第三話「可憐な少年はダークエルフ美女による口淫奉仕の虜となる」 1
翌朝、リュンは顔に当たる柔和な感触で目が覚めた。
「ん……」
その甘美な感触がいったい何なのか、今日のリュンはすぐに思い至った。
顔を上げると、大好きな年上のお姉さんが愛しげに自分を見つめている姿が視界に入る。
「おはよう、リュン」
「おはよう、イネルヴァさん」
少年が朝の挨拶を返すと、ダークエルフの美女はニッコリと笑って、彼を抱きしめながら幾度となく口付ける。
「ちゅっ……ちゅっちゅっ……」
それは小鳥の何度もついばむような軽いソフトキス。リュンもまた、褐色美女の肉感的な肢体を両手で抱きしめ返しながら、それに応じる。
「イネルヴァさん……んちゅっ……」
二人とも服を着ずに就寝したので、起床後の二人はとうぜんながら一糸纏わぬ姿だ。だからというべきか、互いの肉体を擦り付け合いながら接吻を重ねていくうち、親愛のこもっていたそれが次第に情欲を帯びたものへと変質していく。
「あぁ、リュン……んじゅるっ……れろれろぉ……」
「んんっ……イネルヴァさん……れろっ……」
永遠に続くかに思えた、互いの舌を貪り合い、唾液を交換し合うディープキス。
だが、先に口を離したのは、ダークエルフの美女の方だった。
「ぷはぁ……もっとこうしていたいが、そろそろ起きないと、今日の予定に差し障りが出てしまうからな」
「うん……そうだね」
名残惜しい気持ちを強く感じていたリュンだったが、イネルヴァの言に唇を離した。最早、一分一秒でも彼女と離れたくない強い気持ちを抱くようになっていた彼だが、二人にも日々の生活というものがある。それを決して疎かにしてはいけないと、彼の理性は幼いながらも重々承知していたのだ。
(だけど……)
――明日は、昨日や今日より増して、もっと気持ちいい事をしてあげるからな。
昨晩、眠りに落ちる前に囁かれたダークエルフ美女の甘い言葉が、純真無垢な少年の胸を仄かに高鳴らせた。
結論から言うと、その日の日中、リュンはありとあらゆる事が手に着かなかった。
とはいっても、流石に仕事はちゃんとこなした。朝早くから薬草の採集をしたし、薬の調合も入念な注意を払って行ったし、薬を買いに来た村民にもちゃんと応対した。
ただ、仕事以外の何もかもが――例えば朝食や昼食の準備とか、イネルヴァや村民との他愛ない雑談などが――全てどこか上の空の調子で、全く身が入らない有様だったのだ。
「大丈夫か、足下の不注意で怪我したりしないようにな」
往診に出掛ける直前にも、流石にこれはマズイと思ったのか、イネルヴァが稽古の手を止めて注意してきたほどだ。尤も、リュンがこのような精神状態に陥ったのは、そもそも彼女の発言が根本的な原因なのだが――
(良い天気だなぁ)
小高い丘を下りながら視線を上に向けると、そこには澄み渡るような青空が広がっていた。燦々と輝く太陽の下、汗水流して働くリアドの村の人々の姿が眼下に映る。
だが、爽やかな晴天や長閑な光景ですら、幼き少年の掻き乱された気を紛らわす事は出来なかった。
(うう、ダメだ……歩いている時ですら、どうしても頭の中で考えちゃう……)
――明日は、昨日や今日より増して、もっと気持ちいい事をしてあげるからな。
眠りに落ちる前、ダークエルフの美女から囁かれた甘い言葉が、脳内で幾度となく反芻される。
一昨日は、ダークエルフの美女から最高の精通体験がもたらされた。
昨日は、憧れのお姉さんと裸で絡み合う心地よさを知った。
だが、今日は「それらにも増して」気持ちいい事が夜に待っているというのだ。清らかな心を持つ少年の気もそぞろになったとしても、あまりに仕方の無い事だった。
(どんな事なんだろう……どれだけ考えても、全く想像がつかないや……)
思い悩む内、往診を行う最初の民家に辿り着く。
薬草術士の仕事は人の生き死にに直結する重要なもの。
半端な気持ちで望めば、仕事にも患者にも失礼だ。
(……ここからは、ちゃんとしなきゃ)
気を引き締める為に深呼吸を数回行った後、リュンは民家のドアをノックした。
「リュンちゃん、どうしたんだい」
最後の往診を終えた後、その相手であるベッドで寝たきりの老婆がリュンに訊ねてきた。
「何がですか?」
「いや……リュンちゃんと話してて、さっきからなんだか上の空みたいだったから」
「そ、そうでしたか」
「もしかして、待ちきれない何かがあるのかい?」
(えっ)
図星を突かれて戸惑っていると、そうかいそうかい、と寝たきりの老婆は我が意を得たりといった感じでしきりに頷いた。
「うちの息子も娘も、それから孫達も。誕生日が近付くと、プレゼント欲しさに凄くそわそわしてたからねぇ。今のリュンちゃんの感じも、それに似てたから」
「あ、あははは……」
まさか、イネルヴァとの事について口外するわけにもいかず。リュンは笑って言葉を濁した。
兎にも角にも。どうにか仕事を全て終わらせたリュンは、これから待ち受ける最愛の人との時間に心躍らせながら、帰宅の途を迎えたのだった。
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