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第33話 サイン

その場に立ち尽くしていた僕だったけど、何よりもまず感謝を伝えていないことに気付いた。
僕は彼女に改めて向かい合う。
僅かな反応が返ってきて、彼女は瞳を揺らした。

「おい、邪魔だぞ。退いてくれ」

だけど、後ろから投げかけられた声が僕の思考を中断させた。
気付けば周囲に喧騒が溢れる。
そういえばずっと受付のエリアだった。

「す、すみません」

慌ててその場から離れた。
あ……報告忘れてた。なんて思っていると、どうやら彼女もギルドに用事があったらしい。
素材を買い取ってもらっている。待ってるしかないかな……折角会えた上に助けてもらったんだ。一言もなくただお別れするだけなのは薄情だし、少し寂しい。

「ドラグニルさんのお知り合いなんですか?」

僕がドラグニルさんを見てぼーっと待ち合い場所で座っていると、声をかけてきたのはギルドの職員らしき獣人の女性だった。
ミーナのように耳と尻尾だけというわけではなく、獣人としての血が濃いのか、顔や手足にも獣の特徴が表れている。
胸にギルドの所属だということを示すバッジをつけていた。

「一方的に知ってるだけですね。でもなんというか……」

素材の買い取りは時間が掛かりそうだ。
もう少し待つしかないか……
しかし、それを違う意味で受け取ったらしい彼女は「確かに見た目は怖いですけど、すごい人なんですよ」と、フォローを入れてくる。

「コールドクエストの達成実績もありますし、C級昇格までの最短記録はいまだに破られていません」

「……確かS級に最も近いA級冒険者なんでしたっけ」

お、と受付嬢の人が反応を示した。
銀翼の皆からも聞かせてもらったから知っている。ドラグニルさんの本も読み込んだし。
知的で優しくて、戦う姿は力強い、誰であろうと配慮を忘れない人格者……まるで主人公みたいな。
いや、実際物語の主人公になってるんだからその通りなのだろう。
目の前の彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「よかったら気にかけてあげてください。本当に優しい方なので……私もこのギルドに配属になったばかりで心細かった頃に何度か――」

「リーシャさん、仕事中ですよー」

「あ、はいっ、すいません、失礼しますね」

仕事仲間だろうか。
同じく職員らしき人物に注意されて、慌てて仕事へと戻っていった。
ドラグニルさんのことは詳しく知ってるわけじゃないけど、彼女のことをそう思ってくれている人がいることが何だか嬉しい。

(あ、お礼しないと……)

すると声をかける間もなく、用事を終わらせたらしい彼女はそそくさと建物から出て行こうとしていた。
一瞬だけ視線が交わるけど、すぐに逸らされる。
辛うじて見えた背中を急いで追いかけた。

「ま、待ってください!」

僕はギルドを出て周囲を見渡すけど、目立つ容姿なのに彼女の姿は見たらなかった。
もしかしたらと人気のない路地の方へと向かうと、彼女の姿が遠くにあった。

「ドラグニルさん!」

怯えて身を竦ませたように見えた。
白いラインの入った黒髪を揺らし彼女が振り向くと、気まずそうに目を反らす。
彼女の傍へ向かうと、僕は深く頭を下げた。

「あの、さっきはありがとうございます。助かりました」

「れ、礼には及ばないよ。当然のことをしただけだよ」

僕の言葉は当たり前のことだと受け流された。
だけど目を合わせようとはしてくれず、時折こちらに視線を向けて来るけど、僕との視線が交わった瞬間にすぐに逸らされる。
髪の毛を指先が落ち着きなく弄っていた。
ドギマギしているのは、いきなりのことだったからかもしれない。
彼女のことは僕が一方的に知っているだけで、向こうからしたら初対面だし。

「えっと、はじめまして……貴女は、銀翼のリズ・ドラグニルさんですよね?」

刹那、彼女は瞳を揺らした。

「っ! も、もしかして――」

「あ、いきなりごめんなさい。僕はトーワっていいます」

憧れの主人公と話せていることに緊張するあまり食い気味に名乗ってしまった。
ちょっと反省……
突然名前を確認されても完全に怪しい奴だろう。
僕は慌てて誤解のないように言葉を選んだ。

「実は銀翼の方々と交流させてもらってまして」

「? 皆のことを知っているのかい?」

「はい」

しかし、気の利いた言葉は全く出てこない。
たぶん考えが回らないほど、僕は緊張しているんだろう。
あの”龍王”さんだもんね。本で読んでからずっと憧れてきた物語の主人公が目の前にいるんだ。
そのことに気持ちが高揚していると気付くのに時間はかからなかった。

「さっきも言ったが礼には及ばない。皆と交流があるならこれからも仲良くしてくれると嬉しい」

いきなりこんなことを言っても大人な対応をしてくれた。
温厚で優しい印象を受ける。
本で見た主人公としての彼女は、何かと豪快で迫力のある戦闘をしていたけど、こうしてみると綺麗なだけで普通の女の子なのだと思えた。
性格も多少の脚色がされてたりしたのかな?

「でも凄かったですね。僕なんて全然反応できてなかったのに……あの時止めてもらわなかったらどうなってたか、ギルドの人も感謝してましたよ」

「……そうだね。君に怪我がなくて本当によかった」

彼女の表情は優れない。
人を助けたのに、あんなことを言われたら傷付くのは当然だろう。

「ドラグニルさんのことを気にかけてくれる人もいましたし」

口を出た言葉は自分で思ったものよりも大きかった。
確かリーシャさんと言ったか。彼女の言葉からも分かる。
きっとこの人は本当に優しい人なんだろう。
でも、その結果があれだなんて、あんまりじゃないか。
傷付いてるのに平気そうな顔をして耐える彼女を少しでも元気づけたかった。

「じ、実は僕、リズさん……いや、ドラグニルさんのファンで……本も読ませていただきました……」

ちょっとだけどもってしまった。
うあ……恥ずかしい。
本の中で彼女はファーストネームで呼ばれていたから、そこにも引っ張られてしまう。慌てて言い直した。
彼女の見た目があり得ない程の美少女だからかそこも意識してしまう。
絶世とすら形容できる彼女の容姿は、僕には刺激が強すぎたけど、相手がいる女性をそんな目で見るのは失礼だ。
咳払いで気を取り直した。

「ファン……? 誰の?」

キョトンとした顔で聞き返された。
あれ? 雑踏で聞こえなかったのかな。

「え? ドラグニルさんの……」

「誰が……?」

「? 僕がですけど」

彼女はしばらく理解出来ていないようだった。
言葉の意味を考えて繰り返す様に「ファン……ファン……?」と口にしている。
壊れたようにぶつぶつと言っている彼女は少し怖かった。
ドラグニルさんがやがて恐る恐る、まるでガラス細工に触れるように慎重に確認してきた。

「君……えっと、トーワ君が、ボクのファンということかな?」

「ファンというか……」

「あ、ああ、済まない……そうだよね。さすがにね……」

徐々に言葉尻を弱めて、僕の言葉に心の底から気を落としていたようだった。
目尻には涙が溜まっている。先程とは打って変わって、親に叱られた子供のような姿に僕は激しく動揺した。

「いやっ、違うんですよ! ファンというか……」

今のは僕の言い方が悪かったと、慌てて訂正する。
周囲を見ても人はいないから迷惑にはならないだろう。
受け入れてくれるだろうかと、緊張しながら伝えた。

「だ、大ファンです。後でサインください!」

しばらく時が止まったようだった。
ドラグニルさんはピクリとも動かずジッと僕の顔を凝視している。
十数秒、たっぷり固まり、間を空けてからやがて彼女は動き出し口を開いた。

「………………………………ぇ?」

「だ、駄目ですかね……? 落ち着いた時にでもお願いしたいんですけど」

「……い、いやいや! 構わないよ! なんだったら今でもいいし!」

「いいんですか?」

ドラグニルさんも拠点に戻るなら落ち着いてからがいいかなって思ったんだけど。
とはいえ周囲に人もいないし、本人がいいというなら嬉しい申し出だった。

「ご迷惑じゃないなら、ぜひ」

えっと、どこにやったかな。
鞄の中から『龍王』と書かれた本を手に取った。
それとペンも一緒に差し出し、彼女に向けて頭を下げる。

「よかったらなんですけど『トーワ君へ』とか書いてもらえませんか?」

「わ……分かった」

ドラグニルさんが目を瞬かせると、勢いよくペン先を走らせた。
手先の動きは慣れてる感じがして格好良かったけど、そういえば練習してたんだっけ。
なんか可愛いな。

「ぅ……」

「?」

彼女の手が止まる。
やがておずおずと申し訳なさそうな上目遣いで本をこちらへと差し出した。

「す、すまない。あまり見栄えはよくないけど」

サインは何があったのか、っていうくらいブレていた。

「いえいえ、凄く嬉しいです。ありがとうございます」

本の主人公にサインをもらえることがこんなにも幸せだとは思いもしなかった。
前の世界でアイドルのグッズを買う人の気持ちとかはよく分からなかったけど、今になって共感できる気がしていた。
彼女のグッズとか出たら絶対に買うと思う。

「長々とすみません。大切にしますね」

僕がそう言うと、ドラグニルさんは僕と本の間で視線を彷徨わせてから、一瞬で顔を真っ赤に染めた。
手で口元を隠しているけど、その隙間からは緩みきった表情が見えている。
どうしよう。美人のそんな顔を見てるとこっちまで照れてしまう。
いやいや、待て待て。僕には大切な彼女たちがいるんだ。
この気持ちは不純なものだろう。
理性を総動員して邪な感情を振り払った。

「えっと、それでリズ……ドラグニルさん」

「ふふっ……呼び辛いならリズの方で構わないよ。ドラグニルだと長いだろう?」

「いいんですか?」

「ああ」

そういうことなら遠慮なく呼ばせてもらおう。
照れ臭さはあったけど、実は自分でも言いにくいなって思ってたんだよね。

「ところで……ボクのことはこの本で知ってくれたのかい?」

「はい」

「そ、そっか」

そこで会話が途切れた。そこで思い出す。
この後、皆の家にお呼ばれしてるんだった。

「実はシルヴィさん達から食事に誘われてまして、よかったら帰り道とか御一緒させてもらってもいいですかね?」

「食事……? 皆が?」

すると先ほどまでの照れ顔から一転して、整った眉がしかめられる。
しまった。警戒させちゃっただろうか。

「えーと、実は皆さんとはお付き合いをさせてもらってるんです」

その時、彼女の表情が……なんだろう。上手く言えないんだけど、感情が抜け落ちたみたいな。
だけど一瞬のことだった。気のせいだろうかと思っていると彼女が聞き返してくる。

「お付き……合い……? というと?」

「交際させていただいてます」

真っ直ぐに彼女の目を見ながら、もう一度言い直した。
さすがに驚かせてしまったようだった。リズさんは友達と僕の交際を快く思ってくれるだろうか。

「いや……ん? え? こ、交際……?」

「?」

しかし、そこまでだった。
口を噤んだリズさんに首を傾げるけど、彼女はその先の言葉を飲み込んだ。

「……いや、す、すまない。急だったから少し驚いたんだ。ちなみに、皆さんというのは? まさか三人と?」

「そうですね。シルヴィさんと、アイリさんと、ミーナの三人です」

「…………」

しばらく黙ってから「そうか……」と小さく頷く。
様子のおかしいリズさんだったけど、程なくして僕に意識を向けてきた。

「トーワ君、だったね」

「え? はい」

「先に、行っててもらえないかな。皆が帰って来てるならいくつか生活用品を買い込んでおきたいんだ」

あ、そうか。入れ違いになったリズさんは皆がこの街に戻ったことを知らなかったんだ。
折角だし荷物持ちでも、なんて思ったけど、女性だし男の僕がいないほうが気は遣わなくていいだろう。
話せる機会が訪れなくて残念だったけど、銀翼の皆の拠点で色々聞かせてもらえたら嬉しいかな。

「そこで……改めて話したいな」

「分かりました。また」

「場所は分かるかな?」

「はい、お邪魔させてもらったことがあるので」

背を向ける。
結局ギルドへの報告ができなかったけど……まあ明日でいいか。これ以上皆を待たせるわけにもいかないしね。
待っていてくれるであろう彼女たちの拠点へと歩みを進める。
リズさんと別れた、その時だった――
後ろから何かが鈍く軋んだ音が聞こえた気がした。

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