第28話 童貞喰らいの痴女曰く
……なぜこうなっているのだろうか?
衣服を整えた女騎士と弓兵が地面に正座をさせられているのはわかる。
──どうして僕まで同じ姿勢をとっているのか。
「あの……みんな?」
「黙りなさい」「お前は黙ってろ」「シン。静かにしてようね?」
「……はい」
レナが元通りになるや否や僕と痴女二人は地面に跪かされて、三人に見下ろされていた。
「とりあえずそこの痴女。お前ら何だ?」
「ち、痴女とは失敬な──」
「──ごめんね? 素直に質問に答えよっか?」
どうやらニーナも僕と同じ感想を抱いたらしい。もっともあんな姿を見たら殆どの人が痴女か露出狂などと思って然るべきだろう。
そして反論しようとする女騎士を、柔らかい言葉ながら有無を言わせぬ圧力でレナが黙らせる。
「わ、私達は【桜の探求者】というパーティーで……」
「何人いるのかしら?」
「ふ、二人だけだよ。私──騎士のクリスと……」
「ア、弓兵
アーチャー
のララだよー」
今更になって知った二人の名前。そしてもちろんそのパーティーの名前に心当たりなどない。
「それで、アナタたちはなんでシンにあんなことをしたのかな? 教えて? 答えによっては……分かっているよね?」
「おい、レナ。《火魔法
ファイア
》漏れてる。漏れてんぞ!」
丁寧な言葉ながら圧力が強く、しかも右手からメラメラと熱を放ちながら問いかけるレナの姿は味方ながらに恐ろしく感じる。
「あーその、なんだ……男の子の……」
「……初物を探してー……みたいな……?」
「ふぅーん。初物……シンの初めてを……そっかぁ……」
レナの右手の火が、焚き木をくべたかのようにさらに大きく燃えた。
「レナ! 落ち着け! 気持ちはわかる──わかるけど一旦炎は収めような? な?」
日頃、からかったりおちょくったりと何かと皆を振り回すニーナがアタフタとフォローに回る様は意外で少し可笑しい。
少し顔を緩ませるとされを見咎めるようにアリスが僕を睨む。
「シン。あなた他人事だと思ってる?」
「め、滅相もございません!」
矛先を向けられて座ったまま僕は頭を下げる。年下の女の子の突き刺すような声に、体だけでなく心までも平伏しそうになる。
静止の甲斐もあってかレナが魔法を引っ込めたところで、ニーナが慌てたような口ぶりでクリスさんとララさんに問いかける。
「それで? 手ごろな童貞がいたから襲ったのか? ……じゃあ、何一つ間違いなく痴女じゃねーか!」
「え、えっとねー? いつもはもっとみんな喜んでくれるし、この子だって口ではああいってたけど身体は感じてたし……」
「お前ら、しかも常習犯かよ……完全な変態じゃねーか……」
ララの告白に呆れたように呟くニーナ。
「ち、違うのだよ! 私たちは可憐な花のような少年たちを優しく手ほどきして、大人へと導く、むしろ淑女の役割を務めるために――この町の健やかな成長のためにこの身を捧げているのさ!」
「はぁー……知ってる? 淑女は外で男を襲ったりしないのよ」
なにやら熱弁するクリスに対して、アリスは軽蔑の瞳とともに言葉で切り捨てる。
最初に良い人達かもと思った自分の目の節穴さを呪うとともに、完全にこの二人が変態だということを僕は察した。
「とりあえず……騎士団かな? 突きだそっか♪」
奥底が淀んだ笑みでレナがはっきりと告げると、痴女二人がビクリと身体を震わせる。
「ま、待ってくれ! 隊長――騎士団だけは……それだけは許してくれ!」
「またバレたら……今度こそ隊長にボコボコにされて牢屋に連れてかれちゃうよ……」
「うん? お前らそこの連中と関係あるのか?」
隊長と言った二人。過去にも面識があるようなその言葉にニーナが引っかかり、問い詰める。
「その、なんだ……私たちは数カ月前まで……騎士団にいたんだ」
「けど、突然領主が騎士団の削減だとか圧力をかけてきて、それのせいで首にされて……冒険者になったんだよー」
数カ月前の領主の心変わり。それによって職を失った?
もし、彼女たちの言葉を信じるならば、この二人もレイアの間接的な被害者なのかもしれない。
騎士団というのは誇りに殉じる存在。そんな所に所属していた清廉潔白な人間がこんな卑猥で人道に外れたことをするようになったということは、なにか精神的に追い詰められたせいなどもあるのではないか?
「あ、あの……クリスさんとララさんがこんな行為をするようになったのって、そのことが原因なんですか?」
僕は恐る恐る手をあげ、二人に問いかける。
よくよく考えればこんな美人な女性二人が男を襲うなど、まともな思考状態でするとはちょっと考えられないしね。
「……いや、騎士団にいた頃からやっていたが?」
「うん。結構町の子供たちは貰っちゃったかなー」
生まれつきの変態だった。
「首にされた理由も問題行動がバレて、削減にちょうどいいからという理由だったしな」
「ねー。まさかバレるとは思わなかったよねー」
それも手の施しようがなさそうな程のド変態だ。
「こいつら……! よし……野放しにしとく訳にはいかなそーだな」
満場一致で突き出す方に話が纏まりかけたその時。
「ま、待ってくれ! そ、そうだ! 君の聞きたがっていた領主の情報がある! それと引き換えに今回は見逃してくれないか!?」
クリスが叫んだ言葉に一同が止まった。
今の僕達が喉から手が出る程欲している話。それと引き換えに自分を見逃せという取引。
頷きたくはあるが、それでも心情的に納得出来ない僕だが、一人それに食いついた。
「――いいわ。けれど大したことない話なら……わかっているわね?」
幼い顔立ちから放たれる突き刺すような視線。
きっと正しき行いとの葛藤はあるだろうが、それよりも大きな問題のために彼女も決断をしたのだろう。
それを受けてクリスとララはコクコクと頷く。
「あぁ、わかった。まず、領主に起こったここ最近の異変なのだが――」
クリスとララは首にされてから、しょうがないとは思いつつも独自に領主周辺を探っていた。童貞を喰らう変態ではありつつも元々正義感はあったのか、突然の町の変化には危機感を感じていたよう。
「まず、私が見たのは見覚えのない麗しい女性が何度も領主の館を出入りする様子だった――」
彼女が見たというのは童貞好きの自分でも見惚れてしまったという、神秘的な美貌をもつ銀髪の女。真っ黒なドレスを着て、ここにいるレナよりも大きな胸と細い腰、そして膨らんだ尻は絵画で描かれる天使のように官能的だったとのこと。
「――似ているわね」
誰にも聞こえないような呟きを漏らすアリス。その声が聞こえなかったのか、続けてララが話を継ぐ。
「それを聞いて私が領主の館を夜毎にちょっと観察してたのー。ほら、私弓兵
アーチャー
だからさ、眼、いいんだー」
のぞき見していた彼女が見たのは謎の女性と館の使用人のまぐわい。それも一人だけでなく、何人も何人も。
それは男を誘惑し、無理矢理押し倒して身体から何かを搾り取るような激しく淫らなものだったという。
「――で、よーく見ると、彼女にヤられた男たちはみんな人形みたいに立ち上がって、不気味にコクコクと女に頷いていたの。怪談みたいでしょー? ていうか無理矢理とかひどいよねー」
どの口がそれを言っているのか分からないが、ともかくあの館の男達はみな銀髪の女に犯され、従順にさせられてしまったようだ。
「あと、館から追い出されたメイド達にも話を聞いてみたんだが……残念ながら彼女たちは突然クビにされただけで、領主の様子が変だということ以外は知らなかったみたいさ。か弱き女性が職を突然奪われるとは……嘆かわしいことだね」
メイド達は確かに可哀そうだが、アナタたちに同情の余地はないですよ。そう言いたい気持ちをぐっと我慢して、僕達は話を聞き続ける。
商人の何人かも銀髪の女に誑かされて、宝石や高価な物をもって屋敷に何度か足を運んでいたという姿も見たという。
「――と。まぁ、私たちが調べたのはこのくらいかな。どうだい? お役に立てたかな?」
口ぶりだけは堂々たるクリスだが、その目は庇護を求めるように潤んでいる。
「えぇ、知りたいことは知れたわ。……約束通り今回は見逃してあげる」
「よかったー! やったねクリス!」
アリスの許しを得て、相棒の肩に抱き着くララ。その姿だけを見れば清らかな友情にも見えるのだが、中身と犯した罪を考えると微妙な気分だ。
「あの、最後にひとつ良いですか?」
「なにかな? もしやさっきの続きがしたいのかね?」
「おい」「調子に乗らないで下さる?」「はは……殺すよ?」
「……はい。……どのようなご用件でしょうか?」
急に話を蒸し返すクリスに、三人が氷魔法もかくやという冷たい視線を浴びせた。
「領主の娘さん――ミオさんについてなのですが……」
「領主の娘……?」
「えっとー? それって……?」
僕の質問に対して、ピンと来ていない二人。少し言葉足らずだっただろうか?
「領主ルフラス・レクイルの一人娘のミオ・レクイルについてなのですが」
「……んん? すまない、君の言っている事が良く分からないのだが……」
「そもそも領主様には――」
話のすれ違いか、誤解か。僕は信じられないような言葉を聞かされた。
そして、新たに知りえた情報とともにファナさんとカグヤが待つ館に戻る事にしたのだった。