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12話

さて、時は遡り、それはショタンが街にやってくる少し前のこと──。

「こらユート! また掃除をサボってどこにいってたのよ? あんまり悪い子だと、お父さんに言いつけちゃうんだから」

「うっせえなぁ、宿屋の掃除なんて姉ちゃんがやってればいいだろ」

宿屋の看板娘イレーナが箒を片手に、まだ11歳のやんちゃな弟をメッと叱るが、ユートは生意気な態度で姉にくってかかった。

最近はいつもこうだ、昔はお姉ちゃん子だったのに、反抗期に入ってからは全然言う事を聞かない弟にイレーナも手を焼いている。

「オレは将来冒険者になる男だぜ! ダンジョンに潜ってモンスターをぶっ倒すんだ! 金だってたくさん稼いでさ、そしたらこのオンボロ宿屋だって新品に建て直してやるよ。だから掃除なんてシケたことはしねーの!」

「もう、またそんなこと言って……冒険者っていうのはとっても危ないお仕事なのよ? ユートなんてモンスターにぱっくり食べられちゃうんだから。バカなこと言ってないで、ちゃんとお手伝いしなさい」

夢見がちな男子が冒険者に憧れるのはよくあることだ。宿を営んでいれば泊まりにくる冒険者とも頻繁に接することになるので、幼いユートが憧れを抱いてしまうのもムリはない。しかし、最近では宿に長期滞在しているユリナたちの影響もあってか、冒険者への憧れがいっそう酷くなっていた。

「はぁ……ほんとにこの子は、しょうがないんだから」

母親を早くに亡くしてしまったイレーナはユートの母親代わりでもある。彼女がヤンチャざかりな弟に手を焼いてため息をついていると、ちょうど二階からユリナたちが降りてきた。

「あらユート、またイレーナを困らせてるの?」

「あっ、ユリナ!」

腰に剣を携えた赤髪の女剣士の姿を見た途端、ユートは嬉しそうに目を輝かせる。

「ユリナ、またクエスに行くんだろ!? オレも連れてってくれよ!」

「ダメよ。前にも言ったでしょ、これは子供の遊びじゃないんだから」

「そうだぞ〜、お姉ちゃんの言いつけも守れない悪ガキは連れてってやれないんだぞ〜」

ユリナの後ろにいたローリエがニマニマとからかうような笑みを浮かべる。

「ユートくん、お姉さんの言うことはちゃんと聞かないといけませんよ」

「うっ……」

そしてエクスにもたしなめられてしまい、これにはユートも、たまらず口をつぐむ。

(くそっ、みんなして子供扱いしやがって……オレだって、いつかぜったい冒険者になってやるんだ! そしたら、ユリナたちと一緒に……)

ユートは背を向けて出ていくユリナたちを熱い眼差しで見送りながら、いつか自分が彼女たちのパーティーの四人目になってやるのだと決意した。

勇ましい剣士へと成長した自分が相棒としてユリナの背中を守る姿を想像するだけで胸が熱くなる。

しかし、そんな少年の夢は予想外の出来事により、あっけなく打ち砕かれることになるのだった──。

それは、いつものように宿屋の手伝いをサボって外で遊んでいたユートが、こっそりと宿に戻ってきたときである。

姉に見つからないよう、入り口から中の様子をうかがうと、ちょうどクエストから戻ってきたユリナたちが姉と会話をしていた。

しかし、その光景にユートは眉を潜める。

姉とユリナたちは仲が良いから、世間話をするのは何もおかしいことではないのだが、問題は彼女たちと一緒にいる見知らぬ少年の存在だった。

(だれだ、あいつ……)

年齢は自分と同じぐらいに見えた。色白で、背が低くて、女みたいな顔をしている。

ユリナは親しげに少年の肩に手を置いていた。彼女に憧れているユートとしては非常に気に食わない。しかし、手伝いをサボっていた手前、出ていくこともできず、隠れて聞き耳を立てるしかなかった。

「この子はショタンくん。うちの新しいパーティーメンバーよ」

「はじめましてイレーナさん。ショタンといいます」

紹介されて姉に向かって礼儀正しく頭を下げる少年。どうやら名前はショタンというらしいのだが、そんなことはどうでもいい。それよりも、聞き捨てならないことをユリナが言ったのだ。

(は……? パーティーメンバー? あいつが……ユリナたちの仲間に……?)

ユートはショックで呆然となった。自分が何度冒険に連れて行ってくれと頼んでも軽くあしらわれていたのに、あんな、自分よりも小さくてひ弱そうなヤツが、どうして彼女たちの仲間になっているのか、ユートには理解も納得もできない。

しかも、ユリナがショタンを見る目──それは自分には一度も向けられたことのない、弟を見守るような慈愛に満ちた瞳だった。

(なんだよ……なんでだよ、ちくしょう!)

裏切られた気持ちになったユートは、その場から逃げるように外へ駆け出すと、人気のない路地裏で胸に燻るもやもやとした気持ちを吐き出すように壁を蹴りつけた。

「ふざけやがって……あいつ、たしかショタンっていったっけ、ぜってえ許さねえぞ!」

本当なら将来の自分がいるべきポジションをあっさりと奪い、年上の女性に囲まれてヘラヘラと笑っていたショタンの顔を思い出すだけで腸が煮えくり返る。

こうしてショタンと最悪の出会いを果たしたユートは、これ以降、なにかにつけて彼を目の敵にするようになるのだった。

*
「おいショタン、お前またユリナたちと一緒に風呂に入ってただろ、へっ!いい年してかっこわりぃ!」

あれから数日が経ち、ユートはことあるごとにショタンに絡んではユリナたちに甘やかされている彼をバカにした。

「ボクたちぐらいの年齢ならふつうだと思うけど。ユートくんはイレーナさんとお風呂に入らないの?」

「はぁ? 姉ちゃんとなんか入るわけないだろ、ガキじゃあるまいし」

「ふぅん、そうなんだ……もったいない」

(なに言ってんだこいつ?)

しかし、何を言ったところで、ショタンはまるで気にする様子もなくあっけらかんとしているので、ユートの苛立ちは募るばかりである。

「こらユート! あなた、またショタンくんにちょっかい出してるんじゃないでしょうね?」

「げ、姉ちゃん……」

「冒険者のショタンくんが羨ましいからって嫌がらせだなんて、本当に子供なんだから……」

「ちっ、ちげえよ! 誰がこんなやつのこと羨ましいもんか!」

最近はショタンをイジメようとしてるのがバレて、姉やユリナたちに叱られてばかりだった。

(なんだよ、姉ちゃんまでこいつの味方して……)

「はぁ……それよりも、今日は買い出しの荷物が多いから手伝ってって言っておいたでしょ、ほら、早くいくわよ」

「めんどくせぇなぁ……ああそうだ、おいショタン、お前ヒマだろ? オレのかわりに姉ちゃんと買い物にいけよ」

「何言ってんのよ、ショタンくんはお客様なんだから、そんなことさせられるわけないでしょ」

「いえ、今日はクエストの予定もありませんから、ボクでよかったらお手伝いしますよ。イレーナさんにはいつもお世話になってますし」

「う〜ん、ショタンくんがそう言ってくれるなら、じゃあ……お願いしちゃおうかしら」

ショタンの純真な笑みを向けられたイレーナは、ちらりとユートに目を向ける。

「はぁ……ショタンくんはこんなにいい子なのに、どうしてわたしの弟はこんな悪ガキに育っちゃったのかしら……」

「うっせえなぁ、さっさと行けよ」

ため息まじりに呟かれて、ユートはチッと舌打ちをする。

「もう……それじゃあ行きましょうか、ショタンくん」

「はい!」

(へへっ、めんどくせえ手伝いを押し付けてやったぜ、ショタンざまぁ〜)

内心でほくそ笑むユートだったが、見送ったイレーナとショタンが、まるで姉弟のように仲良さげに手を繋いでいるのを見て、胸のうちにモヤッとしたものを感じた。

(なんだこれ……? まっ、いいか。遊びにいこっと)

もしもここで、ショタンの変わりに姉の手を取っていたらどうなっていたのだ。もしかしたら、違う未来があったのではないか──なんてこと、このときのユートは考えもしなかったのである。

(なんか、最近の姉ちゃん、ちょっと変だよな……)

と、ユートが違和感を覚え始めたのは、あれから数日が経った頃である。

今までは手伝いをサボって遊んでいれば、すぐに姉が叱りつけてきたというのに、最近のイレーナはユートが手伝いをサボってもあまり注意しなくなっていた。その変わりに、姉の隣にはいつもショタンがいるような気がする。

面倒なことはショタンに押し付けて自分は遊び放題なんて最高のはずなのに、胸のしこりは日増しに大きくなるばかりだ。

これがどういう感情なのか分からないが、居ても立っても居られなくなったユートは、厨房で洗い物をしていた姉におずおずと近づく。

「あ、あのさ姉ちゃん、水汲み行こうか……?」

「え、急にどうしたのよ? あなたが自分からお手伝いしようとするなんて珍しい」

「べつに、ちょっと気が向いただけだし」

「ふぅん? ありがとう。でもいいわ、水汲みならさっきショタンくんがしてくれたから」

「えっ……」

「すごいのよショタンくん、魔法を使って大きな水瓶をあっという間に一杯にしてくれたの」

「へ、へぇ……そうなんだ……」

「あとね、まえに水仕事のせいで手が荒れちゃうって話をしてたら、薬草で塗り薬を作ってくれたのよ。使ってみたらビックリするぐらい手がスベスベになったんだから」

「ふぅん……」

「まだ小さいのに魔法も使えてお薬も作れて、それにとっても優しくて気配りもできるなんて、本当に凄いわ。ユートも少しはショタンくんのことを見習いなさい」

「……うっせえ」

「え?」

「うるせえって言ったんだよ! なんだよ、ショタン、ショタンて! 最近の姉ちゃんはあいつのことを褒めてばっかりだ!」

「ちょっと、なによ急に怒り出して、おかしな子ね。ショタンくんはあんたの代わりにお手伝いをしてくれたのよ?」

「うっせえよ! そんなにショタンがよければあつを弟にしちまえ! バーカ!!」

怒りをぶちまけたユートは瞳に滲む涙を見られまいと腕で顔を隠しながら外へ駆け出した。

後ろからイレーナの呼び声が聞こえたが、振り返ることなく、もはや定番となった人気のない路地裏に逃げ込むと、嗚咽をもらして壁を何度も蹴りつける。

「ちくしょう、ちくしょう! 姉ちゃんのバカ! ううっ……これも全部ショタンのせいだ! あいつが、あいつさえこの街にこなければ、こんなこと……」

怒り心頭のユートだったが、ひとしきり不満をぶちまけて冷静さを取り戻すと、今度は後悔に襲われる。

(姉ちゃんに酷いこと言っちゃったな……)

自分の代わりにショタンを弟にしろだなんて、けっして本心ではない。いつも口うるさいけど、やはりイレーナは大好きな姉なのだ。ユートは最近のことでようやく自分の気持ちに気づくことができた。

(姉ちゃんに謝ろう……それで、これからは手伝いもちゃんとしよう……)

改心したユートは宿に戻るとイレーナを探したが、どこにも見当たらなかった。

(姉ちゃん、どこいったんだろう……?)

姉を探して二階に上がったユートは、今は使われていないはずの空き部屋から物音がするのに気づいた。耳を澄ますと、何やら話し声も聞こえてくる。

(姉ちゃん? 誰かと一緒にいるのか……?)

そんなところで一体何をしているのか。不思議に思いながらドアに近づくユート。

伸ばした手がドアに触れると、ちゃんと閉まっていなかったのか、微かに動いて入り口に隙間ができた。

何か、嫌な予感がした。

中を見るべきじゃないと、本能が警告していた。

しかし、ユートは姉を求めて隙間から中を覗き込む。それが悪夢の始まりだとも知らずに──。

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