第12話 オタクに優しくなさそうなヤンキーギャル?
翌日の朝。
俺とアイリーンはいつもとは違って冒険者ギルドへは向かわずに、街中を歩いていた。
昨日アイリーンが宣言したとおり、彼女の元冒険者仲間の元へ声をかけに行くためである。
「これから会いに行くのはねー、エレナ・ラヴクラフトって名前の子なんだよ!」
「ふーん……」
「えっリアクション薄っ! エレナに会いに行くんだよ!? ヤバくない!?」
「いや、俺、エレナが誰だかまったく知らないし……」
「ウチ、エレナとはマジで仲良くってさ~! パーティー解散してからはちょっと気まずくって会えてなかったけど、久々で楽しみ~!」
そう言ってウキウキ歩くアイリーンは、確かに元仲間との再会を心待ちにしているようだった。
今日のアイリーンはすっかり見慣れたビキニアーマーに、肩から半透明のストールを羽織っている。
プラチナブロンドの髪はお気に入りのシュシュでくくって、肩から前に垂らしていた。
足下のブーツも「せっかくエレナに会いに行くんだし!」と良いやつをおろしたらしい。
せっかくだからで靴を新調する意味もあまりよく分かっていないのだが、アイリーンが楽しそうだからいい。
それにしても、エレナ・ラヴクラフト……か。
エレナといえば、伝奇活劇ビジュアルノベルの傑作fat
ファット
シリーズのスマートホン向けRPG「fat/Grand Order」にも、同名のエレナというサーヴァントがいたはずだ。
元になった人物はオカルティズムの研究と解明のために神智学協会を設立した、19世紀の女性である。
一方でラヴクラフトという名字から想起させられるのは、20世紀初頭の怪奇小説家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフト辺りだろう。
俺は彼の作品を実際に読んだことはないものの、彼が生み出した一連の小説群を元に生み出された架空の神話・クトゥルフ神話には馴染みがある。
クトゥルフ神話……太古の地球に蔓延り、現在は地上から姿を消した異形なる旧支配者達の物語は、おぞましくも魅力的であり、その神話体系はラヴクラフトの死後もSF界隈に今なお大きな影響を与え続けている。
ゲーマーという観点で言うならば、ゲーム機ではなく人間同士での対話を用いてゲームを進めていくロールプレイングゲームシステムのTRPGより、ラヴクラフトの作り出した世界観を再現した「クトゥルフ神話TRPG」がやはり馴染み深い。
とはいっても俺は友達がおらず、対面で口頭のゲームをする機会があろうはずもなく、その知識は全て「リプレイ」と呼ばれる、実際に遊ばれたシナリオを小説や動画などで再現したものでしか触れたことが無いのだけれど。
べ、別にいいんだ! リプレイだけでも、名作はたくさんあるし!
とまあ、多少話は脱線してしまったものの、エレナ・ラヴクラフトという名前から連想できるのは、そういったオカルティックな女の子といったところだろうか。
「あ! ここだよ!」
そう言ってアイリーンが足を止めたのは、とあるお店の軒先。
掲げられている看板の文字はやはり読めないのだが、店先にディスプレイされている商品の雰囲気から、アイテム屋か何かである様子は見て取れる。
「エレナはねー、ここのアイテム屋さんの一人娘なんだよ!」
「へえ……やっぱりアイテム屋か」
「冒険者を辞めてからは実家の店番を手伝うって言ってたから、たぶん今日もここにいるはず! さっそく入ってみよ!」
アイテム屋で店番を手伝う一人娘……。
さしずめ、看板娘といったところか。
……ほう、いいじゃないか。
先ほどエレナ・ラヴクラフトという名前から連想した、オカルティックな雰囲気とも相まって、なんともいい感じの控えめで大人しそうな女の子が出迎えてくれそうな雰囲気。
俺がアイテム屋の娘に思いを馳せる中、アイリーンは意気揚々と扉を開ける。
カランコロンとドアベルを鳴らしながら、ふたりして中に足を踏み入れると……。
「クソダリぃから、今日はもう営業終了だ! 帰れオルァ!!」
とんでもなく荒っぽい女性の声で、門前払いをされてしまった。
店に入って正面に店員さんと思しき女性が座っていたのだが、なんと机の上に足を置いており、とても客商売とは思えないほどに態度が悪い。
その人物は手元のぶ厚い本から目を上げることすらなく、再び大声で俺たちに凄んできた。
「オレは今忙しいんだよ! 分かったらとっとと帰れボケがぁ!!」
「す、す、す、すみません! 間違えました!」
大いにビビり倒した俺は、慌てて店の外に出る。
が、店の前にはウェルカムボード看板がこれ見よがしに立てて置いてあるし、外に並べられたままの商品のディスプレイもあるし、どう見ても営業中のようにしか見えなかった。
それにアイリーンが戻ってこないので、気になってもう一度店の中を覗き込む。
すると今まさにアイリーンは、先ほど俺たちに怒鳴り散らした店員さんに声をかけようとしているところだった。
「エレナ~。遊びに来たよ~」
「あぁん? だから今日はもう営業終了だ……って、アイリじゃねえか!」
先ほどまでの険悪な雰囲気は、どこへやら。
店番をしていたと思しき彼女は、机の上に乗せていた足を下ろし、ようやくその姿をこちらに向けてくれた。
まず真っ先に目に映ったのは、鮮やかなピンクの頭部。
肩まで伸ばした銀髪を、毛先をワイルドに遊ばせたウルフヘアにまとめている。
さらには髪の内側にはグリーンのインナーカラーを入れているようで、身じろぎする度に派手な発色がチラチラと揺れて非常に目立つ。
意志の強そうな眉はやや太めで、その下の釣り目はわずかに三白眼っぽさを感じさせた。
睫毛が上下共に長くて目立つため、一層眼力の強さに拍車がかかっている。
口元は大きく開いて感情豊かであり、野生動物の牙のように長い八重歯が、ギラリと妖しく輝いていた。
その身を包んでいるのは、冒険者が着るような防具の類いではなく、ごく一般的な布の服である。
赤茶色のシャツに作業用ズボンという軽装だが、だらしなく着崩しているため、残念ながらあまり一般的な見た目とは言い難い。
特に胸元はアイリーンほどではないがこちらもたわわに実ったバストがおさまっており、ボタンを外しているせいで深い谷間がハッキリと見えてしまっていた。
両手の長い指先にはゴテゴテとした指輪がいくつも嵌められ、ピアスやネックレスなど多数の装飾品で飾り立てられている。
この店に入る前の、なんともいい感じの控えめで大人しそうな女の子……というイメージは音を立てて崩れ去ってしまった。
……まあ、そうか。
ギャルのアイリーンの、友達なんだもんな。
そりゃあ、友達だってギャルだよな……。
「久しぶり……っつっても、まだ1ヶ月ちょっとくれーか? 元気してたかよ!」
「まあね~! エレナは!?」
「見ての通りだぜ! 元気元気! むしろ暴れたりねえで有り余ってるくれーだぜ!」
「ていうかさあああエレナ、インナーカラー入れたんだ!? ヤバくない!? チョーカワイイ!」
「おう、アガるよな! 今年流行ってるってオススメされたから、インナーで試してみっかと思って!」
「マジカワイイーーーー! アガるーーーーーー!」
「アイリもアイライナー変えた!? めちゃ発色良くね!? ツヤッツヤじゃん!」
「それ! もうちょっと聞いてーーー! これオススメされて買ったヤツなんだけど、マジヤバくってさー! もう使った瞬間からノリが違うっつーか!? アゲなのーーーーー!」
「ヤバーーーーー! オレも欲しいんだけど!」
「教えるーーーーーーーー!」
えっと、俺、帰っていいかな。
女3人寄れば姦
かしま
しいとはよく言ったものだが、ギャルに関しては2人寄っただけでも十分すぎるほど姦しいらしい。
アイリーンがああなったら、気の済むまで喋らせないとおさまることはない。
自身もお喋りなオタクであるためそう理解していた俺は、改めて店内の様子を眺めてみることにした。
店内は、お世辞にも広いとは言い難い。
せいぜいがお客さんが5、6人も入れば、身動き取れなくなりそうなくらいの広さだった。
しかしその狭さに反して、商品の取り扱いは充実している様子が見て取れる。
店内の左右に並べられた棚は、どれも天井近くまでモノがいっぱいに詰め込まれていた。
挙げ句、入りきらなかった分が、床に直置きされているほどだ。
扱っている商品の種類も様々である。
見たところは冒険者向けの回復薬と思しき、ポーションやエリクサーなどが多い。
あとはバフ効果のあるアクセサリー類などや、メリケンサックなどの小型の武具の取り扱いもあるようだった。
一方で冒険者とはなんの関係も無さそうな、手鏡や小物入れ、ロープに石けんなど、日用品なんかも置かれている。
床に積み上がっているのは、古びた書物の類いらしい。
それらが特にコーナーごとに分けられているわけでもなく、渾然一体として棚にぶち込まれているのだから……まさしく「何でも屋」といった様相だ。
「つーか、アイリ。そいつ誰よ?」
どうやらギャル同士の会話が一段落したようで、ようやくエレナが俺の存在に気付いたようだった。
「この人はね、オタクくん!」
初対面の人に向かって、“オタク”って紹介された!?
「オタクくんはね、今のウチのパーティー仲間なんだ!」
「ふーん……アイリのねえ」
エレナはジャラリとネックレスを揺らしつつ机から身を乗り出すと、俺の全身をジロジロと眺め始めた。
三白眼気味の目つきにさらされて、俺はなんとも居心地の悪さを感じる。
「オメェ……オタクっつったか?」
「そ、それは名前ではなくあだ名的なやつで……」
「どっちでもいいわ! アイリからオタクって呼ばれてんだろ! んじゃあテメェはオタクだ!」
「そんな殺生な!?」
「おい、オタクぅ……」
エレナはジロリとこちらを睨み付けると、
「なんつーか……なよっちぃなあ。お前、本当に冒険者やれんのかよ?」
そう言ってそのヤンキーギャルは……、オタクにまっっっっったく優しくなさそうなヤンチャなギャルは、俺のことを鼻で笑ってきやがったのだった。
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