第二話
(何言ってんだこいつ。地縛霊?)
月葉
るなは
と名乗った自称地縛霊の黒ギャルは、俺の様子を見てハッとしたような面持ちになる。
「地縛霊とか言ってわけわかんないよね? 嘘じゃないって見せてあげるから絶対、ぜっったいに逃げないでね」
「はあ……」
勢いに飲まれる俺。体にまとわりつく爆乳ギャルは拘束を少し弱め、砂利の隙間から生えた雑草に手を伸ばす。
「いくよ……」
月葉は手を握りしめる。――が、雑草は手を透けるように逃れ、先程と変わらず風に揺られている。ドヤ顔で俺のことを見てくる。
「ほら? どう?」
「どうって言われても……何かのマジック?」
月葉はやきもきした表情で、俺を睨んでくる。
「おじさん物分かり悪いな~。じゃあ――ほら、ど~~ん!!」
俺が落としたタックルケースに頭を突っ込む。何なんだ。このハイテンション女は。頭がおかしいのは間違いない。なぜこんなことをするのか。新手のどっきり迷惑系チューバーか?
「なっ……?」
だが絶句することになった。彼女が透明なプラスチックの釣り具入れを貫通したのだ。まるでゲームのバグのように。驚く俺を見て月葉はしたり顔であった。
「信じてくれたっぽいね。地面とか以外は透けちゃうんだ。それに誰からも見られないし、声も聞かれない感じ〜。……なんでか、おじさんは別みたいだけど」
信じられない……幽霊なんて有り得るのか?……いや、この子の頭がいかれてるんじゃなく、俺の頭がいかれているのか? 最近育休で抜けた後輩の穴埋めで残業続きだったからだろうか。
「う~~ん。えいっ!!」
月葉は戸惑う俺に向き合い、イヤリングをぶら下げた両耳から指を真っすぐ下ろす。そして、ブラウスを盛り上げる胸の膨らみを少しなぞった後、俺の胸めがけて指を突き出してきた。
「ぐひゃっ!!??」
俺の乳首へのダイレクトアタック。いい歳をしてみっともない声が出てしまう。あれ、ダイレクトアタック?
(さっきの感触、直じゃね? 俺の服を貫通してるじゃん!)
「にししっ。おじさんの乳首さわっちゃった。――うえ汚なっ!」
月葉は手を振り払う。どうやら、俺の生身だけが彼女に干渉できるらしい。だが、彼女の服は俺も触ることができるようだ。さっき後ろから抱きつかれたときは布の感触を感じたからそうに違いない。
「ごめん。分かった、分かったから。色々勝手にしないでくれ」
「よろしい、でもマジで嬉しいわ~。このまま一生、誰にも気づかれないと思ってたから」
(たしか、三年地縛霊をやっていたと言ったか? よく発狂しなかったな)
彼女に同情する。俺みたいな冴えない中年が最初の話し相手とは……それにしても地縛霊か……
「月葉ちゃんだったっけ? 地縛霊ってことはここから動けないわけ?」
「そ。この橋の下から動けないんだ。家出して野宿してたらいきなりだよ。――ちょっと見てて」
そういうと、助走をつけ、朝日が射す橋の影の外にジャンプする。勢いでスカートからチラリと黒いショーツが覗く。それに気を取られていたが、見えない壁を蹴り、跳ね返った体は身軽に着地したようだ。
「――こういうこと。お腹も減らないし、通りかかる人も透けちゃうから、こりゃ死んで地縛霊になっちゃったなって、思ったわけ」
月葉はお手上げといったように両手を上げる。気の毒なことだ。いつまで、彼女はこのままなのだろうか。
「月葉ちゃん。俺にできることがあったら協力するよ。悔いに残っていることだとか無い?」
せめて、彼女が成仏するためにできることがあればと口をついて出た。月葉は頬に手を当て考え込む。
「う~~~ん。それが特に無いんだよね。すっごい暇だったから、遊び相手が欲しいってのはあるけど」
あまり悩まない性格なのだろうか。――それにしても。
「親御さんに伝えたいこととかないの? やり方は考えないといけないだろうが……」
「ママはあたしのこと、きっと心配してないよ。逆にコブ付きじゃなくなって、スッキリしてるんじゃない?」
”そんなことないだろ”とつい言ってしまいそうになったが、彼女の表情を見て押し留める。”ママは”という言葉も引っかかる。両親は離婚したんだろうか。家出といい、どうやら複雑な家庭環境がありそうだ。
「……そっか。何か思いついたら言ってくれ」
俺がそういうと、月葉が食い気味で返してきた。
「じゃあ。これから毎日、ここに来てよ。スマホかタブレット、ゲームでも持ってきてさ」
「えっ?」
「一人でくっそ暇なんだよね。魚が跳ねるの数えたり、犬の散歩でくるおじいさんの観察したりとか、マジで退屈でさ。久しぶりにYou◯ubeとかアニメとか見たいし~」
(うーん、そういう提案か。それでこの子は成仏できるんだろうか。そもそも成仏ってなんだ。何かしたからってこの不思議な状態が解決されるのか?)
俺が悩んでいると、月葉が口を開いた。
「……やっぱり、おじさんにも奥さんとか家族がいるよね。来れる時でいーよ」
チクリと胸が痛い。正月に実家に帰るといつも聞かされる小言を思い出す。
「……いや、俺独身だから」
ボソリと呟く俺。月葉には言わないが独身どころか彼女いない歴=年齢の童貞だ。恥ずかしながら日々を漫然と過ごしていたら、女性との接点が全く持てずこうなってしまった。すると、月葉は満面の笑みになった。
「じゃあ大丈夫じゃん! 良かった〜。まあ、雰囲気からして結婚してないと思ってたけど。それじゃ、仕事の前か後に来てよ。――仕事はしてるよね?」
「はい……」
明け透けに物を言う黒ギャルにたじたじになる。
(ああ……俺、学生時代もこんなだったな。)
当時、ギャルに良いように使われていたことをふと思い出す。今も昔も女性に対する免疫がない俺。その子との接点に心をときめかせていたが、結局ヤンキー彼氏が居て、俺は便利な小間使いでしかなかった。
「はい決定~。じゃ釣りとかやめて、今日は私の言う通りスマホ操作してね。三年ぶりだと、めっちゃ動画溜まってるだろうな〜。――なに? その顔? あたしみたいな美少女と毎日おしゃべりできるとか、おじさんの人生でこれから無いよ?」
俺は褐色の小娘のいいなりに、動画を再生し休日を過ごした。
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