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9話

「はぁ……」

僕は寝室兼居間に寝っ転がって縁側の外でリアナさん達が洗濯物を干している様子を眺めながらうたた寝モードに入っていた。

あの後セシリアさんはトイレに飛び散ってしまった僕の精子をそつなく綺麗に掃除しそのまま朝ごはんを作ってくれた。

初日に見せてもらったあの烏骨鶏という少し小柄な鶏っぽい鳥。

あの子達が今日、朝イチで産んだらしい卵を使った卵かけご飯を食べた。

味の感想はまぁ正直に言うと。

くっっっそ美味かった。

「ん〜……」

姿勢を変える。
視界は天井を映す。

朝から綺麗なお姉さんに気持ちいい事してもらって。
その上その人に美味しいご飯を食べさせてもらって。
そして今度はそのままうたた寝モードに入っている。

「…………」

「うーん……」

「いいのかなぁ……こんなんで」

「いや〜良くないんじゃない?知らんけど」

「だよな〜……。なんか仕事しないとだよね」

「当たり前でしょ〜……
例えば理不尽にも牧場の雑用仕事を任せられてしまった可哀想なご主人様のお仕事を、ペット兼パシリの君が代わりに引き受けるとか〜」

「ん〜……いや……そうなのか……??確かに昨日パシリ君にはなったけど……もっと他にやるべき事が有るような……」

「いやいや…ご主人様の期待に応える事以上に君のやるべき事なんてないでしょ〜」

「いや〜……百花さんの期待に応える事以上にもっと有意義な時間の使い方があると思うんだよなぁ……」

「ナイナイ〜……
君にとってこの世で1番好きな人でしょ〜?
その百花さんって可愛い名前の人
その子ができる限り楽でイージーゲームに人生を過ごせるよう献身的に下で支えるのが〜君の生きるべき道だと思うな〜」

「ん〜……そっか〜……」

「うん……そうそう……だから君はその百花さんって人に生涯かけて忠犬のように尽くすべき♡」

なーんか脳内に要らん悪魔の囁きが聞こえてくる。

「てっっっっ!!」

バッと上半身を起こし縁側の方を見る。

「ちょっと!!僕の独り言に横から勝手に混ざってきた挙句!!洗脳しようとしてこないで下さいよ!!」

「えーだってなんか幸せそうに昼寝しながらボヤいてんだもん……ムカつくじゃん?」

「そんな事でムカつかないでください……」

縁側の前には昨日とは違う私服の百花さんがホウキの柄の先端に両手と顎を乗せながらこちらを覗いていた。

「って事でパシリ君……お仕事手伝って?」

「えぇ…それって百花さんが任された仕事じゃないんですか……」

「私の仕事は君の物、君の仕事も君の物」

「そんな女王様気質なジャイアン見たくないです」

「パシリ君♡大好き♡お仕事手伝って♡」

「そんな感情こもってない告白受けても手伝いたくないですって……。」

そう言うと百花さんはスマホを取り出しとある画像を見せてきた。

「これだーれだ」

「……?」

「〜♪」

「はっ!!!!!」

そこに写っていたのは百花さんの乳首に赤子のように吸い付く僕の横顔写真だった。

唇から頬に向けて白い雫が垂れている。

とどのつまり昨日の僕だ。

「なっ!!!!いつの間に撮ったんですか!!!」

「君がちゅぱちゅぱ赤ちゃんみたいに私のおっぱい吸ってた時だよ〜」

「いやまぁそれは分かってるんですけどっっ」

「これ〜…クラスLimeに送っちゃおうかな〜♡」

「手伝います!!手伝わせてください百花様!!」

「ふふーん♪素直で偉いじゃん」

強制させたのはそっちじゃないか。

事務所を出ると僕たちは奥の動物舎へと向かった。

ヤギ小屋の掃除をしたり、散らかった藁を1箇所に集めたりと普通に仕事をしてしまっていた。

いや、まぁ。正直なにか牧場の手伝いをした方がいいんじゃないかと迷っていたところではあったので気持ち的には落ち着いたのだが。

脅迫画像を経由していなければもっと清々しい気持ちで仕事が出来ていた事だろう。

一方その頃、百花さんはと言うと。

動物舎の外の柵に腰をかけ、足をプラプラさせながら、さぞ愉快そうに僕の仕事風景を眺めていた。

きっと今頃女王様気分なのだろう。

特に動物舎の中では無く外の柵に居るっていうのがミソだ。

「あの……せめて中に入って僕がちゃんと作業出来てるかくらい見てて欲しいんですけど……。」

「えーだって中入ったら動物の匂いが服に着いちゃうじゃん」

「くぅぅぅぅ」

僕はどうして昨日、彼女の指を握ってしまったのだろう。
いや、あの時の百花さんの横顔がめちゃくちゃ可愛いかったからにほか無いのは確かなのだが。

それでも昨日の自分の選択を後悔した。

スッスッ(藁を掃く音)

「…………」

「…………」

「ねー、パシリ君。なんか面白い事やって」

「クーリーヤーアサヒがっ…家で冷えてるっ…それが罠とも知らずに〜…ぐはっ(毒を飲んで死ぬ人のポーズ)」

「あーおもんな」

「そうですか」

スッスッ(藁を掃く音)

「…………」

「…………」

「ねー……ねー…パシリ君。なんか面白い事言って。」

「にねんせーになったけど♪
にねんせーになったけど♪
友達一人もできませんっ♪」

「それキミのことだよね……」

「はい……」

スッスッ(藁を掃く音)

「…………」

「…………」

「パシリ君さ、私の事好き?」

「はい」

「へー……そうなんだ」

スッスッ(藁を掃く音)

「いつから好き?」

「一目見た時くらいからですかね」

「ふーん…一目惚れじゃん」

スッスッ(藁を掃く音)

「パシリ君さー、キスした事とかあるの?」

「ないですね」

「ふーん…そっか」

ヤギの小屋も大分綺麗になったなと見回す。

一匹のヤギがまるで「お掃除してくれてありがとう」と言うかのようにこちらへ歩み寄ってきては体をクシクシと擦り付けてきた。

あー可愛い。

外にいる人は1ミリも可愛げが無いけどこの子は可愛い。

こういう思いがけないサプライズなご褒美をくれるのは動物相手でも嬉しいものだ。

ヤギの頭を撫でていると可愛げの無い人が話しかけてきた。

「お疲れ様〜ご褒美あげるからおいで〜」

「はーい」

どーせ「はいっ、ご褒美だよ〜♪そこに生えてた雑草♡」って展開にでもなるのだろうと思いながら百花さんの前まで歩いて行った。

「あの〜、野草ならせめて花がついてるやつが良いんですけど」

こちらの独り言を無視して百花さんは僕のTシャツの胸ぐらを掴みグイッと自分に引き寄せた。

僕の両頬に手を添え僕の顔をゆっくり引き寄せていく。

ちゅっ

「はむ……」

「……。」

「はい…ご褒美…。良かったね?好きな人に初めて奪って貰えて」

「そ、そうですね……。」

「……」

「はぁっっっ!??」

僕…今…ファーストキス奪われた!?

「えっっ!?えっ!?えっ!?な、何してるんですかアナタっ」

「なにって…この牧場でこれから君が誰と何しようと、君のファーストキスを奪ったのは私っていう動かぬ事実を作っただけだけど。」

「はぁ……?」

この人の脳内は一体どうなってるんだ。

バグってるのか?
デバッグしなかったのか?
彼女の脳内をプログラミングした人はきっとサボり癖のある人なのだろう。

「っていうか!なんか…イチゴみたいな味したんですけど」

「あー……だってイチゴ味の飴舐めてたし」

「えぇ…」

「君のファーストキスはイチゴ味だね?」

「イチゴ味……」

口をパクパクさせていると百花さんは「よっ」といった感じで柵から腰を下ろした。

「他にも仕事あるけど……私もう飽きちゃったから遊び行こ?」

「え……で、でも何するんですか」

「ん〜…とりあえずアサガオ村にでも行こ」

「は、はぁ…分かりました」

掃除道具を片付けると百花さんと山道を降りた。

ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン

ツクツクヴァォォォォォオアシ yeah!モリアガッテルカーイ!?Fooooo↑↑

セミの大合唱が山道を包む。
たまに変な鳴き声の奴が混ざってる気がしなくもないが。

山道からの景色もなかなか良く。

紫陽花町の奥には巨大な入道雲が遠くから僕らを見守っていた。

田舎の山と言えど8月、やはり少し暑い。
頬から顎に伝った汗がひさっちゃんの作ったアスファルトの山道に垂れていく。

道中でそれなりに会話はあった。

そのほとんどは百花さん自身の学校で実際にあった男子からの告白エピソードであり、それを延々と自慢げに語り、それにたいして僕が横で「すごいですねー」「モテるんですねー」と相槌を打つ。

といのが全体の流れだった。

「それでさ〜、呼び出されて空き教室行ったらさ。村田くんが告ってきたんだけどさ」

「村田くんってクラスの一軍の?」

「そーそー、あのなんちゃって陽キャの村田くん」

「へー、凄いじゃないですか」

「アイツさー、私がOKしてくれると思い込んでたみたいでね?」

「え、だって村田くんイケメンじゃないですか……バスケ部のエースだし……」

「え?あれイケメン?へー……まぁ私の好みの顔ではないけど。…それで普通に振ったらさ。なんか襲いかかってきて〜」

「えっ!?えっ!?だ、大丈夫だったんですか?」

「いや普通に蹴り飛ばして帰ってきた」

「たくましい……。」

「私が女子だから簡単に犯せるって思ってたんだろうね。」

「隣の席だったのに……全然知らなかった……」

「一学期だけで似たような事5回くらいはあったんだけどまぁ全部無事だったね」

「百花さんって強いんですか……?」

「何その顔……まぁ牛娘って元からフィジカル強いし。
知ってる?大昔は牛娘の集団が村とか襲って村の男シバいた後小中学生ぐらいの歳の可愛い顔した男の子を攫ったんだって」

「えぇ……そ、それって……」

「牛娘って昔から童顔が好きっていうか……まぁ年下好きが多いんだよね。」

「は、はぁ」

「ちょーどパシリ君みたいな童顔はもう……パコパコパコッって感じだろうね」

「な、なにその擬音……。」

百花さんのモテてる自慢はそれなりに聞いてて面白くはあった。
友達0人だった僕にとってこういう話題はなかなか飢えているのだ。

そこでふとひとつ疑問に思った。

「そういえばさ……百花さんっていつもはどこに住んでるんですか……?」

「あー気づいちゃった?」

「ま、まぁ」

「私普段は一人暮らししてるよ」

「え!!すげぇ!」

「ママは一年中牧場に居るからね、ママから仕送り貰って一人暮らししてる。」

「凄いなぁ……なんかかっこいい」

「パシリ君はどこに住んでるの?」

「夕田見町
ゆうだみちょう
ですよ、父さんとアパート借りて住んでます」

「えっ、夕田見町?一緒じゃん……もしかしてサイキョーマートの近くだったりする?」

「え、近くっていうか……ほぼ隣ですけど」

「あっ、アパートって床仲荘の事だったんだ。」

「あーそうそう……え?ていうか百花さんはどこに住んでるんですか?」

「んー…たぶんパシリ君の家の位置だと通学途中に大っきいマンションない?」

「あーありますね、めっちゃ高いマンション」

「そこそこ」

「あーそうだったんですね」

意外な事実がどんどん発掘されていく。

「じゃあ夏休み明けたらパシリ君に毎日朝起こしに来させようかな」

「え、やです」

「パシリ君が朝起こしに来てくれれば絶対寝過ごさないし〜
ついでに朝ごはんとかも作らせて〜
ゴミ出しとかもやらせて〜
ついでにスクールバックとかも持ってもらえるし〜
良い事づくめじゃん!!え、私って天才……?」

「ソッカー、パシリ君って人は大変ですネ〜、じゃあ僕はこれからも毎日普通に登校するとシマスカネ〜」

「え〜いいの〜?ありがとう……さすが私の可愛いパシリ君♡」

僕たちはどうやら会話をしているようでしていないらしい。

受信機の付いてない無線通信を垂れ流していると山道も終わりを告げ、アサガオ村に到着した。

山から流れるそよ風が棚田をさわさわと揺らし。

入道雲越しにさんさんと降り注ぐ夏の太陽の光がひまわり畑に鮮やかな黄色を演出させている。

畑で収穫したのであろう野菜をママチャリの後ろのカゴに積んだおばさんや、虫あみを持って3人くらいで固まって走り回る子供達。

うん、今日もアサガオ村は平和だ。

「やっぱ良いなぁこの村」

「そうなん?生まれ育った村だからよくわかんない」

「え、百花さんこの村で育ったの?」

「うん、今は違うけどママとあそこら辺の民家借りて一緒に住んでたの」

「そうだったんだ…意外」

「なに意外って」

「なんか、バリバリの都会育ちかと思ってたから」

「残念ながら君のご主人様はバリバリの田舎育ちでーす」

村の中へ歩き出そうとすると百花さんがしゃがみこんだ。

「……どうしたんですか?」

「疲れた」

「え〜…さっき牛娘はフィジカルがどうとか言ってたじゃないですか」

「パシリ君」

「な、なんですか」

いやな予感がする。

「おんぶ♡」

「帰る♡」

「だめ♡」

始まったよ。

「まさかおんぶした状態で村の中回れって言うんですか…?」

「え?それ以外ある?」

「村人の人たちに笑われますよ」

「私アサガオ村の愛娘だったから、大抵の事は許容される」

「凄いですねそれ」

正直な事を言おう。

嫌である。(ドンッ)

「ほーら、早く早く」

「えぇ…やですよ…百花さんは日頃から恥ずかしい事ばっかしてて羞恥心は無いのかも知れないですけど…僕は恥ずかしいのヤです」

バシッ。

「いたっ」

しゃがみながら横にあった僕の足を思いっきり叩いてきた。

なんだ元気じゃないか。

「あーもう分かった…終わったら後で手コキしてあげるからおんぶして〜」

「え……えぇ!?」

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