ギャル軍団② 待月由真&揺木未結
女子更衣室の中は、意外と整頓されていた。
部屋には縦長のロッカーが規則正しく並んでいる。開けっ放しの扉に脱いだ服が掛けてあることもなければ、長椅子にバッグや制汗スプレーや生理用品が放り散らかしてあることもない。一見、本当に使われているのか疑問を抱くほど、整然としている。
しかし試しに手近なロッカーを開けてみると、そこにはちゃんと、女子生徒の着替えや荷物が納められてあった。ハンガーにはまだ女子の体温と香りの残るようなブラウスやスカートが綺麗に掛けてあり、その下の棚に置かれた籠の中には、無造作に畳まれたパンツが鎮座ましましていた。
槍太はそのパンツを手に取って、広げてみる。
どことなくスポーティな感じのする、飾り気のないグレーのパンツだ。
〈──灰、三年Bランク瀬川
せがわ
立花
りっか
〉
槍太は一目で見抜いた。毎日女子のパンツをチェックしているせいで、かなりのパンツソムリエになってしまっていた。
瀬川立花といえば陸上部の短距離エースだ。放課後はいつも、股間に食い込むほどタイトで、尻肉がこぼれそうなくらいピチピチのユニフォームに身を包み、女子らしい丸みのある身体に引き締まった筋肉のついた肉体をグラウンドで見せびらかして、男子生徒の性欲をいたずらに掻き立てている。
……本人としてはそんなつもりではないだろうし、勝手に練習を覗いて興奮している男子たちのことを知ったら気持ち悪いと思うだろうが、事実としてはそういうことになる。
プレーンな灰色のパンツは汚れ一つなく見えるが、自然とかく汗を吸ってか、少し湿りけがあった。
顔をうずめてみる。クンクンと鼻で息を吸う。汗臭い。しかし、日頃から体を動かしてしっかりと汗をかいているからか、汗臭さの中にもどこか爽やかさが感じられるような臭いだった。
〈こ、これが瀬川先輩の臭い……〉
陸上部のユニフォームで汗を流す姿や、スカートの制服でも少年みたいに活発に動きまわる姿──槍太はパンツで鼻を覆ったまま、そんな瀬川立花の姿を思い浮かべていた。臭いを嗅ぐうちに、ズボンの中の物はガチガチに勃起して、布地を突き破りそうなくらいになってしまっていた。
存分にパンツの臭いを堪能してしまったが、こんなことをしている場合ではない。
槍太はようやく我に返ると、瀬川立花のパンツは自分用にとポケットに押し込み、本命を狙って部屋の奥へと移動していった。
天頂高校では、更衣室のロッカーでさえ、ランクによって区別されている。Aランク用のロッカーは、奥の壁際に三つある、少し大きめの物だ。
そのうち入口側の端にあるロッカーを開けた。
中は空だった。
しかし槍太は落ち込みはしなかった。このクラスのAランクは新ヶ浜玲奈ただ一人──最上級生である三年生になっても一クラスに一人いるかいないか、Aランクというのはこの天頂高校においてそれくらい特別な存在だった。
真ん中の扉を開ける。これも中は空だった。
最後の一つ、入り口から一番遠いロッカーの取っ手に手を掛ける。
槍太は息を飲んだ。この扉を開ければ、中にはあの新ヶ浜玲奈の着替えた制服がしまってあり、もちろんあのエロい紫色のパンツもあるはずだ。
女子高生のパンツに懸賞金をかける哀れなオジサンたちの気持ちが、槍太もわからないではなかった。
なにせ新ヶ浜玲奈は容姿だけは優れている。生まれ持った顔立ちとスタイルのよさに、化粧やファッションのセンスも相まって、その価値を自覚して歩く新ヶ浜玲奈を見て、下心を抱かない男はいないとさえ言い切れる。
しかし、オジサンたちをカモにしてお金を巻き上げていることからも分かる通り、性格は最悪だ。
校内でも、取り巻きを引き連れて我が物顔で歩くところに出くわしたら、低ランクの生徒は大名行列に出くわした一般庶民のように廊下の端に避けるしかない。学食で先に座っている生徒を追い出して居座るなど、傍若無人な振る舞いにも事欠かない。
だからといって、新ヶ浜玲奈に逆らうことはできない。
なにせエリート学園の中でもトップ層に位置する超エリート、Aランクの新ヶ浜玲奈だ。低ランクの生徒が食って掛かっても逆に制裁を受けるだけだし、もちろん一般人のオジサンたちが腹を立てて懲らしめようとしたりしようとしても返り討ちに合うだけだ。
そんな、自分は何をしても許されると思い上がっている新ヶ浜玲奈が、パンツを奪われて、彼女が見下すような格下の男にそのパンツを所持される──それだけで、「こいつ、こんな偉そうな態度のくせに、オレにパンツ取られちゃってるんだよなぁ」という優越感に浸れるのは間違いない。
槍太は生唾を飲んで、ロッカーの扉を開けた。
しかし中あったのは、新ヶ浜玲奈の着替えではなく、ましてやパンツでもなかった。
槍太は思わず悲鳴を上げて、尻餅をついた。
開きっぱなしになったロッカーの扉がキィキィと音を立てる。
制服の代わりにロッカーの中にぶら下がっていたもの。
それは──女子生徒の首吊り死体だった。
ただ呆然と槍太はロッカーの中を見つめていた。
〈な、なんでこんなものが、ロッカーの中に……〉
中で首を吊っているのは、新ヶ浜玲奈ではない。
明るい髪を左右で短く結ってショートツインテールにした、少し幼さを感じさせるような髪型の少女だった。
あまりに予想外の出来事に、槍太はしばらく混乱していたが、すぐに気を取り直した。
どうしてこんなものがロッカーにしまってあるのかはわからないが、とにかく言えるのは、関わり合いになるのはマズいということだ。死体を発見したということ自体もトラブルの種であることに間違いないが、それを〝男子生徒〟である槍太が〝女子更衣室〟で見つけたというのはさらにマズい。
槍太は部屋を去ろうと、慌てて立ち上がった。
しかし振り向いたところで、逃げ出そうとした足はピッタリと固まってしまった。
女子更衣室の入り口、曇りガラスの付いたドアのすぐ隣には、一人の女子生徒が無表情で立っていた。
「どうしたの? そのロッカーに用があったんでしょ?」
少女は不機嫌そうに言った。
ショートの黒髪に紫のメッシュを入れて、バンギャ風のメイクをしたその顔に、槍太は見覚えがあった。
〈──二年Bランク待月
まちづき
由真
ゆま
〉
待月由真は、壁にもたれて腕を組んでいた。
そこはちょうど、内開きのドアの蝶番
ちょうつがい
側で、女子更衣室に入るときには見えなかったところだ。
〈こ、こいつ……〉
槍太は状況を悟って、歯を強く噛みしめた。
〈ドアの後ろに隠れてやがったのか──どこの悪徳麻薬捜査官
スタンスフィールド
だよ……!〉
待月由真は新ヶ浜玲奈のグループの一人だ。その彼女がなぜこんなところにいるのか……それはわからないが、危機的な状況だということは間違いない。なにせ女子更衣室侵入の現行犯で、しかも出入口を固められてしまっている。
待月由真は冷たい目を向けたまま、一歩、二歩と近づいてきた。
その威圧感に、槍太は思わず後ずさりしそうになるが、すぐ後ろはロッカーだ。後ろに下がるほどのスペースすらない。
「捕っかまえたー!」
突然なにかが槍太の背中に飛び乗ってきた。
「ねー、言ったでしょ! レイナちゃんのパンツ狙ってるやつがいるって! あたしの言った通りだったでしょ~!」
驚く槍太の背中で、無邪気そうな声を上げたのは、先ほどロッカーの中で首を吊っていた女子生徒だ。
腕を首に回して、締め殺そうとでもするかのように、しがみついてくる。
「だからって、やっぱ首吊る必要はなくない?」
待月由真が呆れたように言った。
「でもこいつ、めっちゃビビッてたじゃーん!」
「ま、確かに。すっごいみっともなかった。『ひゃぁ~』とか言って」
「でしょでしょー! ねぇこいつに〝おしおき〟するよね? あたしに任せてよー。ミユが捕まえたんだからいいでしょー?」
その言葉で、槍太は自分の背中にしがみついているのが、誰だか思い当たった。
〈──中等部Bランク揺木
ゆるるぎ
未結
みゆ
〉
さっきは首吊り死体のインパクトが強すぎて気づくどころではなかったが、彼女も新ヶ浜玲奈のグループの一人だ。
「レイナちゃんのパンツ盗もうなんて、ホント身の程しらずだよねー。二度とこんなナメたことしようとか思わないように、テッテー的に痛めつけてあげないとー」
揺木未結の言葉には、加減を知らない子供らしい残酷さが滲んでいた。
槍太は、昨年中等部で起こった〝事件〟を思い出した。女子生徒を盗撮していた教師が、全裸で校門近くの銅像に縛り付けにされたという事件だ。全身に痛々しい落書きを施され、頭にブリーフを被せられ、足元に証拠の盗撮写真が──被害者の顔の部分は黒塗りにして──バラ撒かれていたそうだ。
それを主導したのが揺木未結らしい。まだ能力に目覚めていない生徒が大半の中等部ですでにBランクに認定されている彼女は、早熟な才能や新ヶ浜玲奈のお気に入りであることを盾に、やりたい放題をしているのだという。
こんなやつらに捕まったら、中等部の変態教師と同じように酷い仕打ちを受けるのは間違いない。
槍太は半ばパニックで、声を荒げて体を揺さぶった。
「えっ? わー-っ!」
体をロッカーにぶつけると、揺木未結は驚いたような声を上げて、槍太から振り落とされた。
そのまま槍太は、破れかぶれで更衣室の出入口へ向かう。
道を塞ぐように待月由真が立ちはだかるが、槍太はこんなときのために、秘密兵器を隠し持っていた。制服の内ポケットから、一回り分厚いジッポライターを長くしたような、四角いものを取り出す。小型のスタンガンだ。
安全装置を外し、ぶつかりざまにスイッチを入れると、バチバチと放電する。その電撃を待月由真にグッと押し付けた。
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