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34話

「うーん…そろそろ宿題やり始めよっかなぁ」

時刻は夕方の6時くらい。

セミ達の対バンライブはアブラゼミから転換時間を終えヒグラシにセットチェンジした。

体感だがアブラゼミは日中鳴くのに比べてヒグラシは朝と夕方に鳴いている気がする。

ヒグラシは涼しい時間にしか鳴かないのだろうか。

今日は早めに宿題をやって残りはのびのびと過ごそうと予定を定め、ちゃぶ台でワークプリントを広げていた。

するとちゃぶ台の上に置いていたスマホがブブブっと振動と共にLimeの着信音を響かせ始めた。

「ん…なんだ?」

スマホを開く。
着信画面には『甘党ちゃん』と表示されていた。
甘党ちゃん……?
あ……そっか。
前に江理香さんとLimeを交換した時にふざけて設定したんだった。

ぶっちゃけ会いたかったらそのまま部屋に直行するのでLimeはほとんど使ってなかったから忘れてた。

着信を取る。

「はい〜もしもーし」

『星野くぅ〜ん…助けて』

「っ!?…ど、どうしたんですか!?」

『私…いま会社に戻ってるんですけど……大事な書類を牛舎の私室に忘れてきてしまいましたぁ……』

「えぇ…しっかり者の江理香さんはどこ行っちゃったんですか」

『だ、だって〜…昨日君が夜通し私を寝かせてくれなかったから…朝慌てて出なくちゃ行けなくなったんですぅ〜…』

「あ〜…そういえばそうでしたね…ははは」

『わ、笑い事じゃないです…今日は会社に泊まり込みで書類作成しなくちゃ行けないのに…その書類がどーしても必要なんです……星野くん助けて…』

「あー、分かりました…どこ行けばいいですか?」

『あの、Limeの方に住所送りますので……タクシーで来てもらっていいですか…クレジットカードが金庫の中に入ってるのでそれ使ってください……』

「いやいや…江理香さんの務めてる会社って東京ですよね…ここから全部タクシーで行ったりしたらとんでもない額になりますよ」

『いいんです…星野くんにあまり疲れさせたくないので全部タクシーでいいですから……』

「えぇ…。と、とりあえず江理香さんの部屋行きますね」

電話を繋げたまま江理香さんの部屋へ行く。
確かに社外秘と書かれた書類があった。
江理香さんの説明通りの書類だ。

そして肝心のクレジットカードも結局江理香さんのグダ押しでやむなく借りる事になった。

ていうか平気で僕に金庫の番号教えてきた。
大丈夫か?江理香さん詐欺にあったりしない?

「ていうか…完全にだめだめモードの江理香さんじゃないですか……会社から電話してるんですよね?…誰かに聞かれたらイメージダウンですよ」

『そ、そんなの分かってます〜…だから今トイレから電話してるんですっっ』

「はははっっ」

『ちょ、ちょっと!笑わないでくださいよ!!私は真剣なんです!!』

「す、すみません……普段会社ではビシッとしてる江理香さんがトイレの個室に籠って電話で僕に泣きついてると思うと」

『くぅぅぅ………星野くんなんてきらいっ』

「はは……分かりました今から向かうんで待っててください」

『え……あっ……うん…』

「ん?…………江理香さん?」

『星野…くん……」

「あ、はい」

『ありがと……』

「いいですよ…大好きな江理香さんの為ですから」

『…………』

「…………」

『本当はもうちょっと君の声を聞いていたいのですが…そろそろ私も仕事に戻らないといけません……』

「どーせ2時間後くらいには会えますから」

『はい…そうですね……』

「ではまた」

『はい……』

「…………」

『…………』

「いや早く切らないと」

『き、君から切ってくださいっ!!』

「え〜どうしよっかなぁ…」

『じゃ、じゃあ同時に切りましょう』

「そーですね…僕が321って言うんで」

『はい』

「3…2…1」

ブチッ。

はは。
僕は切るボタン押さなかった。

江理香さんさすがに気づいたみたい。

メッセージで「もーーー!!!」って言ってる。
いちいち可愛いな。

僕はタクシーを呼ぶと江理香さんに指定された住所を告げた。
運転手にはちょっと嫌そうな顔されたが。
まぁこの距離だとね。

目的地に着く。

周りはどこも高層オフィスビル郡で周りにも高級セダン車ばかりが道路を往来している。

いかにもエリート街道まっしぐらといった感じの人たちばかりが周りを歩いていた。

タクシーで今まで見た事もないような額をクレジットカードで払った。

僕なんてクレカどころか財布に入ってるカードなんてゲーセンの会員カードくらいなものだ。

僕は到着したビルを見上げた。

「うぇぇぇぇ………嘘でしょ……まじで………」

田舎者ムーブもいい所の見上げっぷり。
何階あるんだこれ。
もう語彙力ぶっとんでくっそ高けぇぇぇとしか言えない。

「江理香さん…普段こんな所で働いてるのか……」

電話をして着いた事を告げる。
時刻は20:30。
これはもう帰りの電車はないな、あったとしてもアサガオ村行きのバスには確実に乗れない。

まじで考え無しに来ちゃったけど帰りどーしよう。

そんな事を考えながらビルの入口らへんで突っ立っていると中から江理香さんがいつものOL姿に加えて社員証らしきネームホルダーを首からさげて出てきた。

この硬い地面では江理香さんのパンプスがコツコツといい音を奏でる。

僕は江理香さんに頼まれていた書類を渡した。

「星野くんっ…助かりました!」

「いえいえ…いつもお世話になってますから」

「その…もう帰っちゃいますか?」

「え?…あーそうですね…今帰ってもギリギリ間に合うかどうかちょっと分かんないですけど…なんとかしますよ」

「あ、あの………星野くんが良ければ……これ…」

江理香さんはモジモジしながら僕に1つの首掛けネームホルダーを渡してきた。

「えっと…これは?」

「にゅ、入館証…です……それも結構特別な……やつ…」

「え?僕入っていいんですか??」

「その…見学扱いで…なんとか無理を言って持ってきたのですが……良かったら中見ていきませんか?」

「え!!!見たいです!!ぜひ!!」

「はぁ〜…良かった……」

「え?」

「断られたら私泣いてました」

「トイレで?」

「はい」

「ははは…もう…」

いつもの癖でキスをしようとしたが江理香さんに「ストップっ」と手で止められてしまった。

「ほ、星野くん…ここ、会社…です…さすがにいつものような事は…」

「あはは…そうですね…なんか癖でやりそうになりました」

「き、君は女の子にキスするのが癖になってるんですか??浮気者〜」

「ちょ、そんな事ないですから」

「ほんとですかね」

「じゃ、じゃあせっかくだし中見てみたいです」

「あっ…そうですか……あの…私から離れちゃダメですよ?…一応部外者には見せちゃ行けない部分が山ほどあるんですから」

「はいはい…」

「間違って入っただけで警備員が駆けつけてくる部分だってあるんですからね?」

「えぇ…こわ」

江理香さんに連れられそのオフィスビルの中に入る。

うん。
想像通りと言うか。
なんて言うか。
もうすごかった。

全てがスタイリッシュなデザインをしている。

「あれなんですか?」

「社員用の共有ラウンジです…私もあそこでたまに作業したりしますよ」

「え?あれカフェじゃないんですか?」

「コーヒーやスイーツなどは頼めば出てきますよ」

「お高いんだろうなぁ」

「いや…お金取りませんて…」

「めっちゃ苦いんだろうなぁ」

「エスプレッソとか頼んだら確かに苦いのが出てきますね」

「うわっ…なにこれ…アマゾン?!」

「グリーンウォールです…観賞用ですね」

「な、なんで会社の中にアマゾンの壁があるんですか…」

「社員の目が疲れた時に癒すため…だと思います。これは全て造花の類ですね」

「このトロフィーはなんですか?」

「盾ですか?うちの会社は過去に様々な賞を獲得してますから…ここに全て飾られてるんです…特に去年は働きがいのある会社女性部門1位を取ってますね」

「うわ!!あれなんですか!!」

「あれはカフェのカウンターですよ。専門のバリスタの方が常駐して居ますね…試しに後で注文してみますか?」

「や、やです………田舎モンだと馬鹿にされるに決まってますっっ」

江理香さんの務めてる会社はそれはもう凄かった。
窓の外には常に最高の夜景が広がってるし、どこを見ても派手過ぎないオシャレな空間が広がっている。

ただ働くだけでもエリートにはこれだけの設備が提供されるのか…。

僕の父さんなんていつも
「社員食堂のご飯がクソ不味いよォ、ハゲ散らかした汗臭いおっさん達とヤニで汚れた食堂で不味い飯かっ食らう生活はもうやだよぉ、ナオぉん…お弁当作ってぇ」
とか言ってるんだぞ!!

なんだこの違いはっ!?

学歴はここまで差を産むのか…。
勉強頑張ろう、勉強頑張って父さんみたいにはならないようにしよう。

そう心に誓ったのだった。

トロフィー〘今頃父ちゃん泣いてるぞ〙を獲得しました。

「愛島さんっおはようございますっ!」

江理香さんに連れられて大理石の廊を歩いていると若い男性社員らしき人が江理香さんに声をかけてきた。

「あ、藤本くん…おはようございます…引き継ぎの書類はまとめられましたか?」

「あーそれが…まだ少し終わってなくて…すみません」

「はぁ……。時間は有限です…いつも言っていますが…自分で自分を律する事が出来なければ前進しません…。ここを辞めた後もここで学んだ事を次に活かさなければ君は成長しない…。分かりますね?」

「は、はい…すみません…愛島さん。」

「全く…君も手のかかる部下ですね。」

スっー。
うん、僕は見逃さなかったぞ。
今さりげなく江理香さんの胸見てたよなぁ!?

これは絶対気のせいじゃない。
江理香さんの注意を真面目に聞いてる振りをして胸を見るなんてとんでもないな!

「あの…所で……そちらの方は…?」

「えっ…あーえっと…この子は…」

その若い男性社員もさすがに横で突っ立ってる未成年の僕を見て気になったようだ。

江理香さんが僕を見てどう位置づけをしようか迷っている。

弟…にしては年が離れている。

恋人なんて言えるわけが無い。

なら息子?……いや冗談だろう。

ほんと、なんて言えばいいのだろうか。

「こ、この子は…親戚の子です…とても成績がよく優秀で聡明な見識を持っていて、なので私の推薦でこの子をうちの見学に来させているんです」

「め、愛島さんが推薦っ!?…き、君はどれほどハイスペックなんだ………」

やーべぇ。
僕なんかハイスペックボーイに仕立て揚げられてる。
僕なんて偏差値51の高校に通ってる平凡な学生だって〜。
勘弁してくださいよ愛島さん。

「そ、それでは私達は行くので…君もやるべき事を済ませなさい。そもそも私は君の尻拭いで休暇中に出社しているのですよ?」

「は、はい…すみません!!…でもこーやって面倒見てくれる愛島さんは本当に大好きです!」

「はいはい…いいから行きなさい」

ほーーーーーー。
大好きだってよぉ。
ほーーーーーーん。

うん、周りの別の男性社員達の視線とかも見てて何となく察しては居たが。

今はっきりしたわ。
これ江理香さんモテてるわ。
本人が気づいてないだけだわこれ。

僕はジェラシーを感じながらも江理香さんに着いて行った。

「ここが私が普段使ってるオフィスです。」

江理香さんが招き入れたオフィスは10畳くらいのこれまたスタイリッシュなデザインの部屋。
そしてなんと一部の壁がガラス張りである。
外を見れば東京の夜の絶景が広がっている。
デスクは5つくらいしかなかった。

デスクには1人、女性社員さんが座っていた。
年齢は多分25くらい…だと思う。
割とこの人も綺麗な人だった。

「あ…愛島先輩ちょっとこの資料どこにあったか分からなくて…………あれ…その子は…?」

「あーえっとこの子は優秀で聡明で」

「ちょ、もうやめてくださいよ江理香さん」

「おや…この肩書きは気に入りませんか?」

「プレッシャー感じるんで…」

「えっとぉ……」

「まぁ…親戚の子です…。訳あって見学に来てます。」

「え…そうなんですか?愛島先輩の親戚……」

「あ、あの…………ははは…」

「では私はこれからやらなくては行けない事があるので…星野くんは………そうですね…山下に適当に肩でも揉んで貰っててください」

「えっ!愛島先輩!?」

「江理香さん!?」

「星野くんはここまでの長旅で疲れてるんです…ほら…山下さん…肩を揉んでさしあげてください…… い い で す ね ?」

「はっ、はいっっっ…喜んで!!」

山下さんと呼ばれる女性社員が焦って僕のところまで来て肩を揉み始めた。

小声で山下さんという人に話しかける。

「ちょ、ちょっと……山下さんっ…大丈夫ですって」

「い、いえいえ!私におまかせください!!小さい頃はよくお母さんの肩を揉んでたので自信ありますから!!」

「い、いやいやいや!そうじゃなくて!気が引けますからッッ」

「お、お願いしますぅ…肩を揉ませてくださいぃ…じゃないと先輩に怒られちゃいますぅぅ」

いやどんだけ怖がられてるんだよ。
山下さんと呼ばれる女性社員は江理香さんに絶対服従を誓っていたようだった。

よし、ここは江理香さんがちゃんと可愛い所もあるってとこを見せてあげないと。

僕は山下さんに一旦ストップのサインを出すとゆっくりと立ち上がった。

そーっと江理香さんに近づく。
江理香さんは後ろの棚のファイルボックスで書類を探しているようだ。

後ろを向いているので僕には気づいていない。

山下さんはそんな僕を、一体なにをするつもりなんだろうと不思議そうな顔で見ていた。

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