第四話
「月葉
るなは
ちゃん。これからもっと真剣に君が成仏できる方法を探していきたいと思う」
「えっ……」
予想外だったのか、月葉の表情が固まる。
「昨日、月葉ちゃんのことを調べたんだ。ネットニュースに書いてあったよ。捜索届も出されてたみたいだ。母親は別としても他の家族が心配しているんじゃないか? そこに君の心残りがあるとか」
すると月葉は面倒くさそうに頭をかき始めた。
「それはないね。今まで家族なんて会ったことないし、ママはあんな人だから絶縁されたんじゃない? 捜索届とかどうせ、相談所か警察に言われてママが渋々出したんでしょ」
JKだというのに、そこで児童相談所がすぐに出てくる彼女に空恐ろしさを覚える。それだけ、身近な存在だったということか。
「てゆーかさあ、おじさんの勝手な常識で”家族”ならこうあるべきだ~とか決めないでよね。あたしのが普通じゃないって面と向かって言われてるみたいでくそ腹立つんだ」
普段は見た目に反して優しげな雰囲気を放つ月葉が、今は野生動物のように殺気立っていた。
「それは本当にごめん……ただ、今までみたいに遊んでばかりいても何も進まないだろ? 昨日初めて名前をお互い知ったくらいだし。家出の経緯とか、これまでのこととかさ。もっと月葉ちゃんのこと詳しく知りたいんだ」
今まで腫れ物に触るのを恐れ、聞いてこなかった俺が悪い。ただ、いつかは話を進めないと俺だって不老不死ではないため、この楽しい時間は終わりが来てしまう。その後の月葉のことを思うと――
「はあ!? なんで家出したかって? あの人があたしに『高校やめろ』とか言ってきたからだよ。別れた三番目の父親が出してくれた学費を使い込んじゃったからってさ。携帯も解約させられるし、あたしが必死にバイトして稼いだ金も鼻で笑って、『少ない、ウリにでも行ってきたら? あんたなら稼げるよ』とか言う奴なんだよ」
無神経な俺に爆発する。話の持っていき方を間違えた。いつも、職場でお局さんにも指摘されることだ。こういう場面では一層気をつけるべきだったのに。
「あっ分かった。私にさっさと成仏して、いなくなって欲しいわけね。毎日毎日呼び出されて鬱陶しいもんね? だったらいいよ? 二度と来なくて」
「違う! そういうわけじゃ――」
「何が違うんだよ! あたしは今まで楽しかったよ? それなのに成仏しろって言ったのおじさんじゃん! もう帰ってよ! 帰って!! 二度と来んな!!!」
月葉は今までのじゃれ合いのボディタッチとは異なり、本気で俺を突き飛ばし、雨が降る橋桁の外に追い出した。
「月葉ちゃん! ごめん! 月葉ちゃん!」
俺は壁際でうずくまる彼女に呼びかけ続けたが、反応してくれることはなかった。
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翌日朝も月葉の元に立ち寄ったが、昨日と同様であった。出勤時間のこともあるので、時計を気にしていたら、彼女は一層不機嫌になったような気がした。
(我ながら本当にこういうとこ、デリカシーがないんだろうな……)
変に真面目で女の子の気持ちがわからない。昔から要領悪く生きてきたのだ。俺は降りしきる雨を眺めながら、どうやって仲直りしようかと仕事に集中できないでいた。
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雨脚を強めてなおも降り続いている嫌らしい天気。昼に休憩室で同僚が見ていたテレビでは五年前の豪雨災害に匹敵する可能性が高いと言っていた。昼上がりには社長が平社員から順次帰らせるといい始め、そこで事の重大さを認識した。
(月葉ちゃんが心配だ。早く行かないと)
俺は名ばかり管理職であるため、若手が残した業務をフォローしつつ足早に職場を去ろうとしていたが、そこを社長に呼び止められてしまった。社長は昔作ったBCPや連絡網がどうこう言い始めた。従業員数30人も行かないちっぽけな会社だ。補助金目当てで作ったそんな計画、どうでもいいだろと思いながら、対応しているとすっかり遅くなってしまった。
(なんでこんな時まで彼女を優先できないんだ俺は)
俺はアパートの駐車場に車をねじ込ませると部屋には戻らず、そのまま彼女のいる橋の下に走り出した。土砂降りの中一瞬で全身がびしょびしょになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
息を切らし、やっとの思いでたどり着くと、増水し浸かってしまった河川敷を眺めながら水際で立ち尽くす月葉がいた。
「へえ……なんで来たの? そんなにずぶ濡れで。雨がすごいから危ないよ」
目線を合わせず濁流を眺める月葉。
「なんでって月葉ちゃんのことが心配だったからだよ! こんな嵐の中独りぼっちになんてさせられない」
俺は雨水を滴らせながら、言葉をふり絞る。
「別に保護者面しなくていいよ。あたし幽霊だし、正直この水にだって触れないから。全然危なくないし」
そういうと、月葉は段差を下り、水が流れる河川敷に足を入れようとする。それを後ろから抱きしめて繋ぎとめる俺。
「保護者とかそんなんじゃない! 俺は月葉ちゃんのことが好きなんだ! だから心配で、一緒に居たくて来たんだよ!」
しばらく沈黙の時間と豪雨の濁流だけが流れていく。
「――でも、おじさんって私に成仏して欲しいんでしょ」
先に沈黙を破ったのは月葉だった。
「そんなの俺の大人としての方便だ。本当はずっと居て欲しい。成仏なんかしてほしくないんだ」
俺は本音をぶちまけ、一層強く抱きしめる。このままずっとこの世界に居てくれれば俺はどれほど幸せなことか。
「でも、私は地縛霊だよ。ここから動けないし、他の誰からも分かってもらえない――」
抱きしめた月葉の肩から震えが伝わる。彼女が言い終わるのを遮る。
「そんなこと言ったら俺だっておっさんだよ! 地縛霊がどうとか関係ないね」
そう言い放つと、月葉は涙まじりの声でクスクスと笑い始めた。
「なにそれ……意味不明なんですけど。地縛霊とおじさんとじゃレベルが違うよ」
「そうか? おじさんとJK、かなり犯罪的だぜ?」
そこで初めて月葉はこっちを向いてくれた。
――ちゅっ
俺の頬に温かく柔らかい感触を感じた。初めての感触に呆気に取られていると、彼女はスタスタと段差を上がっていく
「だから言ったけど、もう大人なんだけど。――そんなとこいると風邪ひいちゃうよ。来て」
俺たちは段差を上がっていった。それとともに俺の胸の鼓動が高まるのを感じた。
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