろう。

というか実際、腹は立っていたし……果たしてなんと言ったものだろうか。

俺は彼女にどう言葉を掛けようか、頭を悩まし始めた。

2人の間には何とも言えない沈黙の時間が流れ始める。

静寂を再び破ったのは、エリカの方だった。

彼女は懐から1枚の羊皮紙を取り出して、言葉を紡ぎ始めた。

「カイ、お前を縛っている入り婿の契約を破棄する……同意書だ」

彼女の翠色
すいしょく
の瞳は重たい雨雲に覆われた空のように暗く、その視線は俺に対しても、手元の書類に対しても注がれていない。

彼女が差し出した紙には長々とした文章に続いてエリカのサインと金色に輝く契約の為の魔法印が刻印されていた。

「これにサインをしてくれれば、嬢ヶ崎家との……私との婚姻契約は、完全に破棄されることになる」

「あのさ……」

「家の債務のことも問題ない。お前との婚姻を破棄しても、そこに関しては嬢ヶ崎家が責任を持って処理する」

「いや、ちょっと……」

「妹君や弟君のことも心配しなくて良い。今後も学費と生活費の支援を継続する旨、契約書内に明記している。
契約の魔法印が押されている以上、私はそれに拘束されることになる」

エリカは一気に息を吐くように早口で説明を仕切る。

それが終わると、泣き顔を見せないように俺を見ることもせず、すくっと席を立って病室から飛び出さんばかりに後ろを振り向いた……はぁ、全くこの女は。

「いい加減、俺の話も聞いてくれよ!エリカ!!」

俺が堪らず声をあげると、彼女の体は俺に背を向けたままビクンッと飛び上がった。

急に大声を出したせいで、体がギシギシと痛み始めるが、今はそんなことに構ってられない。

ここで止めなきゃ、彼女との縁が一生絶たれるような気すらする。

「あのなぁ、お前にずっと伝えたかったんだけど……俺は、お前のことが前から好きだったんだよ」

俺はエリカにそう告げた。

その瞬間、俺の顔は自分でも驚くくらいのスピードでカッと赤くなり、熱を持ち始めた。

(こんな中学生みたいな、どストレートな告白……こっ恥ずかしいぃぃ。)

散々、裸の付き合い……というかセッ○スをしてきたような相手に何を今更、思うかもしれないが、こればかりは仕方ないことだろう。

だってコレが俺の今世での……いや、今更になって見栄を張っても仕方ないか。

そういうのは辞めておこう……前世から合わせてもこれが人生で初めての女の子への告白なんだから、照れちまうのも仕方ない!

エリカは俺の告白を聞いた瞬間、また体をピョンっと跳ねさせた。

それから少しづつ、まるで錆びついたからくり人形のようにカチコチになりながらも、こちらに振り向いてくれた。

恐る恐るという感じで、こちらに向き直る彼女の目はまん丸で……いや、なんちゅう顔をしてんだか。

「え?え、えっ?う、う、嘘……だって……」

「嘘じゃねぇよ。今までだって例のあの『首輪』のせいで伝えられなかっただけで……」

「それでも……私、カイには酷いことばかりしてきて……」

「まぁ、確かに。いきなり睡眠薬飲ませて、『従属の首輪付けて』即レ○プして、話も聞いてくれないってのは、いただけないわな」

俺がいたずらっぽく笑いながらそう言うとエリカは「うっ」とまるで胸を矢で刺されたようなうめき声を上げた。

まぁ、ちょっとばかし意地悪だったかもしれないな。

やりすぎると可愛そうだ。

「でも、その。エリカで良かったって思ったよ。結婚相手が……別の女にあんな目に合わされていたらトラウマものだったぜ」

「そ、その。それってどういう……」

「そのままの意味だよ。俺は前から……いや、あの屋敷での夜の後からも、ずっとエリカのことが好きだったんだ。
だから、その……エリカさえ良ければなんだけど、婚約、続けてくれると嬉しいなぁ……なんて」

彼女が驚きで言葉を詰まらせていた。

雷に打たれたような顔、というような表現はこういう時に使うのか、と俺はどうでも良いことを思いながらも彼女の返事を辛抱強く待つことにした。

一瞬にも、永遠にも感じられる時間が過ぎていった後に彼女は口を開いた。

「私も!カイ、お前が……いや、貴方が……好きです!!だから……!!」

エリカの顔は真っ赤に染まっていた。

きっと俺も同じくらい顔を赤くしているに違いない。

「こんな私だけど……これからもどうか……よろしくお願いします……っ!」

彼女はガバッと音が出るくらいの勢いで手を差し出してきた。

握手……をこれは求められているのか?

「ありがとう、よろしくね。あとゴメン、痛くて握手は出来なそう」

俺が吹き出しそうになりながらそういうと、彼女も顔を真っ赤にしながらププッと笑い出し始めた。

どうにも締まらないが……まぁ、悪くないな。こういうのも。

それからしばらくの間、病室の中で俺とエリカはお互いに笑いあうのだった。

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