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第28話 ミーナの耳

観光。デートも終わり僕たちは宿に戻っていた。
魔素溜まりの件の解決で村に来たばかりの時と比べて活気を取り戻しているのを肌で感じた。
ただ、皆は人の多いところには行きたがらず、デートに浮かれていてもそれを理解した僕は彼女たちと少し離れた名所のようなところをまわった。
普段は魚が釣れるという村の憩いの場という湖は静まり返っていて、地面には魔法のぶつかった後や斬撃の痕が見て取れた。
それでも比較的被害の少ないところへ足を運べば、はぐれの魔物を警戒していてか人は居なくゆっくりできた。
そんな一日を過ごし、夜の帳が下りたばかりの頃だろうか。
それはミーナが僕の部屋に尋ねてきた時のこと。
寂しくなって遊びに来てくれたというミーナと話していた。

「シルヴィさんとアイリさんは?」

「寝てると思う。昨日は遅かったから」

そういえば二人とも眠そうだったな。
もっともそれはミーナもなんだけど、彼女は帰り際に疲れて先に寝ちゃったんだよね。
その後は、僕が背負って連れて帰った。
起きたばかりで目でも冴えてるのかな。寝癖を指摘したら恥ずかしそうに直していた。
そんな姿に和んでいるとミーナが近づいてくる。

「今日は、楽しかった」

いつもより距離が近い気がして嬉しくなった。
デートなんて初めてだったけど、喜んでくれたなら勇気を出した甲斐があるというものだ。

「トーワは何を読んでたの?」

ミーナは枕元に置かれている一冊の本を目にして聞いてきた。

「ああ、街を出るときに何冊か持ってきたんだよ」

やっぱり好きだな僕。
A級冒険者の活躍を描いた物語なんだけど、結局リザード便ではずっと揺れてて読めなくて、この村でも忙しくて読めなかったんだけどね。

「ミーナはこの人知ってる?」

タイトルを見せた。

「『龍王』……?」

「うん、A級らしいんだけど凄く強いんだ。アランさんもこの人のことは知ってるらしくてさ」

結局今日は酒場帰りだというアランさんに人生初デートの最中に見つかったんだよね。
別に隠れていたわけでもないけど、デート中ということもあり何となく気恥ずかしかった。
酔ってたなぁ、アランさん。
色々心配してもらったからちゃんと報告もさせてもらった。
3人に『これから俺のダチをよろしく頼むよ』なんて言ってくれてさ……
その時のことを思い返しているとやけにミーナが静かなことに気付く。

「? どうかした?」

「……トーワはその、龍王のファンなのだろうか?」

「うん、大ファンだね。これ続編で途中までしか読めてないんだけど憧れるなーって」

とにかく迫力があるんだよね。
A級というランクではあるけどS級に匹敵する実力があるんじゃないかという話もあるらしい。
といっても全部小説の受け売りだけど……
ドラゴンだとかS級だとか、男のロマンをくすぐられる要素が本当に多い。

『恐れられた龍王の旅立ちはたった一人から始まった』

だったかな。
何度か読み直したせいで冒頭のところ暗記しちゃったよ。
あとは個人的に気に入った所なんだけど『龍王』は誰にだろうと従わない怖い人みたいに描かれてるけど、続編では不器用な優しさみたいなものを見せるエピソードが多数あった。
だけど恐怖を与えて結局は避けられるんだよね。
それでも何度もそういうエピソードが差し込まれているあたり優しさを感じた。
途中で気づいた。もしかして『龍王』って凄い優しい人なんじゃ? と。
そういう明記されてない作者の意図みたいなのを理解するのも読書の楽しみだよね。
それが分かってから更に嵌った。在り方のギャップのようなものが僕の心を掴んだんだ。
ただ何故か容姿と性別が本の中でふわっとしてるんだよね。なんでだろう?
いつか本当に出会えたら話でもしてもらえたらって思う。
そりゃ多少は脚色も入ってるかもしれないけどさ。それでも強くてふとした時に優しさを見せるこの人のことを僕は気に入っていた。
そこまで熱く語ったところでミーナがまた無言になっていた。
ちょっと熱くなり過ぎたかも……

「ミーナ?」

「む、ごめんなさい。なんでもない……よくよく考えたら無用な心配だった」

「?」

と、僕にというよりかは独り言のように言って意識を戻した。
気になったけど、目の前のミーナが耳を動かしたのを見て、そっちに興味が移ってしまった
この際なので以前から気になってたことを聞いてみることに。

「そういえば話変わるけどミーナの耳ってどうなってるの? 猫耳は分かるけど、人族みたいな耳とかってついてないの?」

ミーナって考え事すると耳がちょっとだけ動くよね。
見てて和むけど、横のところはどうなってるのか。
ミーナの髪はふさふさしてるので見たくても見えない。

「トーワは不思議なことを言う、耳は4つもない」

あー、元の世界の認識のまま聞いてしまった。
ということはミーナに僕みたいな形の耳はついてないのか。
でもそう言われると確認してみたくなってしまう。

「どうなってるかちょっと見せてもらえないかな?」

「え」

瞬間ミーナが止まった。

「うん?」

固まった。体を硬直させたままこちらを見てくる。
というか顔が段々赤く……? もしかして何か不味い話題だったのだろうか……
ミーナはふらふらと傍に寄ってきた。そのままベッドに倒れ込む。
ぼふっと柔らかい音を立ててベッドに横たわった。
そうしてミーナは横に倒れたまま僕を熱っぽく見つめてくる。
しばらく意味を考えた。

「トーワになら……構わない」

……え、なにが?

ミーナは何故か「少しだけ待っていてほしい。清めてくる」そう言い残して部屋を出て行った。
待つこと30分ほどだろうか。
普段着だった先程からパジャマに着替えたミーナが戻ってきた。
沐浴をしてきたのか髪はしっとりと濡れている。
落ち着きのない様子で視線はうろうろと彷徨っていた。

「その……人に触らせるのは初めてだから、や、優しくしてほしい」

ミーナがベッドに腰掛けるのを僕は黙ってみていた。

「……トーワ?」

アクションを起こさない僕を不思議そうに見つめてくる。
恐らくは耳を触らせてくれるのだと解釈した。
念のため確認もする。

「えっと、耳を触らせてくれるのかな?」

「う、うん」

まあ、耳くらいなら……
子供の頃は母さんに耳掃除とかしてもらってたな。
でも耳とはいえミーナに触る機会って少なかったよね。
ミーナの様子と相まって僕まで緊張してしまう。
そっと先端の方に触れてみた。
ぴくんっ、と耳が反応して揺れ動いた。

「ん……っ」

ミーナが声を漏らす。
なんだかいけないことをしている気分だ。
濡れているのもあるけどしっとりして触り心地が良い。いくらでも触ってられるってやつかな。
気になって、耳から髪へ手を動かす。すると触り心地が全く変わった。
不思議だ。そして気持ちいい……
これ以上触る誘惑を跳ね除け、ミーナから手を離した。

「……ありがと。ミーナの耳ってこんな感触なんだね」

あまり触りすぎるのもミーナに悪いと思うし。
だけど、ミーナは顔を上げて唖然としていた。
え――? と驚いたような声が聞こえた。
……え、何?

「そ、その……私の耳、どこか変だった……?」

酷く怯えたようなミーナの上目遣い。
自信がなさそうに縮こまり、今にも泣きそうなほど目を潤ませていた。

「いやいや、そんなことなかったよ。触り心地も良かったし」

「……そう」

心なしかミーナの返事には元気がなかった。しゅんとしている。
さすがにこれはもっと触った方がよかったのかもしれないと理解した。
でも、耳か……耳かぁ。
あんまり女の子に不躾に触るというのも……いや、耳だからセーフ?
駄目だ全然分からない。
こんなことなら獣人族についてもっと調べておくんだった。
とはいえ後の祭りだ。
だけど、それならばということで1つ思いついた。

「耳掃除してあげようか?」

猫人族の作法は分からないけど、恋人っぽい気がする。
ミーナの反応は劇的だった。
顔を勢いよく上げて何度も頷く。
耳掃除好きなのかな?
分かるかも。あれ気持ちいいんだよね。
昔は母さんにやってもらうのが本当に好きだったな。
それともミーナも恋人らしいと思ってくれてたりとかするのかな……あ、どうしよう嬉しい。
荷物カバンから耳かきを取り出した。
自分用に作っておいた物だが、長旅になるかもと持ってきておいてよかった。

「じゃあ横になってね」

「っ!」

ミーナが固まる。
僕は僕でこれ膝枕だなと気付いた。
耳に触るよりこっちのほうが恋人っぽい。
どうしよう。なんか緊張してきた。
ミーナが「お、お邪魔する」と、僕の膝の上に頭を乗せてきた。
予想していたよりも軽い。手に触れる髪の毛の感触が滑らかで心地よくサラサラしていた。
ミーナの体が強張っていたので安心させる。

「浅いところだけやるから大丈夫だよ。痛かったら言ってね」

「う、うん」

とはいえ獣人族の人の耳ってどうなってるんだろう?
猫の耳なんて掃除したことないしな……あまり奥深くには入れなかったら大丈夫かな。
ミーナの猫耳に耳かきの棒を入れた。

「み、ぐっ……ふッ……!」

口元抑えてビクビクし始めた。
慌てて耳かきを外に出した。

「ご、ごめん。痛かった?」

「そんなことは、ない。つ、続けてほしい……」

もうちょっと浅いところがいいのかな?
穴の浅いところをカリカリと擦った。

「み゛……んぐっ、ぐ……っ」

またしゃっくりみたいだった。
さすがに耳掃除の最中にしゃっくりされると危ないな。
僕も手が滑るかもしれないし。
休憩を挟んだ。

「ま……待って……トーワ。これ、しゃっくりじゃないの」

「そうなの?」

「う、うん。嬉しかったりすると勝手に出ちゃうの」

そうなんだ。
じゃあ別に無理して我慢はしてほしくないかな。
声我慢しなくてもいいよ。と伝えるとミーナは恥ずかしそうに膝の上で頷いた。
耳道を擦り、窪んでいるところもカリカリと引っ搔いた。
ミーナの癖? みたいなのも、さっきよりかは体が動かなくなったので、少し深いところを掃除してあげた。
みぃみぃ、って鳴いてる。
なんか可愛いな。本当に猫みたいだ。
治療院にいる猫たちは元気にしてるだろうか。ソフィアさんにご飯とか頼んでるけど、僕も会いたくなってきたな。
って、いけないいけない。ミーナの耳掃除に集中しなくては。

「ミーナの耳綺麗だね。汚れてないよ?」

「ま、毎日、手入れは……し、してるから……それに、トーワに、見られるから……さっきも念入りに……綺麗に、しておいた」

なぜだか呼吸が乱れているミーナ。息も絶え絶えだった。
それ僕が耳掃除する意味あるんだろうか……という言葉は空気を読んで飲み込んだ。

「大丈夫……? なんか耳熱いけど……」

「だ、大丈夫……」

そういえば普通の猫の耳には放熱の役割もあるんだったっけ。
獣人と猫って似てるところ多いんだな。
納得したところで引き続きミーナの耳を掃除する。
細長い棒を前後に出し入れを繰り返すと、ミーナの体がくねったように見えた。

カリカリ

「……ッ! みっ! みぃ、みぃ、みぃ!」

コリコリ

「み、みぅっ、みぃ、みぃ!」

ミーナが何度ももじもじするので僕の方も頻繁に動きを止めることになってしまった。
というかそんなに動かれるとやり辛い。

「ミーナ? ジッとしないと危ないよ?」

「ご、ごめっ、なさ」

ほじほじ

「みっ!? みぃ、みぃっ!」

「…………」

最初は普通に掃除してたんだけど、途中から……なんだろう、なんというか……ミーナの反応も相まって無言になってしまった。
ミーナの声だけが部屋に響く。なんとなく……気まずい。
僕の心が邪なのか、ミーナのこの声も喘ぎ声みたいに思えてきた。
耳掃除ってこんなのだっけ。何でミーナは内股をもじもじ擦り合わせているのか。たまに足の爪先ぴんってしてるし。
確かにミーナの耳穴に棒が入ってるこの状況は一種のエロスなのかもしれないが……いや、落ち着け。なんか変な思考になっていってる。
視線を向けるとそこではミーナがもどかしそうに身悶えて腰をもじもじさせていた。
ミーナの体がビクビクし始めたので、浅めのところに棒を戻した。
するとミーナがギュッと僕の服を掴んでくる。切なそうに眉根を寄せたミーナの涙が頬を伝っていた。

「と、トーワ。焦らしちゃ、や……っ」

焦らすとは……?
猫耳の掃除なんてしたことないからあんまり奥に入れるのが怖いだけなんだけど。
再び浅いところをカリカリする。怖いけど要望通りさっきよりも奥の辺りをコリコリ。
ミーナの声が数トーンほど高くなる。
本当に変な気分になってきた……
いやいや、僕を信頼してくれている彼女を裏切るわけにはいかない。
煩悩を振り払った。

「はい、こっち終わり。反対向いて」

そうして同じように反対側も耳掃除をする。
反応はさておき、ただの耳掃除なのでものの10分ほどで終わった。
終わったよ。とミーナを窺う。
始まってからもずっと息が荒かったミーナだけど、終わってから精魂尽き果てたかのようにぐったりとしていた。
大粒の汗を流して胸を上下させている。

「ハァ……ッ、ハァ……ッ」

そんなことになる?
……綺麗だったよ。そう言って僕はミーナの耳掃除を終えるのだった。
そして力尽きてしまったミーナを僕のベッドに寝かせた。僕は――
床で寝るか……

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