偽りの作戦① 橘川那由他
槍太がやってきたのは、工業科の方にある旧自動車整備場だった。号山
ごうやま
組が集会を開く場所でもあり、先日、爆谷
はぜたに
響子
きょうこ
との決闘が行われた場所でもある。
そのときとは違い、この日は建物の三方にあるシャッターは全て下りていた。使用されていない施設なので、すべての入口は閉ざされ、施錠されているのが普通だ。しかし建物の横手に回り、小さなドアノブを引くと、錆びた鉄が軋む音を立てて扉が開く。
もはや電気の通っていない施設の中は暗いが、その中央は、いくつもの投光器に照らされて十分に明るい。
そこに一人立っているのは、橘川
きっかわ
那由他
なゆた
だった。工業科の黒いセーラー服に赤のスカーフ、相変わらず潤いの足りないパサついた金髪に鮮血のような口紅で、睨むようにして建物に入ってきた槍太を見つめている。
「ちゃんと一人で来てくれたんですね、橘川センパイ」
槍太がにこやかに言うと、橘川那由他は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「チッ……来ないワケにはいかないじゃないか」
真っ赤な唇に噛みちぎれそうなほど歯を喰い込ませて、眉間の皺
しわ
をいつも以上に深く刻み込んでいる。
「一応確認しておきますけど、他の連中を潜
ひそ
ませてたりしないですよね。もしそうだったら……」
「そんなことしてやしないよ。どうせほとんどのやつは、あの女のせいで病院送りなんだ」
「よかった。センパイは話が通じるんで助かりますよ」
普段だったら、号山組のNo.2である橘川那由他を相手に、下っ端の槍太がこんな舐めた口をきいたら、一瞬で砂にされる。
それなのに、橘川那由他が忌々しげに槍太を見るばかりで、何の手出しもしようとしないのは、槍太が橘川那由他の弱みを握っているからだった。
号山組の総長
トップ
、号山
ごうやま
堅剛
けんご
が爆谷響子と決闘したとき、二人は〝グラッジ・ルール〟で戦った。お互いの固有能力
インヘレンス
の〝サスペンド権限〟を賭けたその勝負で、号山堅剛は敗れたが、しかし爆谷響子はサスペンド権限を奪わないままに去ってしまった。
そのときのドサクサに乗じて、槍太は気絶した号山堅剛のサスペンド権限を横奪
よこど
りしていたのだった。
もし槍太がサスペンド権限を行使すれば、号山堅剛は固有能力
インヘレンス
が使えなくなる。たとえ天頂高校の上位1%、Aランクの生徒であっても、固有能力
インヘレンス
が使えなければ、Zランク同様、最底辺の無能力者と変わらない。
号山堅剛が固有能力
インヘレンス
を使えなくなったと知れたら、他の生徒の恨みを買っている号山組は、様々な報復行為を受けるだろう。号山堅剛本人はもちろん、No.2である橘川那由他も含めて。
「まどろっこしいことは止めにして、さっさと本題に入ろうじゃないか」
脅されていることは自覚しているだろうに、橘川那由他の態度は大きい。腕を組み、殺意のこもった目を槍太を向けて言う。
「何がアンタの要求だい」
お前のそのエロい体だよ──と内心、槍太はほくそ笑んだ。
こうやってまだ自分の方が立場が上だと勘違いしているヤンキー女が、ここを出るときには男のチンポに従順な可愛らしいメスになっているのだと思うと、愉快でたまらない。
「誤解しないでください」
そんな考えを顔には出さないよう、槍太は努めて冷静に言った。
「オレが橘川センパイを呼んだのは、センパイを脅そうとかそういう魂胆じゃないんです」
「……どういうことだい?」
「協力しようと思って」
「協力?」
橘川那由他が、怪訝そうに目を細めた。
槍太は説明を続ける。
「号山サンが爆谷響子にやられたって話は、すぐ学校中に広まります。あの場にいたのはオレたちだけですけど、号山組が転校生を〝シメ〟ようとしてるってことは噂になってたし、そこで号山サンが病院送りになったとなれば、誰だって転校生に返り討ちにあったんだって思います」
「……それは確かにそうだろうね」
橘川那由他は忌々しげに舌打ちした。
「知ってます? 爆谷響子って前の学校では〝美化委員〟だったそうです。クラスの自己紹介で、好きなことは〝掃除と片づけ〟、嫌いなことは〝弱い者いじめ〟とか言ってたくらいだし、誰かに泣きつかれたら、また号山組に殴り込んでくるかもしれないですよ。そうなったら〝舐められる〟なんてもんじゃないっすよ。なんとしてでも爆谷響子にリベンジしておかないと」
「それができりゃ苦労しないよ」
橘川那由他は「はぁ」と、頭痛をこらえるように、こめかみに手をやった。
「あの堅剛がやられちまったんだ。アタイらでどうかしようったって、どうしようもないだろ」
「だから、協力しようと思って。オレに作戦があるんです」
「……作戦?」
橘川那由他が疑わしそうな目で槍太を見る。
「アンタの作戦はもうコリゴリだよ」
「えっ、なんでですか。この前のやつは上手くいったでしょ。ちゃんと当初の計画通り、爆谷響子を呼び出して、センパイの固有能力
インヘレンス
で強化した号山組の全員で襲い掛かれたじゃないっすか」
「そりゃたしかにそうだけどさ。結果はあのザマじゃないか」
「でもそれは爆谷響子が強すぎたのが悪いんです。オレの作戦のせいじゃない」
「その強さが、アンタの作戦には織り込まれてなかっただろ。仲良くなったフリをしてるとか自信満々に言っておいて、なんでアイツがSランクだってことすら知らなかったんだい……!」
槍太は舌打ちしそうになったのをなんとか堪えた。
──悪いのは、橘川那由他の固有能力
インヘレンス
で強化してもあの程度のザコどもと、普段あれだけイキがってるくせにあっさり負けた号山堅剛だろうが。
「今度は大丈夫っすよ。それをわかった上で考えた策なんで」
「大体、Sランクなんてバケモン相手に、お前が考えるようなミミッチい小細工が通用するとは思えないね」
「それが、通用するんですよ」
槍太は策謀を笑みの後ろに隠して言った。
「オレの固有能力
インヘレンス
を使えばね」
「はぁ……?」
橘川那由他は疑わしげに片方の眉を曲げる。
「無能力者のアンタが、固有能力
インヘレンス
だって?」
「無能力というのは嘘です。オレは本当は固有能力
インヘレンス
を持っています」
「だったらなんでZランクなんて……」
「適合検査で固有能力
インヘレンス
を使わないようにしただけです。反応値は固有能力
インヘレンス
を発動しなければ測定できませんから」
「そんなことはわかってるよ。アタイが言いたいのは、なんでそんなことしてまで無能力者のフリをしてんだってことだ」
「それはちょっと、恥ずかしい能力だからです」
「……恥ずかしい?」
「信頼できる人以外にはとても話せないような。だから今までずっと隠していたんです」
「どうしてそれを、今更、明かそうって気になったんだい」
「そんなのもちろん、号山組
チーム
のためですよ。号山組
チーム
がここまで追い込まれたのには、オレにも責任の一端があるわけだし……なんとか号山組
チーム
の力になりたいって思ったんです」
「本気で言ってるのかい……?」
橘川那由他は、少し表情を和らげた。
もともと根が単純でチョロいところがあるが、特にこういう〝号山組
チーム
のため〟みたいな言葉には弱い女だ。
「……わかった。そうまで言うんなら、話くらいは聞いてやる。お前の固有能力
インヘレンス
と、その作戦ってやつを説明しな」
橘川那由他はいつものように、手下に命令する口ぶりで言った。
だがそんな態度でいられるのは今のうちだけだ──槍太の胸の内には、薄ら暗い感情が渦巻いていた。これから橘川那由他に対してする行為を想像すると、興奮するのを抑えられない。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、槍太はごく自然に話を続ける。
「そうですね。まぁでもオレの固有能力
インヘレンス
は、口で説明するより、実際にやってみせた方が早いと思うんです」
「実際に……?」
暗く人気のない旧自動車整備場。
投光器の白熱光で照らされた闇は、二人に濃い陰影を生み出す。
「じゃあとりあえず──」
槍太はズボンを脱ぐと、いきり立ったペニスを突き付けた。
「チンポ、しゃぶってくださいよ」
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