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第41話 醜い龍の追憶2

里帰りを終えてグリルの街に徒歩で向かっているボクは、陰鬱をした溜息を吐いた。
あと二、三日もすれば到着するだろう。
またあの大勢からの嫌悪を向けられるのかと思うと憂鬱だった。
龍族の里の人気のなさが少しだけ恋しくなる。
ローブは用意しているけど、何の拍子に顔を見られるか分からない。
神経を削りながら街中を歩くことを考えただけで気が重くなった。

「黒髪の男性と将来を共に、か……」

母の言葉だ。勿論信じたい気持ちはある。
だけどそんな都合のいいことがあり得るだろうか。
ボクの相手が現れるというなら、それよりも弱ったボクを見て母が気を遣って嘘をついたと言われた方が何倍も現実味があった。
母さんの力は凄いと思うけど、正直これに関しては半信半疑かもしれない。
いや、正直に言おう。信じることができない。
この予見だけは母の優しい嘘だと断言できる。
遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。ここら辺を根城にしている魔狼の逃走のための声だろう。
龍族は龍の血を引く一族として畏怖される対象だった。
弱い生き物たちは本能的にボクの強さを察する。
結局、ボクの居場所はないということだろう。

「……皆は元気かな」

シルヴィも、アイリも、ミーナも、今頃何をしているだろうか。
銀翼というパーティー名はボクに肖ったものだった。
リーダーは発案者のシルヴィだけど、あの時は嬉しかったな……
早く帰りたい。皆に会いたい。この苦しみを仲間達と分かち合いたかった。

「……っ、また……!」

いつもより広範囲に鱗が生えてきていた。
龍化と呼ばれる力だ。使える人間は龍族の中でも多くない。
その力は一部にだけ龍を宿すことも、自分自身が龍になることもできた。
使用中の体力の消耗は激しく、酷く燃費の悪い力だけど、制御できるならこれほど頼りになる力もなかった。制御できるなら……
今では自分の力がボク自身へと牙を向けている。
自分の体を見下ろす。最近は頻度が増えてきていた。
眠れていないからなのか、精神状態が安定していないせいでコントロールが効かなくなっているのか。
いずれにしても良くない状態だ。
これに関しては、母に相談するべきだったかもしれない。
集中して鱗の出た腕へと力を入れて――……あれ?

「戻ら、ない……?」

確かに最近は制御できていなかった。
それでも少しくらい遅らせたりと多少は自分の意志でどうにかできたのに。
今回はそれさえも無理だった。

「な、なんで?」

街は近い。
人に見つかったら……いや、飛んでいけば拠点まで行ける?
駄目だ。街の上空を飛行する行為は緊急時や許可なしでは禁止されている。
そんなことをしたら大パニックだろう。罰金や禁固刑ならまだいい。
テロ行為として処断されるかもしれない。
ボクは荷物を投げ出し慌てて脇道に逸れて森の奥に入っていった。
ボクの龍化した姿は魔物として見られる程に威圧的で、過去には魔物と見間違えた人がギルドに討伐依頼を出したこともある。
龍族にとって龍は神聖な存在だけど、他の種族から見たら命を脅かす存在でしかない。
嫌悪ではないけど、そのベクトルは恐怖へと変わる。
隠れるために、急ぎ人のいない方へと進んだ。

「ど、どうして……なんでっ」

心当たりはあった。
その兆候もあったんだ。
龍化をすると感情が昂る。
その逆、感情の昂りで龍になってしまうこともあった。
パニックに陥った頭でとにかく奥を目指す。
走りながら身体のあちこちから鱗が出て来るのを見ているしかなかった。
木々にぶつかりそうになりながら走った。泣きたくなる。
露出した龍鱗と枝が引っ掛かって服が裂けた。
中途半端に伸びた龍の角。腕が段々と盛り上がってくる。
翼や尾といった戦闘時の緊急事態でもなければ出さないような特徴も現れ始めた。

「はっ、はっ、はっ」

マズい。このままだと本当に……
森の深奥。そこには沼地になっていた。
植物の蔦がだらりと垂れ下がった陽の差さない奥地。
さすがにここまでは人も来ないだろう。
ここで落ち着けよう。しばらくすれば龍化も戻るだろう。
服は……荷物ごと置いてきたからどうしよう。
野盗の類に盗まれてないといいけど。

「……?」

風は止まっていた。
草木は時が止まったように黙りこくり、耳が痛いほどの静寂になっている。
ふと、足元に水溜りに映る姿に気づきゾッとして、拳を叩きつけた。轟音が辺りに響く。

「……ハハッ」

これがボクか……
恐ろしい。それ以外の感想が出てこないくらい酷い姿だった。
全身を鱗に覆われて人なのか龍なのかも曖昧な混じり合った姿。
不格好な鱗が覆っていた。
喉も鱗に覆われているせいでガラガラとしてしゃがれ声だ。
龍化が収まる様子はない。
自分の姿を見てしまったせいか、気持ちの騒めきが収まらない、鳥肌が立つように鱗が身体のいたるところに出てきているのを感じる。
周囲には生き物の気配もなかった。
気持ちが、精神が、ぐずぐずになって落ちていくことに反比例するように自分の内包する力が大きくなっていく。
でも、どうでもよかった。
そのまま破裂でもしてほしい。
悲しいことばかり思い出す。
銀翼の皆の姿が思い出せない。
きっとこの先は長く、そして、もっと苦しい。
ああ、そうだ……そうだよ。ここがいいじゃないか。

「死のうかな」

身体は次第に人の形を失っていく。
崩壊と再生を繰り返している様だ。
痛い。
骨が鳴る。恐ろしいまでに歪な肉体の変質。
人としてのボクが消えていく。
ゆっくりと肉体が龍へと変化していくのをボクは何の感慨もなく感じていた。
ボクはこの日、化け物になった。
自力で元に戻ることはなく……もしかしたらこのまま死ねるのかもしれない。
なんとなくそんな気がした。

日も暮れた。
すでに光はない。
龍化して巨大化したボクの身体は既に人だった頃の面影はない。
身動ぎをするだけで木の葉が擦れて騒めくように動いた。
誰かに見つかったら、魔物として討伐されるんだろうか。
痛いのかな、苦しいのかな。
だけど、どこかボクは安心感を覚えていた。
重く苦しい何かから解放される感覚。
死に対して幸せを見出すなんて、本当にボクは親不孝者だな……
龍化による体力の消耗は激しい。
体への負担が大きいんだ。
燃費が悪いこのままの姿でいたら……いつかは体力も尽きるだろう。
ああ、寒くなってきた。
気づけば手足の感覚がいつもより鈍い。
それでもまだ時間はかかりそうだ。

「…………」

鈍い輝きの翼が目に入る。
パーティー名の理由になった銀色の翼。
キラキラと光沢を放つ硬質な鱗を見て、銀翼の皆を思い出す。
悪いことをしてしまった。
皆は優しいから、きっと悲しませてしまうんだろうな。
それだけが心残りだ。
ボクの翼の色をと、つけてくれたパーティーの名前も縁起が悪くなってしまう。
せめて皆には伝えたかった。
ボクが皆にどれだけ感謝しているのか。どれだけ皆のことを大切に思っているのか。
あの時パーティーに誘ってくれたことが本当に嬉しかった。
ごめんね、皆。
何度か試したけど元に戻る様子はなかった。
このまま人には戻れないんだろう……どうでもいいか。
ジッとしているだけでいい。そのうち朽ちるだろう。

「わっ、え、もう到着? なんかあっさりだけど……ここが異世界?」

突然聞こえた人の声。
ボクは重くなった瞼をゆっくりと開けた――

「というか人のいる場所の近くってお願いしたのに、なんでこんな森の中で……女神様、間違えたのかな」

男の人だ。
彼は暗闇でボクを認識できていないようだった。
たぶん体格の違いもあるんだろう。
彼から見たらボクなんてただの巨大な壁みたいに映っているのかもしれない。

「暗いし……先が全然見えないんだけど」

夜目は多少利くけど今夜は月明かりが全くないから、さすがにボクの方も見辛い。
人影があるのは何となく分かったけど……
龍化する前のボクより少し高いくらいの背丈だろうか。声の感じからたぶん年は近いと思う。
すると彼は何かに気付いたように声を発した。

「あ、そうだ。これで……」

小さいけど幻想的な明かりだった。
眩しくなったことで周囲が照らされるけど、一瞬のことだったので咄嗟に目を閉じてしまい、彼の顔はよく見えなかった。

「…………ん?」

しかし、彼は何かに気付いたようだ。
もう一度小声で何かを唱えて、その場に尻もちをついた。
ああ、ボクの姿を認識できたんだろう。この場合してしまったという方が正しいのかもしれないけど。
見るからに呼吸が荒い。命の危機なのかと誤解をしているんだろう。

「……別に何もしないよ」

声を発するだけで、声帯が大音量を響かせる。
吐息で風が発生して、周りをビリビリと揺らしていた。

「もう死ぬところなんだ。邪魔しないでほしいな」

どうでもよかった。
今更怯えられたって……っていうのは今でもやっぱり嫌だけど、死ぬ前なんだ。
少し静かにしてほしかった。

「…………」

「街はあっちだよ」

「…………」

だけど、彼は何の反応も示さない。
その場に座ったままで動かない彼を見てボクは違和感を感じた。

「……こ、腰が……抜け、ました」

えぇ……
ボクは呆れて何も言えなかった。
最近の成人した男の人は龍に怯えて動けなくなるほど軟弱なのだろうか。
普段目にする機会がないというのは分かるけど……いや、やっぱりボクの姿は化け物なんだろう。

「君さ、そんなんじゃ生きていけないよ?」

答えは返ってこない。
今更になって男の人と話せている自分に違和感を感じた。
会話といっていいかは微妙だけど、以前のボクなら顔色を窺って碌に喋れなかっただろうし。

「喋ってる……」

「喋っちゃ悪いの?」

何なんだこいつは。
苛立ちが感情を昂らせる。

「あ、いえ……あれ、意外といいドラゴンさんなんですか?」

「……いいドラゴン?」

「食べないんですか?」

……なにそれ。
どこか間の抜けたようなやり取りにボクは思わず「は?」なんて言ってしまった。
彼の声は暖かくて、不思議といつまでも聞いていたくなるような優しいものだった。
人としての姿よりもこっちのほうがまだ見られるんだろう。
人の姿は醜くて、龍になったら怖がられる。ボクにどうしろというのだ。

「ボク、悪いドラゴンじゃないよ」

人を食べる龍は討伐される対象になる。
知能の高い龍はそれを理解しているから刃を向けられない限りは滅多に人を襲うことはない。
分かってて襲うような例外は邪龍くらいだろうか。
すると突然、彼は吹き出した。
くくくっ、と笑いだした相手にボクは訝しい視線を向ける。

「い、いや、すみません。ふふっ、そのネタ知ってるんですか?」

「?」

「ああ、偶然ですか……いきなりすいません。失礼でしたね」

何のことか分からなかったけど、嫌な笑い方じゃなかった。
馬鹿にするようなものでもない、見下すようなものでもない。
ただ優しいだけの……

「いや、いいけど……それで? 起き上がれそう?」

「何か足腰ぷるぷるしてます」

「……危ないから、もう少しここに居なよ」

この周囲には魔物も出る。
ボクのせいでたぶんほとんどが逃げ出しているかもしれないけど、それも絶対ではない。

「すいません……」

さっきは男の人と平気で話せている自分に驚いたけど、何となく分かった。
死ぬ前だからなのだろう。
どこか他人事だ。現状を俯瞰で見ている気がする。
もうどうでもいいと思っているのかもしれない。
一種の自暴自棄のようなものだと考えると、こうして最期に誰かと話すのも悪くないのかもしれないと思えた。

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