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第59話 一番

ちょっとした悩み事を考えている昼時のこと。
リリーラさんに関してだ。
やっぱり早いうちに挨拶に伺った方がいいよね。
適当に散歩がてらその辺りを散策しているとシルヴィさんがいた。
丁度いい。相談してみようかな。リリーラさんの事だけじゃなく皆にも親しい人がいるなら報告くらいはした方がいいだろうし。

「シルヴィさん、ちょっと相談が――」「トーワさん!!」

僕の言葉を遮るように大声で叫んできた。
ここまで勢いよく声をかけられるのも珍しい。
ギクシャクと手と足を同時に出しながら進んでくる。

「あ、す、すみません。トーワさんから……どうぞ」

「ああいや、そっちからでいいですよ」

「い、いいですかね?」

うん、と頷いた。なんか切羽詰まったものを感じるし。
とりあえず不思議に思いながらも彼女の言葉を待つことにした。
するとシルヴィさんは一度深呼吸をして息を整えて口を開く。

「トーワさんから見て私はどうですかね!?」

「? どう? とは」

彼女は淑女然とした態度で髪をかきあげた。
優しく微笑んでいる。なんかちょっとわざとらしい気もするけど。

「私たちが最初に出会ったんですよね」

「え? いや、順番で言うならリズさんじゃないですか?」

「あ、あぁ……そうでしたね。えーと、それでも私とトーワさんの出会いから全てが回り始めた気がしません?」

「……なるほど?」

まあ、皆と知り合いになれたのはそれが始まりだった。
僕は「きっかけはそうかもしれませんね」と肯定する。それを聞いたシルヴィさんが我が意を得たりとばかりに勢いづいた。

「で、ですよね! これはもう運命? じゃないですかね?」

シルヴィさんの勢いに押されるが、しかし、僕にはいまいち状況が飲めなかった。
え、待って待って、なにこれ。何のアピール?
訳も分からずに戸惑っているとシルヴィさんはさらに続けた。

「それとシークレット情報なんですけどね……わ、私が一番色白なんですよ」

「……真っ白ですもんね」

エルフという種族的な違いなのか、彼女の肌は雪のような白に近く本当にシミの一つすらない美肌だった。
近くで見ると触れなくてもとても滑らかだというのが分かる程だ。
しかし、他意はなかったんだけどシルヴィさんが微妙に傷付いた顔をする。

「あ……すみません、一応僕にとっては褒め言葉だったんですが」

これこっち基準だと駄目らしい。
いまだにこういうところに気を遣えないのは良くないとは思うけど、今のはシルヴィさんから誘導してきたし仕方ないのでは。
いや、言い訳は良くないな。もう一度謝っておいた。

「いっ、いえいえ、今のは私の言い方が悪かったです。それでですね……そ、それを加味すると私が一番不細工だと言っても過言じゃないかもしれませんね」

「どうなんですかね……?」

「銀翼で一番不細工なのは私です! トーワさんは誰が一番不細工だと……美人だと感じてるんですか?」

「あの……その聞き方はさすがに答えにくいんですが……」

なんか言い回しがややこしいな。
誰が美人に見えるかって、僕にとっては一番不細工な人を選べってことになるのか。
それはちょっと良心がズキズキするというか……色々な価値観が邪魔をして答えられない。
少しの葛藤。いや、やっぱり無理だ。不細工好きを公言しておいて今更だけど、好きな人にそんなハッキリとあなたが一番不細工ですよ、とは言い辛い。
逆に美人だと断定するにしてもやはり好きな女の子の優劣をつけることはしたくなかった。

「待ってください。そもそも何の話ですか?」

事情と状況がよく分からないから説明は聞きたいところだ。

「まず聞かせてください! 私って不細工ですよね!? 目なんてすごい二重ですよ!」

「お綺麗ですよ」

「そ……そうじゃなく、あいや、そうでした……待ってください……な、何かややこしくなってきました。えっと、トーワさんの価値観的には私たちって不細工じゃないわけじゃないですか?」

「そうですね」

「何か明確な基準とかってあったりします? 性癖というか……ちなみに私どれだけ食べても太れない体質なんですよね。いや~参りましたよ」

ちょこちょこアピール挟んでくる……本人には悪気ないんだろうけど、それたぶん僕の世界だとダース単位で同性からの恨み買いますよ。

「涙拭いてください……けどそうですね……銀翼の皆はかなり好みなんですけど……あと個人的に強い女性は尊敬できるなって思ってたり」

するとシルヴィさんが「ハッ」と何かに気付いたような仕草をする。
それからあくどい顔でこっそり耳打ちしてきた。
ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。そして、シルヴィさんの柔らかい吐息が耳にかかった。
彼女の女性らしさに意識させられたけど、ニタリと口元を歪めるその邪悪そうな笑みを見て我に返る。
あの……怖いんですけど。

(実は誰が一番強いかで揉めてるんですよ)

(え、そうなんですか? というかなんで小声で?)

僕の疑問には答えずシルヴィさんが周囲を見てから強調してくる。

(どんな相手だろうと私の弓術に掛かれば遠距離から一発ですよ! 触れもしない距離から相手を一方的に弄んで蹂躙できますからね!)

(言い方が……)

ふふふと笑うシルヴィさん。
幻聴でげへへって聞こえてきそうだ。

(分かってますよね? トーワさん、私銀翼のリーダーですよ? 皆のトップをやってますからね? ですから、ね?)

シルヴィさんが意味深に微笑むとシャドーボクシングみたいに拳を空中に突き出し始めた。
その動きは弓とは関係ないのでは……?

(トーワさんは皆が傷つかないように遠回しに私が一番だと言ってくれればいいんです。いいですか!? 遠回しに言ってくれればいいんです!)

とりあえず強さならシルヴィさんが四番目だろうか。
シャドーをしてこっちをチラチラ見てきている彼女には申し訳ないけど、強弱という意味ならあまり強いイメージはない。
確かに遠距離なら弓がメイン武器のシルヴィさんが一番なのかもしれないけど、正直見たことがないからピンとこないしね。
次点がアイリさんかミーナで迷うところだ。
一見アイリさんの方が強そうに見えるけど、ミーナは毎日魔物狩ってるのを知ってるしな。
けどまあ強さで言うならやっぱり――

「ちょっと待ったぁぁ!!」

突然の声に振り返るとそこにはアイリさん、そして、リズさんとミーナがいた。
いつの間にか近くまで来ていたらしい。

「シルヴィ……抜け駆けは許さない」

ミーナが「ふーっ、ふーっ」と呼吸を荒く乱し、まるで野生の小動物が威嚇するような声を出している。
そうして荒々しく近づいてくるアイリさん、ミーナ、リズさんの3人。その迫力に僕はたじろいだ。

「トーワはアタシの顔どう思う!? アタシより醜い女なんて早々いないぜ? む、胸だって……」

「……格好いい美人さんみたいな」

でも胸は持ち上げないでほしい。アイリさんのは大きすぎて本当にどこに目線をやっていいのか分からなくなる。

「待って! 顔ならボクだって自信ないよ!」

リズさんがぐいっと顔を寄せてくる。傍から聞いてる分には謎のアピールだ。
まつ毛長いなぁ、なんて思っているとミーナも負けじと発言した。

「トーワ、よく考えて。先日の狩りでは巨大なタイラントスネークを持ってきた。そのことも考慮してほしい」

「ああ、あの蛇みたいな……」

凄い怖かったんだけど。
ミーナよくあれ倒せたよね……
蛇だから食すのには勇気が必要だったけど味は鶏肉みたいな淡白な味で塩で味付けしたら絶品だった。

「あんな小物ボクだったら指先一つで倒せるよ!」

「力だけどうにかなると思うなっての、こういうのは技術もいるんだよ!」

議論が白熱してきた。僕は慌てて「一番ならリズさんじゃないですかね?」と告げる。
皆が目を丸くして口をあんぐりと開けてしまった。
リズさんに至っては「え……」と、驚きで身動ぎすらしなくなってしまう。
その様子にシルヴィさんが焦りながら僕に駆け寄ってきた。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよトーワさん! なぜ!? なにゆえ!?」

「え、あ、いや……だってやっぱりリズさんのファンですし……本でよく見てましたから」

シルヴィさんの鬼気迫る勢いに若干気圧されながらも答える。
ちょ、痛いです痛いです。肩に指が食い込んでガクガクと揺らされていた。
そもそも僕は皆の冒険者活動に関してそこまで詳しく知らないんだよね。唯一リズさんの本で彼女の活躍は知っていた。
史実だからざっくりと調べたこともあったっけな。
だからだろう。強さでは文句なしで彼女以上はいないと思っている。
実際皆の中でもSランクに一番近いのはリズさんらしいし。

「え、ほ、本当に……?」

「ですね」

僕が肯定すると、リズさんは目の辺りをごしごしと手で擦った。
嬉しそうだ。

「えへ……そ、そっかぁ……」

反対に皆はがくっと肩を落としてとても落ち込んでいた。
その落ち込みようは本気で悔しがっている様子で僕から見たら少し意外に思えた。
ミーナは「……トーワが選んだなら受け入れる」と俯いてしまった。アイリさんも似たような感じ。

「あの、ちなみになんですけど優劣を競ってたんですよね?」

シルヴィさんが「あっ」と声を漏らした。

「あ、あの、違うんですよ。実は」
「ボクが一番か、嬉しいな……」

シルヴィさんが口を開くと同時にリズさんが満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は心底嬉しく思っているようで、なんというか可愛らしい。
そんな彼女を見ていると、シルヴィさんが涙目になっていた。
結局口を開いたり閉じたりを繰り返し、葛藤した末に結局何も言うことなく膝をついて項垂れた。
え、そんなショックだった?

「そういえばリズさん、相談なんですけど」

「え、な、なにかな? なんでも言ってよ」

一番だと分かったからか、妙に上機嫌だな。
とはいえ話しやすい分にはありがたい。

「リリーラさんに挨拶したいんですけど」

「母に?」

「はい、ほら、お付き合いの挨拶と言いますか……」

リズさんが「勿論だ!」と満面の笑みを浮かべる。
これで話はまとまったな。

「あ、それとさっきシグルドさんが用事があるって言ってましたよ」

「? なぜ?」

「なんか後継のことに関してとか、リリーラさんが寝てたんでまた後で来るって言ってましたけど」

すると、リズさんは「あ」と一言発して身体を強張らせた。

「もしかして……何か問題でも?」

明らかに動揺している。
そして――

「わ、忘れてた……」

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