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第42話 醜い龍の追憶3

他愛ないことを話した。
というより向こうが勝手に喋り出すのをボクが適当な相槌で返しただけだけど。
向こうも慣れてきたのだろう。ボクが攻撃的なことをしないと分かると、彼から最初の警戒心は早くもなくなっていた。

「事実は小説よりも奇なりってよく言いますよね」

「なにそれ」

「あ、こっちにはない言葉なんですかね?」

いい加減どこかへ行ってくれないかな、なんて思ってた時もあった。
だけど不思議と今の時間が長く続けばいいなと感じる瞬間があるのも事実だった気がする。
その割合が段々と増えていくのを感じた。

「ドラゴンって格好いいですよね」

「格好いい……かな? 普通に怪物だと思うけど」

「確かに大きいと怖いですけど……というか輪郭しか見えないんですけど、ドラゴンさんはどんな色なんですか?」

「白と黒かな。不吉な色だよ」

「へー、パンダみたいな?」

「ぱんだ?」

「白黒の珍獣ですかね。この辺りにはいないんですか?」

もっとこの暖かい人と話したいと思ってしまう。
でも駄目なんだ。ボクの素顔を見せたら……醜いあの顔は見せられない。
この人も怖がらせてしまうんだろうな。
最初はボクに怯えてたけど、自分の醜い顔を見せたらきっと顔をしかめるんだろう。
見下されるのか、馬鹿にされるのか。
それとも他の人程は顔に出さないでいてくれるのか。

「白黒って……変な生き物だね」

ボクもだけどさ。

「でも可愛いんですよね」

「……君、趣味悪いって言われない?」

「初めて言われましたね……白黒って格好良くないですか? シマウマみたいなのとか」

また新しい名前が出てきた。
聞いたことがないな。馬の一種?

「ドラゴンさんって変わった感性してますね」

「君ほどじゃないと思うけど」

軽口を叩き合った。なんだか心地良くてクスクスと笑ってしまった。
……情が移る前に別れるべきだろうか。

「……あの、悩みがあるなら聞きますよ?」

「?」

「いや、なんというか……最初に死ぬとかどうとか」

「ああ」

そういえばそんなことを言ってたな。
こんな化け物にも気を遣ってくれるなんてね。優しい……を通り越して平和ボケしているように思う。

「君が気にすることじゃないよ」

「……そうですけど」

気落ちした彼の姿に、ボクはどうしたらいいのか分からなくなった。
なんでそんな声出すのさ……君は無関係じゃないか。
人との交流を碌にしたことがなかったから、何を言えばいいのかもわからない。
話を逸らそうと考えを巡らせる。

「……辛いんだ。痛くて痛くて堪らない」

だけど、気付いた時には口を滑らせていた。
思わず零れた言葉だったが、訂正する気は起きなかった。
もしかしたら、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

「怪我ってことですか? 病気とか?」

「……そうかもしれないね」

多くを語る気にはならなかったけど、言い得て妙な気がした。
こんなに痛い思いをするくらいなら、そう思ってしまったんだ。
皆が僕を見て嫌悪する。蔑んできて、どれだけ頑張っても容姿だけで下に見られる。
勿論全員ではないけど、取り繕ってくれた人でさえ腫物に触るみたいに接してきた。
頑張れば頑張るほど辛くなる。
耐えられない。きっとボクは人よりも弱いんだろう。

「…………」

彼は黙ってしまった。
それもそうだろう、いきなりこんなことを言われても困るに決まってる。
……死ぬ前に優しくされることでも期待してたのかな。

「ごめんごめん、つまらない話だったね。それよりそろそろ起き上がれるんじゃない? あっちにグリルっていう人の住む街がある。そっちにいけば」

「治します!」

すると彼は急に声を張り上げた。

「怪我はどこですか? どこが痛いんですか?」

「え、いや、別に怪我とかは」

「痛いときは痛いって言ってください! 強がらなくてもいいんです!」

これは勘違いさせてしまったのかもしれない。
確かにボクの言い方がややこしかった。
この体に外傷はない。

「……いや、ごめん、こっちの言い方が悪かったみたいだね。今のは比喩表現で」

「あ、ここですか? ちょっとだけ血が出てる気がするんですけど」

彼はボクの言葉を聞かずに触診を始めた。
今は……爪先に触れているんだろうか。
彼の身の丈ほどもある爪を彼は怖がることなく触れていて、それはどこか新鮮な光景に思えた。

「そ、そこは爪だから血は出ないね」

気恥ずかしかった。
爪先とはいえ男性と触れ合うなんていつぶりだろう。

「ですよね。あ、こっちはどうですか? なんか出血してません?」

「適当に言ってない? ちょ、いいから、け、怪我なんてしてないから」

しつこかった。そして、頑なだ。
彼はボクの言葉が聞こえていないかのように怪我を探す。

「いや、結構凄い力持ってるんで治せますよ? 騙されたと思って任せてもらえませんか?」

「だ、大体っ、そんな風に女の子にべたべた触るのはどうかと思うよ?」

「…………」

彼が黙った。ボクは何となくこの先が分かった。「なに?」と不機嫌さが滲んだ声で問いかける。

「女性……だったんですか?」

「…………」

「あああ、いやいや、ごめんなさい。ほら、種族? みたいなのが違うとちょっと分かりづらいっていうか」

気持ちは分かるけど、そんなことを言われて内心穏やかじゃなかった。
女の人の性別を間違えるのは失礼この上ない。
女性として碌な扱いをされたことのないボクだって、一応は女なんだから。

「ハァ、分かった。ならかけてよ。回復魔法が使えるんだよね?」

「いいんですか?」

「気が変わらないうちにね」

「分かりました。凄いの使いますね」

「はいはい……ああ、でも一つだけ約束してほしい」

下の方から「ん?」と彼が意識を向けたのを感じた。

「何やってもいいけどさ、飽きたらボクの存在は誰にも話さずに秘密にして、どこかに行ってくれないか」

せめて死んだ後くらいは落ち着きたい。
死後の姿なんて見られたくない。龍化が制御できなかったなんて里でもいい笑われ者になる。母にも迷惑はかけたくなかった。
そういえば皆に関してはどうしよう。この無遠慮に触ってくる彼の気が済んだら伝言でも頼むべきかもしれない。
ボクが居なくなったらきっと皆は心配してくれるだろうから。

「……そうですね。やっぱり人に見つかると色々面倒なんですか?」

「いや……ああ、うん。そんなところ」

違う方向に勘違いしてたけど、わざわざ訂正するのも面倒だった。

「じゃあ僕からも一ついいですかね。治ったらでいいんですけどもうちょっとお喋りしませんか?」

「分かった分かった」

「約束ですよ?」

話半分で頷いた。残念ながらここで死ぬボクに、そんな機会はやってこない。
やるぞぉ、と彼は意気込み、人影が腕まくりをしているのが見えた。
瞬間、昼間かと見紛うほどの光が溢れる。

「ぇ…………?」

とんでもない魔力量。A級とも呼ばれるくらいだから、冒険者としての経歴の中で魔法に長けた人だって見たことある。
しかし、その中の誰と比べても全員が彼の足元にさえ及ばない程の力の奔流。
いや、勿論そこもある。だけど、ボクが何よりも驚いたのはそこじゃなかった。
彼の髪の色は黒だった。この闇夜に溶け込む様な純黒。

「ちょ……ま、待って! 君は……っ!」

だけど――彼はその場で意識を失った。
言葉をかける前に彼は倒れ込む。
慌てて駆け寄った瞬間、ボクは違和感に気付いた。
体の感覚が元の人の形態になっていて、視点が低い。
顔をぺたぺたと触った。
鱗の感覚はない。全部元通りになっていた。
慌てて彼の元へと向かった。

「……黒髪」

頬に触れる。身動ぎすらしないけど、脈も正常で息もある。
彼は生きていた。
はーっ、と自分の口から息が漏れた。
魔力の使いすぎだろうか。まるで初心者が加減を分からず魔力を使い果たすような気絶の仕方だ。
でも、だから分からない。あの自信はなんだったんだろうか。
彼をできるだけ優しく横たえると、僅かにボクが触れた肩が動いた。

「ッ!」

その場から逃げ出した。彼を中心に、気配を察知されにくくなる隠蔽の魔法をかけると、お礼も言わずに裸でみっともなく立ち去った。
彼は放っておいても大丈夫だろうか。ボクがいたから魔物は周囲にはいないだろうけど……
いや、そもそも黒髪? どこかの治療師? それともどこかやんごとない方の血筋だろうか。無礼な言葉遣いをしてしまったけど……違う、そうでもない。

『あなたは黒髪の男性と将来を共にします』

頭がうまく回らないけど、たった一つの事実だけをボクは考えていた。
嘘じゃなかった。本当だった。
母の視た未来は真実だったんだ。
龍化が収まったことも、結局死ぬことができなかったことも、今ばかりは気にならなかった。
地面に張った大木の根に躓き転んだ。
動悸が収まらない。
彼だ。彼だった。
あの人がボクの相手だったんだ。
さっきまでの温かい会話が一言一句違うことなく頭の中で繰り返される。
全身が沸騰して口の中がカラカラに乾いていく。
万感のような激情が頭の中を駆け巡った。
実在したんだ。ボクの相手はこの世にいた。
生まれて初めて呼吸ができたような感覚。
全身の細胞が歓喜に沸き立つ。
嬉しい、とてもじゃないけど、そんな言葉では言い表せなかった。

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