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第31話 帰路

ようやく来たリザード便が満席だった。
魔素溜まりの件で人の行き来が予想以上に多かったためだ。
数人降りたが、五人まとめての僕たちが乗るほどの空きはでなかったため別の人に席を譲った。
よく考えたらミーナは人混みが苦手だし、アイリさんとシルヴィさんもそう言ってほっとしてたから丁度よかったのかもしれない。
付き合ってるんだから、こういうところで相手に気を遣えないとダメだな……と、反省した。
そうなると馬車はどうしよう。という話になったんだけど、アランさんが村長さんから馬車をレンタルしていた。
街に帰った時に、大元になる商会に返却してくれたら問題ないらしい。
確かにギールの村って街から遠いから移動手段が少ないと何かあった時に困るからね。
そういうこともできるのか……と、納得した。
ただしこれはある程度の信頼がある冒険者にしか利用できない制度らしい。
手際もよくて出来る大人って感じで格好良かった。僕の方は何だか自信がなくなりそうだったけど……
でも僕を慕ってくれている皆を見て頑張らないとな、って思えた。まだ先は長そうだけど治療院も繁盛させないとだ。
そんなこんなで馬車での帰路にて。
アランさんが御者をしてくれるとのことなので僕たちは全員乗っても余裕なほどの大きさの荷台で悠々と馬車旅を楽しんでいた。

「アランさん。すいません……準備やら色々してもらって。というか今日ほとんど一日中御者してますけど大丈夫ですか?」

馬を操るアランさんに声をかけた。
スキットルから丁度口を離したアランさんが返事をしてくれる。

「いーんだよ。余計な心配するんじゃねぇよ」

アランさんにとって僕はまだまだ子供のようだ。
だけど今回はアランさんに頼りっぱなしで否定できないな。
それに――と。

「馬に蹴られたくはないしな! がはは!」

ああ……まあ、気を遣わせてしまっているのは申し訳ないとは思うけど。
僕は馬の御者なんてしたことがないから出来ない。
アランさん曰く「付き合いたてのお前らと同じ空間とか肩身が狭かったぞどうしてくれる」とのことらしい。
すみません……今度お酒を御馳走しますんで。
というかアランさんずっと飲んでばかりだな……事故とか起こさないよね?
なんて心配しつつも旅路はいたって平和なものだった。
この分だとあと数日ほどでグリルの街に到着するらしい。
ただ一つ気になることと言えば、時折アイリさんとシルヴィさんが遠慮している気がするんだよね。
最初は甘えてくるミーナに年上として譲ってくれてるんだな。なんて思ってたんだけど……
何となくそれ以外の感情が見て取れるような? 本当に何となくだけどさ。

「トーワ、どうしたの?」

ミーナが僕の腕に頬を擦り付けてくる。
付き合い始めてからというもの、ミーナの甘えっぷりは日に日に増している気がするんだよね。
それ自体は嫌というわけじゃないんだ。
ただそれを見てシルヴィさんとアイリさんが複雑そうにしていて……
この際だ。聞いてみよう。
とはいえなんて聞けばいいんだろう。
うーん……と、僕が悩んでいるとまたもミーナが甘えてくる。
匂いをつけるように僕の体に胸を押し付けて……いや、胸は不味い。
小さくてもはっきりと柔らかさを感じられる膨らみが僕の腕に当てられる。

「あの、トーワ……?」

妙に畏まって声をかけてきたのはアイリさんだった。
ちょっと言い辛そうに言葉を詰まらせている。

「聞きたいことが……あってだな」

緊張気味のアイリさん。
どことなく覚悟を決めたような彼女の表情に僕は気圧される。
アイリさんはゆっくりと口を開いた。

「別に……悪いってわけじゃないんだ。いつかするだろうってのは覚悟してたから……ただなんでミーナが最初だったのかって聞きたくてな」

「……最初?」

「あっ、ち、違うぞ!? ほんとに駄目ってわけじゃないんだ! 参考までにどういう流れだったのかなっていうか」

慌てた様子のアイリさん。
最初? え、なんのこと?
僕何かしちゃったっけ。本当に覚えがないんだけど。
シルヴィさんはシルヴィさんで顔を赤く染めていた。チラチラと僕の様子を伺ってきている。

「あ、アイリさん! 直接的すぎますよ! でも、そうですね……わ、私も気になります……」

心当たりがなかった。
隣にいるミーナに助けを求める視線を送った。

「トーワ、この二人はあの時のことを妬んでるの」

「あの時?」

「私がトーワの部屋で寝た時の。話したら二人とも羨んでた」

「ああ」

なんだ、もしかして耳かきのこと?
思ったよりも平和なことだったんだなと安心した。

「帰ってから二人にもやりましょうか?」

「えぇっ!?」「はぁ!?」

いやいや、そんなに驚かなくても。
ミーナが拗ねる様に腕に力を込めてきた。

「駄目だよ、ミーナ。二人がしてほしいっていうんだから、こういうのは皆でね?」

「むぅ……分かった。その代わり帰ったら私にもしてほしい」

「うん、帰ってからね」

目の前を見るとアイリさんとシルヴィさんがこそこそと話し合っていた。

(な……なあ、おい、いきなりチャンス来たぞどうするんだ!?)

(わ、分かりません! というか……え、なんか軽くないですか!?)

何はともあれだった。
二人の懸念は解消されたらしく、ミーナに遠慮するみたいな雰囲気は綺麗に消えるのだった。
代わりに物凄く僕に対してぎこちなくなったけど……なんでだろう?

「ようやく帰ってこれましたね」

帰りくらいは他の人の少ないルートでということで辿ったギール村からの帰路。
リザード便の通る道を使えば安全で簡単なルートだけど、今回は皆のんびり帰りたいとのことで、人の少ないやや遠回りになるルートを通ることになった。
アランさんは酒がまた制限されるんだ~と嘆いていたが、あなたののんびりしたい理由はそれか。
まあ席順とかで何度か揉めはしたものの、比較的平和な旅路だったように思える。
そうして十日ほどかけてようやく帰ってきたグリルの街にて。

「トーワはどうするんだ?」

「僕はひとまず治療院に帰りますかね」

皆は? と聞けば銀翼の皆は、軽く買い物をしてから拠点に戻るらしい。
アランさんは酒場でお酒を買って帰るとか……まだ飲むんだこの人……ギールの村で買った酒樽ほとんど全部飲んでたのに。

「後でアタシ達の拠点に来てくれないか?」

アイリさんからの提案。それは構わないけどなんでだろう?

「リズのやつが帰ってたらトーワのことも紹介したいしな。まだでも飯くらい御馳走するよ」

そういうことならとお誘いに乗った。僕もドラグニルさんには会ってみたかったし。
皆の家でのご飯も楽しみだな。
皆に手を振ってひとまずお別れをする。
当然のように僕の腕を取って「いこ、トーワ」と甘えてきたミーナが「お前はこっちな」と猫みたいに首根っこを掴まれて引き戻されていた。
ミーナは甘えん坊だなぁ、とほっこりしたところで「また後でね」と告げた。

「あ……忘れてた」

そういえば魔素溜まりに関して冒険者ギルドへの報告義務があったことを思い出す。
アランさんの分もだ。情報の精査は必要だからということでグリルの街のギルドへは僕が報告する手はずになっていた。
皆の拠点に招かれた食事の誘いは、少し遅れることになるかもしれないけどこればっかりは仕方ないかな。
荷物を治療院に置いてからは遠回りになる。僕は荷物鞄を肩にかけたまま冒険者ギルドへと向かった。

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