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第18話 師匠が玲奈の悩みを解決する

「玲奈が怒っていたのってそんな理由?」

実菜が尋ね返すと、玲奈はますます不機嫌そうな表情を浮かべた。

「『そんな理由』なんて言い方はひどいです。実菜だって、橋川先生の跡をつけて会社にまで行ったくせに」

「それはそうだけど……」

「しかも、一人で行ったのはわざとですよね? 先生を独り占めしようとしたんでしょう?」

実菜は黙ってしまう。図星なのかもしれない。

<女の対決……!>

<玲奈ちゃん怖い>

<というか橋川ガチ恋勢がもう一人増えたのか>

<橋川さんガチ恋勢は動画の中にもいますよ!>

と、ともかく、俺は実菜たち全員の師匠だ。彼女たちが一人前の冒険者として戦えるように教えていく必要がある。

だけど、そもそも実菜たちが仲違いしたら話にならない。
玲奈は完全に癇癪を起こしていて、冷静になる気配はない。実菜も直情径行だが、玲奈も意外と感情的なタイプなのかもしれない。

「だいたい、実菜は小学生の頃から何でも昔から自分で決めてばかり! わたしの意見なんていつも聞いてくれないですし……!」

「そ、そんなつもりなかったの! あたしは玲奈の意見も大事にしているし……」

「嘘つき!」

二人はどうやらずっと昔からの知り合いらしい。実菜が「幼馴染なの」と小声でささやく。
そういうことか。

玲奈が目に涙をためて、実菜を睨む。

「どうせ……わたしのことなんて、馬鹿にしているんでしょう? わたしは……世間知らずのお金持ちのお嬢様だから」

実菜と違って、玲奈はお嬢様育ちらしい。知らなかった。実菜は必死で首を横に振る。

「玲奈のこと、そんなふうに思ってない!」

「……実菜はわたしよりも要領が良いし、みんなの人気者だったし、冒険者だってわたしより上手くやるし……。先生にも気に入られてる。わたしは……そんな実菜のこと、大嫌い」

玲奈が小さくつぶやく。実菜はショックなようで、本当に泣いてしまいそうだった。
だが、むしろ言った玲奈の方が傷ついたようで、黒い瞳からぽろぽろと涙をこぼしている。

「今は実菜の顔なんて見たくないの……ごめん」

そう言って、玲奈は走り去ってしまう。実菜は追いかけようとするが、俺はそれを止めた。
実菜は俺を見上げる。

「なんで止めるの?」

「残念だが、今おまえが追いかけても逆効果だろう」

「それは……そうかもだけど、でも! わたしがリーダーだからなんとかしなくちゃ」

「全部が全部、おまえが抱え込む必要はないだろ」

俺の言葉に、隣の舞依がうなずく。意外と舞依は実菜に優しいようだ。
実菜は困ったような顔をする。

「でも、それならどうすれば……?」

「俺が玲奈――清閑寺と話してみるさ」

大人はこういうときのためにいる。一応、師匠を仰せつかっているのだから役に立たないといけない。

実菜は不安そうだった。その実菜に俺は微笑む。

「俺に任せてくれ。なんとかしてみせるから」

「うん……橋川さんを信じる」

実菜は素直にうなずいてくれた。俺のことを信用してくれていると思うと少し嬉しい。
そのまま俺は玲奈が向かった先へ行くことにした。もちろん、配信は切っておく。

玲奈はすぐに見つかった。校舎の階段の影で膝を抱えて泣いていたのだ。

「橋川先生……?」

玲奈が俺を見上げる。
俺は肩をすくめた。

「先生、と呼ばれるのはくすぐったいからやめてくれ」

「先生は先生ですから」

まあ、そう言われればそうなのだが。臨時採用教員とはいえ、俺は一応れっきとした教師だ。ダンジョン関連のことを教えるかぎり、教員免許も必要ない制度だし。

俺は玲奈の隣に腰掛けた。玲奈が顔を赤くする。

「お見苦しいところを見せてしまいました」

「別にそんなことはないだろ。泣いても笑っても、思春期の高校生なんだから普通のこととだ」

「でも、恥ずかしいです」

玲奈は小さくつぶやく。彼女は実菜にコンプレックスを持っている。パーティの雰囲気が良くなかった理由の一つだろう。

そのあたりをなんとかしないと、実菜との関係修復もままならない。
俺が口を開く前に、自然と玲奈から語りだす。

「実菜も言ってましたけど、わたしの家は裕福だと思います。その、言いにくいことですが、他の子たちよりずっと恵まれているんです。少し引け目に感じてしまいます」

「別にそのことで御城たちに罪悪感を持つ必要はないだろ」

「それはそうです。でも、恵まれたわたしは、実菜よりずっと能力が低いんです。小学校の頃のわたしはいじめられっ子で、人気者の実菜に守ってもらっていました。実菜はわたしにいつも優しくて……わたしはあの子に感謝しないといけないんです。でも」

素直に感謝はできない。
なぜなら、自分が劣った存在だと突きつけられるから。俺にもそういう経験はある。

自分より圧倒的に優れた存在を前にして、その凄さを正面から認めるのは難しい。

「羨ましい、妬ましいと思うんだな?」

「はい。嫉妬が抑えられないんです。ほんとはダメなのに……実菜は幼馴染で、仲間で、親友だったのに、最近は全然ちゃんと話せていなくて……嫉妬で心がおかしくなりそうで……」

「清閑寺も大変だな」

俺は努めて優しい口調で言う。玲奈のような悩みは思春期なら誰でも感じることだと思う。だが、それゆえにつらいことでもある。

「わたしはダメな子なんです。先生はわたしのこと、嫌いになりましたよね?」

「いや、別に」

「嘘です」

「そんなことで俺はおまえを嫌ったりしないさ。あくまで問題は清閑寺と御城の関係なんだから」

「それなら……良かったです」

玲奈は少し安心したような表情を浮かべる。
そして、俺の顔色を伺うように上目遣いで見つめる。

「どうやったら実菜に嫉妬せずに済むんでしょうか? こんな気持ち、本当は持ってはいけないものですから……」

「考え方を変えたらいいんじゃないか」

「え?」

「べつに嫉妬するのは悪いことじゃない。俺だって俺より人生上手く行っている奴を見ると、羨ましいと思うし、妬ましいと思うさ」

「先生みたいにすごい人でも、ですか?」

「俺はそんなにすごくないよ。俺より優秀な人間なんていくらでもいる。俺はたまたまダンジョン探索という狭い分野で、ソロで戦ったときに強いだけの男だ」

それは俺の本音だった。就活にも失敗したし、愛華を失ってから恋人もいない。対人能力が高いわけでもないし、ダンジョン探索以外に誇れるような特技もない。
だから、俺からしてみれば、たとえば上司の上戸は妬ましい存在でもある。彼女はエリートでなんでも要領よくこなすし、俺に無い美徳を持っている。

あるいは、夏菜子だってそうだ。それに実菜たち、もちろん玲奈も、これから無限の可能性がある。
俺にはその若さが羨ましい。妬ましい。
だからといって、それが悪いとは思わない。嫉妬は人間として当たり前の感情だ。
大事なのはそれに振り回されないようにすること。

「そういう意味ではおまえは強いさ」

「わたしが……強い?」

「そうだ。おまえは御城に嫉妬している。そして、それを自分で正確に認識して、認めている。それがおまえの強さだ」

「そんなの、当たり前のことです」

「世の中の人間は、自分の感情すら正確に把握できないやつが大半だぞ? 嫉妬しているのに気づかずに、あれこれ理由をつけて不当に他人の足を引っ張る奴なんて無数にいる。だが、おまえはそうしなかった。自分が嫉妬していることを認めて、その感情を実菜にぶつけた。なかなかできることじゃない」

そう言われて、玲奈はこくんとうなずく。少し玲奈の表情が柔らかくなる。

「先生は優しいですね。こんなわたしのことを、そんなふうに慰めてくれるなんて」

「俺はおまえを慰める理由なんてない。ただ、事実を言っているだけだ」

「そうやってごまかすところも優しいです」

俺は優しくなんてないぞ。俺は俺の利益のためにしないといけないことをするだけだ。
ただ、まあ、そのついでに俺を頼る少女たちの力になれるなら、それも悪くない。

「あとは嫉妬している感情を受け入れればいい。繰り返すが、それは決して悪いものじゃない。その妬みを、羨望を、悔しさをバネにして自分の力に変えればいい」

「でも、どうやって?」

「俺がおまえを御城と並ぶ、いや御城以上に優秀な冒険者にしてみせる。そうすれば、おまえはもう御城に嫉妬する理由はなくなるだろ?」

「そっか……そうですよね。先生がわたしを導いてくださるんですね?」

「一応、おまえたちの師匠だからな」

俺はなるべく無愛想に言ったつもりだった。照れ隠しだ。大人ぶって説教みたいなことをして、少し恥ずかしい。俺自身も十分に大人だとは言えないのに。

だが、玲奈は俺の言葉に納得してくれたようだった。もう、その目には涙は浮かんでいない。

「先生。わたし、実菜と仲直りします。実菜が許してくれたら、ですけど」

「御城はおまえのことを怒ってなんていないさ。もともとあいつが悪いんだしな」

「ありがとうございます。あの……先生。お願いがあります」

玲奈が真剣な表情で俺を見つめる。
改まって言われると、緊張する。

「わたしのことは名前で呼んでほしいんです。『玲奈』って名前、わたし、気に入っているんです」

「いや、しかし、それは……」

「一つぐらい、実菜の先を越させてください」

玲奈がそんなふうに甘えるように言う。
そう言われると、それぐらいの希望は叶えてあげても良いか、という気持ちになる。

「じゃあ、戻るか。玲奈
・・

「……! はい!」

玲奈はとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
彼女たちは俺に信頼を寄せてくれているみたいだ。

俺はその信頼に応えられるだろうか。いや、応えたい。そんなふうに考えている自分に、俺は驚いた。

もう俺は彼女たちの師匠となることを受け入れてしまったのだ。

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