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第2話 ゲームオタクが異世界転生でやってくる

俺の名前は、瀬川
せがわ

はる

日本の高校に通う、ごくごく普通のゲームオタクである。

……いや。
ごくごく普通のゲームオタク、だった
・・・
、と言うべきだろう。

一般的小市民に過ぎない俺だったのだが、ある日の登校中に暴走トラックに撥ね飛ばされたことにより、今では晴れて異世界転生を果たした冒険者となったのである。

元の世界では、クラスにもうまく馴染めず、友達らしい友達もいなかった。
だから自分が死んだことに気付いてから、生き返りたいとか、元の世界に帰りたいみたいなことは、特に思ったりしていない。

いや。
実を言うと、後ろ髪引かれる思いが、まったく無いわけでもないのだが。

開発が発表されてから長いこと続報が無かったあのゲームがようやくこの秋発売の見込みになっただとか、何年も前に公開されて傑作と称えられていた名作のリメイクが発表されたりだとか、そもそも買ったはいいものの色違いモンスターの厳選に忙しすぎてまだやれずに積んだままのゲームが山のように残ってたんだよなとか。
しかしそんな思い残す気持ちを簡単に吹き飛ばしてくれるほどに、俺の転生してきたこの異世界は……あまりにも、俺向けの世界だった。

どうやらこの異世界は、“ゲームを元にして構築された世界”であるらしいのだ。

俺が今拠点にしている街には“冒険者ギルド”と呼ばれる施設があり、そこでは様々な仕事をクエストとして発注している。
そして冒険者と呼ばれる者たちはそれらクエストを受注し、仕事をこなし、報酬を得る。
街の外にはモンスターの巣くう森や草原、山々がそびえ、あるいは自然に作られたものとは思えない塔や、地下に広がるダンジョンなんかもあったりする。

そう。それらは、あまりにも典型的なRPGの世界の在り方だった。
ゲームオタクである俺には、あまりにも馴染みがありすぎるシステム。
異世界転生の恩恵によって肉体強化スキルを得ていた俺は冒険者としての資格も十二分に有していたため、こうして第二の人生を冒険者として生きることに決めたのだった。
トラックに撥ねられた直後に、異世界転生を告げてくれた女神様ですら、「あなたほどすんなり異世界転生を受け入れてくださる方、初めてですよ〜」と驚いたほどである。

「……とは言っても。いくら肉体強化スキルを得ていようが、対人スキルがなさすぎてソロパーティーなんだけどな……」

と、俺は独
ひと
り言

ちた。

この世界では冒険者は、複数人でパーティーを組んでクエストに出かけるのが普通である。

最も多いのは、前衛後衛で分かれて効率よくモンスターを狩ることのできる4人パーティー。
後は能力の都合だとか仲が良いメンバーだとかで、3人や5人のパーティーも多い。
6人パーティーともなると人数が多すぎて、報酬を山分けにした際にトラブルが生じやすいためか、その数は少なくなってくる。
2人パーティーも、強い者同士で組んでる場合だとか、恋人同士のパーティーだとかのパターンで、少ないが存在するようだ。

ソロパーティー……つまりたったひとりで冒険に出るヤツは、普通いない。
マジでいない。

冒険者ギルドで、自分ひとりだけで冒険者パーティー登録をしようとしたところ、

「ご登録ありがとうございます。それではさっそくパーティーメンバーの確認をさせていただきまえっっっっっっっっ!?!?!?!?!??!??!??!??!??!」

と、驚かれた。
異世界転生をあっさり受諾した時の女神様だって、こんなには驚いていなかった。

冒険に出かける前から、心が折れそうになった。
心の痛みに耐えて、よく頑張った。感動してほしいっ……。

別にルール上ソロパーティーが駄目というわけではないので、無事こうして冒険に出かけられてはいるのだが。

……いや、いいんだ。
ソロ探索者ならひとりで気楽だし。報酬も独り占めだし。変な人間関係のトラブルとかとは無縁だし。なんならゲームとかしてるときだって、ソロプレイが当たり前だったし。慣れてるし。こっちの方がいいもん俺。うん。さっきみたいな陽キャパリピたちと無理して組む必要が出てくるくらいなら、全然ひとりで構いやしないし。

「うぉおおおっ! ちょ、おい見てみろよお前ら! これマジやべーって!」

と、さっき森の中で見かけた陽キャ達のことを考えていたせいだろうか。
あの時にも聞こえてきた、ギャル男のひとりの軽薄そうな声が、耳に飛び込んできた。

「……っ、あのパリピたちも、同じ方向に進んでたのかよ」

特に必要は無いはずだが、俺は咄嗟にその場に伏せてしまう。
森の中で行き会った後、それぞれ別方向に分かれていったはずなのだが。
どうやらあれから、森の奥まで進んだところで、再び近付いてしまっていたようだった。

俺は近くにあった茂みに身を隠しつつ、前方のパリピパーティーの様子を窺う。

どうやら彼ら6人は、森の奥にある岩山を前に集まっているようだった。
当然ながら、俺の手当をしてくれたあのビキニアーマーのアイリーンもいる。
俺の位置からだと、キラキラしたプラチナブロンドのふわふわ髪と、アーマーに包まれたキュッと丸いお尻しか見えないが。

俺がこっそり様子を窺っているとも知らずに、ギャル男のひとりが大はしゃぎしながら言う。

「おいおいおい! これ見てみろよ! エロトラップダンジョンだってよ!」

ブッと思わず噴き出してしまう。
たまたま同じタイミングで、近くで鳥の羽ばたく音が響いたため、彼らには届かなかったはずだ。

俺は口元を手で覆いつつ、パリピパーティーを見やる。
どうやら連中の中のひとりが、ダンジョンの入り口に掲示された文章……曰く、エロトラップダンジョン……を見て、大はしゃぎしているようだ。

「ヒュー! エロトラップダンジョンとかヤバくね!?」
「パねーっしょ! え、マジで言ってんの!? どーゆートラップがあんの!?」
「なあなあ! せっかく見つけたし、今から入ってみねー!?」

何言ってんだあの男共!?
文字読めねえのか!? エロトラップダンジョンって書いてあるんだろ!?
だったら女を3人も連れた状態で入ったら、絶対に駄目なところだろ!?

「えー、マジ!? つーかアンタら、エロトラップダンジョンに入りたいとか、下心見え見えすぎ-!」
「ねー! つーかマジ、偶然見つけたみたいに言ってっけど、ホントはアタシら連れ込むために前々から目ぇつけてたんじゃないのー!?」

と、アイリーン以外の2人が、男達を非難している。
しかしその言葉の内容に反して、口ぶり自体はどこか乗り気な様子も感じられた。

そして、アイリーンは、と俺はその反応が気になって少し身を乗り出す。
アイツは、あのギャルだけは、もしかすると違う反応を見せるかも……と、

「マジウケるーーーーーーーーーーーーー!」

マジウケてた。エロトラップダンジョンの看板を見て、ゲラゲラ笑っている。

「えーー何これ! こんなあからさまにヤバたんなダンジョンとかあるんだねー! ちょっとウケすぎて呼吸困難! マジ無理!」

アイリーンは体をくの字に折り曲げて、ヒイヒイと楽しそうに笑っていた。

えー、あー、うん。そーすね。
エロトラップダンジョンという文字列を見て、引くとか恥ずかしがるとか、そういう貞淑なリアクションを期待した俺がバカだった。
やっぱアイツ、めっちゃギャルだわ。

アイリーンはなおもクツクツと笑いを堪えながらも、他の5人のパーティーに向かって声をかける。

「いや、つーかさ。ウチらのクエストって、森のどんぐり拾いじゃん?」

何そのクソ楽そうなクエスト!?
クエスト発注主、森のタヌキかなんかなのか!?
つーかそんなクエスト受注して、6人がかりで冒険に出かけんなよ!?

「だからさー。このエロトラップダンジョンは、さすがにどんぐりとか落ちて無さそうだし? みんなもあんまりダンジョン用の装備とかしてきてないし、今日このまま行ったらめっちゃ危なそうだよねー!」

……お?
言い方は軽薄だし、角の立たないやんわりとした言い方ではあるが……どうやらアイリーンは、エロトラップダンジョンに向かうことに反対しているようだった。

しかしアイリーンのオブラートに包んだ言い方では伝わらなかったようで、

「いやいやアイリーン、そこは心配いらねーから!」
「さっき言ったっしょ! 俺ら素手でドワーフに喧嘩売って、ワンパンだったから!」
「つーかどんぐりはアイリーンがめっちゃ集めてくれてっから十分だって!」

男達はあくまでもエロトラップダンジョンに突入したいらしい。
そしてどんぐりはアイリーンがめっちゃ集めてくれたらしい。
だったらアイリーンひとりで出かければよかっただろ……。

「そーだよアイリーン! 入ってみようよエロトラップダンジョン!」
「このバカ男どものエロへの興味に付き合ってやろーって!」

気付けば女ども2人も、エロトラップダンジョンへの突入に賛成している様子。
結果、意見が5対1となり劣勢となったアイリーンは、

「おけーーーーーーーーーーーーー! んじゃ入っちゃうべーーーーーーーーーー!」

おけー
OK
していた。

おいおい、もうちょっと粘れよ。絶対アイリーンの意見の方が正しかっただろ。
しかしアイリーン自身もその場のノリを重視してしまったのか、結局エロトラップダンジョンに潜ることが決まってしまったらしい。

彼らがぞろぞろと岩山の中へと姿を消していくのを見送って、俺は茂みの中から起き上がる。

「……なに、やってんだ俺は」

そして俺は。
アイツらの後を追うようにして、彼らに続いてエロトラップダンジョンの中へと足を踏み入れたのだった。

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