第60話 相談
「は? 付き合った?」
慌てるリズさんについていった先はシグルドさんの自宅だった。
リズさんにとっては父方の親戚という関係だそうだ。
「誰がだ?」
「ボクがですよっ!」
相手は自分だというようにリズさんが腕を伸ばしてこちらの袖を摘ままれる。
そこで手を繋いだり、腕に抱き着いたりして来たりしない辺りはリズさんらしいなと思った。
「そ、そうか……んんっ、いや、すまない。めでたいことだな。だが……」
派手な装飾はないけど、やはり男性の家なのでいくらか大きい岩を使用して作られている。
家の近くには洗濯物が干されていて生活感が感じられる。
近くに古びた遊具のようなものがあることから何となく妻子持ちなのかな? と想像ができた。
彼は突然やってきたにも関わらず快く出迎えてくれた。しかし――
「立場上は認められないな」
シグルドさんに僕とリズさんの交際を伝えたところ少しの困惑の後に却下された。
「シグルドさん、そう言わずに……やっとトーワ君と付き合えたのにそれはないよ……ど、どうにかならないですか?」
リズさんが食い下がるけど、彼は首を横に振った。
「里の人間にとって長老会の決定が大切なものだというのは理解できるだろう? 身勝手は認められない」
「うぐ……だ、だけど……」
「だけども何もない。アグニラ様も同じことを仰られると思うぞ」
「くっ……」
リズさんは不満げな表情を浮かべた。
確かに、上の人たちが決めたことなら仕方がないかもしれない。
それにしても……シグルドさんは反対なのか。出会ったばかりの人だけど受け入れられないというのは少し寂しい。
聞いた話によれば長老会は里の祭事や決まりなんかの重要なことを重役の人たちで集まって決める会合らしく、どうやら僕はリズさんの相手には相応しくないのでは? とのことらしい。
「僕が弱すぎるのが駄目ってことですかね……?」
「違うよ! トーワ君はそこがいいんじゃないか!」
ふんす、とリズさんが鼻息荒く詰め寄ってきた。
「守ってあげたくなるっていうかさ、庇護欲が……こう、分からないかな?」
「じ、自分の事なのでなんとも……」
というか今はそこじゃないのでは。
リズさんは考え込むように腕を組んだ。
そんなリズさんを視界に入れつつ僕からも頭を下げた。
「あの、僕からもお願いします」
「決められたのが長老達だからな……」
確か各分野で功績を残した一番権限を持ってる偉い人達だっけ。
とはいえ僕もリズさんと同意見だ。これで諦めろと言われて諦められるような半端な気持ちではないつもりだ。
「うぅー……なんとかなりませんか……?」
唸るリズさん。そんな彼女を尻目にシグルドさんが口を開く。
その声には先ほどまでの硬さはなく、どこか優しい響きがあった。
彼は優し気に目を細めてこちらを見つめてくる。
「……一応私からも頼んでみよう」
「ほんとですか!?」
リズさんの顔がパァっと明るくなる。
嬉しそうだ。
僕だって勿論嬉しいけど、そんなにうまいこといくだろうか。
事情は詳しく知らないけど、そんな重要な場での決まりごとがそう簡単に覆るなんてあるのかな。
僕の不安そうな顔を見て察したのかシグルドさんは困ったように笑った。
「本音では私だってリズに女性としての幸せを掴んでほしいと思ってる。出来る限りのことはすると約束しよう。しかし、トーワ君だったか、君が不安そうにしていたらリズだって安心できないぞ?」
「あ、はい……そうですね。ありがとうございます。その長老会には僕たちは参加できないんですかね?」
話し合って認めてもらうならそこしかないだろう。
「……聞くだけ聞いてみよう」
◇
「ということで昼過ぎにまた会合があるらしいから今のうちに何か考えておきたいんだ」
銀翼の皆を交えて僕たちは再び話し合っていた。
リズさんから話を聞いてシルヴィさん達が頷く。
「ああ、どこにいってるのかと思ったらそんなことが」
「はい……ところでなんか皆元気なくないですか?」
「あーそれは……」
リズさんが妙に覇気のない皆を横目に見て答えた。
「まあしばらく優しくしてあげてよ」
「? はぁ……」
よく分からないけど大丈夫なのかな。
さっき選ばなかったのがそんなに悔しかったんだろうか。
強さに関しては冒険者活動とかで自分を磨いてほしい、くらいしか。
いや、僕からもフォローした方がいいんだろうか。
「ん、どうしたの、ミーナ?」
気付けばミーナが僕の傍に寄ってきていた。
袖を摘ままれる。
「ん……なんでもない」
なんか久々にくっ付いてくれた気がする。ちょっと嬉しい。
ほっこりしたところでシルヴィさんが話を戻した。
「それならその人たちが勝手に選んじゃったっていう相手の人の説得が手っ取り早いんでは?」
「うーん……もしその人が駄目でも次の人が選ばれると思うよ?」
と、答えるリズさん。
それでも無駄にはならないだろう。僕はいい案だと思う。
「後は……トーワを強くするとか?」
「え、何でですか?」
「ほら、次に生まれる子供のことを考えて身体が丈夫な奴がいいって言ってるんだろ?」
「ですね」
「さすがに短期間では無理だけどそういう実績があるってアピールするのも有効じゃないか?」
ああ、確かに認めてもらいやすいかも。
でも実績って言っても僕この世界に来てからそんな経ってないしな。
「実績……何もないですね」
なんにもしてない。
しいていうなら治療師として活動してるくらいだろうか。
「さっきも言ったけどトーワ君はそこがいいんだ。気にすることはないよ」
何の話ですか、リズさん。
「確かに……トーワが弱いのはとてもいい。守ってあげたくなる」
「あー、そうかもしれません」
ミーナとシルヴィさんも乗っかり始めた。
唯一空気を読んだアイリさんが話を元に戻す。
どうするかという話題に再び戻ったところで、リズさんが「あっ」と発言する。
「実績とは少し違うけど、容姿として黒髪は好印象かもしれないよ」
「そうなんですか?」
「うん、龍族の祖先の偉い人に黒髪がいたことがあるんだ」
「へぇ」
容姿か……んーけど決め手には弱いと思う。
あ、リリーラさんから聞いた使徒云々も使えないかな。
治療優先で詳しいことはあんまり聞いてないんだけど、有効かもしれない。
「というかお昼まで時間もないですし、早く行きましょうか。リズさんの相手の方というのはどちらに?」
「母が知ってると思うよ。聞いてこようか?」
「ああいえ、それなら私が聞いてきます。こっちが間に合わなくてもリズさんがいるなら最悪会合には参加できますからね。アイリさんとミーナさんもいいですか?」
「? アタシ達もか?」
「そうですね。武器は多い方がいいので」
「ふぅん?」
そして、シルヴィさんが続ける。
「相手の方はもう決まってて納得してるんですよね?」
「ん? どうなんだろう? 詳しくは知らないけど……」
僕が不思議そうにしていると、シルヴィさんはビシッ! と自分を指差した。
「よく考えてもみて下さい。私たち程の顔を好ましいと感じるのはトーワさんくらいですよ」
自虐的過ぎないだろうか……
あと似たような顔をしてる皆にもダメージが行くと思うんですけど。
隣にいたアイリさんに引っ叩かれていた。
いや、リズさんの為を想って言ってくれてるんだ。
そして、リズさんも真面目に返答する。
「そうだね……でもそれがどうしたの?」
「なら説得は可能なんじゃないかなと……あまり言いたくはありませんがお金で解決とかできませんかね?」
「うーん、物々交換も盛んだからね……どうだろう。外に出る人なら欲しがるだろうけど……たぶん将来的な地位が約束されてるとかじゃないかな?」
「あー……ですが、話さないことには分かりませんよ。ちょっといってきます」
シルヴィさんは彼女なりの考えがあるのか二人を連れてリリーラさんのいるリズさんの実家へと向かっていった。
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