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第37話 工房にて

この日、僕はシルヴィさんとミーナの二人に付き添う形で街中をぶらぶらと歩いていた。
デートみたいなものだ。とはいえ目的はちゃんとあって彼女たちの武器の調整が終わる頃なので取りに行くとか。
ここにはいないアイリさんの武器は大剣なのでもう少し手間と時間が掛かるのだそうだ。大きいと研ぐのも一苦労だろうしね。
人気のない方へと進んでいくと『装備工房』とだけ書かれたシンプル過ぎるくらいシンプルな木の板がかけられた建物があった。
趣があるというかなんというか、ちょっと寂れた感じが良い味を出しているお店だ。
工房の中は入り口付近に武器や防具が並んでいて、その少し奥には見る機会の少ない変わったものが置いてある。

「これ、クナイですかね?」

形はちょっと違うかもしれないけど、バターナイフくらいのサイズの刃物がある。
他にも寸鉄や、円盤のような形をした用途のよく分からない武器も色々と取り扱われていた。
忍者が頭に浮かぶ。

「暗器ですね。ミーナさんもメインの短剣とは別に似たようなものを持っていたはずですよ」

後ろから顔を出したシルヴィさんの言葉にミーナが長袖の裏側を見せてくれた。
沢山の小さなナイフが収まった鞘が袖の内側を一周するように縫い付けられていた。

「隠し武器、殺傷能力は低いけど、いざという時に怯ませるくらいならこれで十分」

ミーナの普段着は長袖だ。
以前教えてくれた時に、メイン武器が短剣だと袖が長いから使いづらいんでは? と思ってたんだけど、そういう意図があったらしい。
袖の裏側に隠し持ってるってわけか。隠してるなら相手の油断も誘える。

「でもこれ対人用だよね。魔物相手には使えないんじゃ?」

「そうでもない。このサイズの武器でも急所、例えば目を傷つけられれば大抵の魔物は驚く」

使い方次第ってことか。迷宮に行く予定はないけど勉強になる。
ちなみに他にも隠してるらしい。
その上、予備の短剣も持っているとか。

「いつ想定外のことが起きるか分からないなら、準備はいくらしても無駄にはならない」

杞憂なら考え過ぎで済ませられるからね。

「シルヴィさんはこういうの隠してたりするんですか?」

「ダガーくらいなら持ってますよ。あとこの胸当ても横の所に針入れてたり」

思っていた以上にシビアな世界だった。皆苦労してきたんだな……
だけど普段聞くことのない皆の顔の側面を知れて嬉しい。
僕も皆の戦ってるところとか見てみたい気もするけど……危ないかな?

「トーワが見たいなら、頑張る」

「本当? 嬉しいな」

「でも気を付けて、世の中には色んな魔物がいる。もしかしたら私が対処できない相手も出てくるかもしれない」

言葉にはしないけど、ミーナがそんなに強いのかという疑問があった。
冒険者の彼女に失礼だけど、ミーナは小柄だ。そんなに強くは見えない。
「無茶はしないでね?」と注意しておく。僕に治せる怪我ならまだいいんだけど、危ない目にはあってほしくない。
傍で頷くミーナが「トーワも」と続けた。

「特に淫魔には気を付けて、人の精を吸う危ない存在。トーワの黒髪は目立つから目をつけられたら……ちょっと危ない」

「淫魔か……どういう種族なの?」

男としてそういうことに対する興味もあったけど、この世界での淫魔の扱いに好奇心が湧いてくる。

「見た目は良くない個体が多い。だけど人を惑わす能力に特化している」

何となく察しがついた。
確かにそっち方面に進化してるなら僕にとっては危ないかもしれない。
淫魔にとっては良い餌にしかならないだろう。

「いや、トーワ。それだけではまだ認識が甘い」

「そうなの?」

「夢の中に出てきたり、幻影を見せられたりといった手も使ってくると聞いたことがある」

「なるほど……」

さすがファンタジーはなんでもありだな。
そこまでされるとこちらも手が出しづらいってことか。

「他にもさりげなく身体を触ってきて浅ましい欲望を満たそうとしてくる」

「ちょっと可愛いね」

「可愛くはない。おそらく頭の中は性欲で濁っているはず。スキンシップなんて聞こえの良い言葉で周りを誤魔化した気になっている。とても危険」

ミーナの言葉にシルヴィさんが「淫魔の話ですよね……?」なんて言ってるのが聞こえてきた。

「そう、淫魔の話。まさかとは思うけど何か心当たりが?」

「……ないですけど」

シルヴィさんは口をもごもごとさせている。

「真面目に覗きも検討しているはず。それらしいことも一度だけ口にしていた」

シルヴィさんの方から「ちょぉっ!?」と聞こえてきた。
何か慌てているようだ。並んでいた商品を見るのもそこそこにミーナの肩に手を乗せて無理やり自分の方を向けさせる。

「そ……その淫魔さんにも理由があると思いますよ? ほら、えーと、盗人が現れたら危ない、とか……?」

「それは一理ある。防犯対策は必要。しかし、だからと言って水浴びを盗み見する行為に正当性はない」

「ちっ、違うんですよ。あれは偶然見えただけなんです。見たんじゃなくて見えたんです。そこに他意はありませんでした。信じてください!」

「だから危険。それ以来歯止めが利かなくなっているように思う」

「……何か理由があるはずです。その淫魔さんにしか分からない崇高な理由が」

「どんな理由であれトーワに害があるなら許さない。シルヴィ、次はない」

「ご、誤解ですよ! 話せば分かり合えるはずです!」

……淫魔の話だよね? シルヴィさんの話になってない?
というか最後名前言っちゃってるし、シルヴィさんもそこ否定しないと駄目ですよ。

「そういえばリズさんの武器って何なんですか?」

聞いた話によれば、シルヴィさんが弓、アイリさんが大剣、ミーナが短剣らしい。
本にも色々と出てきたけど、リズさんは万能で何でもできるイメージがあるんだよね。その場で拾った石を投擲して相手を気絶させる場面もあったな。
だからよく分かっていない。メイン武器となると何を使うんだろう?

「リズさんは基本的に手甲ですね」

「手甲?」

「力が強いので龍族のリズさんと相性がいいらしいんですよ」

「相手がリーチのある武器とかだと危ないんでは?」

「いやぁ……私たちと会う前から徒手空拳でしたし、手甲をつけだしたのもダンジョンだと毒や酸の塊のようなモンスターもいるからで、素手で触れると危険な相手用にもなりますし」

へー、凄い。そういえば大きい怪我をしてる描写はほとんどなかったな。
そういう理由があったのか。

「準備できたわよー。どう?」

工房の奥から出てきたのは背の低いドワーフの……女性? だった。
アランさんよりもいくらか小柄だ。直前まで鍛冶でもしていたのか、頬や手が煤けている。

「短剣は研ぎ終わってるわ。弓の方も弦を張り直しといたから確認してちょうだい」

ミーナとシルヴィさんがそれぞれ武器を受け取る。
ミーナは試しにと軽く短剣を握って感覚を確かめていた。シルヴィさんも自分の命を預ける武器だから怖いくらい真剣だ。
僕が口を出せることでもないのでその様子を見ていると不意にドワーフの彼女から背中を叩かれた。

「で? どっちが本妻なの?」

ぴくりとミーナが耳を揺らした。シルヴィさんもチラチラとこっちを見てきてるけど、そっちに集中してほしい。

「どっちもですよ」

「ん? そうなの? あんた優男の癖に意外とやるんだね……見た目はあれかもしれないけど、いい子たちだってのは分かるよ。逃がさないようにね」

それは褒めてるのだろうか……だけど後半部分は同意だ。
みんな本当にいい子たちだからね。

「僕には勿体ないくらいですよ」

「はははっ、なるほどね!」

ぱんぱんと背中を叩かれる。力が強くて咽せてしまう。

「魔道具も取り扱ってるんだけどどう? といっても私が作ったのは周りの装飾くらいだけど……あっちの道具もあるわよ?」

「……遠慮しときます」

あっちの道具ってそういうことだよね。
初めては道具無しがいいかなぁ、とはいえちょっとだけ想像してしまったのは男の性なんだろう。
その後、ドワーフの店主の話題を躱すのに苦労した。下の方に話題を持っていこうとする性格はさておき、悪い人ではなさそうだった。
それからは別のお店でシルヴィさんの胸当ても調整をすることになった。
こことは違う場所で、女性の店員さんにお願いすることに。
さすがに胸当ては僕がいたら駄目な気がするので一時的に別行動をした。

「出立は明日?」

外でシルヴィさんを待っている間ミーナと話す。

「うん、トーワは準備できてる?」

「できてるよ。リズさんの実家楽しみだね」

龍族の里……どんなところなんだろう。

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